【本編完結】花の名の王子、鳥の名の王子

中屋沙鳥

文字の大きさ
上 下
28 / 52

閑話1-2.護衛と侍従の休憩時間 sideエディ

しおりを挟む

「どうして俺なんですか?」
「お前が一番、実践的な強さを持っているからだ。もう会えぬかもしれん。無事を祈るぞ」

 少し前にサルビア殿下とファル様が契約をしていたので、彼のもとへ送り届けるんだなという想像がついた。婚姻の正式発表が、間に合わなかったんだなって。 
 まあ、あの人自身がパロットに来るかどうかはわからないけど、どっちにしても関係者が来るだろう。
 あの、現実離れした王子殿下を連れて、逃避行って大変だよなあと、その時は思ってたんだ。
 俺が廊下を走っていると、サルビア殿下の宮の近衛騎士と出会った。聞くと、王宮が尋常でないから様子を見に行くようにサルビア殿下から言われたという。

「マグワイアの師団が、攻め込んできたんだ。戦闘態勢の指示を仰ぎに行け。俺がサルビア殿下をお守りするから」

 その近衛騎士は頷くと、近衛騎士団本部の方へ向かった。
 俺は、サルビア殿下の部屋へ一直線に駆けて、叩くこともせずに扉を開いた。大きな音が立ったが気にしちゃあいられない。

「失礼いたします。許可もなく立ち入りましたこと、お許しください。サルビア殿下、マグワイア帝国の軍勢が王都に攻め込んできましたので、すぐにお逃げください! 殿下のことはわたしが護衛するようチェスター殿下から命令を受けております」

 俺は急いでサルビア殿下を逃がさなければならないという気持ちでいっぱいだった。チェスター殿下の命を果たさねばならない。

「……マグワイア軍はもう王宮まで来ているの?」
「いえ、今は市街地に迫っていると聞き及んでおります」
「市街地だったら南門から突入してくるのかな。では、逃げる時間があるね。ジーン、外出許可証を出して」

 ロビン様は顔色一つ変えずに、状況を判断すると、ジーンにペンと外出許可証を用意させ、それを書いている間に、宝飾品の入った箱をここへ全て持ってくるよう指示した。
 俺には焦る気持ちがあったけど、ジーンが当たり前のようにサルビア殿下の指示に従っているので、そのまま様子を見た。いざとなれば、サルビア殿下を、担いで逃げようと思ったんだ。
 サルビア殿下は外出許可証に素早くサインをして、下賜品1点と記入すると、残っていた侍女に外出許可証と宝飾品を渡していく。

「危険なのに残ってくれてありがとう。もう必要ないかもしれないが外出許可証を持って北門から出ると良い。全力で逃げてくれ。宝飾品は餞別だ。売れば当座の生活費にはなるだろう。
 至らない王子の世話をしてくれたことに感謝する。これでお別れだ」

「サルビア殿下!」「殿下!」
 現実離れしていると思っていた王子殿下が、侍女に外出許可証と下賜品を素早く渡し、北門から出るようにと冷静に指示をして、別れの挨拶をしている。
 その姿に驚いた。
 王家に侍るものは王族が許可を出さなければ逃げることができない。それをあっさりと解決してしまったのだ。
 泣き出す侍女もいたけれど、そんな暇はないと言ってサルビア殿下は侍女を追い出し、俺の方を見た。

「エディ、待たせて済まなかった。すぐに逃げよう。ジーンはどうする」
「いえ、侍女を逃がしてくださって感謝します。騎士も戦いやすくなります」

 俺は心からロビン様を称えたくなったが、それどころではないと思い直した。

「わたしはいつもサルビア殿下とともに」

 ジーンは当然のようにロビン様と行動することを選んだ。その潔さは、俺には美しく見えた。

 ジーンの声にかぶさるように空気を振動させる大きな破裂音が連続して聞こえてきた。南門の方角からだ。

「あの音は……、王宮が攻められているのだな」
「サルビア殿下、早く行きましょう」

 俺はサルビア殿下をせかすように声をかけた。

「こちらに王宮の外に出る道がありますから」

 ジーンが衣裳部屋にある抜け道へ案内してくれる。暗いと思っていると「ランプはあるぞ」と言ってロビン様が折り畳み式のランプを出してくださった。自分で作ったと言って使い方を説明してくれた。
 俺は、その時に初めてサルビア殿下が、実用的なものも作れるのだと知ったんだ。
 ジーンが前に、次にサルビア殿下が、後ろに俺が続く。ランプの灯りがあるのでどんどん進むことができる。

「ジーン、どうしてこんな抜け道を知っているのだ」
「チェスター殿下からいざという時に使えということで教えられました」
「はあ?」

 サルビア殿下が聞いたことがないような声を出している。

「なぜ、宮の主人の俺が知らないんだよ」
「サルビア殿下に教えたら王宮から逃亡するから、絶対に悟られるなと言われました」
「……くそ」
「サルビア殿下、汚い言葉をお使いになりませんように。言葉遣いが乱れていますよ」

 誰なのこの人? 俺の知っているサルビア殿下と全然違う人みたいなんですけど?
 ……俺はどうして、この人を現実離れしているなんて思っていたんだろう。王宮からの逃亡を図るような人だったんだ。
 ふと見ると、サルビア殿下は大きな鞄を背負っていらっしゃる。

「サルビア殿下、背中に負っていらっしゃる荷物は何でしょうか。わたしが運びましょうか?」
「いや、不要だ。これは魔道具の工具だから自分で持ち運ぶ」
「ええ…?」

 王宮から逃亡するのに魔道具の工具鞄を背負っていくのか?
 俺は、サルビア殿下のことを、完全に見誤っていた。人間を外見で判断してはいけない。

「俺のことはこれからロビンと呼んでくれ。本当の名前だ」

 そう言ったサルビア殿下……ここからはロビン様だ。ロビン様は、野営用の焜炉も敷布も工具鞄から出して提供してくれるし、森の中で寝ても平気だった。
 だけど、佇まいはあの綺麗な魔道具を作っているときと同じなんだ。

 何なの。本物の妖精なの?

 それからのロビン様は、ならず者に冷静に対処し、襲われたときは魔道具で辺りを火の海にし、ジーンを攫った奴を足止めして、捕まえた。
 ジーンの方が、こういう時は戦闘不能だった。本当に俺は、ロビン様のことを見くびっていた。反省するべきだと思う。

 ロビン様は、恐ろしく冷静で果断な人だ。ご自分のことには少し鈍いところがあるけど、それもお可愛らしい。
 俺たちの身の処遇もファル様に相談してくれて、できるだけ望みをかなえると言ってくれるし。妖精だとしか思えない。
 いや、ヴァレイの王族で一番王族らしい高潔さを持っているんじゃなかろうか。

 チェスター殿下、ごめんなさい。俺はそう思ってしまった。


 ただ、護衛の俺に、もっと頼ってくれないと困るんだけどと思うことはあるかな。



◇◇◇◇◇



 俺は、ロビン様の人となりを誤解していたことと、逃避行の時に果断で高潔な人物であるとわかって、お側にいたくなったことをジーンに話した。

「そうでしょう。ロビン様は素晴らしいお方なのですよ。それでいて、お守りしなければならないという気持ちになる何かがおありですしね」

 嬉しそうに笑うジーンを見て、守りたくなる気持ちにさせるのは、お前も同じだと思ったのは、まだ内緒だ。



「ああ、ジーンの淹れてくれたお茶は美味しい。きっとこの世で一番だな」

 ジーンは俺の言葉を聞いてぱちぱちと瞬きすると花のように微笑んだ。

「ありがとうございます。うれしいですね。
 ロビン様も、いつもそう言ってくださるのです」

「ジーンは、いつまでもロビン様にお仕えするって言ってるけど、俺も、いつまでも、ロビン様の護衛をするつもりだ。
 ということは、俺はいつまでも、ジーンにこの世で一番美味しいお茶を淹れてもらえるのかな」

「うふ、そんなこと、お安い御用ですよ。ロビン様と、エディと、ずっと一緒にいられるって幸せですね」

 そんなことを言ってくれるジーンの笑顔を、俺はいつまでも見ていたいと思ったんだ。


 それは、いつになったら、ジーンに伝えることができるだろうね。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...