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5.寂しさ

イエローダイヤの欠片

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アンドレとリシャールが再会している間、

クロヴィスは側近のアレクシスを呼び出した。


「陛下。お呼びでしょうか。」
「あぁ。アレクシス。」
「はい。」

「…マデリーンとの縁談を進めろ。」

「……アンドレ様は宜しいのですか」
「構わん。変に一途なあいつは、私の話は聞かんだろう。……全く、どこまでも母親にそっくりだな。」
「……では、縁談を承諾するとの旨を。」
「あぁ、頼む。」

アレクシスはクロヴィスに言われた通りに仕事へ取り掛かろうとした。するとクロヴィスはこそっと呟いた。

「…まぁ…あの娘は…側室にでもしてやろう。愛人になっては困るからな。」
「……?」

アレクシスは振り返って、聞いた。

「陛下、本当にそれで宜しいのですか」
「?」
「アンドレ様は一途で頑固なお方。マデリーン王女を放ったらかしで、その娘に付きっきりとなったら……」
「…皆、もう子供では無い。」

「……陛下、マデリーン王女は嫉妬深いお方だと聞いた事があります。好きになった雄が雌の働き蜂が触れただけで、雌は処刑されたと。」
「……それはそれは…」

クロヴィスはアレクシスの話を鼻で笑った。そして、アレクシスは火種を撒いた。

「……さらに、陛下…私達は重大なことを知らなかったのです。」
「重大なこと?」

「アンドレ様の婚約者、リシャール・ヤプセレは雄だったのです。」

「…今、何と言った。」
「アンドレ様は雄と婚約をなさろうとしていた、ということです。」
「…ほぉ?」
「生息数が減る一方のシャンパー二では、雄蜂でも子供が産めるように進化していると。」
「…その一人ということか。」
「はい。仰る通りでございます。」
「…真か?」

アレクシスはふっと口角を上げた。

「えぇ。兵士の言い様から、事実かと。」
「なぜそんな重大なことを、先に言わなかったのだ。」
「申し訳ありません。陛下のお気に障るかと。それに、私もつい先日知ったもので。」
「……はぁ…」

クロヴィスはため息をついた。


「どいつもこいつも…舐めた真似を。白蜜蜂に…雄だと?…全く、呆れたものだ。」
「他に御用がなければ、失礼致します。」
「もういい。」
「?」

「巣を燃やせ。」

「賢明なご判断…ですが、シャンパー二の住人へ、ぺリシエが関与してもよろしいのでしょうか。」
「私が殺すと思っているのか?」
「陛下、それは…どういう?」
「自殺か事故に見せかければ簡単な話だ。今頃、彼は国王の勅命に従わざるを得ない。愛する人との今生の別れを選んだ…なんとまぁ悲劇的な話だ。」

馬鹿にしたような言い方で話すクロヴィス。アレクシスは笑った。

「それでしたら、いつ頃に致しましょうか。」
「今夜だ。」

「こ、今夜?」

「本当に追い込まれ、自殺するものは、死の直前まで普段通り接するものだ。周りに引き留められたり、死の邪魔をされないようにするためだ。」
「なるほど。」
「細かいことはお前に託す。信じているぞ。」
「かしこまりました。」

次の日の夜、アレクシスはクロヴィスがアンドレを呼び出すようにさせた。リシャールの元へ行かせないようにするため。エリソンドも主人のアンドレからは離れないだろう。

「アンドレ、お前の結婚が決まったぞ…」


______________



「……」

その夜、アレクシスに手配された黒蜜蜂達はリシャールの巣の周りを囲んだ。

大量の油を掛け、火を掲げた。

「…あれは?」
「あぁ、きっと例の妹だ。あのピンクの上着を着ていた。」
「逃がして良いのか。」
「……仲が悪いのは目に見えたからな。もし何かあったら、探し出し殺せばいい。」
「いやぁしかし、兄を見捨てるとはなかなか性悪な雌だな。」
「あぁ、全く。面白いな。」

油に火をつけると、あっという間に燃え広がった。

「……あの華奢な白蜜蜂ならすぐに骨だ。」
「可哀想だな。」
「ペリシエ王子をものにしようなんざ、100年早いって話さ。」
「さ、俺らも撤収するぞ。アレクシスさんから、報酬は倍にするとの話だ。」
「あぁ、それは良い。」

「…でも、国王はここまでする必要が?」
「分からない。」
「国を巻き込んでるからな。今回の奴は、罪深いぞ。」
「そうだな。」


黒蜜蜂達は火の灯りを背に去っていった。


その夜のシャンパーニは、騒然としていた。



「アレクシスさん、戻って参りました。」
「やれたのか?」
「はい。指示通りに。今頃、巣は燃え盛っているかと。」
「やるじゃないか。報酬は後ほど送らせる。」
「ありがとうございます。」

アレクシスはまた嘲笑うような笑みを見せた。

「面白くなってきたじゃないか。おっといけない。陛下にご報告を。」

アレクシスはクロヴィスにこの事を報告した。

「…よくやった。これでアンドレも動けまい。」
「はい、陛下の威厳が示されたかと。」
「おっと、俺がやったなんて誰が言ったか」
「そうでした、申し訳ありません。彼は自殺、なさったのですね」


2人は笑っていた。


___________________



「貴方、起きてください。」
「…どうしたんだ。」
「火事が起きたという知らせが。」
「え、ここで?」
「いいえ。…リシャールの巣で。」
「…リシャール?」

「まさかそんな。リシャールは?無事なのか?」
「まだ消火活動が続いてるようです。」
「そんな」

ジルベール夫妻は夜中に起きだした。

シャンパーニでは珍しい程の大火事だった。消火するまで長い時間がかかった。

夜が明けて、朝日が昇るころ、ようやく火が消された。

ジルベールは兵士らに、調査をさせた。

「陛下。巣の焼け跡から、これらが。」

調査を終えた兵士が差し出した。

「はっ…」

ルシアン妃は崩れ落ち、呼吸を乱した。

「…これは…リシャールの…」

出されたのは、イエローダイヤ。汚れていてもわかった。
そして、虹色の羽。何があったのかはわからないが、奇跡的に手のひらくらいの大きさの破片が残っていた。

「他に手がかりになりそうなのは見つかりませんでした。遺体はどれが誰かもわからない状態でした。ですが、位置的に王台に一つ、その周りに数十人はいたかと。」
「…はぁ。」

「……陛下、少し気掛かりなことが。」
「なんだ?」
「原型もとどめないほどに焼かれていたのは、一つの部屋だけだったのです。」
「ということは、他の部屋は無事だったということか?」
「はい。他の部屋は火が燃え移ってしまったくらいで、あそこまで崩れる、といったことはなかったのです。」
「…火元は…リシャールにあったと?」
「…まだ、詳細は分かりませんが。」
「あぁ、ありがとう。調査を続けてくれ。」
「かしこまりました。失礼いたします。」

ルシアン妃はジルベールの袖を掴んだ。

「貴方。」
「他の部屋は焼かれていなかった…」
「…じゃあ、ミシェルは?生きているのでは?」
「こんな大火事でミシェルが気付かない訳ない。ミシェルはリシャールを見捨てたということになるぞ?」
「仲が悪いのは知ってたけど。」
「そんなことをする子だとは考え難い。」
「…どこかに逃げているのかしら。じゃあ遺体は?本当にリシャールなの?」
「分からない…」

ジルベール夫妻は混乱した。

この話は、リシャールの弟のロベールにも後に伝わった。ロベールは深い悲しみに襲われた。

ジルベールは、ロベール自身にも巣の焼け跡に出向かせた。



「ロベール様、この部屋は…」

「あぁ、確かに兄上の部屋だ。」

「では、あちらの部屋は。」
「…姉上の部屋だ。」

自身のヤプセレ家の巣に戻ったロベールは、原形もとどめないほどに崩れていた部屋とは反対に、ただ焼けただけの部屋を見た。

「入っても大丈夫か?」
「はい、床も不安定なので気を付けてください。」
「あぁ。」

床は今にも崩れそうに軋んだ音を立てた。ミシェルの部屋へ入って、すぐに目に入ったのは、机に置かれた大きくヒビの入った写真立てとミシェルの指輪。

「…なんだ…」

それは故意に置かれたように見えた。

「…姉上がこれを置いて逃げた?それとも…兄上の自殺?誰かに殺された?ただの事故か?」

ロベールは消息の絶った姉と兄に対してあれこれ考えた。

「ロベール様、ご遺体は…ご覧になりますか。」
「あぁ。」

働き蜂が遺体の安置所にロベールを連れてきた。

「これが王台にあったと思われる遺体です。」
「……」

形はあっても、真っ黒く焦げて、顔もわからない。なんだか見るに堪えなかった。自分の兄だと思われる遺体を見るのは辛かった。兄ではないと言い聞かせて、ロベールは顔を近づけた。

「ロベール様。」
「…顔を見てもわからない。」
「身長はどのくらいの方で?」
「…私より小さい。でも白蜜蜂では一般的な大きさなんだ。だから、兄上だと断定するには早い。」
「そうですか。」
「ちなみに、イエローダイヤは王台から見つかったのか?」
「はい。このご遺体から。」
「…そうか。」

「ですが、火事が起きたのは夜中です。寝るときにもアクセサリーはつけるでしょうか。」
「……確かに。」
「…何か逃げれなかった理由があった、もしくはわざと逃げなかった、とか。」

「どういうことだ。」
「申し訳ございません、ただの憶測です。」
「いや、あり得ると思って聞いたんだ。」

「……死を覚悟したのかのように思えたのです。それで、イエローダイヤを身に着けて王台に戻られた…」
「…鋭いね、君。」
「いえ。勝手な憶測でご無礼をお許しください。」
「構わないよ。参考にさせてもらう。」
「はい。」

働き蜂の推測は、ロベールを納得させた。これで、事故の線は薄いと分かった。
ただ、これが自殺なのか他殺なのか。

「…私は陛下の元へ戻るよ。調査を続けてくれるかな。」
「かしこまりました。」

ロベールは立ち上がって、城へ戻った。

「陛下、戻りました。」
「ロベール。どうだったんだ。」
「確かにあそこは兄上の部屋です。遺体は本当に兄上かどうかは分かりませんでした。」
「そうか。誰より辛いのに現場に行かせて申し訳なかった。」
「いえ。何も分からないままでいる方が、もっとつらいので。」
「…あぁ。そうだな。」

「陛下。」
「どうした。」
「あれは、事故ではありません。」
「と、いうと…」
「兄上の自殺か、他殺です。」

「…はぁ…そうか。なぜわかったんだ。」
「遺体についていたイヤリングです。働き蜂の方が話してくれました。火事は夜中に起きたのに、兄上は寝るときにもイヤリングを付けるのか、と。」
「そうだな。」
「……兄上はあの夜、死を覚悟したのではないかと。」
「?」

ロベールの話をジルベールとルシアン妃は真剣に聞き入った。

「…逃げられない状態にあったか、もしくは、自ら逃げないことを選択したのか。」
「ロベールはどちらだと考えるの?」
「…自殺かと。」

「自殺?」
ルシアン妃は戸惑った。ロベールの口から、一番あり得ないと思っていた答えが返ってきた。

「兄上はよく私に文を出してくださいました。ある時、私に悩みを打ち明けたことがあったのです。普段、悩みなんて口にしない人なのに。アンドレ王子との婚約について、かなり気にしておられましたから。」
「はぁ…」

ルシアン妃はロベールの話を聞けば聞くほどヤプセレ家を気の毒に思った。

「分かった。辛いことをさせて申し訳ない。君はもう休んでくれ。」
「ありがとうございます。」

ジルベールはロベールの寂しそうな背中を見て、ため息をついた。

「貴方。」
「?」
「…あの子が自殺をするような子だとは思えません。」
「だが、ロベールが言っているんだ。それが何によりの証拠だ。」
「……本当に、他殺は考えられませんか?」
「…誰によって殺されたというのだ。」

「ぺリシエ国王です。」

「は…?」

ルシアン妃は必死に訴えた。

「私はそれしか考えられないのです。」
「…なぜ国王がここまで動くのだ。」
「ぺリシエ国王がアンドレの婚約を猛反対していたのは事実です。アレクシスがこちらまで出向き、脅したのですよ?それ以上の根拠がどこにあるというのですか。」
「……」

「貴方。ぺリシエを、いいえ、クロヴィス・ルグランを、許してはなりません。」
「いい加減にしてくれ。どうしろというのだ。」

「アンドレを奮い立たせるのです。」

ジルベールは驚いて、ルシアン妃の方を見た。彼は涙をこらえ、血相を変えて、ジルベールを見つめていた。

「あ、アンドレに?」
「はい。私は、シャンパー二の王妃です。シャンパー二の国と国民を守る義務と責任があります。ですから、陛下。言わせてください。」
「……何が言いたい。」


「アンドレに、リシャールの訃報を。」


「言ってどうするのだ。婚約は破棄されたし、アンドレが返って苦しくなるだけではないか。」
「果たしてそうでしょうか。」
「……」

「アンドレはもう子供ではないのです。」
「……」

「クロヴィスは、私たちの大切な国民の命を、それもリシャールを奪ったのです。私たちからもヤプセレ家からも、何より、彼を一番愛していたであろうアンドレから。……私は悔しいのです。」

ジルベールは黙って聞いていた。どれも同じ思いだった。

「このまま、シャンパー二は黙ってぺリシエの言いなりですか?これでは都合のいい奴隷国ではありませんか。思い出してください。これまでのぺリシエからの雑な扱いを。この小さな国を守ってくれると引き換えにシャンパー二の数少ない資源はほとんどぺリシエに。都合が悪くなれば、脅してくる。これはシャンパー二に対する侮辱です。陛下、悔しくないのですか。」
「悔しいよ。でも小さな国で、力もそこまで強くない。」
「だからこそ、今なのです。」
「今?」

「今こそ、アンドレが立ち上がれば、怖いものなどありません。」

「アンドレは何するかわからないだろう。クロヴィスの息子だぞ?」
「私たちは、アンドレが幼い時から見ているではありませんか。アンドレは正義感の強い子です。頑固な一面があって、それが良い方向に転がってくれると、私は思うのです。クロヴィスの政策によって、彼に不満を持った人々が増えてきているのは事実です。そして、アンドレに新しい時代を期待する者も確実に増えています。」

「だからって、戦をしようというのか」
「できれば戦なんてしたくない。でも、戦をしなくても、良い方法があるはず。それをアンドレが叶えてくれるのではないかと、期待…、信じたいのです。」

ジルベールはルシアン妃に微笑んだ。

「……はぁ。私の想いをすべて言葉にしてくれたようだ。ルシアン、君には驚いたよ。」
「…アンドレを信じてみませんか。」
「あぁ。分かったよ。」

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