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20-2.誰かが駒鳥を助けたの?
しおりを挟む「ははっ!
やっと香が効いてきたな。俺たちは中和する薬を、あらかじめ飲んでるから効かねえんだよ。
俺は、生活に困ってる奴らを助けるために、金持ちに雇ってもらうように伝手を作ってやってんだ。人身売買じゃねえよ。」
ふらついた俺を見て、赤毛が笑い声を上げた。
「さあ、証書を返せ」
赤毛が近づいてくる。俺は後ずさるけれど、足元が覚束ない。
「くっ…、誰が渡すかっ」
「そちらの橙色の髪の子は本当に美しいのう。こんな美人なら普通の倍は出しても良いな」
「お気に召されましたか。大層な上玉でしょう。
へへへ。お前も買い取ってもらえそうだぜ。ガイラー様は富豪でいらっしゃるから、幸運だぞ」
富豪? 富豪って……お金持ちって、ブラッフォード家より、俺のファルよりお金があるってわけないだろ? それに……それに……
「俺は、生活に困っていないし、ファルがいるから、毎日幸せだ……」
俺の言葉は呟きにしかならない。体に力が入らなくて、壁にもたれかかってしまう。アイリスの悲鳴が聞こえる。アイリス、俺が守らなければならないのに。ああ。
「おお、こちらの金髪の子がお前の話していた子だな。可愛いのう」
「いやだっ、触るなっ!いやああっ」
ガイラーの声が聞こえる。アイリスの、力の入らない悲鳴も。
「アイリス……」
『僕の手元にある兄さまの魔道具は、あのお守りとしていただいた、魔鉱石だけなのです。いつも服の中に入れているのですよ』
数分前の話が頭に浮かぶ。
お守りを使うのだ。あれは、アイリス、お前を守るために作った。お前のためのお守りだ。
「アイリス、お守りを……お守りを使え……火を、吹け…と」
「サルビア兄さま。はいっ
火を……火を吹け!」
俺の声を聞いたアイリスが魔道具を発動させた。
ごうという音が聞こえる。そして、ソファの上に置かれた上着から、火が燃え上がっているのが見える。あいにく俺の体には力が入らない。安っぽいソファは燃えやすそうだ。簡単に上着から、火が燃え移っている。
燃え広がったら、逃げられるだろうか。俺は扉までの距離を測る。
「うわ、何が起きたんだ」
「何だ、何事だ。火事ではないか。逃げなければ」
火が燃え上がるのを見て慌てた大男は、アイリスを床に放って扉に向かった。赤毛がアイリスを連れて行けと声を上げている。ガイラーはバスローブなので慌てて着替えようとしている。
「くっそ。余計なことしやがって。綺麗な兄ちゃんだからって油断したぜ。
証書を返せ。燃えちまったら作り直さなきゃなんねえ」
赤毛が、俺の手から証書を奪おうと近づいてくる。
どうして、誰も火を消そうとしないのだろうか。
俺は、力を振り絞って、赤毛を蹴飛ばし、よろけながら、アイリスの方へ向かった。
「痛ってえ。この野郎、証書を渡せってばよ!」
赤毛が俺を捕まえようと、手を伸ばしてくる。俺は懐に証書を入れて、その手から逃れようとした。
「俺に触るなあっ……!
ファルっ、ファルっ。助けて!」
切羽詰まった俺は、大きな声を上げていた。
その瞬間。
バリバリバリバリバリバリッ
落雷のような凄まじい音がして、赤毛が吹っ飛んだ。パロットのときの、あの小柄な男と同じように白目をむいて倒れているのが見える。
俺は、蹲っているアイリスに近づいてその肩を抱いた。
「なんだ、加護の魔道具持ちではないかっ。どういうことだ!」
ガイラーが叫んでいるのが聞こえる。自分の奴隷にするつもりだったのに、加護の魔道具持ちでは、そうはならないということだからだろう。
加護の魔道具を、契約した本人以外が外すためにには、高度な魔術が必要だ。俺を誘拐しても、この魔道具を外すための仕事を魔術師にさせれば、それも犯罪だし、莫大な報酬を要求されるだろう。誘拐そのものも難しいぐらいの加護を、ファルは俺にかけているけれど。
虐待等の目的で魔道具をつけられた犯罪被害者のためには、裁判所が魔術師を手配することになっている。
そのときだ。外から警察騎士団の制服を着た一団が入って来た。どうして、もっと早く来てくれないのか。くそ。話が違う。
警察騎士団が、気を失っている赤毛と、大男と、ガイラーを、確保していく。
「ロビン、ロビンしっかりして」
大好きなファルの声がする。ファルの腕が俺を抱きかかえる。
「ファル、アイリスの証書を、手に入れたよ」
俺は、ファルの首に抱きついた。ファル、俺、頑張ったよ。ちょっと怖かったけど。アイリスが可哀想だったけど。
「ロビン、うん、頑張ったね。遅くなってごめん。ごめんね」
ファルの声を聞いているうちに安心してくる。ファルが俺の額に口付けをしてくれる。気持ちが落ち着いて、考えることができるようになる。
「ファル、アイリスは?」
アイリス、今まで俺の側にいたはずだ。
「大丈夫だよ。エディが連れて行ってくれるからね。怪我もないようだ」
ファルの目線を追うと、俺と同じように朦朧としているような風情のアイリスが、毛布でくるまれて、エディに抱かれているのが見えた。無事のようだ。
「良かった……」
警察騎士団が素早く消火したため、ソファが燃えただけで延焼はしなかったようだ。あの魔道具の作用を考えると、アイリスはお守りを1つしか持っていなかったのだろうなと思う。
「マット・ガイラー、宿屋ラストのドン、及びトマス。
ロビン・ブラッフォード様とアイリス・リットン様の監禁、傷害容疑で逮捕する。
現行犯としてはそれだけだが、人身売買の容疑もかかっているから覚悟しろよ」
アルフが弾んだ声を出していて、鬱陶しい。俺とアイリスは、酷い目に遭わされたのに。
俺が、ファルに支えられて立ち上がると、アルフが近づいて来た。
「ご協力ありがとうございました。危険な役割を引き受けてくださって、感謝します。これで、ラプター国内の人身売買組織に、大きな打撃を与えることができるでしょう」
「どうして、もう少し早く踏み込んで来てくれなかったのですか。約束が違う」
「申し訳ありません。状況を読み誤りました」
軽い調子のアルフから、口ばっかりのお詫びを聞いても、全然すっきりしない。死なないまでも、怪我をしていたらどうする気だったのだ。
「ああ、そうだ。これをお渡ししておきます」
俺は懐から、アイリスの偽造の署名が入った証書を取り出し、アルフに手渡した。
「あああっ 偽造の契約書ですね! これは、強力な人身売買の証拠になります。ありがとうございます。
ロビンさん、凄腕ですね。エディさんの言った通りだ。情報部に入って欲しいで……」
「冗談じゃない。大切なロビンを、これ以上危険に晒す気はない」
「遠慮します。もう、こんな酷い目には、遭いたくありません」
アルフが、浮かれた提案をしてきたので、ファルと俺が食い気味に拒否をした。
エディが、何を言ったのかも気になるので、後で確認して、それなりの措置を取ることにする。
今回の件は、アイリスを助けるためだというから、俺は情報部に協力したのだ。どうしてすき好んで、こんな危険な役割を引き受けなければならないのか。
アルフの回路は、緩んだ魔道具のように、どこか調整しなければならないのではなかろうか。
俺は、ファルにしがみついたまま、警察騎士団の本部に馬車で向かう。同乗しているアイリスは、気を失っている。危険な目に遭ったうえ、リットンが自分を売ろうとしていると聞いたのだから、衝撃が大きかったのだろう。
馬車の中でファルが、俺の手を握って、頭を撫でていてくれたので、ようやく心から落ち着くことができた。
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