41 / 52
20-1.誰かが駒鳥を助けたの?
しおりを挟む宿屋ラストまでの道すがら、俺とアイリスは少しだけ話をすることができた。
「サルビア兄さまは、どうしてこの街にいらしたのですか?」
「アイリスを探しに来たんだよ。骨董品店で、アイリスの駒鳥の鳥籠を見つけた。そこから追いかけて、ここにたどり着いた」
「え、僕の駒鳥が!
あれは、盗まれたのですけれど、サルビア兄さまのところにいるのですね。ああ良かった」
「盗まれた……?」
「ええ、買い物に行って、家を空けているときに盗まれてしまったのです。とても悲しい思いをしていたのですけれど、兄さまのところにいるのなら、また、駒鳥に会えますね。
今、僕の手元にある兄さまの魔道具は、あのお守りとしていただいた、魔鉱石だけなのです。いつも服の中に入れているのですよ」
そう言って上着の胸元を叩いて、屈託なく微笑むアイリス。鳥籠は盗まれたと言っている。これは……、やはりそういうことなのだろうか。
「そうだね。早く俺の家にアイリスを連れて帰りたいよ」
俺は、アイリスに微笑みを返した。
ラストの裏口から入る前に、周囲の様子を慎重に確認した。バルチャ街で働く人の姿が見える。そう人目に付かない場所でもないようだが、場所の性質上、通りかかった人も、見ないふりをしているのだろう。
「きょろきょろしてねえで、早く入んな」
男の声に促されて、俺とアイリスは扉の内側に入った。
ラストの裏口から、宿屋の外にある離れのような、小さな平屋の建物に俺たちは、連れて行かれた。敷地が狭いせいか、裏口までの距離は短く、逃げやすいかもしれない。
「表から見たら、こんな場所があるとはわからないな……」
「そうだろー。わかんねえんだよ。へへっ」
「この宿屋の、ラストの主人というのは……」
「ああー、俺の親父だよ。俺がラストの跡を継ぐのさ」
赤毛の男がにやにやしながら、俺の呟きに反応してくる。俺を見る目つきがものすごく気持ち悪いけれど、我慢する。
建物の中に入ると、甘ったるい嫌な匂いの香が焚かれていた。気分が悪くなりそうなので、なるべく吸い込まないように注意する。アイリスにもそっと、それを伝えておく。
窓には、けばけばしい赤い窓掛けがかけられ、大きな寝台が部屋の中心に置かれている。寝台の上の寝具も赤い。その横に、安っぽい卓とソファが置かれていて、お茶で、もてなすようには見えない。右手に開け放たれた扉があって、浴室が見える。そこは、誰かが使っているらしく、水音が聞こえていた。
どう考えても、性的なことを目的とした部屋である。
「さあ、アイリスちゃん、おもてなしの準備をしようか」
「え?」
最初から主に話をしていた赤毛は、アイリスの腕をつかむと、上着を剥ぎ取り、それを、ソファの上に放り投げた。
「なっ何をするのですか!」
「何って、おもてなしの準備だよ。服を脱がなきゃ、できねえだろ?」
男がブラウスに手をかけたところで、俺はアイリスに駆け寄って男の手から奪い取ろうとした。
「アイリスから手を離せ!」
「おっと」
「きゃあっ」
アイリスは、赤毛からもう一人の大男の手に渡された。
「兄ちゃん、さっきも言ったろ。アイリスちゃんが、お客様のおもてなしするって、約束の証書があるんだよ。借金を返すまでってことでな。
これから、アイリスちゃんは、お客様にじっくり可愛がって貰うんだよ。気に入られたらお家に連れてって貰えんだぜ。お客様はお金持ちだ。運がいいだろ?」
赤毛は、下卑た笑いを浮かべて、人身売買の話をぺらぺらしゃべりだす。宿屋ラストが本拠地だったのだな。
「その借金の証書なんてものが、本当にあるのか? それがなければ、誘拐、監禁だ。警察騎士団に訴えなければならない。このままだと、暴行と障害も追加されるのではないか?」
「へっ、兄ちゃんは、弟よりちょっとは頭が回るみてえだな。あるに決まってんだろ」
ここにいる限り、絶対的に有利だと考えたのだろうか、それとも考えが足りないのか。俺の挑発に乗った赤毛は、卓の引き出しから、証書を取り出した。客としている男にアイリスを売り飛ばすなら、その証書が必要になるから準備してあったのだろう。
赤毛が、勝ち誇ったように証書をひらひらとさせているのを見て、俺はそれをひったくって確認をした。
「何をしやがる! 返せ!」
「この署名は、アイリスのものではない。無効だ」
「はあ? それは、こいつの旦那のカーディスが署名させたって言って、持ってきたんだぜ?そんなはずねえだろ。アイリスちゃんが、働いて借金を返しますってな。
それに、アイリスちゃんの署名じゃねえなんて、誰も聞いちゃあくれねえよ。早く返せよ」
「カーディスが……」
俺は身を翻して、赤毛から逃れた。そして、睨み合うように赤毛と向かい合う。やはり、カーディス・リットンがアイリスを売り飛ばしたのか。信じたくはないけれど。
「僕っ、そんなものに署名していません! 僕、僕、借金なんて……、そんなものは、ありません」
証書のやり取りをしている間も、アイリスは、大男に拘束されている。あの状態では逃げられないだろう。
何とかしなければ。逃げる隙があるのではないかと思った俺が、甘かったのか。
「何を騒いでいるのだ?」
浴室から初老の男性がバスローブをまとって現れた。
「ガイラー様、お騒がせしちまって、すみません。ガイラー様が注文した子の兄というのが、ついてきちまいまして…」
「おお、これは美しいのう。買取りでも良さそうだ」
ガイラーと呼ばれた男は、白髪交じりの栗色の髪で顔には皺が刻まれている。酷薄そうな薄青い瞳は、俺たちを見て細められた。
「はあ?買取り? 何を言っている。ふざけるな!人身売買は禁止されているぞ」
俺は思わず大声を上げた。そこで、くらりと眩暈がした。おかしい……?
まさか、この嫌な匂いのする香は……
45
お気に入りに追加
316
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

婚約破棄された僕は過保護な王太子殿下とドS級冒険者に溺愛されながら召喚士としての新しい人生を歩みます
八神紫音
BL
「嫌ですわ、こんななよなよした男が夫になるなんて。お父様、わたくしこの男とは婚約破棄致しますわ」
ハプソン男爵家の養子である僕、ルカは、エトワール伯爵家のアンネリーゼお嬢様から婚約破棄を言い渡される。更に自分の屋敷に戻った僕に待っていたのは、ハプソン家からの追放だった。
でも、何もかもから捨てられてしまったと言う事は、自由になったと言うこと。僕、解放されたんだ!
一旦かつて育った孤児院に戻ってゆっくり考える事にするのだけれど、その孤児院で王太子殿下から僕の本当の出生を聞かされて、ドSなS級冒険者を護衛に付けて、僕は城下町を旅立った。
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる