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最終話.誰が駒鳥を捕まえたの?捕まえたのはわたしと隼が言った
しおりを挟む一か月ほどで、警察騎士団の警護は解かれることになった。
ヴァレイ以外の国で潜伏していた容疑者は、ほぼ居場所を特定された。ヴァレイに引き渡された者もいる。国によっては、引き渡しには応じないが、「保護」という名目の監視対象になっていることもある。リットンのように、犯罪者として確保されている者もいるようだ。
シュライクに引き上げると挨拶に来たアルフは、暗い顔をしていた。アイリスに気持ちを伝えて断られたのだろうか。追及する気はないけれど。
最後の護衛を終えたアルフを、ブラッフォード商会の前で見送った後に、それは起きた。
「『花の名の王子』、覚悟しろ! 死ね!」
その男は叫び声を上げながら、俺にナイフを向けて突進してきた。
なぜか、悲しみに満ちた目が、俺を捉えている。時間の進む速度が遅くなったかのように、相手の動きがゆっくり見えているのが不思議だった。
「ロビン、危ない!」
「ロビン様!」
「きゃあっ、サルビア兄様!」
逃げなければと思う俺の腕をファルが掴んで、自分の方に引き寄せて、抱きしめる。そして、男のナイフが俺に届く前に、エディがその手を蹴り上げ、ナイフを飛ばした。アイリスの前にはネイトが立って守っている。アイリスも『花の名の王子』だけれど、狙われたのは俺だ。
「下がっていてください」
いつものようにエディはそう言うと、男の腹に蹴りを入れ、蹲った男の腕をねじ上げて、背中から体重をかけて動きを制した。相変わらず、エディは強い。そして、男は弱かった。何かの訓練をしているようには思えない。
「何だ、お前! 俺はそいつに用事があるんだよ! 放せ!
俺の兄さんを殺したヴァレイの王族なんか、死ねばいいんだ!」
男は身動きができないのに、俺に向かって、喚き散らしている。
「兄さんを殺した?」
「俺の兄さんは、ヴァレイの騎士だった。王族が起こした戦争で、死んじまったんだ。
戦争に負けて、王族が平民になっても、罰せられるわけじゃない。お前らは、のうのうと幸せそうに生きている。許せるかよ!」
男が泣きながら訴える様子を、俺は見ていた。戦争のことは何の力もない俺にはどうしようもないことだった。しかし、この男にすれば、同じ王族の起こした事だというようにしか見えないのだろう。
俺は、一歩前に出て、男の目を見つめた。
「先の戦争で亡くなったお前の兄と、すべての死者を悼み、祈りを捧げよう。
情けないことだが、俺にはそれしかできない。王族であった頃も何の力もない『花の名の王子』だった。俺は王子であった頃から、戦争が早く終わって平和になるようにと、祈ることしかできなかった」
「何を……何で…」
男が俺を見る様子が変わった。彼は、怒りより悲しみに囚われているように見える。その目から溢れる涙は止まらない。
俺は、誤魔化しているわけではなく、本当のことを言っているのだ。俺には何もできなかった。今も、何もできない。何の力もない、魔道具技師。それが、俺だ。
「何もできないことは罪なのかもしれない。だけど、俺が死ななければ許されないならば、許されなくても仕方ない。俺は生きて、幸せになりたい。お前のために死んでやることはできないのだ。
だから……、お前も生きて、幸せになってくれ」
「何…何だよ…綺麗ごとで誤魔化そうとすんなよ……!」
男は、唇を震わせて言葉を絞り出した。
俺の言うことに納得はできないだろうが、俺は殺されてやるわけにはいかないのだ。
声を上げて泣き出した男を、駆けつけた警察騎士団が確保した。男は泣きながら、騎士団に連れて行かれた。彼の取り調べの結果は、後日、聞かせてもらうことになる。
あの男も俺たちと同様、戦争で、人生が変わってしまったのだろう。
エディももとは、近衛騎士で、運命が大きく変わってしまったのだけれど、見たところ迷いなく楽しそうに生きているように見える。何が違うのだろうかと考えてしまう。
「エディ、いつも守ってくれてありがとう。これからも……こんなことがあるのかもしれないね」
「ロビン様を守ることが、俺の仕事で生きがいです。これからも、守って見せますよ」
エディは、もと近衛騎士であることをうかがわせる、美しい所作と笑顔で、俺に応えてくれた。
アイリスが狙われたり俺が狙われたりということが続く。俺は、何か落ち着かない日を過ごすことが、当たり前のような気がしてきた。
ため息が出る。
「ねえ、ファル。俺は平和に毎日を過ごしたいのに、どうしてこんなにいろいろなことが起きるのだろう」
俺は、食後に香草茶を飲みながら、ファルにそう零した。香草茶はブラッフォード商会の新商品だ。なかなか美味しい。寝る前に飲むのが良いらしい。しかし、ジーンに淹れてもらっていては、本当に美味しいかどうかを、確認することはできないかもしれない。
「ああ、ロビンは魔道具店で平穏な子ども時代を過ごしたんだね」
ファルが新しいことに気づいた時のように、目を瞬かせた。
「ファルは違うの?」
「俺は子どもの頃から、誘拐されそうになったり、毒を盛られたり、ナイフで襲われたりしていたからね。王族の血を引く公爵家に生まれると、ラプターのような国でもそんなことがある」
「そうか……。俺は、危険な目に遭うようになったのは、王宮に行ってからだった。だから、魔道具技師になったら平穏に暮らせると思っていたよ」
「平穏だったら、ジーンのような優秀な侍従も、エディのような強い護衛もいらないだろう。ブラッフォード商会の会長の伴侶だっていうだけで、いろいろあるんだよ。覚悟しておいてね。
ロビンは聡いのに、自分のことになると無頓着だね」
ファルは呆れたような、でも、微笑ましげにも見える表情で、俺にそう言った。
「ジーンとエディにはいてもらわないと困るよ。もう少し、自覚を持つように努力します……」
「ふふ。よろしくね」
ファルはそう言って、俺を抱きしめて、頬に口付けをした。
運命は、どんなふうに転換していくのかわからないし、俺の人生は波乱万丈だ。だけど、俺はファルといることができれば幸せなのだ。
「どんなに大変なことがあっても、どんな風に運命が転がって行っても、俺は、ファルといれば幸せだから大丈夫だと思う」
「ロビンは、そんな可愛いことばかり言って……」
ファルは俺を抱きしめて、俺の唇に深く口付けをする。俺はうっとりとして、そのままファルに身を任せた。
ヒンカラカラカラ…ヒンカラカラカラ
ファルの腕の中で目覚めると、駒鳥の鳴声が聞こえる。あれは、俺が作った籠の鳥ではなく、空を自由に飛び回る駒鳥だ。暖かい春が来て、ラプターに帰って来たのだろう。
「おはよう、ロビン。まだ、早いよ。太陽が昇るのが早くなったね」
「おはよう、ファル。駒鳥の鳴声を聞くと、春が来たという感じがするね」
「俺はしょっちゅう俺の腕の中で鳴く駒鳥の声を聞いているからね。
年中、春なのかもしれないな……」
ファルが翠玉の瞳を悪戯っぽく輝かせた。何てことを言うのだろう。
「ファルったら……もう…、んぅ」
ファルはそのまま俺の言葉を飲み込み、食べるように口付けをした。
ヒンカラカラカラ…ヒンカラカラカラ
駒鳥の鳴声が聞こえる。
今の俺はまるで、隼に捕まえられた駒鳥(ロビン)だ。こうして、ファルの腕に捕らえられて、食われている。だけど、この隼は俺をまた、自由に飛び回らせてくれる。
それは、なんと幸せなことだろうか。
これから、どんな運命の転換があっても、どんなに思いもしない出来事があっても。きっと俺は幸せでいられる。
駒鳥は隼と一緒に自由に羽ばたき、幸せに生きるのだ。
Fin
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感想をくださってありがとうございます。
感想をありがとうございます・
アルフは自己評価はポンコツじゃないのかもしれません。
ロビンもアイリスも花の名の王子から自立した青年になって生きていくことと思います。
ありがとうございます!
二人はこれからも困難を乗り切って幸せに生きることと思います。アイリスも自分で生きていくことができるでしょう。