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26 心臓がおかしい件

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 まじで俺の心臓がおかしい。
 俺はあの後、常より速い脈拍に見舞われながら帰路についた。
 つーか、由紀俺のこと触りすぎだったし。暇さえあれば俺の髪の毛をくるくるくるくると。

 あの時は色んなことが起こりすぎて混乱していて、そのせいで心臓が跳ねまくっているんだと思っていたけど、あれからしばらく経った今でもあんまり変化はない。
 それどころか悪化しているというか……由紀を見ると嬉しくなるし、なんかこう近づきたくなるというか。そして近づくとドキがムネムネするわけだ。

 これじゃこれまでとは逆だ。由紀が俺に懐いている感じだったのに、今では俺が由紀に懐いているみたいだ。

 でもこうなったのは仕方ない。なんせめちゃめちゃ嬉しかったんだよ。見た目とかを偽ってまで隠していたことを曝してまで、俺を助けてくれたことが。そんなこと、前世では一度もなかった。今世でも、そんなことしてくれそうな奴は他にいない。

 誰かに必要とされたい、誰かの大切な人になりたいって、前世の俺はずっと渇望していた。
 今回改めてわかったけど、俺は前世の思いに結構引き摺られているところがあるみたいだ。みたいだ、というのは……正直俺もよくわかんねぇんだよな。
 前世の記憶があるといっても、前世の俺と今の俺を混同しているつもりはない。前世の俺と今の俺は全くの別人だ。だから別に、前世の俺の願いが今の俺の願いなわけじゃない。でも、記憶はあるからどうしても今と比較してしまうし、前世ではできなかったことを叶える度に満たされる思いがする。
 だから、自分の不利益を顧みず俺を助けてくれた由紀の行動が嬉しくてたまらなかった。だってそれって、それだけ俺が大切だってことだろ? 前世の俺が何よりも求めていたものだったんだよ。

 幸い、あの子は由紀のことを周りに吹聴することはなかった。俺の同性愛者疑惑が噂されることもなかったので、あの写真も誰にも見せていないのだろう。いくら生徒数の多い学校とはいえ、そういう話はすぐ広まるんだ。
 数日は警戒していたけど、しばらく経っても何の話も耳に入らなかったので心底ほっとした。もちろん、由紀になんかあったら今度は俺が全力で助けるつもりだったけどな。

「なんか最近、さらに由紀との距離が近付いたよね」

 ここのところ不定期で開催されるようになった非常階段での相談会のようなもので、颯太が興味深そうに言う。

「まあ、この前の一件で近くなった気はするな」

 ちなみに颯太には、詳細はぼやかしながらも由紀に助けてもらったことを伝えている。ついでに何で自分じゃなくて由紀に行くように言ったのかを聞いてみたら、それがベストだと思って、とよくわからない回答が返ってきた。

「ところで、今日はどうしたんだよ」

 この非常階段の会は、颯太が他の人に聞かれたくない、もしくは聞かれるべきではないと思った話をするときに開かれる。

「んー……もしかしたら、あの人に彼女ができたかもしれないんだ」

 そう言って颯太は寂しそうに微笑む。

「まあ……そんなんで諦めるつもりはないけど、やっぱ落ち込むからちょっと吐き出したくて」

「まじかぁ……悪ぃ、気の利いたこととか言えねぇわ」

 そういうのはいいから大丈夫、と言ってため息をつく颯太。

「俺の方が年上だったらよかったのに。俺が年上だったら、囲い込んじゃうんだけどなぁ」

「真顔で怖いこと言うなよ」

「真剣に思ってるからね。無力な自分が恨めしいね」

 なんだか颯太は追い詰められているように見えた。そりゃそうだよな、長いこと片思いしている相手に恋人ができたかもしれないんだもんな。

「今までは相手にそういう相手いたことなかったのか?」

「あるよ。それで気付いたんだから」

 鈍くて困っちゃうよね、と颯太は眉を下げてから俯く。

「俺が言ったんだ。彼女でも作ればって」

 後悔の滲む声でぽつりと呟く。
 そう言えば、気付くのが遅かったと言っていたなと思い出す。まだそこらへんの詳しい話は聞いてない。

「なんでそんなことになったんだ?」

「……告白されたんだよ、彼に」

「は?」

「そういう反応になるよね。本当、自業自得ってこういうこと言うんだと思う」

 颯太はぽつりぽつりと話し出す。
 その内容は、颯太の自業自得だなんて思うことじゃなかったけど、今の状況の原因であることは確かだった。

「あの人はさ、もう選択肢から俺を外してるんだよね。そこにもう一度入んないといけない。けど、無理に入ろうとしたら逃げられそうだから、じわじわ追い詰めてるところなんだけど」

「不穏なワードが聞こえるんだが」

「チャンスってそんなに何度もあるもんじゃないんだよ。俺は大きなチャンスを逃しているから、次のチャンスは自分で作るしかないと思ってるんだ」

 俺はうーん、と唸ることしかできない。なんせ恋愛なんてしたことがないからイメージがわかないのだ。ダメなら諦める、というものではないのか。

「……裕也はさ、由紀に恋人ができても何とも思わない?」




 俺は、颯太の問いに答えられなかった。何とも思わないと言おうとして、言えなかった。自室のベッドで寝転んで目を瞑る。

 想像した。

 俺以外の男と寄り添う由紀を。俺以外の男に優しく微笑んで、肩を抱き寄せる姿を。
 そしたらなんか、胸のあたりがムカムカしてきて、気分が悪くなった。

 俺は、俺が思っていたよりも鈍かったかもしれないけど、さすがにわかる。
 ただの友達に恋人ができることを想像して、こんな気持ちになんてならない。せいぜい、羨ましいなとか、やっかみを覚えるくらいなもんだ。

「まじかよ」

 一体全体、なんでそうなったのか、なんでこんな感情を持ったのか自分でも全くわからないけど。
 俺、もしかしなくても由紀のこと恋愛的に好きなんじゃね?
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