【本編完結】花の名の王子、鳥の名の王子

中屋沙鳥

文字の大きさ
上 下
52 / 52

最終話.誰が駒鳥を捕まえたの?捕まえたのはわたしと隼が言った

しおりを挟む


 一か月ほどで、警察騎士団の警護は解かれることになった。

 ヴァレイ以外の国で潜伏していた容疑者は、ほぼ居場所を特定された。ヴァレイに引き渡された者もいる。国によっては、引き渡しには応じないが、「保護」という名目の監視対象になっていることもある。リットンのように、犯罪者として確保されている者もいるようだ。

 シュライクに引き上げると挨拶に来たアルフは、暗い顔をしていた。アイリスに気持ちを伝えて断られたのだろうか。追及する気はないけれど。



 最後の護衛を終えたアルフを、ブラッフォード商会の前で見送った後に、それは起きた。

「『花の名の王子』、覚悟しろ! 死ね!」

 その男は叫び声を上げながら、俺にナイフを向けて突進してきた。
 なぜか、悲しみに満ちた目が、俺を捉えている。時間の進む速度が遅くなったかのように、相手の動きがゆっくり見えているのが不思議だった。

「ロビン、危ない!」
「ロビン様!」
「きゃあっ、サルビア兄様!」

 逃げなければと思う俺の腕をファルが掴んで、自分の方に引き寄せて、抱きしめる。そして、男のナイフが俺に届く前に、エディがその手を蹴り上げ、ナイフを飛ばした。アイリスの前にはネイトが立って守っている。アイリスも『花の名の王子』だけれど、狙われたのは俺だ。

「下がっていてください」

 いつものようにエディはそう言うと、男の腹に蹴りを入れ、蹲った男の腕をねじ上げて、背中から体重をかけて動きを制した。相変わらず、エディは強い。そして、男は弱かった。何かの訓練をしているようには思えない。
 
「何だ、お前! 俺はそいつに用事があるんだよ! 放せ!
 俺の兄さんを殺したヴァレイの王族なんか、死ねばいいんだ!」

 男は身動きができないのに、俺に向かって、喚き散らしている。

「兄さんを殺した?」
「俺の兄さんは、ヴァレイの騎士だった。王族が起こした戦争で、死んじまったんだ。
 戦争に負けて、王族が平民になっても、罰せられるわけじゃない。お前らは、のうのうと幸せそうに生きている。許せるかよ!」

 男が泣きながら訴える様子を、俺は見ていた。戦争のことは何の力もない俺にはどうしようもないことだった。しかし、この男にすれば、同じ王族の起こした事だというようにしか見えないのだろう。

 俺は、一歩前に出て、男の目を見つめた。

「先の戦争で亡くなったお前の兄と、すべての死者を悼み、祈りを捧げよう。
 情けないことだが、俺にはそれしかできない。王族であった頃も何の力もない『花の名の王子』だった。俺は王子であった頃から、戦争が早く終わって平和になるようにと、祈ることしかできなかった」

「何を……何で…」

 男が俺を見る様子が変わった。彼は、怒りより悲しみに囚われているように見える。その目から溢れる涙は止まらない。

 俺は、誤魔化しているわけではなく、本当のことを言っているのだ。俺には何もできなかった。今も、何もできない。何の力もない、魔道具技師。それが、俺だ。

「何もできないことは罪なのかもしれない。だけど、俺が死ななければ許されないならば、許されなくても仕方ない。俺は生きて、幸せになりたい。お前のために死んでやることはできないのだ。 
 だから……、お前も生きて、幸せになってくれ」
「何…何だよ…綺麗ごとで誤魔化そうとすんなよ……!」

 男は、唇を震わせて言葉を絞り出した。

 俺の言うことに納得はできないだろうが、俺は殺されてやるわけにはいかないのだ。

 声を上げて泣き出した男を、駆けつけた警察騎士団が確保した。男は泣きながら、騎士団に連れて行かれた。彼の取り調べの結果は、後日、聞かせてもらうことになる。


 あの男も俺たちと同様、戦争で、人生が変わってしまったのだろう。
 エディももとは、近衛騎士で、運命が大きく変わってしまったのだけれど、見たところ迷いなく楽しそうに生きているように見える。何が違うのだろうかと考えてしまう。

「エディ、いつも守ってくれてありがとう。これからも……こんなことがあるのかもしれないね」
「ロビン様を守ることが、俺の仕事で生きがいです。これからも、守って見せますよ」

 エディは、もと近衛騎士であることをうかがわせる、美しい所作と笑顔で、俺に応えてくれた。



 アイリスが狙われたり俺が狙われたりということが続く。俺は、何か落ち着かない日を過ごすことが、当たり前のような気がしてきた。
 ため息が出る。

「ねえ、ファル。俺は平和に毎日を過ごしたいのに、どうしてこんなにいろいろなことが起きるのだろう」

 俺は、食後に香草茶を飲みながら、ファルにそう零した。香草茶はブラッフォード商会の新商品だ。なかなか美味しい。寝る前に飲むのが良いらしい。しかし、ジーンに淹れてもらっていては、本当に美味しいかどうかを、確認することはできないかもしれない。

「ああ、ロビンは魔道具店で平穏な子ども時代を過ごしたんだね」

 ファルが新しいことに気づいた時のように、目を瞬かせた。

「ファルは違うの?」
「俺は子どもの頃から、誘拐されそうになったり、毒を盛られたり、ナイフで襲われたりしていたからね。王族の血を引く公爵家に生まれると、ラプターのような国でもそんなことがある」
「そうか……。俺は、危険な目に遭うようになったのは、王宮に行ってからだった。だから、魔道具技師になったら平穏に暮らせると思っていたよ」
「平穏だったら、ジーンのような優秀な侍従も、エディのような強い護衛もいらないだろう。ブラッフォード商会の会長の伴侶だっていうだけで、いろいろあるんだよ。覚悟しておいてね。
 ロビンは聡いのに、自分のことになると無頓着だね」

 ファルは呆れたような、でも、微笑ましげにも見える表情で、俺にそう言った。

「ジーンとエディにはいてもらわないと困るよ。もう少し、自覚を持つように努力します……」

「ふふ。よろしくね」

 ファルはそう言って、俺を抱きしめて、頬に口付けをした。


 運命は、どんなふうに転換していくのかわからないし、俺の人生は波乱万丈だ。だけど、俺はファルといることができれば幸せなのだ。

「どんなに大変なことがあっても、どんな風に運命が転がって行っても、俺は、ファルといれば幸せだから大丈夫だと思う」

「ロビンは、そんな可愛いことばかり言って……」

 ファルは俺を抱きしめて、俺の唇に深く口付けをする。俺はうっとりとして、そのままファルに身を任せた。






 ヒンカラカラカラ…ヒンカラカラカラ


 ファルの腕の中で目覚めると、駒鳥ロビンの鳴声が聞こえる。あれは、俺が作った籠の鳥ではなく、空を自由に飛び回る駒鳥ロビンだ。暖かい春が来て、ラプターに帰って来たのだろう。

「おはよう、ロビン。まだ、早いよ。太陽が昇るのが早くなったね」
「おはよう、ファル。駒鳥ロビンの鳴声を聞くと、春が来たという感じがするね」
「俺はしょっちゅう俺の腕の中で鳴く駒鳥ロビンの声を聞いているからね。
 年中、春なのかもしれないな……」

 ファルが翠玉の瞳を悪戯っぽく輝かせた。何てことを言うのだろう。

「ファルったら……もう…、んぅ」

 ファルはそのまま俺の言葉を飲み込み、食べるように口付けをした。


 ヒンカラカラカラ…ヒンカラカラカラ

 駒鳥ロビンの鳴声が聞こえる。

今の俺はまるで、ファルコンに捕まえられた駒鳥(ロビン)だ。こうして、ファルの腕に捕らえられて、食われている。だけど、このファルコンは俺をまた、自由に飛び回らせてくれる。




 それは、なんと幸せなことだろうか。


 これから、どんな運命の転換があっても、どんなに思いもしない出来事があっても。きっと俺は幸せでいられる。




 駒鳥ロビンファルコンと一緒に自由に羽ばたき、幸せに生きるのだ。



 Fin
しおりを挟む
感想 5

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

SD
2024.08.14 SD
ネタバレ含む
2024.08.14 中屋沙鳥

感想をくださってありがとうございます。

解除
にゃ王さくら
ネタバレ含む
2023.11.27 中屋沙鳥

感想をありがとうございます・
アルフは自己評価はポンコツじゃないのかもしれません。
ロビンもアイリスも花の名の王子から自立した青年になって生きていくことと思います。

解除
Madame gray-01
2023.11.25 Madame gray-01
ネタバレ含む
2023.11.26 中屋沙鳥

ありがとうございます!
二人はこれからも困難を乗り切って幸せに生きることと思います。アイリスも自分で生きていくことができるでしょう。

解除

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

七角@中華BL発売中
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。 その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー? 十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。 転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。 どんでん返しからの甘々ハピエンです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。