【本編完結】花の名の王子、鳥の名の王子

中屋沙鳥

文字の大きさ
上 下
42 / 52

20-2.誰かが駒鳥を助けたの?

しおりを挟む


「ははっ!
 やっと香が効いてきたな。俺たちは中和する薬を、あらかじめ飲んでるから効かねえんだよ。
 俺は、生活に困ってる奴らを助けるために、金持ちに雇ってもらうように伝手を作ってやってんだ。人身売買じゃねえよ。」

 ふらついた俺を見て、赤毛が笑い声を上げた。

「さあ、証書を返せ」

 赤毛が近づいてくる。俺は後ずさるけれど、足元が覚束ない。

「くっ…、誰が渡すかっ」
「そちらの橙色の髪の子は本当に美しいのう。こんな美人なら普通の倍は出しても良いな」
「お気に召されましたか。大層な上玉でしょう。
 へへへ。お前も買い取ってもらえそうだぜ。ガイラー様は富豪でいらっしゃるから、幸運だぞ」

 富豪? 富豪って……お金持ちって、ブラッフォード家より、俺のファルよりお金があるってわけないだろ? それに……それに……

「俺は、生活に困っていないし、ファルがいるから、毎日幸せだ……」

 俺の言葉は呟きにしかならない。体に力が入らなくて、壁にもたれかかってしまう。アイリスの悲鳴が聞こえる。アイリス、俺が守らなければならないのに。ああ。

「おお、こちらの金髪の子がお前の話していた子だな。可愛いのう」
「いやだっ、触るなっ!いやああっ」

 ガイラーの声が聞こえる。アイリスの、力の入らない悲鳴も。

「アイリス……」

 『僕の手元にある兄さまの魔道具は、あのお守りとしていただいた、魔鉱石だけなのです。いつも服の中に入れているのですよ』

 数分前の話が頭に浮かぶ。

 お守りを使うのだ。あれは、アイリス、お前を守るために作った。お前のためのお守りだ。

「アイリス、お守りを……お守りを使え……火を、吹け…と」
「サルビア兄さま。はいっ
火を……火を吹け!」

 俺の声を聞いたアイリスが魔道具を発動させた。

 ごうという音が聞こえる。そして、ソファの上に置かれた上着から、火が燃え上がっているのが見える。あいにく俺の体には力が入らない。安っぽいソファは燃えやすそうだ。簡単に上着から、火が燃え移っている。
 燃え広がったら、逃げられるだろうか。俺は扉までの距離を測る。

「うわ、何が起きたんだ」
「何だ、何事だ。火事ではないか。逃げなければ」

 火が燃え上がるのを見て慌てた大男は、アイリスを床に放って扉に向かった。赤毛がアイリスを連れて行けと声を上げている。ガイラーはバスローブなので慌てて着替えようとしている。

「くっそ。余計なことしやがって。綺麗な兄ちゃんだからって油断したぜ。
 証書を返せ。燃えちまったら作り直さなきゃなんねえ」

 赤毛が、俺の手から証書を奪おうと近づいてくる。
 どうして、誰も火を消そうとしないのだろうか。
 俺は、力を振り絞って、赤毛を蹴飛ばし、よろけながら、アイリスの方へ向かった。

「痛ってえ。この野郎、証書を渡せってばよ!」

 赤毛が俺を捕まえようと、手を伸ばしてくる。俺は懐に証書を入れて、その手から逃れようとした。

「俺に触るなあっ……!
 ファルっ、ファルっ。助けて!」

 切羽詰まった俺は、大きな声を上げていた。

 その瞬間。

 バリバリバリバリバリバリッ

 落雷のような凄まじい音がして、赤毛が吹っ飛んだ。パロットのときの、あの小柄な男と同じように白目をむいて倒れているのが見える。

 俺は、蹲っているアイリスに近づいてその肩を抱いた。

「なんだ、加護の魔道具持ちではないかっ。どういうことだ!」

 ガイラーが叫んでいるのが聞こえる。自分の奴隷にするつもりだったのに、加護の魔道具持ちでは、そうはならないということだからだろう。

 加護の魔道具を、契約した本人以外が外すためにには、高度な魔術が必要だ。俺を誘拐しても、この魔道具を外すための仕事を魔術師にさせれば、それも犯罪だし、莫大な報酬を要求されるだろう。誘拐そのものも難しいぐらいの加護を、ファルは俺にかけているけれど。
 虐待等の目的で魔道具をつけられた犯罪被害者のためには、裁判所が魔術師を手配することになっている。

 そのときだ。外から警察騎士団の制服を着た一団が入って来た。どうして、もっと早く来てくれないのか。くそ。話が違う。

 警察騎士団が、気を失っている赤毛と、大男と、ガイラーを、確保していく。

「ロビン、ロビンしっかりして」

 大好きなファルの声がする。ファルの腕が俺を抱きかかえる。

「ファル、アイリスの証書を、手に入れたよ」

 俺は、ファルの首に抱きついた。ファル、俺、頑張ったよ。ちょっと怖かったけど。アイリスが可哀想だったけど。

「ロビン、うん、頑張ったね。遅くなってごめん。ごめんね」

 ファルの声を聞いているうちに安心してくる。ファルが俺の額に口付けをしてくれる。気持ちが落ち着いて、考えることができるようになる。

「ファル、アイリスは?」

 アイリス、今まで俺の側にいたはずだ。

「大丈夫だよ。エディが連れて行ってくれるからね。怪我もないようだ」

 ファルの目線を追うと、俺と同じように朦朧としているような風情のアイリスが、毛布でくるまれて、エディに抱かれているのが見えた。無事のようだ。

「良かった……」 

 警察騎士団が素早く消火したため、ソファが燃えただけで延焼はしなかったようだ。あの魔道具の作用を考えると、アイリスはお守りを1つしか持っていなかったのだろうなと思う。


「マット・ガイラー、宿屋ラストのドン、及びトマス。
 ロビン・ブラッフォード様とアイリス・リットン様の監禁、傷害容疑で逮捕する。
 現行犯としてはそれだけだが、人身売買の容疑もかかっているから覚悟しろよ」

 アルフが弾んだ声を出していて、鬱陶しい。俺とアイリスは、酷い目に遭わされたのに。

 俺が、ファルに支えられて立ち上がると、アルフが近づいて来た。

「ご協力ありがとうございました。危険な役割を引き受けてくださって、感謝します。これで、ラプター国内の人身売買組織に、大きな打撃を与えることができるでしょう」
「どうして、もう少し早く踏み込んで来てくれなかったのですか。約束が違う」
「申し訳ありません。状況を読み誤りました」

 軽い調子のアルフから、口ばっかりのお詫びを聞いても、全然すっきりしない。死なないまでも、怪我をしていたらどうする気だったのだ。
 
「ああ、そうだ。これをお渡ししておきます」

 俺は懐から、アイリスの偽造の署名が入った証書を取り出し、アルフに手渡した。

「あああっ 偽造の契約書ですね! これは、強力な人身売買の証拠になります。ありがとうございます。
 ロビンさん、凄腕ですね。エディさんの言った通りだ。情報部に入って欲しいで……」
「冗談じゃない。大切なロビンを、これ以上危険に晒す気はない」
「遠慮します。もう、こんな酷い目には、遭いたくありません」

 アルフが、浮かれた提案をしてきたので、ファルと俺が食い気味に拒否をした。
 エディが、何を言ったのかも気になるので、後で確認して、それなりの措置を取ることにする。

 今回の件は、アイリスを助けるためだというから、俺は情報部に協力したのだ。どうしてすき好んで、こんな危険な役割を引き受けなければならないのか。
 アルフの回路は、緩んだ魔道具のように、どこか調整しなければならないのではなかろうか。

 俺は、ファルにしがみついたまま、警察騎士団の本部に馬車で向かう。同乗しているアイリスは、気を失っている。危険な目に遭ったうえ、リットンが自分を売ろうとしていると聞いたのだから、衝撃が大きかったのだろう。

 馬車の中でファルが、俺の手を握って、頭を撫でていてくれたので、ようやく心から落ち着くことができた。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

処理中です...