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俺、見つける1
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俺は迷わず公園に入った。電灯がない公園は真っ暗で、目を凝らしても前があまりよく見えない。
しかし、隠れるには絶好の場所だ。俺が子供なら、ここに隠れるだろう。俺は、この公園にある唯一の遊具の方へ向かった。
転ばないように慎重に歩きながら、トンネルなのかなんなのか、よくわからない遊具のところに辿り着く。
入り口に近づくと、中からジャリ、という音と啜り泣くような声が聞こえた。
暗くて中は見えないが、ビンゴだったようだ。
俺はすぐ声をかけようと思ったけど、はたと思い直す。俺が一人で和樹を説得することができるだろうか。答えは否である。自分のことさえままならない俺に何ができるというのだ。
そこで、ふと相田の言葉を思い出した。
自分で対処できない事態が発生したらすぐに連絡すること。
俺は、すぐにスマホを取り出し、坂崎にメッセージを送った。公園にいる、と送れば坂崎ならすぐにわかるだろうと思った。
とはいえ、坂崎を待つ間このまま放置というわけにもいくまい。
俺は意を決して、遊具の入口の前に屈んで中は話しかけた。
「和樹くん……そこに、いるんだよね?」
中から聞こえていた啜り泣くような音がピタリと止まる。
「…………だれ?」
その代わりに弱々しい声が聞こえた。すぐに出てきてはくれないようだ。
「シェアハウスの……野口だよ。しばらく前に入居した」
「……おじさん?」
「……うん。和樹くんにはおじさんって呼ばれていたね」
こんな時に気にすることではないのかもしれないけれど、おじさんであることを肯定したくはない。
「皆心配してるよ。寒いでしょ。帰ろうよ」
できる限り優しい声で言う。しかし、和樹は一層頑なになってしまう。
「……皆って、誰? 俺知ってるんだよ。お母さんは、俺のこといらないんだ。だって、一緒に暮らしてた時も、夜俺を置いて出て行っちゃうんだ。行かないで、って言ったら、嫌そうな……顔っ……して……迷惑……かけないでって……言うんだ。本当はっ……ずっと……俺に会いたくないって……思ってたんだ。嫌々……会ってたんだ……ほんとは……おれのこときらい……なんだよ」
喋りながら和樹は嗚咽をあげる。
俺は泣き出した和樹にどう対応していいかわからずおろおろする。子供の慰め方なんて知らない。子供に何を言えば……。そこまで考えて頭を振る。
違う。和樹は子供だけれど、抱える悩みに大人も子供もない。さっきそう考えたばかりなのに、なんでまた区別しようとしているんだ。
俺は和樹に自分の話をすることにした。ふう、と一つ息をつく。
「なあ、和樹くん。前に俺に穀潰しって言ったこと覚えているか?」
「っく……うん……」
「俺な、実際穀潰しみたいなもんだったんだ。俺は、十五年前に嫌なことから逃げて、ずっと家に篭っていたんだ」
「……家から出なかったの?」
「全く……ということはないけれど、まあほとんど出なかったね。俺はその時もう大人で、本当なら働いて自立しないといけなかった」
和樹は黙って俺の話を聞いている。
「でも、俺は何もしないで、親に頼りきって生きていた。なのに、親に感謝なんてしなかった。俺の面倒を見るのが当然だって思って、感謝するどころか、酷い態度も取った」
「……そんなことしたら、嫌われるよ」
「そうだよなあ。普通嫌われるよな。けどな、俺の親は俺のこと嫌いにならなかった。なんでかわかるか」
「わかんない……」
「親だからだよ。俺の親だから、どんなに俺がダメな人間でも嫌わないでいてくれたんだ。ほら、そんなダメダメな俺だって嫌われなかったんだ。和樹は俺よりよっぽど立派なんだから、嫌われるわけない。そう思わないか」
俺の話を聞いて、和樹は少し考えているようだった。しばらく沈黙してから口を開く。
「でも……おじさんの親は、おじさんの家族なんでしょ。俺のお母さんは別の人の家族になっちゃうんだよ? もう、俺はお母さんと家族じゃないんだ。新しい家族ができたら、俺のことなんてどうでもよくなっちゃうんじゃないの?」
思いがけないことを言われてぐっと言葉に詰まる。
家族じゃない……わけないけれど、先ほど聞いた再婚の話を思い出してどう説明していいかわからなくなる。
やはり、俺に和樹を説得することなど無理なのか。なんと返していいかわからず、背中を汗が伝う。
しかし、隠れるには絶好の場所だ。俺が子供なら、ここに隠れるだろう。俺は、この公園にある唯一の遊具の方へ向かった。
転ばないように慎重に歩きながら、トンネルなのかなんなのか、よくわからない遊具のところに辿り着く。
入り口に近づくと、中からジャリ、という音と啜り泣くような声が聞こえた。
暗くて中は見えないが、ビンゴだったようだ。
俺はすぐ声をかけようと思ったけど、はたと思い直す。俺が一人で和樹を説得することができるだろうか。答えは否である。自分のことさえままならない俺に何ができるというのだ。
そこで、ふと相田の言葉を思い出した。
自分で対処できない事態が発生したらすぐに連絡すること。
俺は、すぐにスマホを取り出し、坂崎にメッセージを送った。公園にいる、と送れば坂崎ならすぐにわかるだろうと思った。
とはいえ、坂崎を待つ間このまま放置というわけにもいくまい。
俺は意を決して、遊具の入口の前に屈んで中は話しかけた。
「和樹くん……そこに、いるんだよね?」
中から聞こえていた啜り泣くような音がピタリと止まる。
「…………だれ?」
その代わりに弱々しい声が聞こえた。すぐに出てきてはくれないようだ。
「シェアハウスの……野口だよ。しばらく前に入居した」
「……おじさん?」
「……うん。和樹くんにはおじさんって呼ばれていたね」
こんな時に気にすることではないのかもしれないけれど、おじさんであることを肯定したくはない。
「皆心配してるよ。寒いでしょ。帰ろうよ」
できる限り優しい声で言う。しかし、和樹は一層頑なになってしまう。
「……皆って、誰? 俺知ってるんだよ。お母さんは、俺のこといらないんだ。だって、一緒に暮らしてた時も、夜俺を置いて出て行っちゃうんだ。行かないで、って言ったら、嫌そうな……顔っ……して……迷惑……かけないでって……言うんだ。本当はっ……ずっと……俺に会いたくないって……思ってたんだ。嫌々……会ってたんだ……ほんとは……おれのこときらい……なんだよ」
喋りながら和樹は嗚咽をあげる。
俺は泣き出した和樹にどう対応していいかわからずおろおろする。子供の慰め方なんて知らない。子供に何を言えば……。そこまで考えて頭を振る。
違う。和樹は子供だけれど、抱える悩みに大人も子供もない。さっきそう考えたばかりなのに、なんでまた区別しようとしているんだ。
俺は和樹に自分の話をすることにした。ふう、と一つ息をつく。
「なあ、和樹くん。前に俺に穀潰しって言ったこと覚えているか?」
「っく……うん……」
「俺な、実際穀潰しみたいなもんだったんだ。俺は、十五年前に嫌なことから逃げて、ずっと家に篭っていたんだ」
「……家から出なかったの?」
「全く……ということはないけれど、まあほとんど出なかったね。俺はその時もう大人で、本当なら働いて自立しないといけなかった」
和樹は黙って俺の話を聞いている。
「でも、俺は何もしないで、親に頼りきって生きていた。なのに、親に感謝なんてしなかった。俺の面倒を見るのが当然だって思って、感謝するどころか、酷い態度も取った」
「……そんなことしたら、嫌われるよ」
「そうだよなあ。普通嫌われるよな。けどな、俺の親は俺のこと嫌いにならなかった。なんでかわかるか」
「わかんない……」
「親だからだよ。俺の親だから、どんなに俺がダメな人間でも嫌わないでいてくれたんだ。ほら、そんなダメダメな俺だって嫌われなかったんだ。和樹は俺よりよっぽど立派なんだから、嫌われるわけない。そう思わないか」
俺の話を聞いて、和樹は少し考えているようだった。しばらく沈黙してから口を開く。
「でも……おじさんの親は、おじさんの家族なんでしょ。俺のお母さんは別の人の家族になっちゃうんだよ? もう、俺はお母さんと家族じゃないんだ。新しい家族ができたら、俺のことなんてどうでもよくなっちゃうんじゃないの?」
思いがけないことを言われてぐっと言葉に詰まる。
家族じゃない……わけないけれど、先ほど聞いた再婚の話を思い出してどう説明していいかわからなくなる。
やはり、俺に和樹を説得することなど無理なのか。なんと返していいかわからず、背中を汗が伝う。
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