翠碧色の虹

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第二十二幕:ふたつの虹を宿した少女

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夢・・・眠っている時に見る幻覚体験。そして、自分が思い描き、そうなりたいと願う未来・・・もうひとつ、現実的でない考えや空想も夢と言う事がある。昨日、七夏ちゃんのお父さん、直弥さんは夢を追いかけ続けている事、そして七夏ちゃんや凪咲さんも直弥さんを応援している事が分かった。俺も夢と言うと大袈裟だが、目標をしっかりと持つべきだと思う反面、七夏ちゃんはのんびり屋さんの傾向なので、結論を急ぐような行動も考え物だとも思ってしまう。

蝉の声が早朝を告げる・・・すっかり聞き慣れてしまった為か、蝉の目覚まし効果が薄れてきた気がする。慣れてしまうという事は、ある意味、ちょっとした事に気付けなくなってしまうという事でもある。民宿風水での生活に慣れてしまい過ぎないように意識しなおしたい。俺は七夏ちゃんが起こしに来てくれるよりも前に起きる。

七夏「あ、柚樹さん☆ おはようございます☆」
時崎「おはよう! 七夏ちゃん! あれ?」

今日の七夏ちゃんは、久々に見る制服姿だった。そう言えば初めて出逢った時も制服姿だった。色々と当時の事が甦る。

七夏「くすっ☆」
時崎「今日は、制服なんだね」
七夏「はい☆ 登校日です☆」
時崎「なるほど」
七夏「朝食、もう少し待っててくださいね☆」
時崎「ありがとう」

顔を洗って、居間へと移動する。

凪咲「おはようございます」
直弥「おはよう! 時崎君!」
時崎「おはようございます!」

今日は、七夏ちゃんのお父さん、直弥さんも居るので少し緊張してしまう。直弥さんはこれからお仕事へ出かけるみたいだ。

凪咲「あなた、今日は早く帰れるのかしら?」
直弥「すまない。少し遅くなると思うよ」
凪咲「そうなの・・・はい。お気をつけて!」
七夏「お父さん、いってらっしゃい☆」
直弥「ありがとう」

七夏ちゃんも姿を見せた。制服の上に着たエプロン姿が可愛い。

七夏「??? 柚樹さん?」
時崎「え!? ああ、ごめん」
七夏「くすっ☆ 朝食どうぞです☆」
時崎「ありがとう! 七夏ちゃん!」

七夏ちゃんと一緒に朝食を頂く。いつもはのんびりしている七夏ちゃんが、今日はどことなく急いでいる様子で、少し身動きが機敏な感じがする。今の七夏ちゃんが普段の七夏ちゃんの姿なのだとすると、俺は七夏ちゃんの事をまだまだ分かっていない事になる。俺も七夏ちゃんに合わせて少し急ぐ。

七夏「柚樹さん!? どおしたのですか?」
時崎「え!?」
七夏「えっと、いつもより少し慌ててるみたいです」

俺のちょっとした変化に七夏ちゃんはすぐに気付いた。人を良く見ているという点においては七夏ちゃんの方が上だ。民宿育ちという事で、今までも色々な人を見てきているからだろうか。

時崎「なんとなく七夏ちゃん、急いでいるみたいだから」
七夏「くすっ☆ 私に合わせなくても・・・ごゆっくりどうぞです☆」

「七夏ちゃんに合わせたい」と思ったが、さすがに恥ずかしいので、その気持ちを抑える。

時崎「これから学校だよね?」
七夏「はい☆」
時崎「俺も途中まで一緒いいかな?」
七夏「え!?」
時崎「通学中の七夏ちゃんをアルバムにと思って」
七夏「くすっ☆ はい♪」

朝食を済ませ、俺は急いで出かける準備をした。
玄関で、七夏ちゃんを待つ。

七夏「柚樹さん! お待たせです☆」
時崎「ああ。おや? 今日は髪を結ったんだね!」
七夏「はい☆ おかしいですか?」
時崎「いや・・・ただ・・・」
七夏「???」
時崎「今の七夏ちゃん、凪咲さんに似てるなって」
七夏「くすっ☆」
凪咲「七夏、気をつけてね。柚樹君も!」
時崎「はい!」
七夏「いってきまーす☆」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

七夏ちゃんと二人で登校する・・・って、俺は登校ではないのだが。少し早足の七夏ちゃんの後を付いてゆく形となる。

時崎「登校日・・・か」
七夏「どうかしましたか?」
時崎「夏休み期間中の登校日ってなんの為にあるのかなって」
七夏「くすっ☆ 8月に一度はクラスの人と会うため・・・かな?」
時崎「なるほど」
七夏「今日はこの鞄、筆記用具以外は何も入っていないですので、いつもより軽いです♪」

七夏ちゃんは身軽そうに鞄を軽く持ち上げつつ振り返る・・・俺はその瞬間を記録した。


時崎「突然の撮影でごめん」
七夏「くすっ☆ えっと、部活がある人は、夏休み期間も学校みたいですけど、私は文芸部ですので♪」
時崎「文芸部・・・七夏ちゃん小説好きだからかな?」
七夏「はい☆ ですので、今日は学校の図書室にも寄ってから帰ります♪」
時崎「帰り、遅くなるの?」
七夏「えっと、お昼過ぎには帰れると思います☆」

学校へと近づくにつれ、辺りに七夏ちゃんと同じ制服姿の学生さんが目に入ってくる。

時崎「七夏ちゃん!」
七夏「はい☆」
時崎「ちょっと用事があるから、俺はここで! ありがとう!」
七夏「はい☆ 柚樹さん、また後で☆」
時崎「ああ」

このまま学校前まで七夏ちゃんと一緒に居ると、噂になってしまいかねないので、俺はここで七夏ちゃんと別れることにした。
さて、用事があるのは確かだ。以前、写真屋さんにお願いしておいた現像・・・2~3日後には出来上がるみたいなので、受け取りに行く。写真屋さんで現像された写真を確認する。家庭用プリンターで印刷したのと然程変わらないように思えるが、これは月日が経てば明らかな違いとなってくる。家庭用プリンターで印刷した写真はすぐに色褪せてしまうので、大切な思い出のアルバムには、現像された写真の方が適している。俺は、新たに追加でプリント依頼を行った。「セブンリーフの写真立て」が目に留まる。

<<七夏「やっぱり、セブンリーフです! 写真立ては、初めて見ました!」>>

この写真立てのおかげで、今、七夏ちゃんが現像された写真を手にしている事になる。改めて「セブンリーフの写真立て」に感謝する。そう言えば七夏ちゃん、この写真立てに入れる写真、見つかったのだろうか? セブンリーフの写真立てに、七夏ちゃんの写真を重ねてみる・・・とてもよく似合っている。似合っているんだけど、俺にとってこれは真実ではあるが「写真」とは言えない。その理由は、七夏ちゃんの瞳・・・「ふたつの虹」が違って見えるから。なんとか「写真」として、七夏ちゃんの「ふたつの虹」を表現できないだろうか。

虹の本・・・写真集が書店にあったな。この前は売り切れていた為か見つからなかったけど、あの時、高月さんがナンパされる一件があって、結局、書店に虹の写真集の事については問い合わせていないままだ。書店へと移動する。虹の写真集が置いてあった場所へ向かうと---

時崎「おっ! あった!」

前は見つけられなかったけど、今日は虹の写真集が置いてあった・・・と言っても、厳密には「再会」ではないのだろうけど。改めてこの写真集を眺める。思っている以上に色鮮やかで綺麗な虹と副虹がその世界には在った。こんな風に七夏ちゃんの「ふたつの虹」が撮影できたらなと思ってしまう。しばらく虹の写真集を眺めていると、すぐ隣で何かが動く。視線を移すと、幼い女の子が絵本を見ているようだ。視線を虹の写真集に戻しかけた時、その女の子の絵本に再び視線を持ってゆかれた。その絵本はいわゆる「とびだす絵本」で、本を広げると立体的に見える仕掛けが施されていた。その本から「とびだす立体」が思っている以上に豪華で驚く。女の子はお母さんに呼ばれたようで、絵本をその場に置いて立ち去った。俺はその「とびだす絵本」を手にとって見る。絵本のページを進めると次々と、想像よりも一回り大きな驚きがあった。

時崎「今の『とびだす絵本』は、こんなに凄いのか!」

俺の知っている「とびだす絵本」よりも、かなりとびだしてくるその世界を眺めていると、七夏ちゃんの写真集にも、この絵本のような驚きがほしいなと思うようになってきた。七夏ちゃんに喜んでもらうひとつの方法が見えたようで、嬉しくなる。七夏ちゃんへのアルバムにこの「とびだす絵本」のような驚きを加えたい。俺は「とびだす絵本」を購入して、早速、アルバム制作用の材料を探しに雑貨屋へ移動した。

雑貨屋でアルバム制作に使えそうな材料を探す。「とびだす絵本」を作る場合、ハサミやカッター、糊といった基本的な工作用具・・・まあ、これは七夏ちゃんに聞けば貸してくれるかも知れないが、何に使うか訊かれる可能性が高い。七夏ちゃんに驚いてもらう為には、このアルバム作りは水面下で行う必要がある。アルバム作りの為の工作用具と材料を見て回る。

時崎「おっ! これは!」

セブンリーフ・・・七夏ちゃんお気に入りのブランド。そのセブンリーフのレターセットが目に留まる。しかし、七夏ちゃんは既にこのレターセットを持っている可能性が非常に高い。本人に聞く事もできないし、どうしようか迷ったけど、とりあえずひとつ購入することにした。あと目に付いたのは「カラーセロファン」・・・色々な色があってアルバムに彩を添えてくれそうだ。ただ、沢山の色を買うのは非効率なので、透明なカラーセロファンを選び、色は油性のペンで付ける事にした。数色の油性ペンも合わせて購入する。アルバムのベース素材は、厚紙を使う・・・色々なデザイン厚紙が置いてあったので、その中からセブンリーフのレターセットと合うデザインを選んだ。この材料と一緒に購入した「とびだす絵本」から、その仕組みを理解して、アルバム制作を行えば、上手く出来ると思う。必要な材料を買って民宿風水へ戻る。

時崎「ただいま」
凪咲「あら、柚樹君! お帰りなさい。七夏と一緒じゃなかったの?」
時崎「さすがに、学校まで一緒って訳には・・・」
凪咲「そう言われればそうね。いつも七夏と一緒に居るように思えてきて・・・」

凪咲さんは苦笑している。俺も少しこそばゆくなった。

時崎「七夏ちゃんは、図書室によってから帰るって話してました」
凪咲「そうなの?」
時崎「はい。お昼過ぎには帰るって話してましたから、もうすぐ帰ってくると思いますけど」
凪咲「ありがとう。柚樹君」

電話から音が鳴った。

凪咲「ちょっとごめんなさいね」
時崎「はい。どうぞ」

凪咲さんが電話に応答する

凪咲「お電話ありがとうございます。民宿風水でございます。あら? 七夏?」

・・・どうやら、電話の先に七夏ちゃんが居るようだ。

凪咲「・・・そう。分かったわ。気をつけてね」

凪咲さんは電話を置く。

時崎「七夏ちゃんからですか?」
凪咲「ええ。まだ学校に居るみたいで、商店街にも寄るみたいだから、帰りは夕方頃になるって」
時崎「夕方・・・ですか」
凪咲「また、本に夢中になっているのかしら?」
時崎「なるほど」
凪咲「柚樹君、お茶煎れますね」
時崎「ありがとうございます」

凪咲さんが煎れてくれたお茶を頂く。

凪咲「お昼、もう少し待っててくださいね」
時崎「ありがとうございます」

昼食を頂いて、少しくつろぎたくなるが、アルバム制作を行うため部屋に戻る。

時崎「凪咲さん、ごちそうさまでした!」
凪咲「あら? もういいのかしら?」
時崎「はい」
凪咲「今日は何かあるのかしら?」
時崎「え!?」
凪咲「柚樹君も七夏も、いつもよりも少しお急ぎみたいですから」
時崎「はい。ちょっと行いたい用事がありまして・・・でも、部屋に居ますから、何か手伝えることがありましたら、声をかけてください」
凪咲「はい。ありがとうございます」

部屋に移動して早速、アルバム作りに取り掛かる。まずは「とびだす絵本」の構造を理解する事から始める。

時崎「・・・なるほど。このように折り曲げて折りたたまれているのか・・・」

「とびだす絵本」を見る事はあっても、その構造まで注意深く意識して見た事はなかったので色々な発見があった。意識しないと見えてこないのは「副虹」だけではないという事だ。

しばらく「とびだす絵本」を眺めてから、自分でも試作を行ってみる。手元にあるメモ用紙に折り目を入れ、別に飛び出す箇所を切り取った紙を糊で貼り付ける。そのメモ用紙を二つ折りに閉じて開いてみる・・・すると、飛び出す箇所は浮き上がってきた! これはなかなか楽しい・・・が、固定した糊の力が弱かったのか、すぐにとびだす箇所が外れてしまった。何度も閉じたり開いたりする事を考えると、接着面をもっと広く取らなければならない。ただ、あまり広く取りすぎると見た目の印象にも影響するので、そのあたりのバランスは難しそうだ。

しばらく、いくつかの試作品を作って「とびだす感覚」を覚える。どうすれば、大きくとびだしてくるのか・・・。ここで、飛び出す部分にどんなデザインを行うかという問題にぶつかる。今の試作品は無地の紙がとびだしてくるだけだ。この箇所のデザインを考えなければならない。再び「とびだす絵本」を眺める。この本は「お城」「お花」「動物」が飛び出してくる。この本のような仕上りにするためには、相当なセンスが必要だ。絵を描くのは大変だから、素材を使ってデザインを行いたい。MyPadでデジタル素材や、七夏ちゃんの写真画像を眺めてイメージを膨らませる。いくつかの素材を選び、これを印刷しなければならない。

時崎「何度か、写真屋さんに出かける事になりそうだな・・・」

MyPadを眺めていて、凪咲さんから頼まれている七夏ちゃんの写真集も制作を進めなければならない。これは、七夏ちゃんにも協力してもらえるはずだ。あとで相談してみよう。七夏ちゃんの「ふたつの虹」については、まだ分からない事が多い・・・何より、七夏ちゃん本人が分かっていない。これを何とかすることは出来ないだろうか・・・。

七夏ちゃんの瞳の中に存在する「ふたつの虹」は、とても魅力的だ。だけど、その代償なのか、七夏ちゃん本人は、その事が分からないと話している。それは、瞳の色が変化する様子を、七夏ちゃんが確認出来ないからだ。写真には写らない、録画しても写らない・・・何故なのか・・・理由は分からないが、写真には写らない物があるという事だ。その逆の現象なら、現実としてある。肉眼では見えないのに写真には写る「たまゆら(レンズフレア)」がそのひとつだ。他にも心霊写真もあてはまるかも知れない。だから、逆の事があっても不思議ではない。写真とは違うが、鏡に映っている七夏ちゃんの瞳は、俺が見る限り現実の七夏ちゃんと同じだった。以前に、三面鏡に映った七夏ちゃんの瞳を見た時、現実と同じ「ふたつの虹」を、俺は、はっきりと確認できた。だけど、三面鏡でも七夏ちゃんが「ふたつの虹」を確認出来ていないのは、間違いない。そして、七夏ちゃん本人も他の人から言われた事を、何度も確認しようとしたに違いない。

待てよ・・・七夏ちゃんが生まれた時、「七色の瞳の女の子」として、世間から騒がれる事は無かったのだろうか? 俺がこの街に来て七夏ちゃんと出逢って、再会するまでの間に一度思ったことのある疑問・・・時間は限られている。七夏ちゃんが居ない今、俺は意を決して凪咲さんに訊いてみる事にした。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

時崎「凪咲さん!」
凪咲「あら? 柚樹君! 何かしら?」
時崎「今、ちょっとお時間よろしいですか?」
凪咲「!? え、ええ」
時崎「すみません」
凪咲「柚樹君! ちょっと、こちらへ・・・いいかしら?」
時崎「あ、はい」

俺の表情から考えている事を読み取ったのか、凪咲さんは別の部屋へ案内してくれた。

凪咲「お話って・・・七夏の事かしら?」

凪咲さんに先手を打たれる。凪咲さんのお部屋に案内された時点で、なんとなく分かってはいたのだが・・・。

時崎「・・・はい。とても失礼な事を訊いてしまうかも知れません」
凪咲「・・・・・」

恐らく、凪咲さんは俺が今から訊こうとしている事を分かっている・・・そんな表情でじっと俺の目を見て、次の言葉を待っている。

時崎「初めて七夏ちゃんの瞳を見た時、驚きませんでしたか?」
凪咲「やっぱり、その事・・・ね」
時崎「すみません」
凪咲「いえ、いいのよ。いずれ話す機会が来ると思ってましたので」
時崎「・・・・・」
凪咲「七夏と初めて目が合った時・・・その時は、特に目の色が変化するようには、見えなかったわ」
時崎「え!?」

七夏ちゃんの瞳の色が変化するのは、生まれつきではないという事・・・凪咲さんが話しを続ける。

凪咲「七夏が5、6歳の頃かしら・・・ほのかに瞳の色が変わるように見えてきて・・・」
時崎「つまり、成長過程で目の色が変化する様になってきた・・・という事でしょうか?」
凪咲「そう・・・なりますね」

成長過程で色が変化する・・・「ディスカス」や「アジアアロワナ」を思い浮かべた。自然界では特に珍しい事ではない。色どころか、成長過程で姿形が変わる生き物も沢山居るからだ。七夏ちゃんが生まれた時から瞳の色が変化していたら、病院内で話題になって、有名になっていたかも知れない・・・けど、そうではなかったという事が分かった。

時崎「という事は、今後の事も、分からないという事ですよね」
凪咲「そうね。先天的でないとしたら、今後、瞳の色が今のままなのか、変化しなくなるのか・・・それは分からないですけど、どっちにしても、七夏は私の大切な七夏・・・」

成長過程で七色に変化するようになった七夏ちゃんの瞳・・・「ふたつの虹」。それを自分で確認できない七夏ちゃんからすれば、最初は周りの人が口を揃えて、嘘を付いていると思っても不思議ではない。凪咲さんの話によると、ちょうどその当時、TVで「ドッキリ番組」が流行っていた事が、追い討ちをかけてしまったらしい。七夏ちゃんは、いつ「ドッキリだよ」って言ってくれるのか、最初は期待していたみたいだけど、いつまでも来ないその答えを待つのに、疲れてしまったみたいだ。七夏ちゃんが虹や、自分の瞳の話を避けるように振舞うのは、あまり良い思い出が無いからなのだろう。七夏ちゃんが「ふたつの虹」を確認できても、瞳に関する今までの事全てが、良い思い出に変わるとは思えない。だけど七夏ちゃんが「ふたつの虹」を見る事が出来れば「周りの人は最初から本当の事を話していたんだよ」という大切な思い出として、上書きされる事は、間違いないと思っている。

凪咲「七夏も、少し他の人と見え方が違うことがあるみたいで・・・」
時崎「色覚特性・・・でしょうか?」
凪咲「そう・・・かも知れないわね」

凪咲さんは、タンスの中から一枚の絵を持ってきて見せてくれた。

時崎「これは・・・」

少しくしゃくしゃになった紙に描かれた似顔絵・・・七夏ちゃんのお父さんだと思われる。描いたのは、幼い頃の七夏ちゃんだろう。七夏ちゃんの目の特性について、凪咲さんは話してくれた。

凪咲「七夏が生まれてきてくれて、私もそうですけど、ナオ・・・主人は、とても喜んだわ。女の子なら、主人が抱えている目の特性も、現れる確率がとても低くなるから」
時崎「確率・・・ですか!?」
凪咲「ええ。前にもお話しましたけど、主人の目の特性は、多くの人とは少し異なっていて、赤と緑の判断が難しいらしいの」

<<七夏「おとうさん、本当は運転士さんになりたかったんだって」>>

俺は、以前に七夏ちゃんが、お父さんの事を話していた事を思い出した。列車の運転士の場合、遠くの信号の色を早く正確に判断できなければならないらしいから、適性はないという事だった。

時崎「それは、赤緑色弱特性・・・」
凪咲「そうね。男の人の場合は、20人に1人くらいが、その特性を持っていて、女の人は500人に1人くらいになるらしいの」
時崎「男女で25倍も差があるのですか!?」
凪咲「はい。主人はそう話していたわ。だけど・・・七夏が描いた主人の顔・・・眼鏡のレンズの色を見て、私は自分の部屋へ駆け込んでしまったの・・・」
時崎「それって・・・」
凪咲「今思うと、血の気が引いてゆく自分の表情を、七夏や主人に悟られないようにする為だったのかもしれないわ」

-----当時の回想1-----

七夏「おとうさんっ! 今日、おとうさんの絵、描きました☆」
直弥「どれどれ・・・」
七夏「上手く描けたかな☆」
直弥「これは、よく似てるよ! 七夏!」
七夏「くすっ☆ お母さんにはまだ見せてないの」
直弥「どうして?」
七夏「えっと、お父さんに最初に見てもらいたくて♪」
直弥「ありがとう! 七夏!」
七夏「はい☆」
凪咲「あら、どうしたの七夏?」
七夏「あ、お母さん! 今日ね。お父さんの絵を描いたの♪」
直弥「よく似てて驚いたよ!」
凪咲「まぁ! 七夏、私にも見せてくれるかしら?」
七夏「はい♪」

七夏ちゃんは両手を大きく広げて「お父さんの似顔絵」を凪咲さんに見せる。

凪咲「っ! ・・・七夏! 上手く描けてるわ! ちょ、ちょっと、ごめんなさい」
七夏「???」
直弥「凪咲!?」

凪咲さんは、言葉を置き去りにして、足早にその場を離れてしまう。

七夏「お母さん、どうしたのかな?」
直弥「きっと、嬉しくて、自分の部屋で泣いてるんじゃないかな?」
七夏「くすっ☆ 私、お母さんに、この絵あげてきてもいいかな☆」
直弥「ああ。もちろん! きっと喜ぶよ♪」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

七夏「・・・・・」
直弥「七夏!? どおした!?」
七夏「えっと、お、おかあさん・・・ほんとに泣いてて・・・」
直弥「え!?」
七夏「わたし、どおしたらいいのか、分からなくなって・・・」
直弥「七夏!!!」
七夏「おとうさんっ!」

直弥さんは今にも泣き出しそうな七夏ちゃんを、ぎゅっと抱きしめたけど、七夏ちゃんは、そのまま泣いてしまう。直弥さんは七夏ちゃんが落ち着くまで抱きしめていると、七夏ちゃんは、そのまま安心した様子で眠ってしまった。
直弥さんは、眠った七夏ちゃんをお部屋のベッドに寝かせた後、凪咲さんの所へ向かった。

----------------

凪咲「自分の部屋で心を落ち着かせようとしていた私の所へ、主人は理由を聞きに来たの」
時崎「・・・・・」

-----当時の回想2-----

直弥「凪咲・・・」
凪咲「あなた・・・七夏は?」
直弥「部屋で、寝ているよ」
凪咲「そう・・・ごめんなさい」
直弥「七夏の描いた、この絵がどうかしたのか?」
凪咲「眼鏡の色が・・・違ってて・・・」
直弥「眼鏡の色・・・そうなのか?」
凪咲「七夏、もしかしたら・・・1/500の確率・・・」
直弥「凪咲・・・そうだとしても、七夏は僕たちの大切な・・・」
凪咲「分かってるわ。分かってるけど・・・こんな特別なんて・・・」
直弥「その特別も含めての大切な七夏・・・じゃないのか?」
凪咲「・・・・・」
直弥「しっかり頼むよ! 七夏の特性をしっかり支えてあげられるのは、凪咲だけなのかも知れないから・・・そんな凪咲がちょっと羨ましい」
凪咲「・・・・・あなた・・・・・ありがとう・・・」
直弥「俺も凪咲にはできない事で、七夏をしっかり支えてゆくつもりだから、その事に関しては負けないよ!」
凪咲「・・・はい! ちょっと七夏の顔を見てきます」
直弥「ああ」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

七夏「・・・・・」

凪咲さんと直弥さんは、眠っている七夏ちゃんの手を優しく包んであげる。

七夏「んん・・・。お・・・とうさん、おかあさん・・・」

七夏ちゃんが目を覚ます。

凪咲「七夏、ありがとう」
七夏「え!?」
凪咲「おかあさんね。少し大袈裟に泣き過ぎだったみたい」

凪咲さんは、七夏ちゃんの頭を優しく撫でる。

七夏「あっ、くすっ☆」
凪咲「この絵、貰ってもいいかな?」
七夏「はい☆ でも、ちょっと、お父さんの顔が、くしゃくしゃ・・・」
直弥「七夏が、絵を握り締めていたからだな」
七夏「うぅ・・・ごめんなさい」
凪咲「いいわよ、この方がさっきよりも男前さんになったと思うわ! ねっ? あなた?」
直弥「う・・・。そ、そうなのか!?」
凪咲「ありがとう。七夏、大切にするわ!」
七夏「えっと・・・はい♪」

----------------

時崎「それで、この絵は、くしゃくしゃだったんですか・・・」
凪咲「そうね。でも七夏の大切な想いが込められてますから」
時崎「はい! そう思います!」

俺は、七夏ちゃんの目の特性が少し個性的である事を、なんとなく分かっていた。赤緑型色弱とは少し異なる特性のようだが、いずれにしても、七夏ちゃんが持って生まれた個性だ。七夏ちゃんがその特性を負い目に思ってしまわないよう、凪咲さんと直弥さんは配慮されている・・・というよりも、普通の事として認識している。俺は七夏ちゃんの力になれるかと思い、赤緑型色弱について、少し調べていた。これは知っておく方が良いのか、知らない方が良いのか・・・。それとも、知っていて知らない事にするのが良いのか・・・いや、しっかりと知った上で、自然に接する事が大切なのだと思う。それは、凪咲さんと直弥さんが、七夏ちゃんにそうしているのが答えだと思う。俺は、それに加えて、七夏ちゃんが、もっと喜んでくれる事を考えるべきだと思った。

凪咲「虹の色は七色って言うでしょ?」
時崎「え!? は、はい」
凪咲「七色って、色が特定できないとも言えるわ」
時崎「そう・・・なりますね」
凪咲「だから、見た人の数だけ、虹の色はあると思っているの」
時崎「確かに、俺が見た虹色と凪咲さんが見た虹色が同じだと証明するのは難しいですよね」
凪咲「そうね。でも、それを証明する必要って、あるのかしら?」
時崎「え!?」

凪咲さんの言葉に、神経が掻き毟られるような思いを覚える。俺が行おうとしている事を否定されたような気がして・・・。七夏ちゃんに本当の虹を見せてあげたいと思うのは間違っているのだろうか・・・。

凪咲「昔、七夏を抱きながら虹を見たことがあるの。私は『きれいね!』って七夏に話したけど、まだ七夏は幼かったから、虹そのものを分かっていなかったかも知れないわね。あの時、一緒に見上げた虹・・・七夏にはどんな色に見えていたのかしら?」

時崎「・・・・・」
凪咲「私には、私の虹色があって、七夏には七夏の虹色がある・・・それだけの事よ」
時崎「・・・・・」
凪咲「でもね。七夏が、他人の虹に触れたいと望むのなら、母として応援しなければならないと思ってるの・・・それが、柚樹君だったら、協力をお願いしても、いいかしら?」
時崎「凪咲さん・・・もちろんです!」
凪咲「ありがとうございます」

少し安心しつつも、まだ、神経が震えている・・・。俺は、震える神経を宥めるのに手間取り、次の言葉を探し損ねていた。

凪咲「ごめんなさいね」
時崎「え!?」
凪咲「七夏の事になると、ちょっと遠慮がなくなってしまって・・・」
時崎「いえ、そんな事は! 色々ありがとうございます!」

俺は、凪咲さんにお礼をして、自分の部屋に戻った。
「とびだすアルバム」で七夏ちゃんを驚かせたいという思いはあるが、これは少し違う気がしてきた。七夏ちゃんは驚いてくれるかもしれないが、本当は喜んで貰いたい。
アルバムで七夏ちゃんが本当に喜んでくれる事が出来ないか考えを巡らせている。「本当の七夏ちゃん」を七夏ちゃんに知ってもらいたいから・・・。

しばらく「とびだす絵本」を眺めるが、良い考えが思い浮かばない。とりあえず前に進まなければならないので、凪咲さんへのアルバム制作を行う事にした。以前にトリミング編集していた七夏ちゃんの写真・・・その瞳をじっと見つめる・・・。

時崎「・・・そうかっ! もしかしたらっ!」

俺は「とびだす絵本」と「七夏ちゃんの瞳」から、ある考えを思い付いた。

時崎「うまく出来れば、七夏ちゃんが喜んでくれるかも知れないっ!」

俺は、思い付いた考えを素早くメモしておく。後はその考えたことが現実として制作、履行できるかどうかだ。思った事の半分でも実現する事は難しい。考えが暖かい間に、デジタル編集で素材を制作する。

制作作業に没頭していると、扉から音がした。

凪咲「柚樹君! ちょっといいかしら?」
時崎「はい!」

凪咲さんは少し慌てた様子だ。

凪咲「柚樹君! 七夏がまだ帰って来ないの! 何か聞いてないかしら?」
時崎「え!?」

時計を見て驚く。

時崎「もう19時半!?」
凪咲「いつもよりもちょっと、帰りが遅いから・・・」
時崎「七夏ちゃんから連絡は?」
凪咲「お昼に一度あったきり・・・」
時崎「俺、ちょっと探してきます!」
凪咲「ありがとう。柚樹君! 七夏が帰ってきたら、すぐ連絡します!」
時崎「お願いします! こっちも何かあったら連絡しますので!」

凪咲さんに俺の連絡先のメモを渡した。

凪咲「はい。ありがとうございます」

俺は急いで出かける準備をして、民宿風水を後にする。辺りは暗くなりかけて、少し不安な気持ちになりつつも、足を急がせた。

第二十二幕 完

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次回予告

虹は光が無ければ存在できないと思っていた。

次回、翠碧色の虹、第二十三幕

「光りなくとも輝く虹」

七色が色を特定しないのなら、光の無い虹という存在があっても不思議ではない。
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