honeybee

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5.寂しさ

リシャールの訃報

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ジルベール夫妻はアンドレを呼んだ。

「アンドレ様。シャンパー二のジルベール国王がお呼びだそうです。」
「ジルベール国王が?」
「はい。」

「突然、珍しいな…。…行くか。」

アンドレの元に、エリソンドと二人でシャンパー二へ来てほしいとの内容の手紙が届いていた。

二人はすぐにぺリシエを出た。シャンパー二城へ向かう途中に、黒く焼け焦げた巣が目に入った。

「火事があったのか?」
「そうみたいですね。かなり大きい火事だったのでしょうかね、巣が崩れてますよ。」
「……」

アンドレは何だか嫌な予感がした。


「ジルベール国王とルシアン妃にご挨拶を。」

「楽に。」
「感謝します。」

「アンドレ、エリソンドも遠くからありがとう。」
「いえ。…今日はどのようなご用件で?」

「…皆、我らだけにしてくれ。」
ジルベールは働き蜂達を退室させた。

「…実は、先日シャンパー二内で大火事があったんだ。」
「はい、来る途中見かけました。かなり痛手を負ったのでは?」
「まぁな。」
「…修復の協力でしたら…」
「ち、違うんだ。」
「…?」

ジルベールは中々言い出せなかった。

「その……」
「?」
「……火事があったのは…リシャールの巣なんだ」
「……はっ…?」

ジルベールはアンドレの顔を見ることができなかった。

「…では…リシャールは…?」

「……」
黙り込んでしまったジルベールを見たルシアン妃がイエローダイヤと羽を出した。

「…これを。」
「……」

アンドレとエリソンドは、見覚えのあるイエローダイヤと羽を見て、言葉を失った。

「……リシャールは無事なのですか。」
「…火事があった部屋から、焼死体とこれらが見つかったの。その部屋は確かにリシャールのだと、リシャールの弟が…。」
「……」

「でも、遺体は焦げていて本当にリシャールかどうかはわからないの。」
「……」

アンドレの紅の瞳から光が無くなったのは、その場にいた皆がわかった。

そして、震える手をイエローダイヤに伸ばした。汚れがついたイエローダイヤのイヤリングは、出会った日にもつけていたものだった。

「……嘘だ。そんな訳ない。」

アンドレが口を開いた。

「アンドレ様。」
エリソンドもアンドレを心配そうに見つめた。

「その遺体がリシャールだと分かるまで、信じることは出来ません。」
「アンドレ、私たちも信じられないわ。でも」
「……遺体はどちらに?」
「まだ巣に安置されているはずだけど……」

「……見させてください。」

ジルベールはアンドレの希望通りに、働き蜂に連れて行かせた。

「……」
「アンドレ様、気分がすぐれないでしょうから…」
「構わない。遺体がリシャールではないと確認できれば、それでいいんだ。」
「……アンドレ様」

「こちらのご遺体です。」

「……」

ルシアン妃が言う通り、見ても全く分からなかった。

「このご遺体が、王台にあったと思われます。その周りに、働き蜂がいたのではないかと推測されています。」
「……そうか。」
「他を見ても?」
「はい、かなり崩れやすいので、怪我にお気を付けて。」
「あぁ、ありがとう」

「アンドレ様、私が見てきます。」
「……」

アンドレは焼死体をじっと見つめているばかりだった。

エリソンドが、残った部屋を見た。ミシェルの部屋にあった、ヤプセレ家の家族写真を見た。

「…これは…お母様か。リシャール様にそっくりだ。」

そして、ミシェルの置いた指輪を見た。
「琥珀、か。珍しいな。いや、シャンパー二では普通なのか。」

部屋を出ると、エリソンドは、リシャールの部屋だけ燃えていることに違和感を覚えた。
「火元は、リシャール様の部屋なのか。」

エリソンドは、これは事故ではなかったと察した。自殺か他殺か。どちらもあり得ると思った。

「アンドレ様、戻りましょう。」
「……あぁ。」

アンドレとエリソンドは、ジルベールの元は戻った。アンドレは一向に口が開かなかった。代わりにエリソンドが話していた。

「ジルベール国王。」
「あぁ。」
「妹さんの行方は?」
「それが、消息を絶っているんだ。」

「どういうことですか。」
「分からない。リシャールと妹のミシェルは、昔から仲が悪かったんだ。」
「そうなのですか。」
「どちらかというと、ミシェルが一方的にリシャールを嫌っていたかと」

「恐れながら申し上げますが、その妹さんが……リシャール様を殺したということはあり得ませんか?」
「…ない……とは断言できない。」
「なるほど。」


「…………か。」

ようやくアンドレが口を開いたが、聞き取れなかった。

「アンドレ様、今、何と?」

「…父上か。」

「え…?」
「父上なのだろう?」
「アンドレ様、それは…」

「リシャールがシャンパー二の貴族で、雄蜂だということも、全て、父上は知っていた。それに、父上が脅して婚約を破棄させた。そうだろう?」

「あ、アンドレ様。」
「アンドレ、落ち着いて。」

「落ち着いてますよ。」

ジルベールとルシアン妃は目配せした。

「…これは、アンドレに持っていてほしい。」
ジルベールはアンドレの手にリシャールのイエローダイヤを握らせた。

「……。」

イエローダイヤを見て、アンドレはよろめいた。

「アンドレ様!…お休みになった方が。」
「アンドレ、今日は戻って休んで頂戴。」

「…何かあったら、私たちが力を貸すよ。」
ジルベールは頷いてアンドレに言った。

「では、ジルベール国王、ルシアン妃、失礼いたします。」
エリソンドが代わりに挨拶し、
「では。」
アンドレはその後ろで礼をした。

「…アンドレ、大丈夫かしら。」
「これで良いんだよ、きっと。」
「アンドレの敵はクロヴィスであると、あの子も理解したと思うけど…」
「あぁ、心苦しいが…」

ジルベールとルシアン妃は、アンドレを心配していた。





「……アンドレ様…」

アンドレはペリシエに帰ろうとしなかった。

またリシャールの焼け崩れた巣に戻り、立ち竦むばかりであった。

「……リシャール…。……どこにいるんだい、リシャール…帰ってきてくれよ。これは嘘なのだろう?…俺を驚かそうとしているだけなのだろう?……リシャール…」
「……」

虚ろになっているアンドレの紅の瞳には、光がなかった。エリソンドはとにかく心が痛かった。

「……リシャール……」

リシャールの名前を呼んで、アンドレは膝を着いた。

「ぁ……ぁぁ…っ…!!」

「アンドレ様……」

「…なぁ、エリソンド。お前も俺を騙しているのだろう?なぁ、そう言ってくれよ。」
「……。」
「…エリソンド、頼むから……」
「……」

紅の瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちていた。

こんなに泣いている主人は、初めて見た。

「……私も辛いのですよ、アンドレ様。」
「………」

「いっそ、誰か俺を殺してくれ…」
「アンドレ様…なりません」
「……すれば、リシャールに会えるだろう?やっと二人で、いられるだろう?」

アンドレは何も考えられなかった。

「…アンドレ様。このままで宜しいのですか??」
「……何がだ?」

「…リシャール様の死の真相を知らずに…このままで良いのですか。」
「……死んだなんて、決めつけるな。」

「……アンドレ様。このイエローダイヤが、焼死体の元にあったと、それに、虹色の羽も。何より、弟さんが調査に入っても、何も進展がないというのですよ。」

「……だから、リシャールが死んだと決めつけるのか?」
「…受け止めるしか、ありません。アンドレ様。」
「……」

エリソンドの言葉で、もっと胸が苦しくなった。アンドレもリシャールは生きていると、無理やり言い聞かせている所があった。だから、否定出来なかった。

「…今世では、結ばれない運命なのだな。」
「……アンドレ様…。」

エリソンドに肩を抱えられ、ペリシエへ戻った。

城へ戻ると、何やら騒ぎが目に入った。

「……あれは何でしょうか…?」
「……?」

ここでは見慣れない蜜蜂達が、城の近くをずらりと並んでいた。

「赤蜜蜂……」
「…マルグリットから来たのか。」
「そのようですね。」
「父上の客だろう。……休みたいんだ。」
「かしこまりました。」

自室へ戻ろうとしたアンドレに誰かが抱きついた。

「……?!」

「アンドレ様!」
「?」

マルグリット王女、マデリーンであった。

「アンドレ様にお会いしたくて、来てしまいましたわ」
「……マデリーン王女。」
「やだ、アンドレ様ったら。私のことはマデリーン と。」
「……」
「…私たちは夫婦になるのですよ?」
「……」

アンドレは何も考えられなくて、黙ってマデリーンを見ていた。すると、エリソンドは気付いて、彼女を引き剥がした。

「マデリーン王女様。アンドレ様は体調が優れませぬ故、お休みなさると。」
「……まぁ、妻が会いに来たというのに。突き放すのね?」
「……」
「冗談よ。そうだ、じゃあ私が看病するわ!」
「…マデリーン王女、それには及びません。…では…」

アンドレが去ろうとした時、マルグリット国王のレイエスが来てしまった。

「アンドレ。君が出かけていると聞いて、待っておった。」
「…レイエス国王にご挨拶を。」
「あぁ、楽にするがいい。」
「感謝します」

「君が結婚を受け入れてくれたお陰で、マデリーンも喜んどる。」
「…マデリーン王女との婚約を認めて頂き、光栄です。」
「…まぁ、アンドレ様♡私も嬉しいわ!」
「……」

レイエスとマデリーンは上機嫌だ。

「結婚式の準備は、近々進めると聞いた。」
「…えぇ、そのようで。」
「私、ペリシエで作られたドレスを着てみたいわ!」
「はっはっは!娘の花嫁姿が楽しみだ!」
「……」

アンドレは口角を上げただけの苦笑いで、その場は乗り切った。

「はぁ……!!」

ようやく部屋へ戻り、アンドレはベッドに倒れ込んだ。

「……」
焦げたのであろう汚れが付いた、イエローダイヤ。黒ずんでしまっても尚、美しかった。

ふと、リシャールの姿を思い出してしまう。

出会った日、再会した日、別れを告げた日。

どの日も美しい思い出。

「失礼致します。アンドレ様、国王陛下がお呼びです。」
「はぁ……」

やっと、部屋へ戻れたのに。

「……」

アンドレはクロヴィスの元へ向かった。


「父上、お呼びでしょうか。」
「……アンドレ。レイエス国王とマデリーン王女には会えたか。」
「はい。」
「…そんなに落ち込むな。お前が結婚するのは、国のためだ。第一王子なら、分かるよな?」
「……はい。」

何だか、父に反抗するのも疲れてしまった。

「……」
「……例の娘は元気なのか?」
「……?」

「お前を惚れさせたシャンパーニの白蜜蜂の事さ。もう忘れてしまったのか?」

煽るようなクロヴィスの表情を見た瞬間、腸が煮えくり返った。

「……知りません。」
「…それは残念。」

クロヴィスがアンドレに背を向けた時、アンドレの紅の瞳は燃え盛っていた。


俺の敵は、クロヴィスだ。

「俺は、お前を討つ。」





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