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22-1.誰が駒鳥を脅したの?

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 朝、目が覚めたときには、アイリスが俺の横で寝息を立てて眠っていた。アイリスの寝顔を見るのは、初めてだ。
 可愛い寝顔をしばらく見ていると、睫毛がふるふるとふるえ、アイリスの目が開いた。灰青色の瞳が光を反射する。

 アイリスは、瞬きを何度か繰り返して、ぼんやりと俺の顔を見つめた後で、「ああ……そうだ」と呟いた。

「サルビア兄さま、おはようございます。こんなにぐっすりと眠ったのは久しぶりです。ラプターに来てから、一番落ち着いて眠れたのではないでしょうか」

 アイリスは、清々しい笑顔を俺に向けた。

「アイリス、おはよう。よく眠れて良かった」

 俺たちは小さな子どものようにじゃれ合いながら、寝台から抜け出した。

「おはようございます。ロビン様、ブラッフォード様から、朝食を3人で召し上がりたいという伝言を頂いております」

 朝食については、アイリスは快諾であった。

「ファルコン様は、優しい方ですね」

 そう言って、楽しそうな様子を見せるアイリスは、可愛い。


 俺は、アイリスの世話をジーンに任せて、ファルのもとに向かった。

 寝室の扉を叩いて中に入ると、ファルはソファで、お茶を飲んでいた。俺は、自分のお茶を淹れて、体が触れるようにして、隣へ座る。そうすると、俺は気持ちが落ち着くのだ。

「アイリス殿はゆっくり休めたようだったかい?」
「うん、ラプターに来てから一番よく眠れたって言っていた」

 俺は、ファルに、昨夜からのアイリスの様子を話し、これからのことについて相談に乗って欲しいとお願いした。俺の力では何もできない。ファルに頼らなければならないのだ。
 だけど、俺が頼ることで、アイリスも無事に助け出すことができたのだから、良かったのだろう。

「アイリス殿は、ロビンの弟なんだから、俺の弟でもある。一緒にこれからのことを考えていこう」

 そう言ってファルは、俺の腰を抱き、頬に口付けをした。
 大好きなファル。俺は幸せだ。ファルの腕の中にいるだけでも、俺は満たされていく。

 俺も、ファルの役に立ちたい。 





 朝食を食べながら、今日の予定とアイリスのこれからのことを話す。
 午前中は、公爵邸へ、昨日の事件に関する報告と、アイリスを見つけてくれたお礼に行くことになっている。アイリスも一緒だ。

 その後は、特別な予定はない。
 俺とファルは、最初の予定では、昨日にはキャノメラナに帰っているはずだった。仕事をしようと思えばいくらでもあるけれど、公爵邸から帰った後は、ゆっくりしようとファルは言う。
 アイリスと一緒に、話題の店で昼食をとり、シュライクの観光をすることにする。
 予定が遅れているので、キャノメラナに帰ってからの方が忙しくなるだろうけれど。

 アイリスは、当面は俺と一緒にいることになった。
 アイリスには、他に頼りになる身寄りはいない。アイリスの母親の家は、『花の名の王子』を生んだことで国から与えられる俸給で、暮らしていた。ヴァレイ王国がなくなり、平民となった家では、アイリスを引き取ることはできないだろう。

そ して、アイリスは、今までにない強い決意をしていた。

「僕は、自分で仕事ができるようになりたいのです。僕に何かできていれば、こんなことは起きなかったかもしれません」

 アイリスは、リットンとの生活を振り返って、俺たちにそう言った。市井にいる平民だった俺にとってはあたりまえのそれが、アイリスにとっては足りないものであったと言うのだ。『花の名の王子』には不要なものであったから、自分で生きる道は与えられていなかった。

「アイリス殿に適性のある仕事を見つけよう。キャノメラナなら働き口も沢山ある。商売に向いているのなら、ブラッフォード商会に勤めればいいしね」

 ファルはそう言って、楽しそうに笑った。ファルは、仕事の話になると生き生きするのだ。


 ブラッフォード公爵邸では、公爵夫妻が俺たちを待っていてくれた。挨拶の後、公爵夫人が、俺とアイリスの側に近づいてきて、しげしげと俺たち2人を眺める。俺にとってはいつものことだが、アイリスは少しばかり戸惑っているようだ。俺は、公爵夫人が送ってくださったレースのブラウスを着ている。

「ロビン、今日も綺麗ね。そのブラウス、想像した通りだわ。ロビンに似合うわあ。
 あらまあ、アイリスさんは可愛いわね。まるで、お花の妖精みたい。
 ああ、妖精の王子様と、お花の妖精が、並び立つ様子を見ることができるなんて、御伽噺の世界に、迷い込んだかのようだわ!」

 「ブラウスをくださって、ありがとうございました。
アイリスも、お母様に会えて、喜んでいると思います。これからも可愛がってくださいませ」

「もちろんよ! ロビン。ロビンも、もっと私に会いに来てちょうだいね。ああ、綺麗……」

 うっとりとした様子でそう語る公爵夫人は、相変わらずである。アイリスは完全に動きを止めていた。公爵夫人の様子は、いつも通りであるが、最初は驚くだろう。
 これから、公爵夫人とアイリスが出会う場面が、どれぐらいあるかはわからないけれど、慣れるしかないのだ。

 公爵夫妻は、この後、キャノメラナの公爵邸に滞在するそうなので、俺自身は、これからも会う機会は増えるだろう。何より俺は、キャノメラナの公爵邸の魔道具の調整に行かなければならないのだ。

 公爵が落ち着いた語り口で、俺たちに話しかけてくれたため、アイリスは落ち着きを取り戻して、話をすることができた。
 アイリスが売人に襲われた場面での俺の行動を誉めそやすものだから、俺を見る公爵の目が明らかに感嘆を含んでいて、痛い。どうも公爵夫妻は俺のことを過大評価しているように思う。いろいろな意味で。
 アイリスは、しっかりと、自分とリットンとの生活について公爵に語った。

「公爵閣下は僕を、助けてくださったのだから、なぜこんな事態になったのかを、知らせた方が良いと思ったのです」

 そんな言葉とともに。

 マーガレット・エイムズ伯爵夫人には、アイリスが見つかったことを知らせるよう手配をしてくれたようだ。挨拶に行くべきだろうが、アイリスとともに迎えるはずだったリットンが、逮捕されてしまっているので、会いたくないと言われるかもしれない。いずれにしても、エイムズ伯爵夫人次第である。落ち着いてから、再度、その話をすることになるだろう。


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