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9.レステンクール編
波よ、全てを攫って
しおりを挟む「…ママ、ただいま!遅くなっちゃった!これから準備…、あれ?」
二回目の舞踏会が開かれる前、リビオが帰ってきた。
「…ママ?」
リシャールが一階に居なかったので、二階にある部屋へ上がった。
「…ママ、ただいま」
「……リビオ。おかえり。」
そこには見たことの無い、青いドレスに身を包んだリシャールがいた。
「……ママ、それどうしたの…?」
「……素敵……でしょう?」
リシャールの長い金髪は結い上げられ、青い宝石が散りばめられた髪飾りを付けて。青いドレスに、青いチョーカー、青いグローブ。
「……ママ、それ…!」
リビオは察してしまった。
「……ママ、オーガンと結婚するの…?」
「……リビオ。無責任なママを許して。」
「…ママ、嘘だ。」
「…リビオ、幸せになるのよ。」
「ママ……!!そんなの嫌だよ、僕はどうしたらいいの?」
「自由に羽を広げて、幸せに生きて。」
「ママ…、なんで結婚するの……」
リビオが思い描く幸せな結婚がリシャールには感じられなかった。
悲しげに笑って、息子の幸せばかりを願い口にする。
……これが結婚なの?結婚って、もっと幸せで嬉しくて…。
「…ママ、行ってくるね。」
「えっ、ママ!そんなのだめだよ!」
こんなに近くにいても、リビオの声は届かなかった。
リシャールは青いサファイアブルーを輝かせて飛び去った。
街は既に賑わい始めていた。
「……」
リシャールはシャンパーニ国民の明るい声を聞きながら、ある場所へ。
「……いい香り。」
アンドレと出会ったブッドレアの花畑。
可愛らしい小さな花が沢山咲くブッドレア。周囲には甘い香りが漂う。色は白とピンク、紫に赤…。
「……ママ、私はどうしたらいいの?」
リシャールの手にはイエローダイヤのイヤリングが片方だけ握られていた。
母のフレアがアンドレとの出会いを導いてくれたと思っていた。でも、運命は許してくれなかったみたい。
リシャールのアンドレへの想いは、無くなった訳でも、忘れた訳でもない。
「…」
リシャールは腹を摩った。
もし、オーガンの子を妊娠したら?
それが一番気にかかる事だった。
ナタリアとリビオを助けてくれて、さらに育ててくれたロナルドも居ない。
一人じゃ、きっと出来ない。
ナタリアとリビオは、自分達が〝黒蜜蜂のおじさん〟と呼ぶアンドレの子供だとは知らない。
「…ごめんなさい…」
届くはずなんてないけど、呟くように謝った。
もしも、オーガンの子が出来ていたら。
嘘を付くことも隠し事も無く、愛したい。
「…きっと、これが運命なのかもしれない。」
リシャールは白のブッドレアの花を一つ摘んで、花畑を後にした。
次に訪れたのは、あの巣。ドールハウスのような可愛らしい巣。
「……変わらず綺麗なのね。」
巣はあの時のままで、とても綺麗だった。
リボンのついた小さな鍵を使い、扉を開けた。
「……」
薄明かりがついていた。
「…あら?」
「……あっ」
そこに雌の働き蜂がいた。この巣を掃除していたようだ。
「…ご、ごめんなさい。その……」
侵入者だと疑われそうで、必死に弁明しようとした。
「……お姫様がお帰りになったのですね」
「えっ…?」
「陛下もお喜びになりますよ」
「……」
働き蜂はにっこりと笑った。
「陛下から、この巣の掃除を欠かさずするよう、命を受けまして。……お姫様がいつお帰りになってもいいようにと。」
「……」
働き蜂はリシャールを疑うことも無く、穏やかに話していた。
「…せっかくいらしてくださったのです、お休みになってください。」
「……あ…ありがとう。」
あの時と同じ王台に座った。
「お姫様。よろしければ、お茶をいれますよ」
「……えっ、あぁ…ありがとう。頂くわ…」
リシャールは王台にブッドレアの花とイエローダイヤのイヤリングを置いた。
「……許してくださるかしら。」
窓の外は徐々に暗くなっていた。
「…お姫様?…お茶をどうぞ。」
「あ……ありがとう。」
働き蜂がいれてくれたのは、蜜が溶かされたお茶だった。ブッドレアの香りがする。
「…陛下も、このお茶を飲まれるんですよ」
「……アンドレ様も…?」
「はい。ブッドレアがお好きですから。庭も一面ブッドレアなのですよ!」
「…それは素敵ね…」
アンドレの事を思い出せば思い出すほど、レステンクールに行けない。羽も足も動かない。
働き蜂は青いドレスを着て、青いチョーカーもつけているリシャールをじっと見ていた。
「……アンドレ様は元気?」
「はい。ですが、陛下は真面目なお方ですから、働きすぎなのではないかと私は心配しております。」
「…そう。それは心配だわ…」
リシャールが悲しげな表情をするので、働き蜂は空気を明るくしようと、話を変えた。
「……ペリシエも春の舞踏会で盛り上がっているんですよ」
「そう。……行ってみたいわ…」
「あっそうだ!ペリシエで久しぶりに、お祭りが開かれるんです!」
「お祭り?」
「はい、陛下が側室を娶られ……あっ…」
働き蜂は余計な事を言ったと口を抑えた。
「……いいのよ。良かったわ。」
「……申し訳ありません…」
「貴方は悪くないわ。誰も悪くない。…聞けて良かったわ。」
「……」
その話を聞いて、少しだけ気持ちが軽くなった。
「お茶、ありがとう。」
「もう、行かれるのですか?」
「うん。行かなきゃ。」
「……お姫様。」
「…?」
「お会いできて嬉しいです。」
「……私もよ。」
「…陛下が恋をされたお姫様、どんな方なのか一度お目にかかりたかったのです。」
「……」
リシャールは微笑んだ。
「また、いらしてくださいね。」
「…ありがとう。…そうだ。あと…」
「はい、なんでしょう?」
「…私が来たことは、アンドレ様には内緒にしてくださる?」
「……承知しました。」
そしてリシャールは青いドレスを輝かせて、飛び去った。
「……レステンクールのお姫様に…?」
働き蜂にはそれが分かってしまった。
シャンパーニの白蜜蜂で、エメラルドグリーンの瞳が何よりも美しい人だと聞いていた。その姫が来たらすぐにアンドレに教えるようにと、命を受けていた。
「どうしましょう……あら?」
王台に置かれていた、ブッドレアの花とイエローダイヤ。
忘れ物などではなかった。
「…お別れの品なのですね。」
働き蜂はリシャールに同情した。
リシャールは複雑な気持ちに陥った。
これで、心置きなくレステンクールに行けると思った。
でも、少しだけ寂しかった。
「分かってる、分かってる…。」
アンドレは国王。側室を娶って当然。それなのに、寂しくて。
どうして関係のない私が寂しいの?悔しいの?
暫く空を飛んでいると、賑やかで きらきらと輝く街が見えてきた。
「……綺麗。」
レステンクールも春の舞踏会で賑わっていた。
そして、海の近くにある大きな城。
白の外壁に、青い屋根。大きな正門には、長く大きな階段が続いていた。横にずらりと並ぶ衛兵たち。
既に、城での舞踏会は始まっていたようだ。
レステンクール城は行ったことが無い。少し遠くから様子を見て、ようやく歩き出した。
ドレスを着た人やタキシードを着た人は誰も居なくて、リシャールはただ一人、恐る恐る階段を登った。衛兵たちは、見たことのない程に美しいリシャールを横目で見て、息を飲んだ。
扉の前には衛兵がまた一人。
「…招待状を。」
「……はい。」
オーガンからの招待状を差し出した。するとリシャールをじっと見て、手を差し出した。
「……リシャール様。どうぞ、中へ。ご案内致します。」
「えっ…あ、あぁ…ありがとう。」
衛兵はリシャールの手を取り、城の中へ。
城はペリシエとはまた違い、照明が沢山ついており、青い花も飾られて明るい雰囲気だった。
「こちらが会場でございます。」
「…ありがとう。」
案内されたのは、王座が鎮座する会場。
沢山の貴族が集まり、ワルツが流れていた。
「………」
白蜜蜂は数人いるが少ない。ほとんどが青蜜蜂と黒蜜蜂。
会場の外からこっそりと覗くように会場を見渡した。
「…オーガン。」
ここでは、フレデリック国王だ。豪華絢爛な王座の前で、立派なお召し物を。
横にいるのは王妃。容姿端麗な青蜜蜂。
そして、フレデリックの側室と思われる青蜜蜂と黒蜜蜂が寄ってきていた。
「……綺麗な人ばかりなのね。」
きっと、雌蜂なんだろうな。
「……私は……雄…」
そう思うと、突然に涙が込み上げてきた。
「…なんで…、なんで……。これじゃ、陛下にお会いできないわ…。」
涙を擦って、走り出した。
「…あっ!?リシャール様!もうお帰りになるのですか!?お待ちください!」
さっきの衛兵が追いかけた。
「やめてよ!来ないで!」
リシャールがそう叫ぶと、衛兵は足を止めた。
「……困ったなぁ…」
衛兵は首を傾げて、頭を搔いた。
涙が止まらない。
「……どうしたらいいの。」
この海へ来てしまった。
もうすっかり日は落ちて、星が輝いていた。
夜海に反射して星空が大きく広がる。
ふと顔を上げると城は輝いていた。城の賑やかな声が聞こえてくる気がする。
「………。」
リシャールはただ、立ち尽くすだけだった。
誰かの傍にいたい。オーガンの傍にいたい。
でも貴族に戻ってしまったら、これまでのような生活も変わってしまう。
フレデリックが自分を認めてくれても、きっと、あの妻たちが認めてくれないはず。
そう思うと憂鬱になる。
「……」
アンドレも同じ国王なのに、なぜフレデリックと結婚するの?
「……まるで私が裏切ったみたいじゃない。」
裏切ったんでしょう?
「アンドレ様には、側室がいらっしゃるから」
じゃあリシャールも、アンドレ様の側室になれば?
「…なれないわ。きっとマデリーン王妃が許さない」
でもきっとアンドレ様はマデリーン王妃よりもリシャールを愛してる。
「…そんな事、言ったらだめよ。」
いっそ、シャンパーニへ戻って一人で暮らしたら?
「……何よ、今更。誰にも顔向け出来ないわ」
……。
海の波音。全てをかっさらって。
「陛下。一体誰をお探しなのですか?」
「いや…その……」
常にきょろきょろとするフレデリックに、エルビラ王妃は拗ねた。
「エルビラ、拗ねんなや。」
「…拗ねておりません。」
城の隅々まで見渡しても、リシャールは居ない。
「居ったら、すぐに分かるんやけどなぁ…」
「?」
「はは、なんでもないで。」
「……陛下。今年は側室を娶られるんですね」
「そ、それは…」
「正直に仰ってください!」
「……まだ、分からん。」
「どういう事ですか。」
「…その子が来たらな。」
「もし来ーへんかったら?」
「…俺は振られる。」
「はぁ!?陛下にそんな恥をかかせるような事をするもんですか!!そんな生意気な小娘を側室やなんて!」
「黙れアホ!…俺が提案したんや。ええねん」
「……有り得へんわ。」
エルビラは早歩きで何処かへ行ってしまった。
「……はぁ…もう夜やんか…」
ふと窓を見ると、雄蜂たちが窓に向かって集まっていた。
「なんやろな」
「何か落ちてるんちゃう?石とか」
「それは無いわ、石あんなん光らんて」
「…ほんなら何やねん、あれ」
フレデリックは気になった。
「…なんや、何事なん?」
「あぁ…陛下!」
「…何を話とったん?」
「それが、あの海にある…あれなんやろ~話してまして……」
「……」
雄蜂が窓の外を指さした。
夜の海に反射する月と星空と。
浜辺にまた星空?
「……!!!」
フレデリックは人々を掻き分けて、走り出した。
「陛下!どないなさったのですか!?」
エルビラの声も届かず。
「…おい!」
「っはい!!陛下!!!」
フレデリックは衛兵の胸ぐらを掴んだ。
「ここに、青いドレス着た白蜜蜂来たか!?リシャールは!ここに来たんか!?」
「……はい、招待状はこちらに。」
「…なんでや!なんで外に居るんや!」
「……先程、会場までご案内したのですが…走って外に…」
「なんで追いかけへんねん!」
「来るなと言われまして……」
「アホか!!!くっそ、もうええ!」
フレデリックも外へ飛び出した。
彼の手には、サファイアの指輪が握られていた。青蜜蜂ではない細い指に合わせたサイズの指輪。
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