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6.新しい出会い

ペリシエ新国王の誕生

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「…リシャール…!」


次にアンドレがリシャールの元を訪れた時、巣はもぬけの殻だった。


「…リシャール…?」

膝から崩れ落ち、誰もいない巣を見渡した。

「…俺の、幻覚だったのか。俺は、ずっと夢を見ていたのか。」

リシャールのために摘んだブッドレアの花束は床に投げられた。花弁が散り、その香りが巣を舞った。


「…リシャール……」
アンドレはリシャールの名前を何度も何度も呼びながら、手で顔を覆った。


「……嘘だ……」


_________________



「…アンドレ様!」

ペリシエ城で大きな事が起ころうとしていた。

「…エリソンド。」

エリソンドがアンドレの元へ慌てて来た。アンドレの姿は、リシャールの訃報を聞いた時に元通りだ。


「…アンドレ様、どうかされたのですか?」

「…リシャールがいないんだ。」

「え……?」

「巣はもぬけの殻だ。……俺は、都合のいい夢を見ていたのか?」

「そんな…」

エリソンドも落ち込んだ。このまま、主が幸せな道を歩いていけると想像していた。

ただ、それだけじゃなかった。

「…アンドレ様。陛下が…」
「父上がどうした」

「…陛下が倒れてしまったそうです。今は、侍医に診て貰っているそうですが、、」
「……?」

「先はもう長くないと。」

「…」

クロヴィスは最近体調が優れない様子だった。何度か倒れることもあった。そろそろ、この時が来るだろうと、アンドレも薄々勘付いていた。

「…アンドレ様、陛下の元へ…」
「分かったよ、すぐ行く。」
「かしこまりました。」

アンドレは時の流れに身を任せるようにした。

「…父上。」
「……あぁ、…アンドレか。」

クロヴィスはベッドに寝たきりだった。

「もう、二度と会えないかと思っていたよ」

俺の知ってる父上じゃない。アンドレは思った。顔色が悪く落ち着いた呼吸で、いつもの様に豪快に笑わない。何より、笑顔が穏やかだった。それに慣れなくて、何だか気持ち悪い。

「……父上」
「…お前の愛する白蜜蜂が生きていたそうだな」
「……なぜ、それを。」
「…最近のお前を見ていたら分かる。やけに明るかったからな。」
「……」

「…良かったな、アンドレ。」
「…どういう意味ですか。」
「色んな意味でだ。愛する人が生きてたこと、因縁の私がようやく死ぬこと。」
「何を仰っているのですか」
 
「お前が私を恨んでいるのはよく分かる。だが、最後くらい父と子として話そうじゃないか。…ほら、座って。」
「……」

アンドレはクロヴィスの傍に座った。


「…お前は優しいな。アンリエットに似ている。」

アンリエットは、アンドレの母。久しぶりに聞いた名前だった。

「…こんな俺でも、アンリエットは最後まで気にかけてくれた。」
「……」

「良かったよ。私の血を引かなくて。」

クロヴィスの口から思いがけない言葉が出てきた。


「…?父上、それは…どういう……」

「…いつか話そうと思ったのだが、やっぱり最後になってしまったか。…お前は私の息子ではないんだ。」

「え…?」
「……お前は確かにアンリエットの子だ。だが、アンリエットの元婚約者との子だよ。」
「……ちゃんと、聞かせてください。」

クロヴィスはゆっくりとした口調で話し始めた。

「あぁ。…アンリエットは、私と結婚する前、結婚を決めていた相手がいたんだ。だが、先王の命で私と結婚することになった。……お前とあの白蜜蜂のような運命を辿ったんだよ、アンリエットは。」
「……母上がそんな…。」

「私と結婚する時にはもう、アンリエットはお前を妊娠していたんだ。」
「……」

クロヴィスは、アンドレの手を握った。

「…アンリエットからの遺言で、お前を立派にするという約束をしたんだ。」
「……?」
「我ながら、立派に育てたと思う。」
「……」
「私は、覚悟していたよ。お前に首を取られるのではないかと。」
「父上は、やれるもんならやってみろと。」
「…ははっ、悪かった、ただの強がりだ。私でも、少し怖かったんだよ。」
「…父上。」

「安心しろ、アンドレ。」

「?」

「次のペリシエ国王はお前だ。」

「……父上。」

クロヴィスは、穏やかな笑顔を見せた。
この人は、自分と血の繋がっていない子供を育てて、自分の跡継ぎにしようとしている。

アンドレはそう考えた瞬間に涙が出てきた。

「…なんだ、泣くなよ。」
クロヴィスは優しくアンドレの涙を拭った。

「ひとつだけ、心残りがあるとすれば、孫の顔が見たかったよ。」
「…孫ですか。」
「あぁ。アンリエットの血を引いて、ハンサムなお前だから、きっと美人が生まれたのではないかと思ってな。」
「…からかっているのですか」
「まさか。羨ましがってるんだよ。」

「……アンドレ。」
「はい。」

「いいか、これだけよく聞いてくれ」

クロヴィスは、真剣な表情で淡々と話し始めた。

「私が死んだら、きっと世界が動き出す。」

「…?」
「お前も分かるだろう?…スアレムとトゥクリフだ。…領土の拡大を狙って、そのタイミングを虎視眈々と狙っている。私が死んだ後のペリシエの混乱が、彼らのチャンスとなってしまう。」
「……」
「…そう不安になるな。お前がいれば、ペリシエは安泰だ。…それに、賢いエリソンドもいるから。何かあったら頼っていいんだぞ。その為にエリソンドをお前に付けたんだから。」
「……」

アンドレは黙って頷いて、湧き上がる色んな感情を抑えた。悔しい、悲しい、辛い、漠然とした不安。

場の空気を変えるように、クロヴィスは笑ってまた話を始めた。

「どうしてこう、クロヴィス家は駆け落ちが多いものか。」
「駆け落ち?」

「あぁ、アンリエットもその婚約者と駆け落ちを試みたが、失敗に終わったみたいだが。」


「私の弟は恋した白蜜蜂と駆け落ちして、何処かの戯曲のように二人で自害した。二人の間にいた子供は、何処かでまだ生きているとか生きていないとか……」
「…叔父上のこと、初めて知りました。」
「そうだったか…。お前が白蜜蜂を選んだと聞いた時、正直ハラハラしていたよ。」
「……そんな」

クロヴィスは笑った。釣られてアンドレも笑みがこぼれた。

それから、クロヴィスはアンドレと会話を楽しんだ様子だった。

クロヴィスの話を聞いている時、アンドレはふと子供の頃を思い出していた。血の繋がりがないなんて、信じられなかった。幼い頃から、自らと似ていないクロヴィスに少し違和感を抱いていたのは、この事か。

歳をとって色褪せたイエローの瞳をアンドレは見つめた。

クロヴィスは嬉しそうに微笑んだ。

「アンドレ……」

クロヴィスの声を聞いていると、なんだか眠くなりいつの間にか居眠りをしてしまっていた。

ずっと、クロヴィスはアンドレの手を握っていた。握られていた手は温かかった。


「……はっ…父上、ごめんなさい、寝てしまった……。父上?」


アンドレが目を覚ました時には、クロヴィスは息を引き取っていた。

「父上……、父上…!」

とても穏やかな顔だった。




_______ ペリシエ国王 クロヴィス・ルグラン  崩御  _______





後日、ペリシエではクロヴィスの葬儀が執り行われ、国は騒然とした。


そして、彼がアンドレに言った通りにペリシエは混乱に陥っていた。

国民達は、跡継ぎをアンドレとするのかどうか賛否両論であった。

「……。」

アンドレは城の外を覗いた。

「国王は私達が決める」
「アンドレには務まらない」
「クロヴィスの息子なんて、ろくでもない奴に違いない」
「また私達が苦しくなるだけだ」

クロヴィスの死後、外からこういった声が聞こえてきては、兵士に取り押さえられる。この繰り返しが続いていた。

そう言われても無理はないと、アンドレは思っていた。手荒な政策を組んでいたクロヴィスの息子だから、期待されてないのも分かってる。

「アンドレ様。」
「……。」
「…クロヴィス国王の遺言が残されているそうです。」
「……父上が?」
「はい。…こちらが遺言書だそうです。…アレクシスさんから預かりました。」

エリソンドから渡されたのは、クロヴィスの字で書かれた遺言書。国王の印璽もある。

〝ペリシエの新国王はアンドレ・ルグランとする。〟

「はぁ……」

「国民の声は大切ですが、この声だけを真に受ける必要はないのでは?」
「……そうだろうか。」
「…自信を失ってはなりませんよ、アンドレ様。親王や貴族達も集まって、先王の遺言書の公開を。」
「……。」

「アンドレ様の即位を、反対する者はごく一部です。期待されている国民がほとんどですよ。何より、先王の遺言に従うのが掟ですから。」
「……あぁ。」

アンドレは城の中心部に向かった。そこには自分の兄弟や親王、貴族たちが集まっていた。クロヴィスの遺言を預かった、アレクシスもそこにいた。

「…アレクシスさん。これを。」
「あぁ。」

アレクシスが遺言書を皆の前で読み上げた。

「ここにある、先王クロヴィス・ルグランの遺言書に従い、ペリシエの新国王は、アンドレ・ルグランに認める。」

「…」
アンドレは目を瞑った。皆がどんな反応を見せるか、少し怯えていた。

「アンドレ国王の誕生だ」
「期待しているぞ」
「国王陛下、万歳」

「……?」
貴族たちの声は明るいものであった。


「…アンドレ様。」

城のバルコニーへ出て、新国王を出迎えた。

「ペリシエの新国王、アンドレ国王だ!」

城の前に集まった沢山の国民は、両手を挙げた。

「国王陛下、万歳!万歳!万歳!」

さっきまでいた反対意見の者たちが嘘のようだった。エリソンドが言った通り、アンドレを反対していたのは一部だった。


「……アンドレ様、言ったでしょう?」
エリソンドが囁いた。

「…あぁ。」

アンドレは国民に向かって手を振った。

「アンドレ国王!アンドレ国王!」
「国王陛下!」

城の前に集まったのは雌が多いような気が。

「アンドレ様、ご自身の美貌に感謝すべきてすよ。」
「……なんだ?」

エリソンドは笑っていた。その横でもアレクシスが片方の口角を上げて笑っていた。



夜、ペリシエ城にて戴冠式が行われた。

ペリシエの聖職者より、アンドレは王冠や宝剣、宝珠、指輪を授かった。
王妃となるマデリーンは宝冠を授かった。


そこには、各国の国王や大臣らが招かれ、シャンパー二のルシアン王妃も訪れていた。

「ルシアン王妃。」
「アンドレ…国王、ね。」
「……ジルベール国王は…」

そこにはジルベールの姿は無かった。

「…こんなめでたい時に話すのはいけないのだけれど…。ジルベールは、病に倒れてしまったの。ごめんなさい、こんな時に。」
「……そんな。後でお話を。」
「ありがとう。でもそんなに気にしないで。私達は大丈夫よ。」

ルシアン王妃は微笑んだ。

ふと目線を向けると、マデリーンは実の父であるマルグリットのレイエス国王に祝福されていた。

「ついにお前も王妃なのだな!」
「父上!私も王妃よ!」

「……。」

アンドレは複雑な気持ちに陥ってしまった。


「なんや、新国王陛下の誕生やのに暗い顔すんなや。」

「フレデリック。」

浮かない顔をしたアンドレの元に、青蜜蜂がやってきた。

ペリシエの隣国、レステンクールの国王、フレデリック・ロベッソン。

彼はアンドレと同い年ながらも、アンドレより先に国王となっていた。二人は、国は違えど幼い頃からの友人であった。


「やっと俺に追いついたなぁ」
「黙れ、祝うのが先だろ。」
「嫌やなぁ、アンドレ国王♡」
「触るな」
「ええやんか、こちとら祝ってんねん」

フレデリックは調子のいい奴だ。アンドレのざわついていた心が、少し落ち着いたような気がした。


「お、あれがお前の正室?」
「あぁ、マデリーンだ。」
「赤蜜蜂かぁ、強そうやねぇ」
「…」
「…側室は?」
「……まだ考えていない。」
「なんやねん、それじゃしょーもあらへんがな。側室娶った方が楽しいで?」
「うるさい。」

フレデリックがしつこい。でもそれが楽しかったり、楽しくなかったりする。

彼が隣にいると、微かに花と海の匂いがする。

レステンクールは海に大きく面した国。
海に集まったのは、海と同じブルーの髪を持っている。肌も暗いブルー。羽はネイビー。

彼のブルーの髪はさらさらとしている。
何度か、アンドレは羨ましい思ったことがある。

「あれ、髪伸びた?」
「黙れ」
「冷こいな、黒蜜蜂ってこないに怖かったん?」
「……」

レステンクールの独特な言語が気になる。


「…ま、国王即位、おめでとさん。」
「……どうも」
「隣国同士、仲良くしよな♡」
「…はい、是非。」
「…のってこいや、アホ!…お、べっぴんさん見つけた、ほな!」

フレデリックが貴族の雌蜂の方へ去った。

「…フレデリックは、変わらないな。」
ふん、と鼻で笑った。


「ルシアン王妃。」
「まぁ、アンドレ…国王。」
「いいですよ、アンドレで。」
「あら、そう?」

「良かったら、あちらの部屋でお話を。」
アンドレは、別室にルシアン王妃を連れて話をした。

「…ジルベール国王が倒れたのですか」
「……そうなのよ。ついこの前、突然。」
「意識は?」
「意識はあるの。でも、そう長くないんじゃないかって。体は全く動かないし、目も虚ろだし。まともに話せないみたいで。」
「……そうでしたか…。」

「ごめんなさいね、素敵な夜にしようと思ったのだけれど。」
「構いません。聞けて良かった。」
「…アンドレ。」
「……?」

「幸せ?」
「えっ?」

突然の質問に驚いた。

「…リシャールが居なくなってから、貴方に会えてなかったから心配で。」
「……大丈夫ですよ。…それに、リシャールは生きていました。」
「えっ?」

ルシアン王妃は驚いていた。

「……リシャールが?生きているの?」
「はい。リシャールから話は聞きました。あの焼死体は、妹が身代わりになったものだと…。」
「……ミシェルが……そんな。」
「…」

リシャールが生きていると知って、少しだけ安心したルシアン王妃。でもミシェルが亡くなったのには驚きを隠せなかった。

「……浮かない顔ね、アンドレ。」
「…リシャールが何処かに居なくなってしまったのです。ずっと、会っていたのに。」
「……まぁ。」

「…リシャールに何かあったら…。でもきっとヨハンと一緒にいるでしょうから、大丈夫だと信じています。」
「……そうね。」

ルシアン王妃は、久しくアンドレと話せて安心した様子だった。

「アンドレ。…これから、国王として大変な事が多いけど、何かあったら私達が力を貸すわ。期待してますよ、アンドレ国王。」

「ありがとうございます。」


アンドレは後日、病に倒れたというジルベールの元を訪れようと決めた。

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