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9.レステンクール編
覚悟を額に刻んで
しおりを挟むリシャールは静かに波音を聞きながら、海を眺めていた。
波は押し寄せては引いてを繰り返す。
「………」
ふと城を見上げると、煌々と輝いていた。人々の楽しそうな声も聞こえてくる気がする。
貴族を越えて、王室の一員になってしまうの?
市民になって自由に羽を広げていた、これまでの生活も出来なくなってしまうの?
迷いが波と共に押し寄せてくる。
「……」
「…リシャール!!」
「……オーガン…?」
そこに息を切らしながらやって来たフレデリック。
「…リシャール。なんで…ここに居るんや…」
「………」
夜海と星空のようなドレス。
月明かりに反射してキラキラと輝く。
フレデリックは息を飲んだ。
「……綺麗やなぁ…!」
そして、いつものように無邪気に笑った。
無意識にリシャールも微笑んでいた。
「……!」
フレデリックはリシャールの手を引いて、抱き寄せた。
「……リシャール、結婚しよう。君を嫁に迎え入れたい。」
「…でも……」
「もぉ!でもでも、ばっかやないか!」
「……ごめんなさい」
「…はぁ、何でもええねんて。俺が、このフレデリックが、リシャールを選んだんや。白蜜蜂だろうが、雄だろうが、関係あらへん。反対する奴が居るんなら、俺が成敗する。ま、これでも一応、国王やからな!」
「……」
フレデリックの笑顔は不思議だ。
何故かこっちまで笑顔になる。
「…ちゃんと聞かせてくれるか?」
「……?」
そして、彼はサファイアの指輪を差し出した。
「……結婚、してくれるか?」
「……」
フレデリックの笑顔を見ると、魔法にかかったみたいな。海と星空を目の前にして、こんなにもロマンチックで。
「……はい。」
リシャールの左手の薬指にサファイアが輝いた。
「…リシャール。」
「……!」
まただ。この海で、キスをする。強引で、熱くて長いキス。
一周まわって、面白くなった。
「…どうして、貴方のキスはこんなに長いの?」
「…離したくないからや。」
フレデリックは笑って細い腰を寄せた。
その腕はまたリシャールを離してくれない。
「リシャール、こっちや。」
そして、フレデリックはリシャールの手を引いて、城へ戻った。
フレデリックが会場の扉を開けると、人々は静まって王座への道を開けた。
「白蜜蜂や…」
「べっぴんさんやなぁ」
「やっぱり陛下はべっぴんさんをお選びかぁ」
「あんなべっぴんさんを嫁に?羨ましいわぁ」
青いドレスも似合ってしまう美しいリシャールは、会場の人々の目を引き付けた。
鼓動がうるさい。
リシャールは顔を上げられなかった。
「……陛下…!」
そこに待っていたのは、フレデリックの妻たちだ。
「…リシャール。この子が俺の正室、エルビラや。」
「……エルビラ王妃と言いなさい。」
「エルビラ、そない事言わんといて。」
「……せやけど…」
「エルビラ王妃にご挨拶を。」
「…白蜜蜂……」
「…シャンパーニから参りました。リシャールと申します。」
「……」
リシャールはまた顔が上げられなかった。
「よく顔を見せなさい」
「……」
恐る恐る顔を上げた。
ようやく、エルビラ王妃と目が合った。
鋭い目をしていた。それもまた美しい人だ。
エルビラ王妃はリシャールを上から下まで舐めるように見て、ふん と鼻で遇った。
「…エルビラ、大人気ないで」
「…身分を弁えさせてください」
「……はぁ。リシャール、ごめんなぁ。あぁ、ほんで、この子が第一側室のルチア。」
「ルチア妃にご挨拶を。」
「……」
ルチア妃は微笑んで会釈した。
リシャールとは、ひとつも目を合わせなかった。
「んで、この子が第二側室のヴァレンティナ。ペリシエから来たんやで。」
「……お会いできて光栄です」
唯一目を合わせて笑って会釈したのは、黒蜜蜂のヴァレンティナだけだった。
やっぱり、妻たちには歓迎されない。
三人はフレデリックの好きな美人ばかりだが、性格には難ありなのかもしれない。
「……せや、リシャール。一曲、踊ってくれへんか。」
「……喜んで。」
フレデリックの提案で、城でワルツを踊った。
「……私、あのドレス見たことがあります」
そう呟いたのは、ルチア。
エルビラに小声で話していた。
「…どういうこと?」
「……衣装部屋でございます。別室で仕立て屋が出入りしているのが見えたので、覗いたらあのドレスが。」
「……陛下がプレゼントしたということ?」
「そのようかと。」
「……はぁ、本当に生意気な小娘ね。陛下に気に入られたからと調子に乗ったのね」
「…王妃、彼女はチョーカーまで…!」
「えっ、」
「もう、致したのでは?」
「…そんな。いつよ?」
「…分かりません。」
「…信じられないわ…」
二人が話している横で、ヴァレンティナはリシャールをじっと見ていた。
「綺麗な方ね…!」
特に何も考えていないようだ。
ワルツが一曲終わると、拍手が鳴り響いた。
「おめでとうございます!」
「国王陛下!万歳!」
「あはははっ!」
フレデリックは無邪気に笑っていた。
「…リシャールはやっぱり似合うなぁ」
「……何がですか?」
「姫がお似合いやな」
フレデリックがそう言うと、子供が寄ってきた。ドレスを着ていて、雌蜂だった。
「姫は私よ!」
「……あら?」
「あぁ!せやなぁ…。」
彼女を抱き上げたフレデリック。
「俺の娘や。スージー。」
「…娘……」
フレデリックには既に何人か子供がいた。
「……父上。この人、誰?」
「父上の新しい嫁はんやで。べっぴんさんやろ?」
「べっぴんさんは私よ!…なんで肌が白いの?髪も黄色だわ、変なの」
「…変やない!…白蜜蜂やで。綺麗やんなぁ」
「…ふん」
そっぽ向かれた。
「……すまんなぁ、人見知りっちゅーか…」
スージー王女は、フレデリックの娘。とても可愛がられて育った結果、このようになってしまったという。
「…おろして!」
スージー王女は走って何処かへ行ってしまった。
「…せや、リシャール。君に見せたいのがあんねん。来て!」
「えっ…えっ?」
手を引かれてある部屋へやって来た。
「……まぁ……ここは?」
花が沢山飾られて、自然に囲まれたような素敵な部屋。
海が見える大きな窓の傍に王台が。
「…今日からここが、リシャールの王台や」
「……私に?」
「あぁ。リシャールには絶対ここがええって決めてたんや。」
「……嬉しい。とても素敵だわ。」
リシャールが目を輝かせているのを見て、フレデリックは喜んだ。
「…陛下。」
「……?」
「…家に大切なものを置いてきてしまったのです。取りに行っても?」
「……お、おう…。ほんなら、俺も行く。」
「えっ?」
「都合悪いか?…君の息子に会えたらな思て、」
「……分かりました。」
急遽、二人はリシャールの巣へ向かった。
「……ママ…!」
そこにリビオがいた。
「……リビオ!!」
抱き合う親子を見たフレデリック。
なんだか、羨ましかった。
「……オーガン。」
「やあ。また会おうたな」
「…本当に、ママと結婚するの?」
「せやで。…ごめんな、急に。」
「……ママのこと、泣かせたら殺すから」
「お…言うなぁ、僕。」
「僕、じゃない。リビオだ。」
「すまん。」
リビオは大切な母親を取ったオーガンを、あまり良くは思えなかった。
睨まれるフレデリックは苦笑い。
すると、リシャールがリビオの手を握って話した。
「……リビオ。素敵な人は見つかったの?」
「……まぁね。」
リビオは照れくさそうに答えた。
「まぁ、結婚するの?」
「…分からないけど…」
「リビオの良いように、しなさい。」
「……うん。」
リシャールはリビオの顔を見て微笑んでいた。その表情は本当に嬉しそうだった。
「…そうだ、物を取りに来たの。行ってくる」
リシャールは巣の中へ入った。
「……オーガン…。あんた、何者なの?」
「…それは…」
「貴族?」
「……レステンクールの国王や。」
「は?」
「…フレデリック・オーガン・ロベッソン。これが俺の名前や。あっちでは、フレデリック国王って言われてる。」
「……国王?証拠は?」
「…これや。」
王家の紋章のブローチを見せた。
リビオは強がって証拠を見せろと言ったが、見てもよく分からない。でも、身なりで分かる。きっと嘘じゃないんだろうな、そう思った。
「……ふぅん…」
「……」
「…あんたと結婚したら、ママは何になるの?」
「…俺の第三側室。リシャール妃になる。」
「第三って…三人も奥さんがいるの?」
「せやで。」
「…三股?」
「言い方悪いなぁ!ちゃうて。国王は皆そんなもんや。」
「なんでよ」
「…子供や。子孫を多く残すためや。」
「その為だけにママと結婚するの?」
「ちゃうって。…リシャールがええねん。俺は、リシャールに恋しとる。」
「……嘘くさい。」
「ほんまやて。」
リビオは疑問が増えるばかり。
なんで三人も妻が必要なの?
子供を産むため?それだけの為に?
おかしくない?
恋してるって。三回も恋したの?これで四回目?懲りない奴だな。
好きだとかほざいてるけど、本当かよ。
なんで、ママじゃないと、ダメなの?
「……」
「……あんまり喜ばれへんのは、分かっとる」
「…は?」
「…君からママを奪うから。申し訳ないとは思うとる。」
「……奪うって。」
「…たまに、城に来たって。リビオの話は、兵士に通しておくから。」
「……あんたには会わないよ」
「分かってるって。君のママに会いに来て。」
「偉そうに」
リビオにとって、フレデリックは義理の父にあたることになる。どうしても喜べなかった。
オーガン だったら良かったのに。
国王じゃなかったら良かったのに。
「……リビオ、駄目よ。」
リシャールが巣から戻ってきて、二人の間に入った。
「何がだよ。」
「…国王陛下、よ。」
「……ママ、どうしちゃったの?」
「えっ?」
「…こいつオーガンだよ?おかしいよ。」
「リビオ!」
リビオは明らかに混乱していた。
これまで街で穏やかに暮らしていたリシャールが貴族に戻り、振る舞いも全て変わった。
街でゲラゲラと笑い、しつこくて腹が立つオーガンも国王だなんて信じられない。
「…リビオ、ごめんね。…元気でね。」
「えっ…?」
「……幸せに、暮らして。愛してるわ」
「…ママ。」
リシャールは微笑んで、フレデリックと去っていった。
「オーガン!ママを泣かせたら殺すからな!」
「…上等や…!!」
「……。」
リビオは一人、巣に残された。
そして後に、リビオは町娘と結婚し、この巣で家庭を築いていった。
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