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2.蜜蜂の初恋

妃の言葉は

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「なんて奴らだ!シャンパーニはそんな国だと思いませんでした!!!」
その日、ヨハンはずっと怒っていた。

「ヨハン、だからもう大丈夫だって。怒らないで。」
「怒るに決まってます!!!」

「…仕方ないわ。雄だもの。」
「雄だからって何なんですか!?リシャール様は何も悪くないのに!こんなにもお美しいのに!!!」


リシャールが仕方ないと思うのも理由があった。

シャンパーニは白蜜蜂の数が減り、雄でも子が産めるように進化していた。
しかし、それはごく稀なケースであり、まだシャンパーニで定着していない白蜜蜂の進化なのであった。探せば、リシャールの他にも女王蜂の雄がいる。

「…リシャール様、明日の舞踏会には行きませんよね!?」
「…行ったら良いのかしら。」


「お2人共!!!」
すると、カトリーヌが飛び込んで来た。

「リシャール様に、ルシアン妃から至急のお手紙が……!!」
「ルシアン妃から?どうして?」
「偽物じゃないでしょう!?あ!同情の手紙ですか?だったらいりませんよ!」

リシャールがルシアン妃からの手紙を見た。
シャンパーニ王家の印も付いている。どう見ても手紙は本物だろう。

「…明日、舞踏会へ来てほしいと……」
「はい??絶対に行ってはなりません!」
「…ルシアン妃からだもの。仕方ないわ。」






次の日の舞踏会も渋々参加したリシャール。


ヨハンは相変わらず機嫌を損ねたままだ。

「ヨハン?来たくないなら来なくてもいいのよ?私1人でも大丈夫だから……」
「ダイジョウブデス。リシャールサマヲオマモリスルトキメタノデス」
「……分かったわ」

城の広間の扉を開いた。

人々はリシャールの方を向いた。

あの雄蜂だ、また来たのか。帰れ!

リシャールを罵る声が聞こえた。

「また来たのか、雄のクセに。」
昨日の彼だ。今となっては全く可愛くない。

「雄だから何だって言うのよ。来るつもりはなかったけど、ルシアン妃から呼ばれたもので。」
「は?ルシアン妃が?そんな訳ないだろ?」


「リシャール、こちらへいらっしゃい」
広間の奥からルシアン妃が呼ぶ声が聞こえた。手招きをしている。

「…はい。」
リシャールは恐る恐る前へ進んだ。
人々は避けるように道を開けた。

「国王陛下とルシアン妃にご挨拶を。」
「…いいわ。こちらへ。」

ルシアン妃が王座から立ち上がり、リシャールの肩を抱いた。

すると、王座の肘掛けに妃が持っていたワイングラスを叩きつけた。

大きな音を立てて割れたグラスの破片が床に散らばった。

人々は驚いて、音で溢れる会場は静まり返った。それにジルベールも凄く驚いていた。

「……あらやだ。ごめんなさい。つい。お気になさらずに。」
ルシアン妃は微笑んでリシャールの瞳を見た。


「…リシャール。貴方にはお相手はいないのかもしれないわ。」


ルシアン妃は、人々に聴こえるようにわざと大きな声で言った。

それを聴いていた人々はくすくすと笑った。


「…だって……。…リシャールはとっても美しいんですもの。」
「…え?」

「…まぁ、自覚がないのね。貴方はとっても美しいのよ。雄だろうが、関係は無いわ。何しろ、シャンパーニでは雄の女王蜂など普通なのですから。」
「…普通…何故です?」


「何故って…ジルベールの妃である私も雄ですから。」
「…?!」
人々はざわめいた。
怒り狂いケーキを食べていたヨハンの手も止まった。

「…別に隠していた訳じゃないのよ?普通だと思って。聞かれなかったから言わなかったまでよ?」
ルシアン妃はオホホと高笑いをした。

「…さぁ見なさい、リシャール。…とっても美しく、上品で、こんなにも素敵なリシャールに見合う雄だなんてここにはいないわ。…少なくとも、このシャンパーニには、いないようね。」
「……!」
会場にいる雄蜂は俯いた。


「…貴方は私と同じ雄であり、女王蜂。きっと、貴方もどこかの国の国王に惚れられるに違いないわ。そして、貴方はいつしか妃となり、威厳のある素敵な王様に、ずっと愛され生きていくわ。」

人々は、普段ジルベール国王の後ろで静かにいたルシアン妃が放った言葉に、唖然としていた。

「…よくぞ言ってくれた!!」
ヨハンは小声で喜んだ。

「あらやだ。さぁ、舞踏会を続けて頂戴。」
ワルツが再び響き始めた。

人々は少し気まずそうだ。

「…ルシアン妃、…なんとお礼したら良いでしょうか……」
「まぁ、お礼だなんて。私の勝手な意見を申したまでよ。私は貴方に謝らないとならないわ。舞踏会へ呼び、貴方を傷付けてしまった。ごめんなさいね。」
「そんな……!」

ルシアン妃はリシャールを見て微笑んだ。

「さぁ、こちらへいらっしゃい。お付の方もどうぞ。」

ヨハンも呼ばれ、2人はルシアン妃に連れられ、応接間へ案内された。

そこには、ジルベール国王の大きな肖像画が飾られていた。

「…さっきも話したけど、私も雄蜂なの。シャンパーニには、現在25の雄の女王蜂がいる。私もリシャールも含めて、ね。…だから、気の毒に思う必要はないのよ?」

「そうだったんですね……」
「…本当に、隠してはいなかったのよ!」
ルシアン妃はくすっと笑った

「…シャンパーニの蜜蜂の生息数は年々減ってる反面、有精卵の雄蜂の出生率は少しずつ右肩上がりになってる。…不思議な進化よね…。もう普通であってもいいのに、未だに有精卵の雄は生きずらい世の中よ…。まぁ…私たち王家の者が何とかするべきなのは分かるんだけど…」

「…そのようなことはございません…」
「あら、そう?……リシャール。貴方はこれから辛いことが山ほどあるかもしれないわ。だけど…それでも自分を曲げないで欲しい。」


ルシアン妃はリシャールとヨハンに、様々な話をしてくれた。


「…私は春の舞踏会で、ジルベール様と出会ったの。それに、国境越えた舞踏会で。出会った場所は他国だけど、出身は同じ国だったわ」

「…お声を掛けたのは陛下からなのですか?」
ヨハンがリシャールの後ろからこそっと聞いた。

「ちょっと、ヨハン……!」
「…いいのよ。…そうよ。ジルベール様に惚れられてしまったわ」

ルシアン妃は照れくさそうに笑う。
「結婚の話は面白いくらいにトントン拍子に進んだ…今となっては懐かしい思い出だわ」

「…結婚は……幸せですか?」
「…そうね。少なくとも、私は幸せだわ」
ジルベールの肖像画に触れた。

「貴方にも誰かを愛し、愛され、幸せになる権利がある。…そうだわ、リシャール。想い人はいないの?」
「…想い人……?」

「……黒蜜蜂の彼ですって」
「ヨハン!ちょっと!」
ヨハンの腹を肘で小突くリシャール。
「っ……」

「まぁ。黒蜜蜂なの?」
「…いいえ!想い人はいません!」
「えーっ、リシャール様!?」

「ヨハンが勝手に…」
「そうなの?…あらやだ、気になるわ。」

ルシアン妃は応接間に飾られている品々を見せてくれた。

そして舞踏会が終わりを告げる時、こう言った。


「リシャール。貴方は強く生きるのよ。何かあったら力を貸すわ。」


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