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14-1.誰と駒鳥は再会したの?
しおりを挟むキャノメラナは大運河沿いにある都市だ。運河を挟んだ平野部に、交易が盛んな商業地域と広大な農地が広がっている。商業地域の方は、運河からなだらかに隆起した台地がある。その台地が始まる低い部分には商業街が広がり、高台には、役所や教育施設、富裕層の屋敷が建てられている。
ブラッフォード商会の本店は、商業街にある。商業街の道は、東西と南北のほぼ直線で格子状に張り巡らされていて、その区画によって、主に取り扱う商品がほぼ決まっている。ファルの店は、様々なものを扱う大規模店舗になっているそうだ。
ファルの自宅は、運河から離れた高台にあって、市街を見渡せるという。ブラッフォード公爵家の本宅も近くにあるが、昔の領主館にあたるものなので、敷地は広く、豪華な造りになっているのだとか。
ブラッフォード商会の裏手には、シュライクと同様、事務所と魔道具の工房があり、じいちゃんたちはその工房で働いている。
馬車の中で地図を広げながら、ファルが話してくれるキャノメラナは、活気があって楽しそうだ。ファルは、キャノメラナという街を愛しているのだろう。
道中は楽しく過ごしていた俺も、キャノメラナのファルの家に着いた時には、疲れ果てていた。
キャノメラナを本拠とするファルの家は、シュライクの家とは比べ物にならない広さだ。その二階に上がり、俺の部屋だというところに案内された。そこは、ファルの部屋の隣にあたる。
「ロビンのために用意した部屋だよ。説明したいことがあるけれど、もう眠そうだから、明日にしようね」
「うん。ありがとう、ファル」
ファルが、明日にしようと言ってくれたので、俺は湯浴みをして早々に眠ってしまった。
目が覚めると、見慣れない部屋にいた。上質な敷布に、豪華なレースの天蓋の寝台。起き上がると、枕もとの卓には、切子が施された硝子の水差しが置かれ、足元には、遠い東の国で作られた細密な模様の絨毯が敷かれている。
「ここは……」
どこだろう。
頭の中が覚醒してくるに従って、昨夜、キャノメラナのファルの家に到着したのだということを思い出す。
寝台から下りて、柔らかい室内履きを履き、昨夜教えてもらった洗面所へ向かう。宮では全て侍女の手を煩わせていた朝の準備も、ラプターへ来てからは自分でするようにした。俺にすれば当然のことなのだが、ジーンを説得するのが大変だったことは言うまでもない。
顔を洗ってから、準備された衣服に着替える。
続きの間になっている自分の居室への扉を開けると、花模様が織り込まれた布が張られたソファと、幾何学模様の象嵌細工の卓、それから大きな机があるのが見える。
そして、卓を整える侍従……
「ジーン、おはよう」
「ロビン様、おはようございます。朝食の準備ができておりますよ。ブラッフォード様が、ご一緒にとおっしゃっていたので、お呼びしますね」
「ありがとう」
ファルは、朝からさわやかな様子で目の前に現れた。今日も美しい。
朝食を共にしながら、これからの予定を聞く。
今日はこれから、商会に行って、それからじいちゃんたちに会う予定だ。感動の対面だな。
そして、明日以降についても予定を確認する。
「予定通り俺は、明日から三日間の完全休暇に入れるからね。朝のうちに、秘書と仕事の確認をしたから大丈夫だと思うよ」
ファルはこれまで、仕事をしながら俺の面倒を見てくれていたけれど、明日から三日間は完全に休むことができる。「二人でずっと仲良くできるね」というファルが嬉しそうで可愛い。ファルが俺のことを可愛いと言うのは、こんなときなのだろうか。
その後、屋敷の中を案内してもらい、馬車に乗って商会へ向かう。
本店であるキャノメラナのブラッフォード商会の店舗は、シュライクのそれより格段に大きかった。店長のロレンスさんは灰色の髪を後ろになでつけた、冷静な感じの人だ。しかし、笑うと目じりにしわが寄って優しそうな雰囲気に変わる。ファル曰く、「やり手」なのだそうだ。
ファルの伴侶であること、魔道具技師として働くことを含め、商会のみなさんに紹介してもらった。
最後に、魔道具工房に行く。挨拶をしてからじいちゃんたちと対面と思ったのだけれど、俺の予定が覆されるのはいつものことだ。
「ロビン!ロビン!」
「母ちゃん……」
工房に入るなり、俺は母ちゃんに抱きつかれた。俺の首にしがみついて、ぐすぐすと泣かれると、たまらない。
「ロビン、元気そうでよかった」
「じいちゃん、久しぶりだ。じいちゃんこそ、元気そうでよかったよ」
泣いている母ちゃんを抱えたまま、じいちゃんと言葉を交わし、母ちゃんの弟のマークおじさんに挨拶をする。
あっという間に俺の意識は、ヴァレイの王都にあった魔道具屋の店先に連れて行かれる。それは懐かしいという感覚ではなく、日常に戻ったというものに近い。
ヴァレイの王宮でファルに再会したときには、俺は泣いてしまったのだけれど、母ちゃんに泣かれてしまったせいか、涙は出なかった。
それよりも、自分が収まるところに帰って来たという安堵感の方が、俺には大きかったのだ。
俺は、人目を気にせずに再会を喜び合ってしまった。工房の中だというのに。
前後したけれど、それから工房の人たちに挨拶をした。
「ロビンと申します。よろしくお願いします」
「俺の出張には同行させるので、勤務は変則になる。当面は、受注生産品を作ってもらう。それで、了解してくれ」
あらかじめ話をしてあったのだろう。ファルが、俺を別扱いにすると言っても、技師たちは笑みを浮かべて頷いているだけだった。ジーンとエディがついているのを、気にする様子もない。
俺は工房にいる間は一人でいいと言ったのだけれど、ファルは了解してくれなかった。俺に二人がついているのは、ファルにいつもネイトがついているのと、同じ感覚で周囲は見ているのだろう。後で、じいちゃんからそう聞いた。
それから、ファルは事務所で仕事をするというので、俺は工房に残ることになった。
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