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22-2.誰が駒鳥を脅したの?

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 アイリスの人身売買騒動から一週間後、アルフが俺たちの家を訪ねてきた。昼間であったので、ファルは商会の事務所に、俺とアイリスは魔道具工房にいた。
 先触れもなく来訪するのは、いかにも警察騎士団らしい行動だと思う。店の商談室が開いていたので、シートンさんが、そちらに案内してくれた。

 着席すると、早速、アルフが訪問の理由を話し始めた。

「カーディスが、借金を返すためにガイラーの下で働くことに、アイリスさんが同意していたと言い出したんです」

「は? 俺まで、売ろうとしていたのにですか?」

 ファルも、アイリスも、黙って息を呑んでいるのに、俺は変な声を出してしまった。そんなことであれば、俺まで売られそうになってはいないだろう。上玉呼ばわりされたのは、忘れない。

「それで、警察騎士団情報部部長は、何の話で俺のところに来たんだ。アイリス殿ではなく、リットンが署名した証書をロビンが手に入れて、お前たちに渡したはずだ。
 ロビンをあれほど危険な目に遭わせながら、まだ、何かあるのか」

 ファルが明らかに怒っている。ファルは普段が穏やかなだけに、怒るととても怖いのだ。特に、俺に関することになると、周囲は、大変恐ろしいものを見ることになるという。これは、ジーンとエディから聞いたことだけれど。
 今のファルの様子は、俺が知っている中で一番怖い。

「怒らないでくれ、ファルコン。証言の裏を取りに来ただけだ。
 そして、カーディスは、アイリス殿に会いたいと言っています。もちろん、断ってくださって、構いません」

 アイリスはそれを聞いて、灰青色の瞳を泳がせた。会おうかどうしようか迷っているのだろう。
 少しの沈黙の後、アイリスは口を開いた。

「僕、カーディスに会います」
「え? よろしいのですか?」

 アルフが明らかに驚いている。意外だったのだろう。

「アイリス、俺もついて行っていいかい?」

 アイリスだけが会うというのでは、心配だ。俺は、口を出してしまう。

「ええ、ぜひ、お願いします。サルビア兄さまと……、ファルコンさんにもついてきてもらえたらありがたいのですが」
「もちろん、ついていくよ。
 アルフ、俺たちがついて行っても構わないよな」
「ああ、そうだな。アイリスさんは被害者だし、兄弟であるロビンさんと、ファルコンは護衛ということにすればなんとかなるだろう。いや、なんとかする。
 他にも警察騎士が同席するし、俺もその場にいるつもりだ」

 アルフの様子を見て、リットンに手を焼いているのではないかという気がした。一国の将軍だったのだから、当然なのかもしれない。
 しかし、彼がアイリスにしたことは、一国の将軍が行うようなことではない。
 そして、俺も被害者だという認識を、アルフには持ってもらいたいと思う。


 翌日、アイリスは警察騎士団本部までリットンに会いに行った。ファルと俺も同道している。
 面会室は、部屋が二つに仕切られていて、扉が別々についている。仕切っている壁の胸から上の部分に柵のついた窓が開いていて、その窓越しに、相手と話をすることになる。

 あの柵は、魔道具だ。多分、不用意に触れると、何かしら痛い目に遭う仕組みだろう。
 回路は……

 俺が、柵を見ながらそのようなことを考えていると、ファルに笑われてしまった。
 職業病なので、許して欲しい。

 俺たちが部屋に入ったときには、既に柵の向こうにリットンが控えていた。その顔はやつれていて、かつての精悍な面持ちは消えている。しかし、瞳だけはギラギラとした光を浮かべていた。

 アイリスが椅子に座ると、騎士の許しが出るのを待たずに、リットンは話を始めた。

「アイリス、久しぶりだ。ああ、可愛いアイリスに戻ってるじゃないか。今のところは環境がいいようだな」
「兄さまに再会できましたから、良くしてもらっています。それで、僕に何の話があるのですか?」
「アイリス、お前はあの時、俺の言う場所に働きに行っても良いっていったよな?
 俺が文書を偽造して、お前を売ろうとしたって、警察騎士団は俺のことを疑ってるんだ。お前が、自分から、借金を返すために働きに行ったって、証言してくれよ」

 リットンは、懇願するような言葉を出しているが、声といい、表情といい明らかにアイリスを脅している。アイリスは、いつもこんな風に、扱われていたのだろうか。

「僕が承諾したのは、小一時間ほどの、お茶をお出しするおもてなしを手伝うことです。借金をしているなんて知りません。そして、そのために長期にわたって、性奴隷のように拘束されるなんて聞いていません。証書に署名をしたこともありません」

 アイリスは、自分が言う必要のあることを、一気に話した。昨日、ファルと俺と3人で練習した。リットンが自分の罪を認めないための発言をするなら、これ以外のことを言う必要はないと。

「アイリス、そんな冷たいことを言うなよ」
「本当のことです。僕は借金の形に、働きに行くなどということに承諾していません」
「なんだと……」

 リットンが地を這うような声を出すと同時に、乾いた大きな音を立てて、部屋を仕切っている壁を叩いた。
 警察騎士団は取り押さえないのか。

「アイリス! お前は、俺が褒賞に貰ったモノだろうが。俺の言うことを、どうして聞かないんだ!」

 リットンの怒鳴り声を聞いて、アイリスは、顔色をなくしてカタカタと震え出した。
 リットンは、こうしてアイリスを黙らせてきたのか。アイリスの言うことを、何も聞かなかったのか。
 俺は、アイリスに駆け寄ると、肩を抱いて、リットンを見た。俺が、王子であった頃を思い出して。

「リットン、久しぶりだな」
「お前は、サルビア!」
「アルフ情報部部長。カーディス・リットンの態度は、被害者を脅迫していると思うのですが、ラプターでは、このようなことが、許されるのですか?」

 俺は、リットンを無視して、アルフに話しかけた。

「いえ、脅迫にあたります」

 アルフは焦げ茶色の瞳を曇らせて、この世の終わりのような顔をしている。

「では、罪状に追加してください。
 アイリス、可哀想に」
「くそっ!このっ」

 リットンは、今は、さすがに警察騎士に押さえ込まれている。

「リットン、お前はそうやって、アイリスを脅していたのだな。お前の仲間は、その場に居合わせただけの、俺のことも売り飛ばそうとしたぞ。申し開きはできないだろう」

 俺は、できる限り、王子らしい振る舞いで、リットンに声をかける。

「何の役にも立たないお前ら『花の名の王子』なんぞ、売り飛ばしでもしなきゃ、金にならないだろうが!」

 何の役にも立たない『花の名の王子』。これを、こんな酷い言葉を、アイリスは聞かされてきたのか。俺は黙ってアイリスを立ち上がらせて、ファルのもとへと行った。

 「アルフ、容疑者が自白をしたようだよ。
 俺の大切な伴侶とその弟を、こんなに酷い言葉で脅迫したのだから、相応の罪状で刑を受けることだろうと、考えているからね」

 ファルは冷たい声でアルフにそう言って、俺とアイリスを連れて、さっさと警察騎士団本部を出た。アルフが追いかけてきていたが、ファルは全く相手にしない。


 そして、俺たちは、馬車に乗って、帰路についたのだった。
 


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