46 / 52
22-2.誰が駒鳥を脅したの?
しおりを挟むアイリスの人身売買騒動から一週間後、アルフが俺たちの家を訪ねてきた。昼間であったので、ファルは商会の事務所に、俺とアイリスは魔道具工房にいた。
先触れもなく来訪するのは、いかにも警察騎士団らしい行動だと思う。店の商談室が開いていたので、シートンさんが、そちらに案内してくれた。
着席すると、早速、アルフが訪問の理由を話し始めた。
「カーディスが、借金を返すためにガイラーの下で働くことに、アイリスさんが同意していたと言い出したんです」
「は? 俺まで、売ろうとしていたのにですか?」
ファルも、アイリスも、黙って息を呑んでいるのに、俺は変な声を出してしまった。そんなことであれば、俺まで売られそうになってはいないだろう。上玉呼ばわりされたのは、忘れない。
「それで、警察騎士団情報部部長は、何の話で俺のところに来たんだ。アイリス殿ではなく、リットンが署名した証書をロビンが手に入れて、お前たちに渡したはずだ。
ロビンをあれほど危険な目に遭わせながら、まだ、何かあるのか」
ファルが明らかに怒っている。ファルは普段が穏やかなだけに、怒るととても怖いのだ。特に、俺に関することになると、周囲は、大変恐ろしいものを見ることになるという。これは、ジーンとエディから聞いたことだけれど。
今のファルの様子は、俺が知っている中で一番怖い。
「怒らないでくれ、ファルコン。証言の裏を取りに来ただけだ。
そして、カーディスは、アイリス殿に会いたいと言っています。もちろん、断ってくださって、構いません」
アイリスはそれを聞いて、灰青色の瞳を泳がせた。会おうかどうしようか迷っているのだろう。
少しの沈黙の後、アイリスは口を開いた。
「僕、カーディスに会います」
「え? よろしいのですか?」
アルフが明らかに驚いている。意外だったのだろう。
「アイリス、俺もついて行っていいかい?」
アイリスだけが会うというのでは、心配だ。俺は、口を出してしまう。
「ええ、ぜひ、お願いします。サルビア兄さまと……、ファルコンさんにもついてきてもらえたらありがたいのですが」
「もちろん、ついていくよ。
アルフ、俺たちがついて行っても構わないよな」
「ああ、そうだな。アイリスさんは被害者だし、兄弟であるロビンさんと、ファルコンは護衛ということにすればなんとかなるだろう。いや、なんとかする。
他にも警察騎士が同席するし、俺もその場にいるつもりだ」
アルフの様子を見て、リットンに手を焼いているのではないかという気がした。一国の将軍だったのだから、当然なのかもしれない。
しかし、彼がアイリスにしたことは、一国の将軍が行うようなことではない。
そして、俺も被害者だという認識を、アルフには持ってもらいたいと思う。
翌日、アイリスは警察騎士団本部までリットンに会いに行った。ファルと俺も同道している。
面会室は、部屋が二つに仕切られていて、扉が別々についている。仕切っている壁の胸から上の部分に柵のついた窓が開いていて、その窓越しに、相手と話をすることになる。
あの柵は、魔道具だ。多分、不用意に触れると、何かしら痛い目に遭う仕組みだろう。
回路は……
俺が、柵を見ながらそのようなことを考えていると、ファルに笑われてしまった。
職業病なので、許して欲しい。
俺たちが部屋に入ったときには、既に柵の向こうにリットンが控えていた。その顔はやつれていて、かつての精悍な面持ちは消えている。しかし、瞳だけはギラギラとした光を浮かべていた。
アイリスが椅子に座ると、騎士の許しが出るのを待たずに、リットンは話を始めた。
「アイリス、久しぶりだ。ああ、可愛いアイリスに戻ってるじゃないか。今のところは環境がいいようだな」
「兄さまに再会できましたから、良くしてもらっています。それで、僕に何の話があるのですか?」
「アイリス、お前はあの時、俺の言う場所に働きに行っても良いっていったよな?
俺が文書を偽造して、お前を売ろうとしたって、警察騎士団は俺のことを疑ってるんだ。お前が、自分から、借金を返すために働きに行ったって、証言してくれよ」
リットンは、懇願するような言葉を出しているが、声といい、表情といい明らかにアイリスを脅している。アイリスは、いつもこんな風に、扱われていたのだろうか。
「僕が承諾したのは、小一時間ほどの、お茶をお出しするおもてなしを手伝うことです。借金をしているなんて知りません。そして、そのために長期にわたって、性奴隷のように拘束されるなんて聞いていません。証書に署名をしたこともありません」
アイリスは、自分が言う必要のあることを、一気に話した。昨日、ファルと俺と3人で練習した。リットンが自分の罪を認めないための発言をするなら、これ以外のことを言う必要はないと。
「アイリス、そんな冷たいことを言うなよ」
「本当のことです。僕は借金の形に、働きに行くなどということに承諾していません」
「なんだと……」
リットンが地を這うような声を出すと同時に、乾いた大きな音を立てて、部屋を仕切っている壁を叩いた。
警察騎士団は取り押さえないのか。
「アイリス! お前は、俺が褒賞に貰ったモノだろうが。俺の言うことを、どうして聞かないんだ!」
リットンの怒鳴り声を聞いて、アイリスは、顔色をなくしてカタカタと震え出した。
リットンは、こうしてアイリスを黙らせてきたのか。アイリスの言うことを、何も聞かなかったのか。
俺は、アイリスに駆け寄ると、肩を抱いて、リットンを見た。俺が、王子であった頃を思い出して。
「リットン、久しぶりだな」
「お前は、サルビア!」
「アルフ情報部部長。カーディス・リットンの態度は、被害者を脅迫していると思うのですが、ラプターでは、このようなことが、許されるのですか?」
俺は、リットンを無視して、アルフに話しかけた。
「いえ、脅迫にあたります」
アルフは焦げ茶色の瞳を曇らせて、この世の終わりのような顔をしている。
「では、罪状に追加してください。
アイリス、可哀想に」
「くそっ!このっ」
リットンは、今は、さすがに警察騎士に押さえ込まれている。
「リットン、お前はそうやって、アイリスを脅していたのだな。お前の仲間は、その場に居合わせただけの、俺のことも売り飛ばそうとしたぞ。申し開きはできないだろう」
俺は、できる限り、王子らしい振る舞いで、リットンに声をかける。
「何の役にも立たないお前ら『花の名の王子』なんぞ、売り飛ばしでもしなきゃ、金にならないだろうが!」
何の役にも立たない『花の名の王子』。これを、こんな酷い言葉を、アイリスは聞かされてきたのか。俺は黙ってアイリスを立ち上がらせて、ファルのもとへと行った。
「アルフ、容疑者が自白をしたようだよ。
俺の大切な伴侶とその弟を、こんなに酷い言葉で脅迫したのだから、相応の罪状で刑を受けることだろうと、考えているからね」
ファルは冷たい声でアルフにそう言って、俺とアイリスを連れて、さっさと警察騎士団本部を出た。アルフが追いかけてきていたが、ファルは全く相手にしない。
そして、俺たちは、馬車に乗って、帰路についたのだった。
36
お気に入りに追加
293
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!
あ
BL
16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。
僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。
目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!
しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?
バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!
でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?
嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。
◎体格差、年の差カップル
※てんぱる様の表紙をお借りしました。
ショコラ伯爵の悩ましい日常
あさひてまり
BL
コンフォール伯爵家の三男シエラはある日、口にした「薬」によって前世である日本人としての記憶を思い出す。
「これ、チョコじゃん!!」
甘いチョコレートが無い今世を憂いたシエラは、人々に広めようとショコラトリーをオープン。
「ショコラ伯爵」の通り名で知られるようになるが、ショコラを口にするのは貴族ばかり。
どうにか庶民にも広めたい!
それにはインパクトあるプロモーションを考えないと…。
え、BL営業⁉︎……それだ!!
女子に大人気のイケメン騎士の協力を得るも、相手役はまさかのシエラ自身。
お互いの利害が一致したニセモノの「恋人」だったけど…あれ?何だろうこの気持ち。
え、ちょっと待って!距離近くない⁉︎
溺愛系イケメン騎士(21)×チョコマニアの無自覚美人(19)
たまに魔法の描写がありますが、恋愛には関係ありません。
☆23話「碧」あたりから少しずつ恋愛要素が入ってきます。
初投稿です!お楽しみいただけますように(^^)
親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる
当麻月菜
恋愛
侯爵令嬢のマリアンヌには二人の親友がいる。
一人は男爵令嬢のエリーゼ。もう一人は伯爵令息のレイドリック。
身分差はあれど、3人は互いに愛称で呼び合い、まるで兄弟のように仲良く過ごしていた。
そしてマリアンヌは、16歳となったある日、レイドリックから正式な求婚を受ける。
二つ返事で承諾したマリアンヌだったけれど、婚約者となったレイドリックは次第に本性を現してきて……。
戸惑う日々を過ごすマリアンヌに、兄の護衛騎士であるクリスは婚約破棄をやたら強く進めてくる。
もともと苦手だったクリスに対し、マリアンヌは更に苦手意識を持ってしまう。
でも、強く拒むことができない。
それはその冷たい態度の中に、自分に向ける優しさがあることを知ってしまったから。
※タイトル模索中なので、仮に変更しました。
※2020/05/22 タイトル決まりました。
※小説家になろう様にも重複投稿しています。(タイトルがちょっと違います。そのうち統一します)
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる