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俺、母親に連絡する3
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「母さん……」
俺は、これだけはちゃんと言わなくてはと思っていた。
「ん? どうしたの?」
本当は、もっと前に言わなければならなかったこと。
「母さん、ありがとう」
言った瞬間、俺の目からまた涙が溢れた。
「雅史あんた……」
母親はまた泣き出した。今日は泣かせてばかりだな、と思う。でも、これは悲しい涙じゃない。
「もう……本当……こんなに……ねぇ?」
「今まで本当……ごめん」
「いいのよ、謝んなくていいの。母さんはね、本当は雅史が元気でいてくれたらそれだけでいいの。それが……こんなに嬉しいことなんて久し振りで……。今度一度こっちにきなさいよ。顔見せに」
「うん、いくよ。年末でいい? 連休とか取れないし」
「うん、待ってるよ。日程わかったら教えてね」
「あ、それと……12月に初任給入るから、12月からは自分で家賃払おうと思うんだ。家賃、いくらなの?」
これも伝えておこうと思っていたこと。仕事を見つけた以上、いつまでも親にお金を出させるわけにはいかない。そのお金は、親が老後を過ごすための資金のはずなのだから。
「……まだ半年経ってないのに、自分で払うの?」
電話口の声から、ひどく驚いていることがわかる。
「仕事始めたのに母さんが払うのおかしいだろ」
「そう……本当に……本当に雅史なのよね?」
「嘘ついてどうするんだよ……」
母親から見ても俺はだいぶ変わったらしい。あまりの変貌ぶりに母親が俺を疑う。
「そうよね……わかったわ。そしたら12月の支払いからは雅史がしなさい。雅史が払うなら直接中里さんに手渡しでもいいはずよ。家賃はね、七万円よ」
「七万円?」
思っていたより高くて驚く。シェアハウスは安さが売りではなかったのか。
「そこのシェアハウスは朝食と夕食出してくれるし、洗濯と共同スペースの掃除もしてくれるでしょう? それを考えたら安いくらいよ」
母親から説明を受けて納得する。確かにそうだ。そこらへんも全部自分でやると考えたらだいぶ安い。
そうすると、俺の月の給料の半分くらいは家賃で消えるのか。お金を稼ぐのって大変なのだな、と改めて思う。
それなのに、十五年間ずっと俺の生活費を負担して、シェアハウスに入れてからもなお、生きていけるようお金を出してくれていたのだと思うと、本当親には頭が上がらない。特に、働いている父親には申し訳なさを感じる。
「わかった。そしたら、俺から中里くんには言っておくよ。……それと、父さんにもありがとうって伝えておいて」
「それは父さんに直接言ってあげなさい。きっと泣いて喜ぶよ。雅史をシェアハウスに入れるって決めた時、最後までグズグズ言ってたの父さんなんだから」
「父さんが?」
実は父親とはあまり交流がなかった。父親は仕事人間であまり家にいなかったし、無口な人だから会っても最近どうだ? くらいしか言わないし、思い起こしても、あまり会話をした記憶がない。
「あの人わかりづらいけどね、息子のあんたが可愛くて仕方ないのよ。大学辞めた時だって、辛いことあったなら家にいればいい、俺が養うって言ってたんだから」
初めて知らされる事実に驚く。そんなことを言う人だったのか。
「まあ、それもね、十五年も経てばやっぱり不安になってね。父さんも母さんも、年には勝てないし」
「うん……十五年も面倒見てくれて、ありがとう。父さんには、年末会った時に自分で言うよ」
「そうしてちょうだい。……本当、たった数ヶ月でこんなに変わるなんて……ううん。違うわね、もともと雅史はそういう子だったわ。一生懸命努力して、真面目で、優しい子だったもの」
母親がしみじみと言う。なんだかだんだんいたたまれなくなってきた。
「まあ、そういうことだから、また連絡するね」
「そうね。連絡待ってるから」
母親との電話を切って、息を吐く。そして、そのまま蹲る。
よかった。本当によかった。
母親に見捨てられていなかった。父親は思っていた以上に俺を大事にしてくれていた。
俺は逃げてばかりで、自分の周りがこんなにも自分を想っていてくれていたことに気付かなかった。
気付けてよかった。ちゃんとお礼を言えてよかった。
年末帰る時には、両親それぞれに何かプレゼントを買おう、そう思った。
俺は、これだけはちゃんと言わなくてはと思っていた。
「ん? どうしたの?」
本当は、もっと前に言わなければならなかったこと。
「母さん、ありがとう」
言った瞬間、俺の目からまた涙が溢れた。
「雅史あんた……」
母親はまた泣き出した。今日は泣かせてばかりだな、と思う。でも、これは悲しい涙じゃない。
「もう……本当……こんなに……ねぇ?」
「今まで本当……ごめん」
「いいのよ、謝んなくていいの。母さんはね、本当は雅史が元気でいてくれたらそれだけでいいの。それが……こんなに嬉しいことなんて久し振りで……。今度一度こっちにきなさいよ。顔見せに」
「うん、いくよ。年末でいい? 連休とか取れないし」
「うん、待ってるよ。日程わかったら教えてね」
「あ、それと……12月に初任給入るから、12月からは自分で家賃払おうと思うんだ。家賃、いくらなの?」
これも伝えておこうと思っていたこと。仕事を見つけた以上、いつまでも親にお金を出させるわけにはいかない。そのお金は、親が老後を過ごすための資金のはずなのだから。
「……まだ半年経ってないのに、自分で払うの?」
電話口の声から、ひどく驚いていることがわかる。
「仕事始めたのに母さんが払うのおかしいだろ」
「そう……本当に……本当に雅史なのよね?」
「嘘ついてどうするんだよ……」
母親から見ても俺はだいぶ変わったらしい。あまりの変貌ぶりに母親が俺を疑う。
「そうよね……わかったわ。そしたら12月の支払いからは雅史がしなさい。雅史が払うなら直接中里さんに手渡しでもいいはずよ。家賃はね、七万円よ」
「七万円?」
思っていたより高くて驚く。シェアハウスは安さが売りではなかったのか。
「そこのシェアハウスは朝食と夕食出してくれるし、洗濯と共同スペースの掃除もしてくれるでしょう? それを考えたら安いくらいよ」
母親から説明を受けて納得する。確かにそうだ。そこらへんも全部自分でやると考えたらだいぶ安い。
そうすると、俺の月の給料の半分くらいは家賃で消えるのか。お金を稼ぐのって大変なのだな、と改めて思う。
それなのに、十五年間ずっと俺の生活費を負担して、シェアハウスに入れてからもなお、生きていけるようお金を出してくれていたのだと思うと、本当親には頭が上がらない。特に、働いている父親には申し訳なさを感じる。
「わかった。そしたら、俺から中里くんには言っておくよ。……それと、父さんにもありがとうって伝えておいて」
「それは父さんに直接言ってあげなさい。きっと泣いて喜ぶよ。雅史をシェアハウスに入れるって決めた時、最後までグズグズ言ってたの父さんなんだから」
「父さんが?」
実は父親とはあまり交流がなかった。父親は仕事人間であまり家にいなかったし、無口な人だから会っても最近どうだ? くらいしか言わないし、思い起こしても、あまり会話をした記憶がない。
「あの人わかりづらいけどね、息子のあんたが可愛くて仕方ないのよ。大学辞めた時だって、辛いことあったなら家にいればいい、俺が養うって言ってたんだから」
初めて知らされる事実に驚く。そんなことを言う人だったのか。
「まあ、それもね、十五年も経てばやっぱり不安になってね。父さんも母さんも、年には勝てないし」
「うん……十五年も面倒見てくれて、ありがとう。父さんには、年末会った時に自分で言うよ」
「そうしてちょうだい。……本当、たった数ヶ月でこんなに変わるなんて……ううん。違うわね、もともと雅史はそういう子だったわ。一生懸命努力して、真面目で、優しい子だったもの」
母親がしみじみと言う。なんだかだんだんいたたまれなくなってきた。
「まあ、そういうことだから、また連絡するね」
「そうね。連絡待ってるから」
母親との電話を切って、息を吐く。そして、そのまま蹲る。
よかった。本当によかった。
母親に見捨てられていなかった。父親は思っていた以上に俺を大事にしてくれていた。
俺は逃げてばかりで、自分の周りがこんなにも自分を想っていてくれていたことに気付かなかった。
気付けてよかった。ちゃんとお礼を言えてよかった。
年末帰る時には、両親それぞれに何かプレゼントを買おう、そう思った。
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