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しおりを挟む僕は定期的に領地に行く。それは婚約者候補になったときからの約束で、植物の品種改良をするためのものだ。王都の屋敷にも、僕専用の庭園と温室がある。しかし、領地の品種改良の技師と相談して進めなければならないこともあるため、領地に足を運ぶ必要があった。
僕には、卒業までに……正式な婚約までに品種改良を進めてしまいたいものがあったのだ。
それは僕たちが三年生になった年のことだった。いつものように領地に行っていた僕が、王都に帰って来ると、世界が変わっていたのだ。
「エティエンヌが睨んでいて怖い! パトリック、助けて!」
ここは、いつもパトリック殿下とロラン様、マチアス様、そして僕の四人で過ごしている学院のサロンだ。パトリック殿下の腕には、ピンクブロンドの髪にピンク色の瞳を持つ、小柄な女生徒が縋るようにしがみついている。彼女は、女生徒はバルべ男爵の庶子、アンヌ嬢だ。市井で平民として暮らしていたが、珍しい聖魔法の使い手であることがわかり、父親の家であるバルべ男爵家に引き取られた。そして、聖女候補として神殿に保護されるとともに、貴族籍を得たため、この学院に通うことになったのだ。
アンヌ嬢がパトリック殿下と話をしたいと神官長に伝えたため、神殿から王家にその旨の申し入れがあり、今回は学院のサロンで学生同士として話をすることになった。
サロンには、いつもの四人以外に、マリー様とブーケ侯爵令嬢エルザ様がいる。そこにアンヌ嬢が参加することになった。マリー様はダヴィド兄上の婚約者であり、エルザ様はロラン様の婚約者である。
アンヌ嬢は「パトリックと側近だけでいいのに」と言っていたらしいが、そうもいかないだろう。たとえ人目があっても、男性ばかりのサロンに、令嬢を招くことはあまりないのである。
アンヌ嬢は聖魔法に目覚めてから、いくつかの過去視や未来視をしているという。しかし、アンヌ嬢が視たというロラン様やマチアス様の過去は、微妙に違うもので、彼らは苦笑をしながら否定もせずに受け流していた。内容的にもかなり私的なことで、サロンで話題にするようなことではなかいように思われた。
その話の後で、アンヌ嬢は、僕の顔を見ながら「どうしてエティエンヌの顔に傷がないの? おかしいわ」と言ったのだ。その言葉には驚いたが、アンヌ嬢が視た過去の僕の顔には、魔獣につけられた酷い傷跡があったのだそうだ。
その言葉に唖然として彼女の顔を見ていたら、いきなり怖いと言われたのである。
僕はどうしたらよかったのだろうか。
そして、パトリック殿下を呼び捨てにしているのも理解できないし、他人の、ましてや王族の体に簡単に触れているのは非常に無礼なことである。その様子に僕は唖然となったのだが、とにかく落ち着いてもらおうと声をかけた。
「バルべ男爵令嬢、どうされたのですか?」
「いや、こっちを見ないでよ!」
「神殿騎士殿、バルべ男爵令嬢を落ちつける場所へお連れしてくれ」
パトリック殿下は、アンヌ嬢が連れてきた神殿騎士に彼女を連れて行くよう指示を出した。神殿騎士はアンヌ嬢をパトリック殿下から引き離し、そのままサロンから連れ出した。
「どうしてあたしが出て行かなきゃならないの? エティエンヌが出て行くんでしょう! あたしを睨んだのよ!」
アンヌ嬢はそんな言葉を残していった。
僕は睨んでいません。
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