45 / 52
22-1.誰が駒鳥を脅したの?
しおりを挟む朝、目が覚めたときには、アイリスが俺の横で寝息を立てて眠っていた。アイリスの寝顔を見るのは、初めてだ。
可愛い寝顔をしばらく見ていると、睫毛がふるふるとふるえ、アイリスの目が開いた。灰青色の瞳が光を反射する。
アイリスは、瞬きを何度か繰り返して、ぼんやりと俺の顔を見つめた後で、「ああ……そうだ」と呟いた。
「サルビア兄さま、おはようございます。こんなにぐっすりと眠ったのは久しぶりです。ラプターに来てから、一番落ち着いて眠れたのではないでしょうか」
アイリスは、清々しい笑顔を俺に向けた。
「アイリス、おはよう。よく眠れて良かった」
俺たちは小さな子どものようにじゃれ合いながら、寝台から抜け出した。
「おはようございます。ロビン様、ブラッフォード様から、朝食を3人で召し上がりたいという伝言を頂いております」
朝食については、アイリスは快諾であった。
「ファルコン様は、優しい方ですね」
そう言って、楽しそうな様子を見せるアイリスは、可愛い。
俺は、アイリスの世話をジーンに任せて、ファルのもとに向かった。
寝室の扉を叩いて中に入ると、ファルはソファで、お茶を飲んでいた。俺は、自分のお茶を淹れて、体が触れるようにして、隣へ座る。そうすると、俺は気持ちが落ち着くのだ。
「アイリス殿はゆっくり休めたようだったかい?」
「うん、ラプターに来てから一番よく眠れたって言っていた」
俺は、ファルに、昨夜からのアイリスの様子を話し、これからのことについて相談に乗って欲しいとお願いした。俺の力では何もできない。ファルに頼らなければならないのだ。
だけど、俺が頼ることで、アイリスも無事に助け出すことができたのだから、良かったのだろう。
「アイリス殿は、ロビンの弟なんだから、俺の弟でもある。一緒にこれからのことを考えていこう」
そう言ってファルは、俺の腰を抱き、頬に口付けをした。
大好きなファル。俺は幸せだ。ファルの腕の中にいるだけでも、俺は満たされていく。
俺も、ファルの役に立ちたい。
朝食を食べながら、今日の予定とアイリスのこれからのことを話す。
午前中は、公爵邸へ、昨日の事件に関する報告と、アイリスを見つけてくれたお礼に行くことになっている。アイリスも一緒だ。
その後は、特別な予定はない。
俺とファルは、最初の予定では、昨日にはキャノメラナに帰っているはずだった。仕事をしようと思えばいくらでもあるけれど、公爵邸から帰った後は、ゆっくりしようとファルは言う。
アイリスと一緒に、話題の店で昼食をとり、シュライクの観光をすることにする。
予定が遅れているので、キャノメラナに帰ってからの方が忙しくなるだろうけれど。
アイリスは、当面は俺と一緒にいることになった。
アイリスには、他に頼りになる身寄りはいない。アイリスの母親の家は、『花の名の王子』を生んだことで国から与えられる俸給で、暮らしていた。ヴァレイ王国がなくなり、平民となった家では、アイリスを引き取ることはできないだろう。
そ して、アイリスは、今までにない強い決意をしていた。
「僕は、自分で仕事ができるようになりたいのです。僕に何かできていれば、こんなことは起きなかったかもしれません」
アイリスは、リットンとの生活を振り返って、俺たちにそう言った。市井にいる平民だった俺にとってはあたりまえのそれが、アイリスにとっては足りないものであったと言うのだ。『花の名の王子』には不要なものであったから、自分で生きる道は与えられていなかった。
「アイリス殿に適性のある仕事を見つけよう。キャノメラナなら働き口も沢山ある。商売に向いているのなら、ブラッフォード商会に勤めればいいしね」
ファルはそう言って、楽しそうに笑った。ファルは、仕事の話になると生き生きするのだ。
ブラッフォード公爵邸では、公爵夫妻が俺たちを待っていてくれた。挨拶の後、公爵夫人が、俺とアイリスの側に近づいてきて、しげしげと俺たち2人を眺める。俺にとってはいつものことだが、アイリスは少しばかり戸惑っているようだ。俺は、公爵夫人が送ってくださったレースのブラウスを着ている。
「ロビン、今日も綺麗ね。そのブラウス、想像した通りだわ。ロビンに似合うわあ。
あらまあ、アイリスさんは可愛いわね。まるで、お花の妖精みたい。
ああ、妖精の王子様と、お花の妖精が、並び立つ様子を見ることができるなんて、御伽噺の世界に、迷い込んだかのようだわ!」
「ブラウスをくださって、ありがとうございました。
アイリスも、お母様に会えて、喜んでいると思います。これからも可愛がってくださいませ」
「もちろんよ! ロビン。ロビンも、もっと私に会いに来てちょうだいね。ああ、綺麗……」
うっとりとした様子でそう語る公爵夫人は、相変わらずである。アイリスは完全に動きを止めていた。公爵夫人の様子は、いつも通りであるが、最初は驚くだろう。
これから、公爵夫人とアイリスが出会う場面が、どれぐらいあるかはわからないけれど、慣れるしかないのだ。
公爵夫妻は、この後、キャノメラナの公爵邸に滞在するそうなので、俺自身は、これからも会う機会は増えるだろう。何より俺は、キャノメラナの公爵邸の魔道具の調整に行かなければならないのだ。
公爵が落ち着いた語り口で、俺たちに話しかけてくれたため、アイリスは落ち着きを取り戻して、話をすることができた。
アイリスが売人に襲われた場面での俺の行動を誉めそやすものだから、俺を見る公爵の目が明らかに感嘆を含んでいて、痛い。どうも公爵夫妻は俺のことを過大評価しているように思う。いろいろな意味で。
アイリスは、しっかりと、自分とリットンとの生活について公爵に語った。
「公爵閣下は僕を、助けてくださったのだから、なぜこんな事態になったのかを、知らせた方が良いと思ったのです」
そんな言葉とともに。
マーガレット・エイムズ伯爵夫人には、アイリスが見つかったことを知らせるよう手配をしてくれたようだ。挨拶に行くべきだろうが、アイリスとともに迎えるはずだったリットンが、逮捕されてしまっているので、会いたくないと言われるかもしれない。いずれにしても、エイムズ伯爵夫人次第である。落ち着いてから、再度、その話をすることになるだろう。
40
お気に入りに追加
293
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!
あ
BL
16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。
僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。
目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!
しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?
バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!
でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?
嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。
◎体格差、年の差カップル
※てんぱる様の表紙をお借りしました。
ショコラ伯爵の悩ましい日常
あさひてまり
BL
コンフォール伯爵家の三男シエラはある日、口にした「薬」によって前世である日本人としての記憶を思い出す。
「これ、チョコじゃん!!」
甘いチョコレートが無い今世を憂いたシエラは、人々に広めようとショコラトリーをオープン。
「ショコラ伯爵」の通り名で知られるようになるが、ショコラを口にするのは貴族ばかり。
どうにか庶民にも広めたい!
それにはインパクトあるプロモーションを考えないと…。
え、BL営業⁉︎……それだ!!
女子に大人気のイケメン騎士の協力を得るも、相手役はまさかのシエラ自身。
お互いの利害が一致したニセモノの「恋人」だったけど…あれ?何だろうこの気持ち。
え、ちょっと待って!距離近くない⁉︎
溺愛系イケメン騎士(21)×チョコマニアの無自覚美人(19)
たまに魔法の描写がありますが、恋愛には関係ありません。
☆23話「碧」あたりから少しずつ恋愛要素が入ってきます。
初投稿です!お楽しみいただけますように(^^)
親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる
当麻月菜
恋愛
侯爵令嬢のマリアンヌには二人の親友がいる。
一人は男爵令嬢のエリーゼ。もう一人は伯爵令息のレイドリック。
身分差はあれど、3人は互いに愛称で呼び合い、まるで兄弟のように仲良く過ごしていた。
そしてマリアンヌは、16歳となったある日、レイドリックから正式な求婚を受ける。
二つ返事で承諾したマリアンヌだったけれど、婚約者となったレイドリックは次第に本性を現してきて……。
戸惑う日々を過ごすマリアンヌに、兄の護衛騎士であるクリスは婚約破棄をやたら強く進めてくる。
もともと苦手だったクリスに対し、マリアンヌは更に苦手意識を持ってしまう。
でも、強く拒むことができない。
それはその冷たい態度の中に、自分に向ける優しさがあることを知ってしまったから。
※タイトル模索中なので、仮に変更しました。
※2020/05/22 タイトル決まりました。
※小説家になろう様にも重複投稿しています。(タイトルがちょっと違います。そのうち統一します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる