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1.シャンパーニ

リシャールの誕生

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季節は春。

咲いた花と蜜の香りが蜜蜂達の鼻を擽る。

蜜蜂が生息するこの世界に六つの国。

威厳に満ちた黒の大国 ペリシエ、海に囲まれた青い国 レステンクール、情熱の赤い国 マルグリット、知性の緑の国 スアレム、勇猛果敢な黄の国 トゥクリフ。


そして、美しい街並みが広がる純白の国 シャンパーニ。
白い建造物に白い花、そして、肌は白く美しい金髪と、光に透かせば虹色に輝く羽をもつ、白蜜蜂が生息していた。
 この白蜜蜂は年々生息数が減っている。絶滅の危機にさらされていたためか、彼らは進化を遂げようとしていた。女王蜂として、雄が産まれることも稀に起きていた。

 しかし、シャンパーニでは未だに受け入れきれない進化だった。そのため、女王蜂の雄が周囲に差別される場面も度々見られた。




 シャンパーニの貴族、ヤプセレ家。

 女王蜂のフレア・ヤプセレが出産した。
一番初めに生まれるのは有精卵であり、未来の女王蜂。


「フレア様!おめでとうございます!」
「……良かった…後は元気な産声が聴ければ…それで良いわ…!」


 白の壁紙に金の装飾をされた美しく豪華な王台に運ばれたのは1つの卵。孵化するのを待つ。

 ヤプセレ家は喜びに包まれた。

「フレア様!旦那様がお戻りになりましたよ!」
「まぁ、ルイが?」

 フレアの夫、ルイ・ヤプセレ。
 シャンパーニの国務大臣の一人として、かなり忙しくしている。

「フレア!よくやった…ありがとう……ありがとう……」
「ルイ。まだこれからなのよ。まぁ、泣かないでよ」

 フレアは市民の町娘であったが、ルイの一目惚れでヤプセレ家に嫁いだ。

 柔らかい金髪と繊細な虹色の羽はもちろん、何よりエメラルドグリーンの瞳が美しい。とても美人だと街で有名な娘であった。雄達の間で取り合いが起こったと、夫のルイが自慢げに話す。


「ルイ大臣。陛下がお呼びです。」
「…あぁ、今来たばかりなのに…。分かった。今行くよ。」
「まぁ、ルイ。急いで。」
「フレア…。だが……」
「いいの。時間がかかるから。早く。」

「…カトリーヌ。フレアを頼んだぞ。」
「かしこまりました。」

 フレアはまた出産を続け、ルイは公務へ戻った。



「ルイ。急に呼び出してすまなかった。」
「いえ。陛下のお呼びですから。」
「…君に話したいことがあってだな…」

 ルイを呼び出したシャンパーニ国王、ジルベール・プレオトル。目尻が垂れた細い目をしていて穏やかな微笑みを浮かべる。

 穏やかで包容力のある彼は、隣国のペリシエとレステンクールと同盟を結び、親睦を深めた一人。隣国の王子達も彼を慕っているとの話もある。

「…良かったらお茶をどうぞ。」
 ルイに茶を出したのは、ジルベールの妻、ルシアン・プレオトル。振る舞いも顔立ちも上品な王妃だ。


「……ルイの嫁も出産を迎えたとな。」
「はい。現在も続いております。」
「そうなのか。そんな時に呼んでしまったのだな。フレアにも申し訳ないことをした。」
「…いえ。」

 ジルベール夫妻にもルイの結婚報告の際にて、フレアの存在は知られていた。

「…お前も父親になるのだな。」
「はい。まだ実感が湧いていないのですが…」
「そんなものだ。孵化するのが待ち遠しいな。」
「はい。仰る通りです。」

 ルイは恥ずかしながらも頷いた。



 フレアが出産し、初めに卵が孵化したのは5日後のことであった。

 ヤプセレ家の王台に可愛らしい産声が響いた。

「フレア様!フレア様!!」
「まぁ!孵化したのね!ママの所においで」

 孵化した赤子を抱き上げる。

「…フレア様……この子…」

「まぁ……雄……?」


 女王蜂となる第一子は、雄蜂であった。


「…まぁ、可愛い。あなたのママよ…。綺麗なエメラルドグリーンの瞳ね…。」
 フレアは赤子に微笑み、優しく抱きしめた。

 孵化した赤子は、真っ白の肌で、節々が赤く染まるのが可愛らしい。まだ、赤子には羽はない。これから美しい羽が生えるのを楽しみに待つ。

 瞳はフレアと同じ淡いエメラルドグリーン。
泣いた後の瞳はとても瑞々しく、宝石が零れ落ちているようだった。


「フレア様……」
 働き蜂のカトリーヌは、未来の女王蜂が雄蜂だと知り、戸惑った。


「フレア!!!」
「ルイ!…見て。貴方の子よ。」
「…さぁ、おいで…」
 ルイは赤子を抱いた。自身の第一子が雄だと知った時、彼は少し戸惑っていた。

「…雄……なのか…?」
「えぇ。いけないの?」

「性別は何だっていいさ。」
「ルイ。」

「ただ、苦労をさせてしまうかと…思ってしまってな。」
「それはそうね……」

頬を赤くして泣く我が子を見つめた。

雄の女王蜂が差別を受け、批判的な声も実際に耳にしたこともある。だからこそ、第一子が雄だということを心の底からは喜べなかった。

だが、そうも言ってられない。

この時ふたりは、我が子に芯の強い子へ育つように願った。


「そうだ、フレア。この子の名前を考えていたんだ。」
「まぁ、決まったの?」
「あぁ。」

 名前は “リシャール” だ。


「リシャール…?貴方が好きそうな綺麗な名前ね。」
「好きそうって何だ」
「ふふっ、センスがあると褒めてるのよ」
「そうかい?」

 フレアとルイは笑いあった。

「まぁ。リシャールも笑ったわ。」
「フレアにそっくりじゃないか。」
「そうね…ママにそっくり。嬉しいわ」
「また、雄蜂の取り合いが起きてしまうだろうな」
「またそんなこと言って。」

 夫婦の仲睦まじい光景を見ていたカトリーヌは微笑んだ。


 第一子はリシャール。長男であり、ヤプセレ家の女王蜂か、跡継ぎの候補。

 そして、次の日にはリシャールの兄弟にあたる蜂達が孵化した。

 第二子には、雌蜂。ミシェルと名付けられた。第三子には、雄蜂。ロベールと名付けられ、ヤプセレ家の跡継ぎ候補。
そして、他の蜂は働き蜂となる。


 ヤプセレ家は家族皆で幸せに暮らした。暫くの間は。


 リシャールが美しい雄蜂であるばかりに、後に悲劇が巻き起こることは誰も想像しなかった。


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