【本編完結】花の名の王子、鳥の名の王子

中屋沙鳥

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20-1.誰かが駒鳥を助けたの?

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 宿屋ラストまでの道すがら、俺とアイリスは少しだけ話をすることができた。

「サルビア兄さまは、どうしてこの街にいらしたのですか?」

「アイリスを探しに来たんだよ。骨董品店で、アイリスの駒鳥ロビンの鳥籠を見つけた。そこから追いかけて、ここにたどり着いた」

「え、僕の駒鳥ロビンが!
 あれは、盗まれたのですけれど、サルビア兄さまのところにいるのですね。ああ良かった」
「盗まれた……?」
「ええ、買い物に行って、家を空けているときに盗まれてしまったのです。とても悲しい思いをしていたのですけれど、兄さまのところにいるのなら、また、駒鳥ロビンに会えますね。
 今、僕の手元にある兄さまの魔道具は、あのお守りとしていただいた、魔鉱石だけなのです。いつも服の中に入れているのですよ」

 そう言って上着の胸元を叩いて、屈託なく微笑むアイリス。鳥籠は盗まれたと言っている。これは……、やはりそういうことなのだろうか。

「そうだね。早く俺の家にアイリスを連れて帰りたいよ」

 俺は、アイリスに微笑みを返した。


 ラストの裏口から入る前に、周囲の様子を慎重に確認した。バルチャ街で働く人の姿が見える。そう人目に付かない場所でもないようだが、場所の性質上、通りかかった人も、見ないふりをしているのだろう。

「きょろきょろしてねえで、早く入んな」

 男の声に促されて、俺とアイリスは扉の内側に入った。
 ラストの裏口から、宿屋の外にある離れのような、小さな平屋の建物に俺たちは、連れて行かれた。敷地が狭いせいか、裏口までの距離は短く、逃げやすいかもしれない。

「表から見たら、こんな場所があるとはわからないな……」

「そうだろー。わかんねえんだよ。へへっ」

「この宿屋の、ラストの主人というのは……」

「ああー、俺の親父だよ。俺がラストの跡を継ぐのさ」

 赤毛の男がにやにやしながら、俺の呟きに反応してくる。俺を見る目つきがものすごく気持ち悪いけれど、我慢する。

 建物の中に入ると、甘ったるい嫌な匂いの香が焚かれていた。気分が悪くなりそうなので、なるべく吸い込まないように注意する。アイリスにもそっと、それを伝えておく。
 窓には、けばけばしい赤い窓掛けがかけられ、大きな寝台が部屋の中心に置かれている。寝台の上の寝具も赤い。その横に、安っぽい卓とソファが置かれていて、お茶で、もてなすようには見えない。右手に開け放たれた扉があって、浴室が見える。そこは、誰かが使っているらしく、水音が聞こえていた。

 どう考えても、性的なことを目的とした部屋である。

「さあ、アイリスちゃん、おもてなしの準備をしようか」
「え?」

 最初から主に話をしていた赤毛は、アイリスの腕をつかむと、上着を剥ぎ取り、それを、ソファの上に放り投げた。

「なっ何をするのですか!」

「何って、おもてなしの準備だよ。服を脱がなきゃ、できねえだろ?」

 男がブラウスに手をかけたところで、俺はアイリスに駆け寄って男の手から奪い取ろうとした。

「アイリスから手を離せ!」
「おっと」
「きゃあっ」
 アイリスは、赤毛からもう一人の大男の手に渡された。

「兄ちゃん、さっきも言ったろ。アイリスちゃんが、お客様のおもてなしするって、約束の証書があるんだよ。借金を返すまでってことでな。
 これから、アイリスちゃんは、お客様にじっくり可愛がって貰うんだよ。気に入られたらお家に連れてって貰えんだぜ。お客様はお金持ちだ。運がいいだろ?」

 赤毛は、下卑た笑いを浮かべて、人身売買の話をぺらぺらしゃべりだす。宿屋ラストが本拠地だったのだな。

「その借金の証書なんてものが、本当にあるのか? それがなければ、誘拐、監禁だ。警察騎士団に訴えなければならない。このままだと、暴行と障害も追加されるのではないか?」
「へっ、兄ちゃんは、弟よりちょっとは頭が回るみてえだな。あるに決まってんだろ」

 ここにいる限り、絶対的に有利だと考えたのだろうか、それとも考えが足りないのか。俺の挑発に乗った赤毛は、卓の引き出しから、証書を取り出した。客としている男にアイリスを売り飛ばすなら、その証書が必要になるから準備してあったのだろう。
 赤毛が、勝ち誇ったように証書をひらひらとさせているのを見て、俺はそれをひったくって確認をした。

「何をしやがる! 返せ!」
「この署名は、アイリスのものではない。無効だ」
「はあ? それは、こいつの旦那のカーディスが署名させたって言って、持ってきたんだぜ?そんなはずねえだろ。アイリスちゃんが、働いて借金を返しますってな。
 それに、アイリスちゃんの署名じゃねえなんて、誰も聞いちゃあくれねえよ。早く返せよ」
「カーディスが……」

 俺は身を翻して、赤毛から逃れた。そして、睨み合うように赤毛と向かい合う。やはり、カーディス・リットンがアイリスを売り飛ばしたのか。信じたくはないけれど。
 
「僕っ、そんなものに署名していません! 僕、僕、借金なんて……、そんなものは、ありません」

 証書のやり取りをしている間も、アイリスは、大男に拘束されている。あの状態では逃げられないだろう。
何とかしなければ。逃げる隙があるのではないかと思った俺が、甘かったのか。

「何を騒いでいるのだ?」

 浴室から初老の男性がバスローブをまとって現れた。

「ガイラー様、お騒がせしちまって、すみません。ガイラー様が注文した子の兄というのが、ついてきちまいまして…」
「おお、これは美しいのう。買取りでも良さそうだ」

 ガイラーと呼ばれた男は、白髪交じりの栗色の髪で顔には皺が刻まれている。酷薄そうな薄青い瞳は、俺たちを見て細められた。

「はあ?買取り? 何を言っている。ふざけるな!人身売買は禁止されているぞ」

 俺は思わず大声を上げた。そこで、くらりと眩暈がした。おかしい……?

 まさか、この嫌な匂いのする香は……



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