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1.シャンパーニ

ブッドレア

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「ママ!見て!お花を摘んできたの!」

あっという間に育っていくリシャール。
フレアに似た美しさは、成長と共に増していった。

「お兄ちゃん!そのお花、私いや!」
「ミシェル…!…いいでしょう?いい匂いだし、とっても綺麗だよ!」
「…お兄ちゃんったら、変なの!」

「こら。2人とも、喧嘩しないの。」
「ママ、喧嘩じゃないわ。」

リシャールとミシェルは、後の女王蜂として雌蜂に囲まれ育てられた。
主に、貴族としてのマナーと、女王蜂・母親となる身として蜜を作り出し巣を守る教育をされた。

一方、弟のロベールはヤプセレ家の跡継ぎとして大臣の仕事を学ぶため、ルイと共に公務へ出かけた。




フレアは、自身の生涯の扉がそろそろ閉じてしまうことを察していた。

いつからか彼女は王台から動けず、寝たきりの状態になっていた。ほろほろと繊細な羽が崩れていくのも目に見えた。

「まぁ…綺麗な花ね。これは、ブッドレアっていうのよ。」
「ブッドレア?私、これ好き!」

フレアは少し考えて、ミシェルに言った。

「…そうだわ、ミシェル。カトリーヌと一緒に蜜の作る花を持ってきてちょうだい」

「ミシェル様、カトリーヌと行きましょう。」
「はぁい」
そう言ってカトリーヌとミシェルは庭へ出た。


「…リシャール。ママのお膝においで。」

まだ小さなリシャールはフレアの膝上に座った。その親子の姿はそっくり似ていた。フレアは、自身と同じエメラルドグリーンの瞳を見て恍惚とした。

「リシャール。貴方はこれから女王蜂になるのよ。」
「女王蜂…?じゃあ、ママになるの?」
「そうね。リシャールはママになるの。」

「…じゃあきれいになれるね!」
「きれい…?そう…ね。リシャール、じゃあ…とっても綺麗な貴方にこれを。」

フレアがリシャールに渡したのは、イエローダイヤモンドの指輪。幼いリシャールの指にはまだ大きい。
 
「わぁ……!」
「まだ、リシャールには大きいわね。…もう少し大きくなったら、ぴったりになるはずだわ。」
「きれい!!……ママ、いいの?」

「もちろんよ。これからは……これをママだと思いなさい。ママは、ずっと貴方の傍にいるからね。」

「うん!大事にする!」
「…良かった。喜んでくれて。」

リシャールは初めて身につけた美しく輝く指輪を見つめては喜んだ。
その姿を見ていたフレアは優しく微笑んだ。





その数日後、フレアは息を引き取った。
寿命が尽きたのであった。


「……パパ。…ママ、どうしちゃったの」
「…眠っているんだよ。」

フレアの葬式は家族だけで執り行った。

棺に眠るフレアは美しかった。

「…ママ……?」
「フレア……」

ルイは静かに涙を流した。リシャールは父親の震える肩をそっと支えた。

「パパ?……泣かないで。」
「……すまない…」

ルイは我が子を抱きしめた。

訳もよく分からず抱きしめられたリシャールは、辺りを見渡した。働き蜂も皆、涙を流していた。


今は悲しいことが起こってる。…ママはもう起きてくれないんだ。

リシャールは幼ながらも、事を察した。



しかし、その数日後、ルイがフレアの後を追うように亡くなった。病に倒れてそのまま。

二人の最期は、苦しまずに安らかに息を引き取った。それだけは、残された皆にとっては唯一の救いであった。

「……」

両親が残してくれたのは、イエローダイヤモンドの品々。フレアが好きな宝石であり、生前、ルイがフレアにプレゼントしていたという。

ロベールは少し若いが、ルイの後を継ぎ、大臣の役目を果たすことになった。

ヤプセレ家の女王蜂は、リシャール。

一方でミシェルは、リシャールがヤプセレ家の女王蜂となるか、他に嫁ぐか でこの先の道が分かれてしまうのであった。



両親が遺してくれたヤプセレ家の白くて美しくて、大きな巣。どんなに月日が経ってもいつまでも変わらない美しさと輝きを放っていた。








時は過ぎて、リシャールは成人を迎えた。
羽は立派に生えて、空を飛べるように。

「リ、リシャール様…お手伝いされなくとも……花を摘むのは……僕達の仕事なので…」

シャンパーニと隣国ペリシエの国境付近に咲く、ブッドレアの白花。
働き蜂と共に、リシャールが摘みに来ていた。

「…いいの。私、ブッドレアが大好きだから、自分で摘みたいの。それに、ブッドレアが好きなのは私だけでしょう?」

「ですが…こんな遥々遠くまで…」
「だったら尚更。私が自分で摘まないと。」

蜜蜂の中では、ブッドレアを好むのは珍しい。どちらかというと蜜蜂ではなく蝶が好んでいる花だ。独特な甘い香りがした。

「ブッドレアはここにしか咲いていないの?」
「…そう…ですね。シャンパーニにもない訳では無いですが、育てるのがとても難しいようで。気候が丁度いいペリシエでは、たくさん咲いているそうですが…」
「そうなの?!行ってみたい…」

リシャールはブッドレアが大好き。

働き蜂は片眉を上げ、仲間と目を合わせた。


「あっ!リシャール様!隠れて下さい!」
「どうして?」
「行きましょう。リシャール様!」
「だ、だから、どうして?」
「上!上!」

リシャールが働き蜂に言われるがまま、木の影に隠れて上を見ると、明るい青空が曇るように真っ黒い大群が空を飛んでいる。

「…なに、あれ」
ですよ!」
「あ、あれが?」

黒蜜蜂はシャンパーニの隣国 ペリシエ に生息する。身体は白蜜蜂の倍大きく、肌も真っ黒で髪は銀髪が殆どだ。


黒蜜蜂の大群は、大きな羽音を立ててブッドレアの花畑に着地した。数はリシャール達より倍の数がいた。

「…行きましょう。僕達も沢山摘めたので、十分でしょう。」
「…そ、そうね。」

リシャール達は巣へ帰ることにした。虹色に輝く羽を羽ばたかせ、空を飛んでいく。


「あっ!!」

リシャールの母親の形見であったイエローダイヤモンドの指輪がするりと抜けてしまった。


「どうしよう…」

きらりと輝く指輪は、黒蜜蜂の大群の中へ落ちてしまった。

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