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俺、向き合う2

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「ところで野口くんよ、お袋さんには就職のこと連絡したのか」

 坂崎に突然母親の話を振られどきりとする。答えられず目を泳がせていると、坂崎が呆れたようにため息をつく。

「おいおい野口くん。お袋さんには一番最初に連絡しとかないといけないんじゃねえか? 俺や中里くんが野口くんにお節介焼いたのは、お袋さんからよろしくされてたからなんだぞ。早く安心させてやんねぇと可哀想だろ」

「それは……そうなんですけど……」

 俺は口籠る。わかっている。坂崎の言っていることはよくわかっているのだ。

「何か気になってることでもあるのか?」

 中里が俺の様子から何かを察したようで聞いてくる。
 俺は、この二人ならと思い口を開く。

「……情けない話ばかりで申し訳ないんですが……こんなことになって、やっと自分を見つめ直して現実を見られたのはよかったんですけど……今度は過去の自分が恥ずかしくて……両親に対しての自分の態度とか思い出すともう……顔向けができなくて。それに……」

 言葉に詰まる。それは、ここへ来てからずっと思っていたことだった。

「やっぱり……見捨てられたんじゃないかって不安で……。だって十五年ですよ? 愛想尽かされていてもおかしくない……。もう、俺と関わりたくなんてないんじゃないかって……」

 きっと、そんなことはないのだろう。このシェアハウスを手配し、住人全員に挨拶し、当面生活にも困らないようにしてくれた。母親の行動を知ったとき、俺は確かに母親の愛情を感じた。でも、ボストンバッグを放られた時の、あの時の母親の厳しい表情を思い出すと、もしかしたら……と思ってしまい、俺は親に連絡が取れないでいたのだ。

「なるほどなぁ」

 坂崎は難しい顔をしながら頷く。中里も同じような顔をしている。

「そりゃ俺らはお袋さんの気持ちはわかんねぇけどさ、見捨ててる相手のために頭は下げねぇと思うけどな」

 そう言って坂崎は味噌汁をすする。

「とはいえ、これからずっと連絡しないつもりなのか? それでお袋さんや親父さんになんかあった時、後悔しねぇか?」

「それは……」

「いずれ連絡しなきゃなんねぇんだ。だったら早い方がいい。なんかあったら、しゃあねぇから俺が酒にでも付き合ってやるよ。中里くんも付き合ってくれるだろ」

「ああ。そりゃもちろん。まあでも、今の野口さんを知ったら、野口さんの母親は喜ぶと思うけどな。そんな心配しなくて大丈夫だと思うぞ」

 二人に励まされ、少し勇気がわく。
 今の俺は、前の俺と違う。それが伝われば、喜んでくれるだろうか。

「……ありがとうございます。……連絡してみます」

 それがいい、と二人に言われ、頷く。
 もう、目を逸らすのはやめよう。これは、避けては通れないところだ。うまくいかなかったら、少なくともこの二人が俺を慰めてくれる。そのことが心強くて、俺は母親と連絡を取ることにした。このシェアハウスへきてから母親と連絡を取るのはこれが初めてになる。

 夕飯を食べ終え、部屋に戻った俺は、スマホを手に取った。
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