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9.レステンクール編

夜海と星空のドレスを春までに

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フレデリックは楽しげに城の廊下をスキップしていた。後ろを歩く執事は歩幅が合わず小走りだ。


「せや、人探しを手伝ってくれへんか」
「人探し…ですか?」

「あぁ、白蜜蜂の奴らに頼んでくれ。リシャールっていうシャンパーニの町娘を探してほしいねん。えらいべっぴんさんやから、きっとすぐ分かる。」
「…ほ、他に特徴などは…?」
「エメラルドグリーンの目しとって、旦那と息子がおる。」
「はい…」

何とも抽象的な特徴しか言われないので、働き蜂は少し戸惑った。


「何不安がってんねん、シャンパーニはレステンクールの3分の1の生息数や。リシャール探すなんて、ちょちょいのちょいやろ。」
「…しょ、承知致しました。」
「怪しまれんようにな」

フレデリックは無邪気に笑う。




数日後、フレデリックが手配した白蜜蜂の働き蜂が帰ってきた。レステンクールの働き蜂には、青蜜蜂だけでなく様々な種の働き蜂がいる。これもフレデリックの友好的な性格が役に立っているようだ。

「陛下、」
「見つかったんか!?!?」
「はい、陛下がお探しになっているリシャール様は、シャンパーニの大通りに面する靴屋を営んでおりました。」
「靴屋…?意外やなぁ、んで?旦那は?」 

「…それが…」
「?」

働き蜂が勿体ぶるので、フレデリックは前のめりになって聞いていた。

「リシャール様を知る方から聞いた話では、旦那さんとは少し前に死別しているそうです」
「死別て…、ほんなら、寡っちゅーことか?」
「仰る通りでございます。」
「…へぇ~。じゃあ、上手く話を進めれそうやな…」
「おめでとうございます」
「なんやねん!まだ早いがな!!」

満更でもない顔をして笑いながら、働き蜂の肩を小突いた。

フレデリックは、もしリシャールの夫がいたなら金や物品で交渉するか、反抗するならこちらの権力で押し通すと考えていた。執事にはそれを伝えていた。

リシャールの夫が既に亡くなっていることを知り、余計な交渉はせず結婚できるとフレデリックは喜んだ。



話は簡単に進むと思ったが、リシャールはそんな白蜜蜂では無かった。





「リシャール。」
「あら、まぁ…オーガン。」

働き蜂が見つけ出したリシャールの靴屋。リシャールは息子と掃除をしていた。

リシャールはフレデリックを知らない。
まだオーガンのままでいようと、国王の軍服は脱ぎ、ブラウスにジャケットくらいにして市民のように見せ掛けた。


「やっと見つけたで、リシャール。」
「……どうしてここが分かったのよ、」
「ずっと探しとったからな」
「…やめてよ」

すると、奥の方から息子のリビオが。

「あっ、あの時の!おじさん、何しに来たの」
「おじさんて!!!俺はまだ若いんやで!?」
「…はいはい、。」
「なんやねん、めんどくさそうにしよって!」
「おじさん、気持ち悪いよ」
「おじさん言うなや!!」

リシャールはそっちのけで掃除を進めていた。

「リシャール、靴屋やってるって聞いたんやけど……」
「…もう店を閉めるわ」
「えっ?やめてしまうんか?」
「そうよ。他に店を開きたいって言う知り合いがいるから、譲ろうと思って。」

「べっぴんさんの上に優しいんか…」
オーガンはリシャールをうっとり見つめた。

「…気持ち悪」
リビオはオーガンを変な人と認定。完全に敵視していた。


「あっ!!!お前っ!!??」

「あぁっ!髭のおっちゃんやんか!!」

ブラウンがオーガンを指差して走ってきた。

「お前、何しに来たんだ?!リシャールさんに手を出そうなんて100年早ぇぞ!!」
「うっさいわ、髭のおっちゃん。」
「なんだと!?」


「もう二人とも何しに来たんだよ!」
リビオは呆れて二人の間に割って入った。

「リシャールに会いに来たんやで!」
「リシャールさんの店仕舞いを手伝いに…!」



「誰も俺の門出を祝ってくれないみたいだけど。」
そしてまた増えた。クリストフ。

彼は、リシャールが店仕舞いしてからここに店を開く。クリストフはいつも移動式の簡易的な店でしか開けたことが無かった。ちゃんとした建物で、店を開いてみたいという要望を聞いたリシャールが譲ろうと決めた。

「クリストフ。」
「リシャールさんすみません、遅くなって」
「大丈夫よ、棚とかは使うでしょう?他は掃除したし…荷物を運んでいいわ。」
「ありがとうございます。」

仲睦まじく話す二人を見て、オーガンとブラウンは睨みつけていた。

「所で、この青蜜蜂は?」
「…オーガンや。よろしゅう。」

握手しようと手を差し出した。クリストフはオーガンの高い身長に驚いた。

「…クリストフだ。…よろしく。」

白蜜蜂は青蜜蜂より大分小さい。身長が高い方であるクリストフでさえも、オーガンを見上げてしまう。


「リシャールさんとはどのようなご関係で?」 

「…や」

「「「はぁ??!!」」」

そこにいた皆でオーガンを小突いた。
「リシャールさんになんてことを!」
「このこの、リシャールさんに近付くんじゃねぇよ!」
「変態野郎が!」
「あははっ、やめてぇー!」



「……」
店の奥にいたリシャールも聞き捨てならない事が聞こえたので、オーガンの方を見た。

「あははっ!!!やめてぇや!擽ったい!!」
オーガンは無邪気に笑っている。その時、ふと目が合った。微笑まれた。


「……。」
頭を過ぎった。海辺でキスされたこと。デートと称して、レステンクールを二人で回ったことも。リシャールは少しだけときめいていたから。


「リシャール!!俺と結婚してくれへんか!!」

「えっ」


三人に止められながらもオーガンは笑ってリシャールに叫んでいた。

「結婚しようや!!!な!!!」

「……」

三人は必死に止めた。

「だめだめだめだめ!!!」
「リシャールさん、絶対ダメだよ!こいつ!」
「ママ!絶対にダメだよ!!」
「なんでやねん!!結婚させてぇや!!!」


「ふふっ、」
思わず笑ってしまった。


「あははっ!!」
オーガンもそれを見て笑った。
すると、しがみつく三人を引き離して、リシャールの元へ駆け寄った。店の天井はオーガンにとっては少し低いようで、屈んで来た。


「リシャール、結婚しようや」
「……夫がいるって言ったでしょう?」

「…死んだんやろ?」
「……」

何故か言葉に詰まってしまった。


「花屋の母ちゃんから聞いたんや」
「……」
「ちょっと前に旦那死んだって。」
「……」
「せやから…」


「おい!!お前!やめろよ」
ブラウンは、オーガンがそれ以上言うのを止めた。そこにクリストフも止めに入った。

「…そうですよ、今でもリシャールさんの中でロナルドさんは生き続けてる。」
「ロナルドって言うんやな。」
「もう帰ってください」
「…なんや、皆酷ない?」

オーガンはへらへらとしていた。

「…お前だけ、抜け駆けさせる訳にはいかねぇんだよ」
「そうですよ、俺だってやっとリシャールさんとお近づきになれたのに…!」
「……なんやねん、あんたらも狙っとったんか!」

少しだけ空気が和らいでほっとした。


「リシャール!また来たるわ!!」


「もう来なくていいよ!」
「二度とリシャールさんに近付くな!!」
「ママに近付くなー!変態!」
三人はオーガンを追い払って、リシャールは微笑んでいた。

「おもろいやんけ…」
オーガンはこのひと時が楽しかった。





「お帰りなさいませ。陛下、お話の方は如何でしたか」
「少し時間かかりそうや。」
「それは…何故でしょうか?陛下ならすぐに…」
「かまへん。少しずつ進めていくんや。」
「……かしこまりました。」

廊下に並んだ働き蜂がすれ違う度に頭を下げていく。



フレデリックは自分の座る王座を眺めた。


「……」


当たり前の事が気になった。

フレデリック国王と崇め讃えられ、陛下と呼ばれて頭を下げられ、年齢も関係なく皆から敬語を使われる。王族として生まれ育てられ、これが普通だった。

祭でリシャールと出会ってから、フレデリックの世界が変わった音がした。


「陛下…どうなさいましたか」
「一人にしてくれ。」
「…かしこまりました。」


フレデリックの妻らは、皆貴族の出身で城の舞踏会で出会った。汚れ一つ付いていない美しいドレスに身を包み、宝石をギラギラと輝かせて。

リシャールは汚れがいくつも付いたスカートで、宝石一つ付けずに輝いて見えた。

こんなことが有り得るのかと疑ったくらい。


「……。」

そして、フレデリックは街に身分を隠して出歩いた。

シャンパーニでは、自分がレステンクールのフレデリック国王だなんて顔を見て分かるはずもなかった。

自分を同じ市民だと認識して、敬語も使わず、頭も下げられず。何なら喧嘩して、笑いあって……。


「そんな自由があったんか…?」

リシャールを手に入れようとしているのは、フレデリックだけじゃなかった。ブラウンもクリストフも。
フレデリックに初めてライバルというものが出来た。

「…取り合いすんのも、ええなぁ」

今まで、取り合いなんてなかった。
幼い頃の欲しいものは兄弟に必ず同数分配されて、今になっても欲しいと言えば手に入る。

〝 夫がいるの 〟

その一言で尚更燃えた。



____ 喉から手が出るほど欲しいと思わせたのは、リシャール、君が初めてや。


……出来れば、俺も市民になれたらええのになぁ。



フレデリックが不安や悩みを抱えたのは、生まれて初めてかもしれない。






「リシャールさん!おはようございます!」
「クリストフ、おはよう。」

リシャールは靴屋の店仕舞いを終えて、クリストフの開店準備を手伝っていた。

「最近、暖かくなってきましたね」
「そうね、春が近付いてる感じ。楽しみだわ」

寒い冬もようやく終わりを告げようとしている。


「リシャールさん、あの……」
「?」

「俺の店を手伝う、じゃなくて、リシャールさんと一緒に開きたいんです」
「……私で力になれるかしら」
「もちろんです!!」
「私も靴屋が無くなると、毎日何をしていいか分からなかったの。…丁度良かったわ」
「本当ですか!やったぁ、嬉しいです!」
「…!?」

クリストフは目を輝かせて、リシャールの手を握った。


「おおおおい!クリストフ!お前!」
「ブラウンさん。全く、タイミングが悪いんだから。」
「なんだと!?リシャールさんの手を握るなんて!汚ぇぞ!」
「ブラウンさんに言われたくないなぁ」

ブラウンは汚れまみれだ。

「し、仕方ないだろう」

ブラウンは街の大工。建設作業だけでなく、家具を作ったり、修理もしたりしている。だから、物作りの大好きなロナルドとも意気投合して仲が良かった。


「ブラウンさん、これからお仕事?」
「そうです。リシャールさん、また来ます!」


「…ママ、皆しつこすぎるよ」
リビオはボソッと呟くように言った。

「いいのよ、楽しいから。リビオ、こっち手伝ってくれる?」
「うん。」

クリストフと共に三人で開店作業。

綺麗に掃除してから、配置を考えて商品を置く。なんだかとても楽しかった。

「あとは…お花があればいいわ。」
「花なら、リシャールさんにお任せします」
「うん、任せてちょうだい。それじゃあ、コラリーさんの所に探しに行くわ。後お願いね。」
「はい、お気をつけて。」

リシャールはコラリーの花屋に向かった。

暖かい風で春の訪れを微かに感じた。自然と口角が上がってしまう。


「あら、リシャール!いらっしゃい!」
「コラリーさん、こんにちは!」

「クリストフが店開くって聞いたわ、良かったわね」
「そうなんです、私もとても楽しみなの。ロナルドの靴も売れたし、何も無くなるよりいいかなって。」
「そうね、きっとロナルドも喜ぶはずよ。それで、今日は何にするの?」
「クリストフのお店に飾るものを。」
「分かったわ、何がいいかしら…」

花屋は前よりも花の種類が増えた。色も鮮やかで、数があると雰囲気も華やかに。甘くて良い香りが花をくすぐった。

リシャールは木籠いっぱいに花を買い、店に戻った。



「……あら…」

店先には、騒がしい三人が。
リビオは呆れて店のことをしていた。


「リシャールや!!おかえり!」
「リシャールさん!こいつが来やがって!」
「こいつってなんや!!」
「リシャールさんに近付くなって言っただろ」

オーガンも来ていた。

「リシャール!!!」

「……あらっ」

彼はリシャールに花束を差し出した。青いリボンの付いた可愛らしい花束だった。

「リシャール、俺と結婚しよか」
「……」

すると、横からブラウンも花を差し出した。

「いいえリシャールさん、僕が幸せに…!」
「…まぁ、ブラウンさんまで…」

「じゃあ、俺も。」

クリストフも便乗して花を出した。


「……」
 
リシャールは全員の花を取った。

「?」
「……リシャールさん?」
「リシャール?」

「……誰とも結婚する気は無いわ。…でも花は貰うわね」

「…リシャール!どないやったら結婚してくれんねん!?」
「そんなこと知れるもんなら、俺らも知りたいよ」


「…私が選ぶのは、ロナルドだけよ。」

「……」
クリストフとブラウンは、夫を亡くしてから悲しみに暮れるリシャールを見てきたので、何も言えなかった。

だが、彼は違ったようで。

「…でも死んだんやろ?」

「おい!」
「オーガン、いい加減にしてくれ」

二人の言葉も聞き入れず、リシャールに詰め寄った。

「……リシャールが旦那を愛してんのはわかった。けど、もう後ろばっか見てないで、今を見ろよ、ロナルドは死んでんねんて。」

「……分かってるわ、そんなこと。」

リシャールは笑った。


「……?」
オーガンはその笑顔の意味が分からなかった。


「開店準備をするの。オーガン、そこに突っ立ってるなら、手伝わせるわよ」

「……お、おう…」


結局皆で花を飾り、店の準備を始めた。


「これなら…明日には、お店開けそうなくらいね」
「そうですね、リシャールさんのお陰です」

「おいおい、俺を忘れんといてや」
「僕もいますよ」
「僕もやってるけど?」

「ごめん」

気付けば日が暮れていた。

ブラウンは隣にいたオーガンを見た。
端正な横顔で無性に腹が立つなと思った。

「オーガン、お前そろそろ国に帰ったらどうだ、普段何してんだよ」
「暇してんねん、別にええやろが」
「…ふぅん…」

「日が暮れたから、帰りましょうか。」
「はい。」




「リシャール。」
「…オーガン、どうしたの?レステンクールに帰らないの?」
「……リシャールの巣は何処にあるん?」
「…言わないわよ。言ったら来るでしょう?」
「せやけど…」
「…早く帰って。じゃあね、おやすみなさい」

「……」
オーガンは、ただ帰りたくなかった。


広すぎて息苦しい巣に帰りたくない。確かに、愛する妻がいるけれど。市民としてのシャンパーニの生活が楽しかった。


そして、こんなに誰かに夢中になったのは初めてだ。

「……嫌やなぁ」

少しだけ、レステンクール国王の自分を恨んだ。国王を辞めたくなった。少しだけ。






「陛下!お戻りになりましたか」
「……すまん、遅なったわ。」

フレデリック専属の執事のモーリスは、いつもと様子の違う主を心配した。

「…今までどちらに?」
「…あぁ…ちょっとな。」

無理に笑おうとしている彼は初めて見た。だから、余計に心配した。

「陛下、ご気分が優れない時に申し上げにくいですが…、ご公務が…」
「分かっとる、迷惑かけた。すまん。」
「あ、あぁ…」

フレデリックは公務を投げ出していたようだ。シャンパーニに束の間の現実逃避をしていた。

この日は深夜まで公務に取り掛かった。
 



「はぁ……」
一通り公務を終わらせた後、着替えたりするのも面倒臭くて、机に突っ伏してそのまま眠ってしまった。

静寂なこの部屋で、心地よい海の音が微かに聞こえてくる。



『陛下、陛下。』

「んぁ……」

『陛下、ここでは風邪をひきますよ。』

「…おおきに…」


フレデリックは目を開けると、傍にリシャールがいた。海に反射した星空のようなネイビーブルーのドレスを着ていた。


「……リシャール?!」

寝ぼけていたのを、はっと目を覚まして立ち上がった。

勿論、部屋には誰もいない。


「…疲れとるんかな、俺。」


そのリシャールの姿が頭から離れなかった。


リシャールが欲しい。リシャールを傍に置きたい。

あの白くて細い首にサファイアの青いチョーカーを巻き付けたい。

フレデリックの独占欲は沸き立つばかり。




次の日の朝、

「陛下、おはようございます。」

「おう、おはようさん」

正室のエルビラと、第一側室のルチア、第二側室のヴァレンティナ。三人がフレデリックの元へ。

「陛下、近頃、お疲れのご様子で……」
「…そ、そんなわけないやんかぁ!!国王がくたばってられるかっちゅーねん!あははっ!」

どうしても、無理やり笑っているようにしかならない。

「……陛下…」
「…あー…まぁ、あんま良く寝れてないんや。大丈夫や、それだけやから。ほな、旦那は仕事に戻るでー!」
「……?」

走ってその場から逃げた。

「嫁には、あんまくたばってるとこ見られたくないんやて…」

三人の妻の姿を見ても、今までの高揚感が無い。何か、物足りない。

妻たちが、どんな煌びやかなドレスと宝石を身に付けていてもときめかない。


「……ドレス…」

フレデリックは城の廊下で立ち止まった。何か思い立ったかのように、方向転換して執事のモーリスを探した。


「モーリス!!!」
「はい、陛下。お呼びでしょうか。」
「お呼びやで。」
「は、はい。」

「…仕立て屋を呼べ、」
「仕立て屋でございますか」
「早よせんか」
「かしこまりました。」

モーリスは言われた通りに、王室御用達の仕立て屋を呼んだ。


「お呼びでしょうか、陛下。」
「あぁ、ドレスを作って欲しいねん」
「ドレスですか、エルビラ王妃でしょうか」
「ちゃうわ、」

リシャールに、作りたい。そんなことも言える訳も伝わる訳もなくて。

「……陛下?どなたにお作り致しましょう?」
「…その…背がこんくらいで、細身で……」

フレデリックは記憶を辿りに、身振り手振りでリシャールの体型を伝えた。

仕立て屋も想像しながらフレデリックの話を聞いた。

「…瞳はエメラルドグリーンやねん。髪は金髪で…真っ白の肌で…羽は虹色に、頬は薔薇色で…」
「…御相手様は、白蜜蜂でございますか?」
「…せやねん。あ、他言無用やで?」
「承知しました。ドレスのお色は…」

「ネイビーブルーや。夜の海みたいな、星空みたいな。」

フレデリックは、夢に見たリシャールのドレス姿の色をそのままに伝えた。


「かしこまりました。ですが、作るには少々お時間が掛かるかと…、白蜜蜂の方にお作りした経験が無いもので。」
「時間も金もかかってええ。幾らでもくれたる。」
「感謝致します、」

「待ってや……」
「?」


フレデリックは思い出した。


「春や。春までや。春の…舞踏会まで。」


「かしこまりました。」


仕立て屋はフレデリックの要望を全て聞き、早々とドレス作りの作業に取り掛かった。勿論、フレデリックの妻たちには内密に。


「陛下、春の舞踏会で側室を娶られるのですか?」

モーリスはフレデリックの話を傍で聞いていたので、その白蜜蜂の存在が気になった。

「…エルビラたちには、まだ言わんといてくれや。」
「かしこまりました…。しかし、白蜜蜂ですか、珍しいものですね、」
「…せやから、嫁にしたいねん」


フレデリックは幼い頃から、珍しいものが大好き。

あんなにも美しい、貴重種と呼ばれる白蜜蜂を見てしまったら、欲しがらずには居られなかった。


「春の舞踏会が、楽しみやわ」

フレデリックは無邪気に笑った。


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