40 / 52
19-2.誰かを駒鳥は見つけることができたの?
しおりを挟む昼を過ぎた頃合いに、バルチャ街に向かう。寒い季節なので、俺は地味な服装の上から分厚い外套を着せられ、肌触りの良い落ち着いた色合いの襟巻を巻かれた。飾り結びをしたがるジーンを宥めて、なるべく一般的な結び方にしてもらう。耳飾りは目立たないように髪で隠し、帽子を被った。
ファルもエディもネイトも地味な服装にするが、背の高い3人が並んでいるととても目立つ。俺よりも目を引くのではないだろうか。
バルチャ街で馬車を止め、歩いて移動する。はぐれたときは、馬車止めに来れば、御者が待っていてくれる。馬車止めには、警察騎士団が常駐しているそうだ。
警察騎士団の詰所で、アルフがこちらを見てひらひらと手を振るのが見える。今日は、情報部部長のアルフが来ているので、緊張感があるらしい。普段の様子がわからないので何とも言えないが。
その側には、リットンの身元保証をした店主がいる宿屋、ラストがあった。想像していたよりも小さく見えるが、シュライクにある一夜の逢瀬のための宿屋としては、部屋数などは多い方であるという。
キャノメラナの歓楽街には、ファルに連れられて行ったことがある。シュライクより規模が大きく、道が広い。キャノメラナの歓楽街は、猥雑だけど、明るくて派手な印象だった。シュライクは薄暗く、活気がないように見える。
バルチャ街は、ヴァレイの王都に住んでいたときに、「行ってはいけない」とじいちゃんから言われていた娼館が並ぶ地域と雰囲気が似ている。余り規模も大きくない。いざとなれば、バルチャ街を出てしまえば、普通の商業地域だし、誰かに絡まれても、そこまで追いかけられはしないだろうとネイトは言っていたけれど。
しかし、俺一人で来るには勇気がいるかもしれない。ネイトは行きつけの店の話をエディにしていて慣れているようだ。
この辺りは、外から来た者は明るいうちに歩くものではないのかもしれない。しかし、働いている人たちは、準備を始めるために出歩く時刻なので、人を探すにはちょうど良い。俺はファルに隠れながら、周囲の様子をうかがっていた。寒いのに肌を露出した男女は、自分の店に行くところなのだろう。店の前を掃除する者や、食材や酒類を運ぶ者などが働く様子は、王都にいたころの魔道具店のあった街を俺に思い出せた。
狭い街を粗方一周して、宿屋ラストの前に再び差し掛かった。来た時よりも人出が増えてきている。
人が多く行き交っている道の向こう側を、大柄な男二人に挟まれるように歩いている……少年と言って良いような華奢な姿に既視感があって、立ち止まって目を凝らす。
金色の髪、姿勢の良い美しい優雅な歩き方。
『人目を引く』というのはこういうことか。
「アイリス……」
「ロビン?」
俺の呟きをファルが聞き返す。その声に答えて、俺は大きな声を上げていた。
「あれは、アイリスだよ。ファル。アイリスがいる」
道を曲がって、姿が見えなくなりそうだ。見失わないために、俺は走りだした。
「ロビン!」「ロビン様!」
ファルの、みんなの、俺を呼ぶ声が聞こえるけれど、俺はアイリスを追いかけて走った。
「アイリス! アイリス!」
俺の声が聞こえたのか、金髪の彼は振り返った。
灰青色の大きな瞳。以前より青白い、やせて小さくなった顔。だけど……、だけど、間違いない。
「アイリス!」
灰青色の瞳が一層大きく見開かれる。ぽかんと空いた赤い口。動きが止まったように見えた次の瞬間、懐かしい声が耳に流れ込んできた。
「……サルビア兄さま……?」
「アイリス! 無事だったのだね。ああ、良かった」
「サルビア兄さまも……サルビア兄さま!」
俺とアイリスはお互いに駆け寄り、強く抱き合った。抱きしめた身体が細く、小さい。
「アイリス、会えて良かった。ラプターに来てからどう過ごしていたの?元気でいたのかい?」
「サルビア兄さま、お会いできて嬉しいです。それが、ラプターの国境を越えたところで、身元保証人の証明書をお金と共に盗まれてしまって、途方に暮れました。なんとか、シュライクまでたどり着いて、カーディスがここで働き口を見つけてくれたのです。
サルビア兄さまはどうされていました?」
アイリスがぐすぐすと涙ぐみながら言葉を繋ぐ。可愛いアイリス。話し方も声も、そのままだ。
「俺は……」
「おい、久しぶりにあったのかもしんねえけど、いつまで話が続くんだよ。仕事に行かなきゃなんねえだろ」
俺たちの話は、アイリスの横にいた大男に阻まれた。俺はその男に、一応の詫びの言葉を言ってから、アイリスに尋ねた。
「仕事?」
「はい、今日だけのお仕事です。お客様へのお茶を出す、おもてなしのお手伝いをして欲しいと言われました。カーディスがお世話になっている方のお願いなので、お受けしたのです。」
「お茶を? どこでだい?」
「そちらの、ラストという宿屋さんです。裏口へ回ろうとしていたのですが」
ラストは逢瀬の宿だと聞いていたが、客のもてなしなどがあるのだろうか。俺の頭に疑問が広がる。
アイリスの隣にいた男が、俺の全身を舐めまわすように見てにやりと笑った。
「へえ、兄ちゃん、あんた、ずいぶん綺麗だねえ。どうだい、弟の手伝いをしねえか?
そしたら、仕事が早く終わってから、ゆっくりと話せるんじゃねえか?」
「すっげえ上玉だ」
一緒にいるもう一人の男の呟きが聞こえる。俺のことを、どう見ているのかがわかる。
「反対に、俺がそのおもてなしの人の代わりを手配しますから、弟を俺の家に、連れて帰らせてくれませんか?」
俺は、男の意図を確かめるために質問をした。今ここで、アイリスを連れて帰らせてくれるのが、一番、穏便にすむ方法なのだ。
「へっ。そういうわけにはいかねえなあ。アイリスちゃんがうちの仕事をするって、旦那から、約束の証書を、貰ってるからな」
「証書?証書があるのですか?」
「ああ、ちゃあんとな。アイリスちゃんがおもてなしするって書いてあるんだ。へへっ」
ただのおもてなしのために、証書があるというのか? おかしなことだ。
このままアイリスと別れたら、きっと二度と会えない。そう思った俺は、アイリスと一緒にラストに行くことにした。
「お仕事が終わったら、サルビア兄さまとゆっくりとお話しできますね。兄さまの家に行けるのが楽しみです」
アイリスは、無邪気に俺に話しかけてくる。リットンにどう言われて、この仕事を受けたのだろうか。俺の杞憂であれば良いのだが。
「兄ちゃん、連れはいねえのかい?」
にやにやとした笑いを浮かべたまま、男が聞いてくる。俺は周囲を見回してから口を開いた。
「弟を追って来たら、はぐれてしまったようですね。待ち合わせ場所へ、後で行くことにします」
男は、俺の返事を聞くと、「ああ、そうするといいな」と言いながら、嬉しそうな笑みを浮かべた。
そして、彼らは、俺たちを連れてラストの裏口へ向かった。
31
お気に入りに追加
286
あなたにおすすめの小説
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?
み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました!
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
異世界トリップして10分で即ハメされた話
XCX
BL
付き合っていると思っていた相手からセフレだと明かされ、振られた優太。傷心での帰宅途中に穴に落ち、異世界に飛ばされてしまう。落ちた先は騎士団の副団長のベッドの上。その副団長に男娼と勘違いされて、即ハメされてしまった。その後も傷心に浸る暇もなく距離を詰められ、彼なりの方法でどろどろに甘やかされ愛される話。
ワンコな騎士団副団長攻め×流され絆され傷心受け。
※ゆるふわ設定なので、騎士団らしいことはしていません。
※タイトル通りの話です。
※攻めによるゲスクズな行動があります。
※ムーンライトノベルズでも掲載しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる