honeybee

RBB47

文字の大きさ
上 下
25 / 43
7.白い戦場と戦士

エメラルドグリーン

しおりを挟む


「なんや……」

フレデリックは違和感を感じた。

敵兵がペリシエの基地周辺を彷徨いていた。

「また何か企んどるな…。ここで斬りたいんやけど、ここで失敗したらしょーもないからなぁ……」

この事は、アンドレに伝えることにした。


「アンドレ。基地移した方が、ええかもせぇへんで」
「あぁ。それは考えていた。」
「移ったことが知られんように、場所自体、ここはそのままにしとき。もし、アンドレが動く時は、俺らも力貸すからな」
「分かった。ありがとう。」
「おうよ。」

暫く、敵軍の動きが止まっていた。
闘いが激化することはなく、冷戦と化してしまいそうだ。


アンドレは、また敵兵に基地を狙われることを警戒して、兵士らに基地を別に作らせた。

場所は城から少し離れた所。木々が生い茂るが、ここより周囲を見渡しやすかった。

移動する際には、レステンクールが守備を固めてくれたので、安全に身を移すことが出来た。

「……穏やか所だ。いっそのこと、このまま…」

国王として相応しくないことを口走りそうになった。思わず近くにいたエリソンドから目を逸らした。

「陛下、お気持ちは察し致します。」
「察しなくていい」
「ふふっ」
「笑うな、エリソンド」
「申し訳ありません。陛下、お身体は十分に回復しているとは言えませんので、ごゆっくり回復に専念されては如何ですか。フレデリック国王からも、そのような言伝を。」
「……ありがた迷惑だ。」

アンドレは少しずつ身体を動かせるようになった。腕の傷はまだ塞がりきらず、少しだけ痛む。左目は見えないまま。


「……陛下にご挨拶を。…この場所はいかがでしょう。」

基地を建てた兵士がやって来た。


「敵が万が一来ても、対応できそうだ。」
「はい…ですが、陛下。この近くから、子供の声がしたのです。何処かで家族が住んでいるのかもしれません…」
「子供?……国民は避難させたはずだが?」
「それが、まだ残っていたようで。後ほど、避難するように伝えて参ります。」
「分かった。」

「……子供?…ですが正直、ここなら安全そうですがね…」
エリソンドが呟くように言った。

「あぁ。見つかりにくくていいかもしれないが。我々が来たことで、被害を及ぼしたくない。」
「仰る通りでございます。」


後日、兵士がその家族を見つけ出し、避難するよう指示したが、〝この巣にいたい〟との一点張りで避難する気はなさそうであった。


「…構わないよ。民がそうしたいならそうさせるべきだ」

アンドレは言った。



そして、戦場においてはトゥクリフ軍が再びレステンクールに喧嘩を吹っ掛けた。

レステンクールは応戦し、ペリシエも乗り込んだ。

「…なんや、こいつもしぶとい野郎やな」
「グエルションがいない今、ナセルは歯止めが効かないだろう。」
「いつか、何かしでかすっちゅーことか」
「あぁ。このままその時を待つしかないな」
「せやな…まぁ、あいつバカやから」
「だからって油断するとまた痛い目みるぞ。」
ってなんや!!!って!!!」
「…ナセルは、俺らの軍を散らしたいんだろ。だから身内や基地、民家を狙ってきた。数では勝てないことを悟っている。」
「おい、聞いとんのか」
「…それを未然に防ぐ必要がある。身内と基地の守りは固めておけよ」
「うっさいわ。分かっとる。」


その日の戦は悪天候だった。


「急に天気悪なったなぁ」
「…戦にならない。」
「一時休戦、といこか?」
「そうしたい所だが。」
「ナセルはその気無さそうやな。」
「あぁ。」

ナセルは雨の中、何度も立ち上がった。

「…こんなんじゃ、腹の虫が治まらねぇ!」


「どう見ても、この状態ではナセルが負けるだろう」
「せやなぁ…」

アンドレとフレデリックは全体を見渡した。敵軍の兵は半分以上減り、ペリシエとレステンクールには倍以上の数がいた。この戦は勝てると確信していた所だった。

しかし。


「…なんや…!」
「皆!伏せろ!」

敵軍に追加されたのは、マルグリット兵だった。空からの攻撃に、兵士が次々と撃たれてしまった。


「くっそ!空から不意打ちは無しやろが!」
「……マルグリット…?」
「せや、アンドレ!お前の嫁ってマルグリット王女じゃなかったん!?!?」
「そうだが…、何故だ…?」
「…ナセルの動きが暫く止まってたのも、マルグリットに援軍呼んでたからや…」
「……。」

アンドレは困惑した。正室であるマデリーンの母国から攻撃を受けている。こうなることが無いように、国の為だと結婚したはずなのに。


「…兵数が…一気に上回ったで。」
「……フレデリック。」
「なんや。」
「…今日はあと少し持ち堪えて、一時撤退するしかない。」
「分かった。」


負傷兵もいたため、アンドレとフレデリックは兵を連れてこの日は撤退した。



 _______________




「はぁ……」

アンドレは頭を抱えて、ため息をついていた。


「陛下。外は天気が良くなりました。ご気分が優れませんでしょうから、少しだけ外の空気を吸ってはいかがでしょう」
「あぁ。ありがとう。」

アンドレが外に出ると、木の影から慌てて逃げていく者が見えた。

「…マルグリット兵?…待て!」


アンドレが追いかけようとすると、傷が痛んだ。

「…!」

「陛下!私が参ります!」

近くにいた兵士が代わりに追いかけた。

「……はぁ…何故こんな時に。」
未だに治りきらない傷を抑えた。

アンドレは基地周辺を歩いた。


「……。」

基地から少し離れた所に行き着いた時、子供達の楽しそうな笑い声が聞こえた。


「……子供?」


その声のする方へ歩いて行った。


そこにはおとぎ話に登場するような、花壇に囲まれて可愛らしい小さな巣があった。

雌の子供と雄の子供だった。姉弟のようだ。


「……。」
アンドレは、また痛む傷を抑えて、木に寄りかかった。


「……!?」


いつの間にか、その子供が目の前にいた。アンドレの顔を覗き込んでいた。

「……。」

「…こ、怖がらなくていいよ。」
アンドレはしゃがみこんで、子供に目線を合わせた。

「……んっ?」

雄の子がアンドレの顔をぺたぺたと触り始めた。


「まっくろ!!!!」


「えっ……?」

その子はエメラルドグリーンの瞳だった。もう一人は、紅の瞳。白と黒が混ざったグレーの肌色をしていた。


「…そうだね、まっくろだね。」
アンドレは微笑んだ。



「おじさん、どうしてまっくろなの?」

後ろにいた雌の子供が言った。

(お、おじさん…。)

アンドレは、おじさんと初めて呼ばれたもので、苦笑いしてしまった。

「おじさん、黒蜜蜂なんだ。」
「くろみつばち?」
「そうだよ。だから真っ黒なんだ。」
「ママはね、白蜜蜂なんだよ」
「パパはグレーだよ!」

「そっかぁ、じゃあ…真っ黒なのは初めて見たかな?」
「うん、はじめてみた!」
「あははっ!まっくろ!」

子供達は笑っていた。アンドレはその笑い声と笑顔に癒された。

「あぁっ!こら、2人とも」
「パパ!!」

パパと呼ばれた雄が駆け寄ってきた。


「申し訳ありません!ご無礼をお許しください…」
彼はアンドレを見て頭を下げた。

「…頭を上げてください。」

「…すみません…」

「パパ!まっくろのおじさんだよ!」
「くろみつばちなんだよ!」

「こら…。申し訳ありません。きっと、この子達は、黒蜜蜂のお方を初めて見たでしょうから…。」

「構いませんよ。…戦が続いて、久しく癒されました。」
「…そうなんですね…。戦の状況は…?」

子供達は首を傾げた。

「パパ、いくさ ってなぁに」
「んーと…」
「おじさん、いくさ ってなぁに?」
「…けんかだよ。」

「けんか?」
「…だめだよ!けんかしちゃだめってママが言ってた!」
「そうだよね、だめだよね。でもね、大丈夫。おじさんがすぐに喧嘩を止めるから。」
「おじさん、えらい!」
「ありがとう」

「あぁ…すみません…。」
父親はまた申し訳なさそうな顔をした。


すると、兵士がやって来た。


「陛下、フレデリック国王がお呼びです。」
「…あぁ、分かった。今行くよ。…私はこれで。」 

「おじさん、行っちゃうの?」
「うん、またね」

「おじさん、ばいばい!」
「ばいばい。」



子供達は父親に連れられて巣へ帰って行った。小さな巣から出てきた母親は白蜜蜂で、白肌に長い金髪。

その家族の姿は、見るからに幸せそうだった。

「……陛下、陛下?」
「あ……あぁ。」

「あっ。あの家族ですよ。避難しないで、ここにいるって言い張っているのは。」
「…ここに残りたいと言うのも、分かる気がするよ。」
「…?」



アンドレは兵士と共に基地へ戻った。



「アンドレ、遅いやんか。」
「すまない。何の用だ。」
「…マルグリット兵はどないするつもりや」
「どうするって…」

「このままじゃ、俺らも危うくなるで。こんな時に、マルグリットに加勢されたら、正直…無理や。」
「…そもそも、何故マルグリットが援軍に応じたのかが分からないんだ。」
「それは…せやなぁ」

「マルグリットの兵器は火を使うものばかりだ。昨夜のような悪天候だと、彼らは俺らと同じ、弓矢ぐらいしか使えなくなる。」
「でも、もう晴れてもうたで」
「…あぁ。あいつらが卑怯な手を使うなら、俺らも使うしかないだろ。」
「アンドレも悪うなったな。」


一刻も早く、戦を終わらせなければ。
アンドレは心のどこかで焦っていた。あの家族を見て、より一層焦った。


「マルグリットの基地を調べろ。」

アンドレはマルグリットに密偵を付けて、基地の場所を把握した。そして、マデリーンが連れてきたペリシエ軍の赤蜜蜂に、マルグリットが所有する大型の武器に細工させた。

アンドレは卑怯なやり方だったと少し罪悪感を感じていたが、今までのナセルとグエルションの行動を思い出すと、どうでもよくなった。


アンドレの策は成功した。


マルグリットの武器は細工によって兵士が武器の点検の際に爆発し、基地諸共、大火事となった。さらに、秋風のお陰で火は燃え移るばかり。万端にしてきたであろう兵糧も減らせた。これで、長くは持たないだろう。


__________



「アンドレ、まさかお前がここまで卑怯だとはなぁ!これでこそ、俺が見込んだ雄や!」

この報告を聞いて喜んで駆けつけたフレデリック。


「まだこれからだ。気を許すな。」
「分かっとるって!…せやかて…嫁は大丈夫なん?」
「仕方ないだろう。マルグリットを止められるような雌だとは思っていない。」
「ひぇ、酷いなぁアンドレ。嫁は大事にせぇ。」
「それはお前だから言えるんだ。」
「ま、色々あったってのは聞いとるけど」
「黙れ」
「悪い悪い。」


そんな事を話していると、外がざわついていた。

「何事や?」
「…何だ……?」


二人が外に出ると、そこには、赤蜜蜂の兵が両手を挙げてやって来た。

「ペリシエ国王とレステンクール国王にご挨拶を。」


「…何の用だ。」
「…マルグリットのジョスリン将軍より言伝を。」
「手短にせぇ」

「…トゥクリフと和解を、」

「は?」
「はぁ?」


「理解されないのは承知の上でございます。」

意味の分からない提案に、アンドレとフレデリックは目配せした。


「どう和解しろと?」

「領土を均等に分配して…」

「どこの領土や」

「シャンパーニに決まっているではありませんか。」


「………はぁ???」
「何を言っているんだ」
二人は呆れた。いつもこうしてマルグリットは仲介したがる。はっきりとしないやり方には、もう懲り懲りだ。

「シャンパーニには誰にも渡さない。」
「この国は存続しても意味はありません。ジルベール国王が崩御された今、何をなさると?」
「…何故、それを。」
「分かりますよ。それくらい。ですから、シャンパーニの領土を分割して、各々が支配しては??」
「領土の分割?支配だと…?」

アンドレは拳を握りしめた。

すると。

「………っ!?」

マルグリット兵の眉間をフレデリックが撃ち抜いた。

「フレデリック!?何をしているんだ?!」

「……」
フレデリックは黙ってまま、その兵の首を斬った。

「おい、これマルグリットに送り返せ。」

「……。」

「早よせんか!!!!!」

「か、かしこまりました…」

フレデリックの垣間見えた冷酷さに、空気も凍りついた。

兵の首は布に包まれてマルグリットに送り返された。

「ふ、フレデリック…、お前、やり過ぎじゃないか?」
「これでお互い様やろ。それに、シャンパーニをようあんな言いよって。なぁ、アンドレ?」
「……フレデリック。」
「…あはっ、戦が始まるで☆剣磨いとき!」
「……。」

アンドレはフレデリックが少し怖かった。



_______________




首を送り返されたマルグリットの将軍、ジョスリン・モントートは激怒し、もちろんその後、戦が再開された。



しおりを挟む

処理中です...