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「アドルフ殿下……」
「言い訳はするな! 
 お前は、隣国に留学をして、カトラリー学園には三年生から通うとかいうわがままを聞いてやった。
 それなのに、俺に愛想を良くするどころか、王宮に来ても、俺のところには来ず、御正室様とばかり話をしておったのも、気に入らなかったのだ。学園でも、俺の役には全く立たなかったではないか!
 それなのに、可憐で可愛いリリアンに嫉妬して嫌がらせをするなど、以ての外だ!
 北の荒れ地の修道院へ無期限で送ってやるから覚悟をするとよい!」

 「「「ひうっ……」」」

 会場から息をのむ声が聞こえる。北の荒れ地にある修道院と言えば、過酷な環境で有名である。赴任した修道僧も任期は一年と決められている。冬を二度三度と過ごすことができるのは、よほど頑丈で運のよい人間に限られている。そのため、その地に送られるのは事実上の死刑と言ってよい。


 そんなことを言ってはいけません!

 誰もが叫んでいた。心の中で。


「取り押さえろ!」
「はっ!」

 赤毛の騎士が、銀髪の美青年を押さえつけて跪かせる。
 勝ち誇ったように笑う金髪の王子。それに縋りついてにたりと悪辣な笑みを浮かべるピンクブロンドの令嬢。満足気に頷く青髪の眼鏡令息。

「これで、リリアンに嫌がらせをする者はいなくなる。安心するがよい」
「うふ、これでぇ、リリアンは、次の王様の正室様だね?」
「ああ、リリアンは可愛いなあ」
「いやだぁ、可愛いなんてぇ。アドルフ様もかっこいいよ。だいすき」
「リリアン!」

 舞台上で抱き合う二人を見て、皆が遠い目をする。
 卒業夜会で進行しているとんでもない事態に、今度こそ全員が顔面蒼白になった。

 止めなければならない。止めなければならないが、興奮している金髪の王子は不敬だとかなんだとか言って何をしてくるかわからない。何しろ金髪の王子は、自分たちより身分が高いのだ。護衛騎士に命じる内容によっては、その場で切り殺される可能性があるのだ。

 自分の身は可愛い。

 あああ、どうしよう、誰か、誰か。

 誰か、彼らを止めて!





「放せっ……」
「大人しくしろっ!」

 抵抗する銀髪の美青年を、赤髪の騎士が、乱暴に押さえつける。

 これを止められる人物は、どういうわけかここにはいない。いるはすなのに。どうして。どうして。



 どうして、いらっしゃらないのですか!
 


 会場の空気が、これ以上はないというぐらいピンと張りつめた。その時だった。


 パン!

 大きな音を立てて、扉が開いた。


「遅くなってすまなかったな!
 ところで、なぜ、扉の前に立って邪魔をする護衛騎士がいるのだ?」

 黒髪に紺碧の瞳。上背のある精悍な美丈夫が、会場につかつかと笑顔で入って来た。その笑顔に、張りつめた会場の空気が緩んでいく。

 やっと、やっと、いらっしゃった。

 皆が待っていたその人物が、その場に現れたのだ。



「いえ、あの……、申し訳ございません……」

 扉の前にいた護衛騎士は、入って来た人物を見て顔をこわばらせた。

「うむ、気をつけるようにな」

 そう言ってから、黒髪の美丈夫は会場の中央に目を止めた。
 
「これは……、何をしておるのだ?」

 黒髪の美丈夫は、先ほどまでの笑顔を消すと、辺り一面が凍りつくような声を出した。

「エリオット!」
「ブルーノ、その手を放せ」

 銀髪の美青年が自分の名を呼ぶのを聞いた黒髪の美丈夫が、地の底から響くような声で命ずると、赤髪の騎士は顔色を変えて銀髪の美青年から手を放した。

「ああ、けがはありませんか?」
「はい。掴まれたところが少し痛いぐらいでございます」
「これは……」

 銀髪の美青年の手首に赤く指の跡がついているのを見て、黒髪の美丈夫は、鬼のような憤怒の表情を浮かべた。

「兄上、これはどういうことですかな?」

 黒髪の美丈夫は、銀髪の美青年の肩を抱くと、憤怒の顔のままで、舞台上にいる金髪の王子……腹違いの兄に向き直った。



 うわああああ。鬼神を召喚してしまったあああ。


 会場の皆は、その様子を見て、そう思った。

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