ひきこもり×シェアハウス=?

某千尋

文字の大きさ
上 下
1 / 37

俺、放逐される1

しおりを挟む
 晴天の霹靂ってこういうことを言うんだろうなあ。
 俺はまだ現実が受け止めきれておらず、ぼーっとそんなことを考えていた。
 道路に放られたボストンバッグ。右手にはちょっと厚みのある茶封筒。
 そして左手には、俺の運命を握る鍵とメモ用紙があった。



 俺こと野口雅史は、自分で言うのもなんだがクズである。
 そこそこ有名な私立大学を二年で中退してから十五年間実家で引きニート生活を送っていた。これでもかってくらい親のスネを齧ってきた。
 俺の家は金持ちではなかったけれどなんのその。なんせ俺は一人息子である。俺に金をかけるのは親も本望だろうと罪悪感の欠片もなかった。
 この十五年間やってたこと?ネトゲしか思い浮かばない。いつでもログインしている俺が引きニートなのは皆わかるのか、まともな奴はフレンドにいなかった。同じような奴らとプレイしているから、誰も俺に先のこと考えろとか言わないし、「無職しか勝たん」とか言ってゲラゲラ爆笑していた。昨日までは。

 今日はそのゲームのイベントがあったため珍しく外出していた。久しぶりの太陽の光だわーとか思いながら、会場限定配布の装備を得る為はるばる外出したのだ。
 目的は達したし、ほくほくした気持ちで家に帰ってきたら、家の前に待っていたのは厳しい顔をした母親だった。

「おーただいま。どうしたの?」

 すぐに返事が返ってくると思っていたのに、母親は硬い表情を崩さない。
 いつもの、雅史は本当仕方ないんだから、と苦笑いしながら甘やかしてくれる母親とは明らかに様子が違い、もしや父親の身に何かあったのではと一瞬のうちに緊張感が走る。しかし、そんな俺の予想は大きく外れることになった。
 最悪な方向に。

 母親は無言で俺の足元にボストンバッグを放った。
 俺は訳がわからず、ボストンバッグと母親の顔を交互に見比べた。

「母さん? これなんだよ」

 訳の分からない状況に苛立った俺は、不機嫌を声にのせて母親を詰めた。
 後から考えると、せめてこの時殊勝な態度を取っておけば何か違ったのではないか、と思うが、後悔先に立たずというから仕方ない。

「もうここにあんたの部屋はないよ」

「……は?」

 言われた内容が予想外すぎて、うまく脳が処理できなかった。部屋がない?一体何を言っているのだろうか。理解ができずに聞き返すと、母親は一つため息をついてから同じことを言った。

「だから、ここにあんたの部屋はない。もう中のものもだいたい処分したから、あんたの部屋だったところは空っぽだよ。そこに当面の着替えとかは入ってるから、出て行って頂戴」

「……何言ってんの?」

「あんた昔から友達いないし、大学辞めたのだって友達一人もできなくて辛かったんだろうと思って今まで様子見てきたけど、もう何年経った?仕事を探す素振りもなけりゃ焦ってる様子もない。

 それでも、可愛い一人息子だから、面倒見られる限り見ていこうとも思ってたよ。けどね、私もお父さんも、あんたより先に死ぬんだよ。その後のあんたの人生賄えるほどの財産だって残してやれない。どうしようかってずっとお父さんと相談してた。

 そしたらね、ちょうどお父さんが仕事で転勤することになったのよ。お母さんはそれについていって、この家は人に貸すことにしたの。あんたはこれを機会に自立を図りなさい」

「は!? いや、意味わかんないんだけど。つか追い出されてもいくとこないし……つか処分って! パソコンとかゲームとかどうしたんだよ! フィギュアも捨てたとか言わねーよな!?」

 俺はこの時点においても、まだ母親が本気だとは思っていなかった。俺が駄々を捏ねれば、母親が折れると思っていた。しかしそれは甘かった。

「お母さんは最近知ったんだけど、シェアハウスっていうのが流行ってるらしいじゃない。あんたは典型的な内弁慶の外地蔵で対人関係がダメダメだから、そういうとこで人間関係学んだらいいと思って探しといたわよ。これそこの鍵と住所書いたメモね。
 あと、パソコンはそのシェアハウスに送っておいたけど、あとは全部処分したわよ」

 母親にポンと鍵とメモ用紙を渡され、俺は硬直した。そしてじわじわと沸き上がってきたのは怒りだった。

「俺のもの勝手に捨てるとか!! 家族でも許されないよね? それ、器物損壊じゃないの? 損害賠償求められるやつだよね? 裁判やったら俺勝つよ!?」

 俺は長年ネット民をやっていたため、色々な知識を持っているという自負があった。これは俺に理があると、本気で思っていた。
 しかし、そんなものは俺が一人の人間として自立していなければ全く役に立たないものだった。

「裁判? はーん、すればいいじゃない」

「えっ」

「するならすれば? 今まで散々迷惑かけられてきたってのに、それをそういう形で返すっていうならこっちにも考えがあるよ。……そこのシェアハウス、とりあえず半年分の賃料は持ってあげるつもりだったけど、全部自分で払うのね。あと、仕事が決まるまでの当面の生活費としていくらか渡しとこうと思ったけど、それもやめるわ」

 俺はこの時になって初めて自分の立場を思い知った。俺は交渉できる立場ではなかったのだ。
 そして、ここへきてやっと母親が本気であることもわかり、これ以上何か言ったら本当に無一文住所不定になる、と危機感を持った。

「……っ裁判は……しない。から、家賃とお金は……」

 ここで謝罪でもすれば、やはり結果は違ったかもしれない。
 けれど、俺は学のない母親を自分より下に見ていたため、プライドが邪魔して謝ることができなかった。謝ったら、自分が母親より下であると認めるようで嫌だった。
 でも、住居と金は必要だった。
 だから、唇を噛みしめながら折れた。多分、この時の俺は相当不本意を露わにした顔をしていただろう。

 母親はそんな様子の俺を見て、心底呆れたという風に大きくため息をついた後、俺を睨んだ。

「全く……あんたがこうなったのも、親である私たちに多少なりとも原因があるんだろうから、それはやってあげる。けど、賃料払うのは半年分だけだから、それまでに仕事見つけて自分で払えるようにしなさい。そんでこれ、お金。三十万円入ってる。お金あげるのはこれが最後だと思いなさい」

 ほら、と渡された茶封筒を受け取って呆然とする。
 母親に睨まれるなんて初めてだったのだ。
母親に、こんなに冷たい目で見られたことはなかった。
 呆気にとられたままの俺に、引っ越し先の住所はまたメールで送るからと言って、母親は車に乗って去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の目の前の魔法少女がつかまえられません!

兵藤晴佳
ライト文芸
「ああ、君、魔法使いだったんだっけ?」というのが結構当たり前になっている日本で、その割合が他所より多い所に引っ越してきた佐々四十三(さっさ しとみ)17歳。  ところ変われば品も水も変わるもので、魔法使いたちとの付き合い方もちょっと違う。  不思議な力を持っているけど、デリケートにできていて、しかも妙にプライドが高い人々は、独自の文化と学校生活を持っていた。  魔法高校と普通高校の間には、見えない溝がある。それを埋めようと努力する人々もいるというのに、表に出てこない人々の心ない行動は、危機のレベルをどんどん上げていく……。 (『小説家になろう』様『魔法少女が学園探偵の相棒になります!』、『カクヨム』様の同名小説との重複掲載です)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

一か月ちょっとの願い

full moon
ライト文芸
【第8位獲得】心温まる、涙の物語。 大切な人が居なくなる前に、ちゃんと愛してください。 〈あらすじ〉 今まで、かかあ天下そのものだった妻との関係がある時を境に変わった。家具や食器の場所を夫に教えて、いかにも、もう家を出ますと言わんばかり。夫を捨てて新しい良い人のもとへと行ってしまうのか。 人の温かさを感じるミステリー小説です。 これはバッドエンドか、ハッピーエンドか。皆さんはどう思いますか。 <一言> 世にも奇妙な物語の脚本を書きたい。

よくできた"妻"でして

真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。 単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。 久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!? ※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

白石マリアのまったり巫女さんの日々

凪崎凪
ライト文芸
若白石八幡宮の娘白石マリアが学校いったり巫女をしたりなんでもない日常を書いた物語。 妖怪、悪霊? 出てきません! 友情、恋愛? それなりにあったりなかったり? 巫女さんは特別な職業ではありません。 これを見て皆も巫女さんになろう!(そういう話ではない) とりあえずこれをご覧になって神社や神職、巫女さんの事を知ってもらえたらうれしいです。 偶にフィンランド語講座がありますw 完結しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

処理中です...