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23-2.運命に駒鳥は思いを馳せるの?
しおりを挟む翌日になって、アルフが訪ねてきた。今回は事前に先触れがあったので、自宅の応接室で彼を迎えた。
「昨日は、警察騎士団の不手際でした。申し訳ありません」
アルフの話は謝罪から始まった。
警察騎士団でも謝ることがあるのか。意外な気がしたけれど、ブラッフォード家から、正式な抗議を出していたらしい。ファルは、どうしてこんなに有能なのだろうか。
アルフによると、犯罪容疑者が面会室で興奮することは、しばしばあるという。しかし、リットンが壁を叩いてから、警察騎士団が取り押さえるまでが遅かったうえ、暴言を吐き続けることを許してしまったことは、大失態にあたるらしい。
リットンはこれまでも取調室での態度が悪く、かつては将軍であったことを鼻にかける態度が目立つということだ。敗戦国から亡命した将軍なのに、自分を偉いと思える気持ちは、俺にはわからない。それが、リットンが誇りを保つために必要なことなのかもしれないけれど。
チェスターがリットンを亡命させたのは、アイリスのためであったのだろう。
ヴァレイにいたときのリットンは、アイリスを溺愛しているように見えた。そのアイリスをモノ扱いするようになるとは。
それとも、最初からモノとして可愛がるつもりだったのだろうか。
今となっては、確かめなくても良いことだけれど。
「それから、アイリスさん、カーディスとの婚姻契約を、解除する手続きをとることができそうなのですが、いかがでしょうか」
「へえ、警察騎士団からそんなことを言い出すとは珍しいな」
ファルが皮肉な感じでアルフの言葉に反応した。
「ファルコン、怒っているとは思うけど、話を聞いてくれ。
実は、カーディスがあの後、興奮して、アイリスさんと別れると、言い出したんです。アイリスさんにとっては、良い機会なのではないかと思って、書類も書かせてきました」
アルフは、アイリスを見て、自分を納得させるかのように頷きながら言葉を発し、婚姻契約を解除するための書類を、卓の上に置いた。
アイリスは長い睫毛を瞬かせながら、黙って卓の上の書類を見つめている。
「本当に、別れることができるのですか?
アイリスとリットンの2人は、ヴァレイで婚姻を結んでいるのですが」
俺は、疑問を口にした。アイリスとリットンは、当時のヴァレイ国王の名のもとに婚姻を結んでいる。ラプターで正式に婚姻契約の解除をすることができるのだろうか。
「アイリスさんたちは、ラプター入国の際に関所門で、保証人の証明書を提示しています。それによって、ラプターの市民権を得ていますので、結婚契約も解除もラプターで、手続きをすることができます。
ヴァレイでは、政治体制が変わったので、どうなるのか、わかりませんが」
アイリスとリットンは、シュライクで警察騎士団を訪れていれば、国境の関所門に照会をして、身分確認ができた可能性が高かったようだ。
更に、ブラッフォード公爵が捜索をしていたので、すぐに網にかかっただろうと。
ラプターでは、ヴァレイより法に基づいた様々な仕組みがうまく動いているように思う。
アイリスはアルフの説明を静かに聞いた後で、静かな声で決意を述べた。
「僕、婚姻の契約を、解除したいと思います。お気遣いをいただき、ありがとうございます」
そう言って、笑顔を浮かべたアイリスはとても美しかった。アルフなどは赤面してしまって、しばらく声が出なかったほどだ。
アイリスが、署名した書類を自分で役所へ持って行きたいというので、ファルと俺とが一緒に行くことにした。「見届ける必要があるから」と言って、アルフもついてきたのだけれど、本当にそうなのだろうか。
書類を提出したアイリスは、家名のないただのアイリスになったことがとても嬉しかったようだ。
「アルフさん、ファルコンさん、そして、サルビア兄さま、本当にありがとうございました。僕は、自由になれたのですね」
アイリスの晴れやかな顔を見て、俺も嬉しくなった。
アイリスはあの男から自由になっただけではなく、生まれたときから縛られていたヴァレイ王国の『花の名の王子』の役割からも自由になれたのだ。
ファルに捕まえてもらったときの俺のように。
人身売買は重罪なので、リットンにはかなりの刑が課されるだろうとファルが言っていた。居場所が明らかになったことで、マグワイア帝国から引き渡し要求が来ることはないのだろうか。
ファルによると、ラプターの市民権があれば、要求があっても、通常は引き渡されないという。
政治的に、余程の取引材料でもない限り。
一国の将軍だった男にとっては、敵国の戦争犯罪人として裁かれるのと、人身売買の犯人として裁かれるのと、どちらが本意に沿うのだろうか。
人生は、どんな運命の転換があるのか、わからない。最近、このことをよく考えている。
これからのアイリスの人生が良い方向に行くことを心から祈っている。
リットンのことは、もうどうでも良い。アイリスに関わらないでいて欲しいと思うだけだ。
夜になってから、俺は、寝台の中で思いを巡らせていた。
ファルが隣に滑り込んできて、肘をつき、俺の顔を覗き込んでくる。
「ロビン、何を考えているの?」
「うん、運命は、どんなふうに転換していくのかわからないということをね」
「ふふ。どんな風に運命が転がって行っても、俺はロビンの側にいるよ」
「ファルだったら、予想外の運命が訪れても、自分の望みをかなえてしまいそうだね」
ファルは、恵まれた生まれだとは思うけれど、ブラッフォード商会をここまで大きくした実力には傑出したものがある。同じ環境で生まれだからといっても誰でもができることではない。それは目標に向かって進む行動力と、策を巡らす知力を惜しみなく使ったからだ。公爵も陛下もファルの実行力を高く評価しているようだった。
「俺の望みは、ロビンとこうして一緒に過ごすということだよ。これから先もずっとね。
その望みを実現していくためなら、どんな運命もひっくり返してみせるよ」
ファルが微笑みながら、右手を俺の寝間着の中に滑り込ませ、わき腹を撫でる。それだけで気持ち良くて、うっとりしてしまう。
「ファルの望みが俺と同じで、幸せだよ……俺もファルと一緒にいることが望みだ」
「ロビン、なんて可愛いことを言うの」
ファルは俺の唇に口付けをすると、寝間着を脱がせていく。
明後日には、シュライクを離れてキャノメラナに帰ることにした。もちろん、アイリスも一緒だ。キャノメラナは商業規模が大きい街なので、アイリスに適した仕事を見つけることができるだろうと思う。
「ロビン、俺以外のことを考えないで……」
ファルはそう言うと、露になった俺の胸元に、唇を寄せた。
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