ひきこもり×シェアハウス=?

某千尋

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俺、心が折れる

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 面接に行った会社からは後日予想通りお祈りされた。

 まあ、そりゃそうだ。そんなことはわかりきっていた。面接の後、それまであった自信はしゅるしゅると萎んでいった。
 萎み切ったところにお祈りメールが来て、もはや枯れている。

 鏡を見ると、引きこもっていたせいでまったく焼けていない、病的なほどに白い肌でガリガリの冴えない男が映っている。おじさん、というほどではないが、青年、とも違う。青年とおじさんの間の、なんか中途半端な男。痩せているのに、姿勢の悪さと筋肉の無さのせいでお腹だけぽっこり丸い。見た目に関して、褒められるようなところは一つとして見当たらない。
 では中身はどうだ。小心者で人見知りのコミュ障。これもだめだ。
 能力にいたっては裏付けるものが何もない。高卒、職歴なし、資格なし。客観的にみたらただの無能だ。せめて大学を卒業していれば違ったのかもしれないが、前向きな理由がない大学の中退なんて根性なしにしかみえないだろう。

 俺には、プラスに評価されるようなところが一つもないのか。

 鏡に映る自分を見るのが辛くなって項垂れる。

 そうだ、俺は、これがわかっていたから引きこもっていたんだった。

 大学生活が虚しくて、悲しくて、辛くて。
 それで少しずつ足が遠のき、人間関係だけでなく講義にもついていけなくなって単位を落とした。
 楽しそうに笑い合っている陽キャ達が視界に入って、惨めな気持ちになって、耐えられなくて、最終的に大学に行けなくなった。大学に行こうとすると、動悸や耳鳴りがして、体が怠くなって、何もやる気が起きなくなった。
 今思えば、鬱だったんだろうと思う。

 俺はきっと大学生活に期待しすぎていた。
 特別勉強が得意だったわけではなかったが、そんな中で必死で受験勉強をして、第一志望ではなかったものの、それなりの大学に合格した。
 両親はすごく喜んでくれて、俺は誇らしい気持ちになった。努力の成果が形になって表れて、輝かしい未来が待っていることを信じて疑っていなかった。

 けれど、蓋を開けてみたらそこには何も楽しいことなどなかった。
 友達ができない、勉強しても思うような結果が出ない。
 そんなこと、誰にでもあることで特別なことじゃないのかもしれない。それに、直接いじめられたり、からかわれたりしたわけではない。中学の頃はクラスメイトのイキッた奴らに馬鹿にされたりしたが、それで心が折れたことなんかなかった。何もされていないのに、辛いはずなかった。

 けれど、実際あれは中学の頃より辛かった。
 誰もが俺に無関心なのだ。誰も俺に何の感情も向けない。
 俺は透明人間になったような気持ちだった。俺はあの時、大学の誰にとっても、いてもいなくてもどうでもいい存在だった。

 俺は一人っ子で、両親には可愛がられて育った。大事にされて育った。俺はいつでも両親の宝物だった。それを自覚していた。

 でも、他人にとって俺は大事ではなかった。

 その事実をまざまざと突きつけられて、俺は自分が社会に必要のない人間なのだと思った。その事実は俺を酷く傷つけた。

 必要がないなら、社会に出なければいい。
 家にいれば、俺を傷つける人は誰もいない。

 そうやって、俺は引きこもるようになった。

 長い時間ひきこもっていたおかげで、そのことをすっかり忘れていた。否、忘れたかったのかもしれない。
 俺は自分を諦めきれず、ネットに逃げた。
 ネットでは、俺は何にでもなれた。俺はそこで自由になれた気がした。心地が良かった。
 有り余る時間をネトゲに費やし、高ランカーとして名を馳せた。

 ここが、俺の居場所なのだと思った。
 ここなら、俺は必要とされる。
 俺は、必要ない人間ではない。

 そうやってずぶずぶとネットの世界にのめり込み、心地の良いそこから出ることができず、十五年経ったのだ。

 そして、突然ネットの外の世界へ放り出された。

 けれど、逃げる前の俺と、今の俺は何も変わっていない。
 やっぱり、俺は社会に必要のない人間だった。

「……っは」

 どくどくと激しく動悸がする。左胸に手を当てようとして、その手が震えているのに気付いた。
 一気に十五年前の自分に戻ったようで、全身から力が抜けてその場に座り込む。

 もう、立ち上がれる気がしなかった。



「わっ!!!」

 座り込んだまま動かないでいると、突然後ろから何かがぶつかってきた。
 何事かと思って振り向くと、そこには和樹がいた。
 ぽかんとしていると、その反応が不満だったのか和樹が口を尖らせる。

「リアクション薄すぎ。お父さんだったら驚いてくれんのに」

 どうやら洗面所に座り込む俺を見て、驚かそうと後ろから近づいてきたようだ。
 普段の俺ならこのクソガキ!と思うところだろうが、今のしなしなに萎びた俺は、ただ呆然とするだけだった。
 和樹はそんな俺を訝しんだようだった。

「ん? おじさんもしかして体調悪いのか? 大丈夫?」

 心配そうに聞いてくる小学二年生。俺は、こんな小さな子供にすら心配されるのか。思わず自嘲する。
 情けねえな、と思う。けれど、そうだな、おじさんはもうダメなんだ、きっと。

「救急車を呼んだ方がいいのか?」

 何も反応しない俺を、よっぽど具合が悪いと思ったのか和樹が焦り出す。キッズケータイを取り出したのを見て、慌てて止める。

「……大丈夫。ちょっと疲れただけだ」

 不安そうに俺を見る顔に、これ以上ここに座り込んでいたら本当に救急車を呼びかねないと思い、大きく息を吐いてから、足に力を入れて立ち上がった。もう身体の震えは止まっていた。
 その様子を見て和樹はほっとしたようだった。

「何でそんなに疲れたんだ?」

 和樹は不思議そうに俺を見る。
 その目には侮蔑も嘲笑も浮かんでいない。けれど、その言葉はぐさりと俺の心を突き刺した。
 そうだよな。俺は仕事もしないでずっと家にいる。そんな俺が疲れるわけないもんな。
 自分の中に沸々と苛立ちが生まれてくるのがわかる。
 お前はいいよな。まだ子供だから、何も不安になることがないんだろう。自分が必要な人間かどうかを考えることなどないんだろう。

 俺のこの苛立ちが理不尽なことくらいわかっている。この子供に万一八つ当たりなどしてしまえば、俺はもう人間として終わるだろう。
 一つ深呼吸をして、荒れ狂う気持ちを宥める。
 俺は必要ない人間かもしれないが、害のある人間にはなりたくない。そこまでクズにはなりたくない。

「おじさん?」

「……いや、なんでもない。ちょっと色々あって……」

 話を終えてその場を去ろうとする。今の俺の精神状態で子供と接するのはまずい気がした。
 しかし、和樹はそんな俺を引き留めた。

「あっ、おじさん悩みがあるんだろ。しゃあねえなあ。俺が聞いてやるよ」

 本当に余計なお世話だからやめてほしい。
 というか、なぜこんな時に限って中里はいないのだ。
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