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19-1.誰かを駒鳥は見つけることができたの?
しおりを挟むブラッフォード公爵邸では、公爵が俺たちを待っていてくれた。
骨董店主の話を聞く前に、ファルが大まかな事情を書いた書簡と、訪問をすることの先触れを届けていたようだ。
案内された応接室で、鳥籠を見つけてからの流れと、骨董店主から聞いた話を公爵に説明する。
「なるほど、アイリス殿とリットン殿は、バルチャ街にいる可能性が極めて高いということだな」
向かい合った公爵は、そう言うと灰色の瞳に影を落とし、難しい顔をした。
「実は、アイリス殿が、シュライクにいるだろうという目星をつけてはいたのだ。元の保証人であるエイムズ伯爵夫人がいる場所であるしな。
しかし……」
ヴァレイとマグワイアの戦争以降、人身売買組織の活動が活発になっている。俺が、パロットの森で襲われたのも、その一味であろうということだ。人身売買組織は、金銭の融資を装った証書を巧みに作って娼館で働かせるばかりでなく、特殊な趣味の金持ちに人を売るということまでしているらしい。その組織のラプターでの本拠地が、どうやらバルチャ街にあると突き止めた警察騎士団は秘密裏に、そして、大規模に捜査を進めているところであるという。
公爵は、ブラッフォード公爵家の配下や情報網で、アイリスを探してくれていた。しかし、バルチャ街の捜査に影響があると困るという警察騎士団からの申し入れを受け、公爵家の配下を最小限しか動かせないでいたようだ。
「今回のことで、バルチャ街にアイリス殿がいる可能性が高くなったのだから、当然、警察騎士団にもアイリス殿の探索のために、動いてもらうことにする。
これまで、こちらも協力してきたのであるからね」
公爵はそう言って、ふっと笑うと、お茶を口にした。ラプターにおいても、公爵家というものには権力があるのだとつくづく思う。
昨日、陛下にお会いしたばかりだというのに、俺は平民の魔道具技師として、世界を認識しているようだ。
「アイリスのために、ありがとうございます」
俺が感謝を述べると、公爵は嬉しそうに微笑んだ。
「ロビンの家族なのだから、わたしが力を尽くすのは当たり前だよ。
さて、バルチャ街にいるのならば、アイリス殿を見つけても、リットン殿や街の人間にお連れするのを阻止されるかもしれない。ロビンを連れて行って、アイリス殿が迎えを受け入れる状況を作らなければならぬだろうな」
公爵が少し考えこむような仕草を見せる。額にはらりとかかる艶のある黒髪が、ファルにそっくりだ。しかし、リットンが邪魔をするのだろうか?
「バルチャ街は追われている者が逃げ込む場所なので、お互いに守り合う意識が強い。良くも悪くも。厄介です」
ファルが溜息をついて、首を左右に振った。
「俺が、アイリスを迎え入れに行くのなら、探しに行く段階でバルチャ街に出向いた方が良いと思うのです。見つけたらすぐに、俺たちのところに連れてきた方が良いでしょう?」
俺は、おずおずと2人の話に割り込んだ。
「おお、それは良いな」
公爵が手を叩いて、俺の言うことに賛同してくれた。
「ね、ファル、お父様もこう言ってくださっているのだから、俺をバルチャ街に連れて行ってくれるよね?」
ファルは美しい眉を顰めて、嫌そうな顔をしたが、如何にも仕方ないといった風情で頷き、俺をバルチャ街に連れて行くときの警備体制について公爵と話を始めた。
ファルは、どうも俺に関しては過保護なのだが、今回の警備体制については公爵も同じ意見のようだ。
二人とも大袈裟だと思う。
俺の警護だけではなく、人員の選択や連絡方法などを話し合っているのを、俺は美味しいお茶とお菓子を頂きながら聞いていた。
数日後の夜、俺が魔道具工房から家に帰ると、ファルが珍しく外回りから、早く帰って来ていた。
「ロビン、明日、バルチャ街に行くよ」
「ずいぶんと急だね」
「父上に、本気を出させてしまったからね。それに……そういう運のめぐりあわせなんだろう」
そう言って俺の美しい伴侶はため息を吐いた。
「ファルは、俺がバルチャ街に行くのに、反対なんだね」
「当たり前だろう?人身売買組織が活動しているんだから。
ロビンは立っているだけでも人目を引くんだ。普段でも気をつけていて欲しいのに。
可愛いロビンが誘拐でもされたらと思うと、心配でたまらないよ」
ファルは俺をぎゅうっと抱きしめると、髪に唇を寄せた。
「大丈夫だよ。ファルが俺を守ってくれるでしょう?」
俺は顔を上げて、ファルの唇に口付けをした。
「うん。俺がロビンを守るよ……」
俺たちはそれから、明日の行動についての打ち合わせをした。護衛にはエディとネイトがついてくれる。
警察騎士団からはアルフ情報部部長が来てくれていて、人身売買組織に関する注意事項などを教えてくれる。ものすごく大きな話になっている気がするけれど、俺やアイリスが、ヴァレイの王子だったことが考慮されているのだという。
俺には、信じ難いのだけれど。
ジーンは、家に置いていくことになった。
「ブラッフォード様、わたしも、ロビン様のお供に、お連れくださるわけにはいかないのでしょうか?」
ジーンは、自分だけがバルチャ街に行けないことが不服で仕方がない。いつも俺と一緒にいるのだから、そう思うのは仕方ないのかもしれない。
「ジーンを連れて行くのは難しいと思うんだ。自分の身を守りながら、ロビンを守ることができないと……」
ファルが、ジーンに足手まといであるということを、婉曲に説明している。ジーンは、近衛騎士が常駐している王宮の侍従としての訓練しか受けておらず、簡単な護身術しか身に着けていない。
「そんなに危険な場所へ、ロビン様を連れて行かれるのですか?」
「そんなに危険でないことがほとんどだ。しかし、もしもの場合に備えないといけないからね」
「でも…!」
ジーンが涙を浮かべながら、ファルに食い下がっている。これは、俺が止めなければならない。だって、ジーンは俺の侍従だ。
「ジーン、明日は、俺のために家で待機しておいて欲しい。きっとみんな疲れて帰って来るから、ジーンの世界一美味しいお茶で、癒されたくなると思う。
お願いだから、俺が帰って来た時に居心地が良いようにしておいておくれ」
俺はそう言って、ジーンを見つめた。ジーンの薄茶色の瞳からぽろりと雫が溢れる。
「かっ……かしこまりました。ロビン様の仰せに従います」
「ありがとう、ジーン」
ジーンは、仕方なく家にいることを了承した。俺と目を合わせたエディが、笑顔で頷いていたから、後押しの説得をしておいてくれるだろう。
俺たちは、打ち合わせを続行した。アルフが、緊急時の対処法を多岐に渡って説明し始める。
「最後に。いろいろとありますけれど、何より大切なのは速い逃げ足です」
そう言って目尻にしわを作って笑うアルフは、焦げ茶色の髪に焦げ茶色の瞳をした精悍な顔立ちの人物だ。ファルとは旧知の仲であるらしい。エミリアの件についても相談していたようだが、あれは情報部の管轄ではないと思う。
アルフによると、俺は取りあえず逃げればいいらしい。幸い足は速いのだ。
だけど……、本当にそんな話なのだろうか?
そして、俺よりファルとエディ、ネイトが、いろいろと考えないといけないので大変である。俺がもう少し強ければ良かったのだろうけれど。
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