honeybee

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4.私を忘れて

別れの手紙

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リシャールが、ジルベールに呼ばれる前。


鏡の前で口紅を引いていた。

「リシャール様、またそのドレスを着るのですか?いつものお気に入りのドレスもありますけど…」
「……何だか、前より服が入らなくなってしまって。…太ったかしら。」

そう言って笑い、腹を撫でた。

「……そんな太ってなんか…」
ヨハンがリシャールの少しだけ膨らんだ腹を見た。

「リシャール様。それって…妊娠してるんじゃ…?」
「…まさか、そんな。」

未来の女王蜂や数多くの働き蜂を産むためには、一度の交尾では足りない。

リシャールが交尾したのはアンドレとの一度だけ。そんなのでは、妊娠しないと思っていた。

しかし、太った時の腹とは違う膨らみ方だったので、リシャールも少し疑っていた。

「…カトリーヌさんに聞いてみては?」
「大丈夫よ、きっと少し太っただけよ。」
「そうですか?……分かりました。」

すると、ヤプセレ家の巣にベルが響いた。

「…何かしら。」
「来客…ですかね?」


「……リシャール様!」

すると、リシャールの王台に飛び込んで来たのはカトリーヌ。とても慌てている様子。

「どうしたの?」

「こっ…!国王陛下が、お呼びだそうです!」
「え?私を?」
「はい!リシャール様を名指しで……!側近の御方がお待ちです!」
「まぁ……」
「行きましょう、リシャール様。」
「……えぇ。」

ヨハンと共に、リシャールは玄関先に向かった。そこには、シャンパー二城の兵が大勢いた。その中央で、国王側近のジャンが会釈した。

「リシャール・ヤプセレ様、国王の勅命をお受け下さい。」
「……!」

リシャールとヨハンは跪いた。

「お受けします。」

渡されたのは、国王から勅命の文。

「……詳しいお話は、直接、とのことでございました。今すぐに私とご同行願います。」
「……はい。」


巣のロビーにて一部始終を見ていたミシェルはほくそ笑んでいた。
「…ようやく、終わりね。ふふっ、いい気味よ。」


そして、ヨハンを連れてジャン達と城へ向かった。


リシャールは、覚悟していた。


_________



____アンドレ王子との婚約を破棄します… __



リシャールは国王の勅命に従った。


文の内容も、婚約破棄の事であった。


________


「リシャール様!」
「……」

「本当に良かったのですか?ジルベール国王に正直に話せば、きっと何か手を打って下さったかもしれませんよ!?」

ヨハンはリシャールに一生懸命訴えた。

「……いいの。」
「リシャール様…」

「国王陛下も、きっとそうしなければならなかったのかもしれないわ。」
リシャールはジルベールの表情から、事情を汲み取っていた。

「…脅されたのかも。」
「えっ!?」

「脅したって言い方は酷いわね…でも、何か事情があったに違いないわ。」
「……そうですか?」
「ただの憶測よ。気にしないで。」

リシャールの目には涙が溢れそうなくらいに溜まっていた。



________ 最初から、間違っていた。


初めてブッドレアの花畑でアンドレと出会った時、彼の服にペリシエ王室の紋章が付いているのも気付いていた。

でも、惚れてしまった。恋をしてしまった。

舞踏会で再会して、あの愛しい彼に、結婚しよう、なんて言われたら。
そんなの無理だろうと思ってても、何処か信じたかった。

だって、アンドレ様と結婚したかった。
子供を産み、一生を添い遂げるなら、絶対にアンドレ様が良いって思ってた。


おとぎ話みたいな結末を信じていた。間違っていた。最初から。何もかも。

_________



リシャールは自身の王台に戻り、早速アンドレに手紙を書いた。



「ヨハン。これをアンドレ様に。遠いけど…届けてくれる?」
「…リシャール様…でも…!?」
「お願い。」


ヨハンはあることに気付いた。封筒の中身と主人の ______


「リシャール様…。これ…」

封筒には、何か入っていた。

主のチョーカーと指輪。リシャールをふと見ると、確かに首と指にあったはずのものが無くなっていた。


 「アンドレ様のため。本当に心から愛しているなら、きっと誰でもこの手段を取る。」

「リシャール様……?」


「ヨハン、お願い。……もう何も聞かないで、何も言わないで。」
「…承知しました……。」

ヨハンが王台を出ると、カトリーヌがいた。

「あ……ごめんなさい…」
「カトリーヌさん。」

カトリーヌはフレアに仕えていた、ヤプセレ家でも中心的な働き蜂。今はミシェルに仕えているが、リシャールを気にかけている。

「…ミシェル様から聞いたわ。」
「何をですか?」
「…ペリシエの王子と婚約を、と。聞いただけで、誰にも言っていないわ。信じて頂戴。」
「……し、信じますけど…。」

何で、ミシェルが知ってるんだ?

疑問に思ったが、まずそれどころでなくて考えるのをやめた。


「…もしかして……」
カトリーヌが言いかけたのを、ヨハンは止めた。

「いいんです。リシャール様が良いと言ったんです。僕は、主人のリシャール様に従います…。」
「……そう。あ、そうだ。ペリシエに行くのでしょう?これを。」

そう言って渡されたのは、黒のローブ。
真っ黒で染められたようなペリシエに、真っ白な白蜜蜂が行けば浮いて仕方がないので、黒いローブを身にまとい紛れ込めるようにする。

「…ありがとうございます。」
「気を付けて。」
「…はい。」


ヨハンは心苦しい手紙を握りしめて、主人の愛する御人がいるペリシエに向かった。
 

「いつ見ても真っ黒だな…。」

黒い建物に黒い蜜蜂。この中に白蜜蜂がいるとは到底思えない。リシャールが、息が詰まりそう、と言っていたのもよく分かる。

そして、とてつもなく大きな城が見えてきた。


「あそこに住んでるって考えられないよなぁ…。舞踏会の時、ちょっと歩けばすぐ迷子になったのに…、よくやるよ。」

独り言をぶつぶつ言いながら、笑ってみた。

「兵士も多すぎるよ…」
とてつもなく大きい城を囲むようにして、とてつもない数の兵士が立っている。

「やっぱり怖いなぁ」
黒蜜蜂の平均身長は、白蜜蜂と30cm程は違うだろうか。ヨハンが隣に立っても、黒蜜蜂達の肩くらい。

怖がりながらも、ペリシエ城門の前へ降りた。

「…貴様は誰だ?何の用だ?」
早速止められた。

兵士達は小さなヨハンを見下ろし、ローブから覗かせた真っ白い肌と美しい瞳に驚いた。

「…白蜜蜂か?」
「はい。シャンパー二から来ました。アンドレ王子に手紙を…」
「王子に?貴様と何の関係があるんだ?」
「……それは…その…!」

別に話しても良いんだろうが、何だか気が引けた。兵士には、アンドレ王子の婚約の問題が通じていないのだろうか。

ヨハンがあれこれ考えていると、偶然通りかかったエリソンドが来た。

「……ヨハン?」
「あっ!エリソンドさん…!」

エリソンドは直ぐにヨハンを通した。

「丁度、アンドレ様がお休みに部屋へ戻った所なんです。きっと、ヨハンなら直ぐにお話するかと。」
「…だ、大丈夫ですよ。ただ…」
「何だ?」
「ただ、これを渡しに来ただけですから。僕はこれで…」

すぐにでも帰ろうとするヨハンをエリソンドは引き止めた。

「…話がしたい。アンドレ様も話したいはずだ。」
「……話すこともありませんよ。」
「頭を下げたらいいか?」
「そ、そこまでしなくても…。」
「なら、頼む。」

エリソンドは必死に懇願するので、ヨハンも渋々頷いた。

「…分かりました。」
「ありがとう。」

連れてこられたのは、城の中でも端にあるような部屋。ここに王子ともあろう御方がいるとは思えない場所であった。さらに、部屋の前に数人の働き蜂が立っていた。

「…ここにアンドレ様がいるのですか?」
「あぁ。最近、アンドレ様の周りを陛下の兵が彷徨いていてな。働き蜂に見張りをさせている。」
「てことは、国王に警戒されてるってことですか」
「まぁ…言ってしまえばそうだな。」

エリソンドは部屋の扉をノックした。
「…アンドレ様。エリソンドです。」
中から聴こえてきたのは、あの低い声。
「あぁ、入れ。」

部屋の中に案内された。中は書斎のような雰囲気であった。壁一面に本棚が並べられているが、机にベッド、ソファまで揃っていた。普段広い部屋にいるからか、少し狭く感じた。

「…息が詰まりそうだ…」
ヨハンは呟いた。


ベッドには、仰向けになったアンドレがいた。腕で目を覆っていた。

「…エリソンド。外出したんじゃなかったのか?」
「そうでしたが……、アンドレ様。ヨハンが来ました。」

すると、アンドレは飛び起きて、ヨハンに駆け寄って両肩を掴んだ。

「ヨハン…?!どうしたんだ?…リシャールは?!」
「…アンドレ様に、これを。リシャール様からです。僕は、これを届けに来ただけなので。帰ります。」
「手紙…?…待て、ヨハン。…話がしたい。」
「……。」
「頼む。」

アンドレは必死の表情で、隣に目を向けるとエリソンドが頷いた。

「…分かりました。なら、少しだけ。」
「ありがとう」

アンドレは安堵したようで、口元が緩んだように微笑んだ。

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