上 下
23 / 37

俺、母親に連絡する3

しおりを挟む
「母さん……」

 俺は、これだけはちゃんと言わなくてはと思っていた。

「ん? どうしたの?」

 本当は、もっと前に言わなければならなかったこと。

「母さん、ありがとう」

 言った瞬間、俺の目からまた涙が溢れた。

「雅史あんた……」

 母親はまた泣き出した。今日は泣かせてばかりだな、と思う。でも、これは悲しい涙じゃない。

「もう……本当……こんなに……ねぇ?」

「今まで本当……ごめん」

「いいのよ、謝んなくていいの。母さんはね、本当は雅史が元気でいてくれたらそれだけでいいの。それが……こんなに嬉しいことなんて久し振りで……。今度一度こっちにきなさいよ。顔見せに」

「うん、いくよ。年末でいい? 連休とか取れないし」

「うん、待ってるよ。日程わかったら教えてね」

「あ、それと……12月に初任給入るから、12月からは自分で家賃払おうと思うんだ。家賃、いくらなの?」

 これも伝えておこうと思っていたこと。仕事を見つけた以上、いつまでも親にお金を出させるわけにはいかない。そのお金は、親が老後を過ごすための資金のはずなのだから。

「……まだ半年経ってないのに、自分で払うの?」

 電話口の声から、ひどく驚いていることがわかる。

「仕事始めたのに母さんが払うのおかしいだろ」

「そう……本当に……本当に雅史なのよね?」

「嘘ついてどうするんだよ……」

 母親から見ても俺はだいぶ変わったらしい。あまりの変貌ぶりに母親が俺を疑う。

「そうよね……わかったわ。そしたら12月の支払いからは雅史がしなさい。雅史が払うなら直接中里さんに手渡しでもいいはずよ。家賃はね、七万円よ」

「七万円?」

 思っていたより高くて驚く。シェアハウスは安さが売りではなかったのか。

「そこのシェアハウスは朝食と夕食出してくれるし、洗濯と共同スペースの掃除もしてくれるでしょう? それを考えたら安いくらいよ」

 母親から説明を受けて納得する。確かにそうだ。そこらへんも全部自分でやると考えたらだいぶ安い。
 そうすると、俺の月の給料の半分くらいは家賃で消えるのか。お金を稼ぐのって大変なのだな、と改めて思う。
 それなのに、十五年間ずっと俺の生活費を負担して、シェアハウスに入れてからもなお、生きていけるようお金を出してくれていたのだと思うと、本当親には頭が上がらない。特に、働いている父親には申し訳なさを感じる。

「わかった。そしたら、俺から中里くんには言っておくよ。……それと、父さんにもありがとうって伝えておいて」

「それは父さんに直接言ってあげなさい。きっと泣いて喜ぶよ。雅史をシェアハウスに入れるって決めた時、最後までグズグズ言ってたの父さんなんだから」

「父さんが?」

 実は父親とはあまり交流がなかった。父親は仕事人間であまり家にいなかったし、無口な人だから会っても最近どうだ? くらいしか言わないし、思い起こしても、あまり会話をした記憶がない。

「あの人わかりづらいけどね、息子のあんたが可愛くて仕方ないのよ。大学辞めた時だって、辛いことあったなら家にいればいい、俺が養うって言ってたんだから」

 初めて知らされる事実に驚く。そんなことを言う人だったのか。

「まあ、それもね、十五年も経てばやっぱり不安になってね。父さんも母さんも、年には勝てないし」

「うん……十五年も面倒見てくれて、ありがとう。父さんには、年末会った時に自分で言うよ」

「そうしてちょうだい。……本当、たった数ヶ月でこんなに変わるなんて……ううん。違うわね、もともと雅史はそういう子だったわ。一生懸命努力して、真面目で、優しい子だったもの」

 母親がしみじみと言う。なんだかだんだんいたたまれなくなってきた。

「まあ、そういうことだから、また連絡するね」

「そうね。連絡待ってるから」

 母親との電話を切って、息を吐く。そして、そのまま蹲る。

 よかった。本当によかった。

 母親に見捨てられていなかった。父親は思っていた以上に俺を大事にしてくれていた。
 俺は逃げてばかりで、自分の周りがこんなにも自分を想っていてくれていたことに気付かなかった。

 気付けてよかった。ちゃんとお礼を言えてよかった。

 年末帰る時には、両親それぞれに何かプレゼントを買おう、そう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよならまでの六ヶ月

おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】 小春は人の寿命が分かる能力を持っている。 ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。 自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。 そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。 残された半年を穏やかに生きたいと思う小春…… 他サイトでも公開中

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ
ミステリー
あのイケメンが捜査官? 話せば長~いわけありで。 もしあなたの同僚が、潜入捜査官だったら? こんな人がいるんです。 ホークは十四歳で家出した。名門の家も学校も捨てた。以来ずっと偽名で生きている。だから他人に化ける演技は超一流。証券会社に潜入するのは問題ない……のはずだったんだけど――。 なりきり過ぎる捜査官の、どっちが本業かわからない潜入捜査。怒涛のような業務と客に振り回されて、任務を遂行できるのか? そんな中、家族を巻き込む事件に遭遇し……。 リアルなオフィスのあるあるに笑ってください。 主人公は4話目から登場します。表紙は自作です。 主な登場人物 ホーク……米国歳入庁(IRS)特別捜査官である主人公の暗号名。今回潜入中の名前はアラン・キャンベル。恋人の前ではデイヴィッド・コリンズ。 トニー・リナルディ……米国歳入庁の主任特別捜査官。ホークの上司。 メイリード・コリンズ……ワシントンでホークが同棲する恋人。 カルロ・バルディーニ……米国歳入庁捜査局ロンドン支部のリーダー。ホークのロンドンでの上司。 アダム・グリーンバーグ……LB証券でのホークの同僚。欧州株式営業部。 イーサン、ライアン、ルパート、ジョルジオ……同。 パメラ……同。営業アシスタント。 レイチェル・ハリー……同。審査部次長。 エディ・ミケルソン……同。株式部COO。 ハル・タキガワ……同。人事部スタッフ。東京支店のリストラでロンドンに転勤中。 ジェイミー・トールマン……LB証券でのホークの上司。株式営業本部長。 トマシュ・レコフ……ロマネスク海運の社長。ホークの客。 アンドレ・ブルラク……ロマネスク海運の財務担当者。 マリー・ラクロワ……トマシュ・レコフの愛人。ホークの客。 マーク・スチュアート……資産運用会社『セブンオークス』の社長。ホークの叔父。 グレン・スチュアート……マークの息子。

処理中です...