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12-2.誰に駒鳥と隼は守られているの?

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 魔道具の工房に行って、大瑠璃オオルリを作る。胴体には金箔を貼り、目には小さな宝石を填め込む。アクセサリーに使いにくい屑石はこのようなおもちゃに利用しやすい。
 金箔を貼る作業を丁寧に繰り返せば出来上がりだ。魔力を通す胸元は触れることが多いため特に厚めに金箔を貼ることにした。

 ピリーリー……ピリーリー

 右目にファルの瞳と同じ色の翠玉、左目に俺の瞳と同じ色の蒼玉を填め込んだ金色の小鳥が、尾羽を振りながら鳴く様子は、ひどく可愛らしくて、昨日の酷い出来事を忘れさせてくれる。王宮で魔道具を作っているときも、よくこういう気持ちになったものだ。

「美しい鳥ができましたね。ロビン様が作る物は、本当にいつも美しい」

 ジーンが鳥に見惚れている。他の技師たちも、鳴声が美しく登録されているので、それを出力する回路の組み方に興味津々のようだ。
 商会の魔道具技師からは、俺の技術を伝える代わりに実用的な回路について教えてもらっている。俺にとっての工房は楽園だ。とても充実している。
 
 俺の作った大瑠璃オオルリが、ファルの親族の人たちを喜ばせることができたら、嬉しいのだけれど。

 金箔を貼るのに没頭していると、花茶を淹れてくれたジーンが「何やら店表が騒がしいですね」と言う。
 これ以上騒ぎに巻き込まれたくはない。俺は無視をすることにしたが、技師の一人が昨日のようなことがあったら困るからと、様子を見に行ってくれた。
 警備体制を見直したと言っていたから、昨日のようなことはないと思うのだけれども。多分。

 技師が帰って来て、店表の騒ぎの内容を教えてくれた。

「コベット伯爵が、ブラッフォード様に会わせろと言って店表で粘っていたようだよ。もう帰ったそうだけど」
「ええ……まだ何か用事があるのかな」

 ファルは顧客回りをしている。コベットは約束もしないでファルに会いに来たのだろう。昨日の今日でそんな行動をするなんて、非常識すぎる。

 俺からすれば悪い予感しかしない。

「謝りに来たんじゃないのか?」「あのお嬢さんの父親がそんなに殊勝なことをするかねえ」

 工房はしばらく、ジーンの淹れた美味しいお茶と共に、コベットの話で盛り上がり、やがて、みんなそれぞれの作業に戻って行った。
 家に帰るときにシートンにも聞いてみたのだが「何も心配されることはありませんよ」と笑顔で返されてしまった。

 心配することはないという言葉は、怪しくないか?


 大瑠璃オオルリは、出来上がったものから家に持って帰って、ファルと共に包装をすることになっている。箱も本来であれば作りたかったのだが、さすがにそこまでの時間はなかった。手ごろな大きさの箱に、綺麗な地模様の入った薄紙で詰め物を作り、それと共に納めることにした。
 小さな便箋にお礼の言葉を書き添えて、中に入れていく。

 聞いていたより少し遅く帰って来たファルに、仕上がった大瑠璃オオルリを書斎で見せると、「美しいね。ありがとう」と言って喜んでくれた。

 けれど、何か疲れているような気がする。額に掛かる、黒い艶のある髪が、影を作っているだけだろうか。俺の手を握って擦り続けて離さないし……

 昼間の一件だろうか。

「ファル、お店にコベット伯爵が来ていたようだけど、何かあったの? 
 シートンさんは、何も心配することはないと言っていたけれど」

 ファルは、俺の手を擦りながら、翠玉の瞳で俺を見つめて何か考えていたようだったが、「父上がお披露目会の時にロビンに何か言うかもしれないね……」と言ってため息を吐いた。

 コベット伯爵は、商会に訪れた後、ブラッフォード公爵家に書簡を送った。内容は、コベット伯爵家令嬢エミリアが警察騎士団に連行されたことにより、他の貴族との婚姻が難しくなったので、その原因を作ったファルコン・レイ・ブラッフォードに賠償を請求するというものだった。
 俺はラプターの法律や常識についてはまだ疎いから、そういうこともあり得るのかと何度もファルに確認した。
損害賠償請求は、状況を考えれば、ブラッフォード側がすべきものだ。書簡がブラッフォード商会宛て、或いはファル本人宛てではないのもおかしい。それは俺が思っている通りだった。
 コベット伯爵と言うのはいったいどういう人物なのだろうか。

 控えめに言って狂気を感じる。

「父に呼び出されてね。事情を全て話さなければならなくなったんだ。巻き込んでしまったのだから仕方ないね」

フ ァルが再びため息を吐く。

「お父様には、お話ししていなかったの?」

「ブラッフォード家が入ると話が大きくなると思って、詳しいことは、話していなかったんだ。結果的に、大きな迷惑をかけてしまうことになった」

「俺はラプターの社交界のことはわからないけど、ヴァレイでエミリアと同じようなことをしたら、社交界から締め出しを喰らうはずだ。そのうえ、損害を与えた公爵家にそのような書簡を送れば、翌日には当主は消えている可能性が高いと思う。そういうことにならないの?」

「話の前半はラプターでもヴァレイと同じだけど、社交界に出られなくてもラプターでは生きて行けるからね。貴族令嬢でも、仕事をしているのが一般的だ。エミリアは何もしていなかったけれど、その方が少数派だ。
 後半は……、翌日ということはないけれど、結果的には似たようなことになると思う。だから、父には話していなかったのだけれど……」

 書簡がブラッフォード本家に届けられたため、公爵が、今後すべての処理をすることになった。法的措置も含めてだ。ブラッフォード公爵家が、商都キャノメラナを中心にラプター国内で手掛けている事業で、コベット伯爵家に関係する部分はすべて切り捨てられることになるだろう。

「エミリアが、俺の商売に損害を与えただけではなくて、コベット伯爵が俺を侮辱したと父は判断したのだろうと思う。だから、かなり怒っているし、苛烈な対応をするだろうな。
 そうなると思って詳しいことは話していなかったんだけど。
 コベット伯爵家が取り扱っている繊維は最近時代遅れになって来て、うちの商会ではほとんど取り扱っていないんだ」

 そう言ってファルは俺を抱き寄せて髪に口付けをした。

 俺は、その話が昨日の出来事と似ていることに気づく。

「話の大きさは違うけれど、お父様の反応が、ジーンが俺のことを侮辱されたと言って怒ったのと、似ている気がする。お父様は、ファルを大切に思っているとよくわかるよ」

 ファルは俺の体を離して目を合わせると「なるほど……」と言った。

「俺もファルも、もっと身近な人を頼るべきだということだね」

「ふふ、そうだね」

 そう言って、ファルの顔が近づいて来る。
 しかし、俺はファルの口を手で塞いだ。

「ロビン?」
「ファル、魔道具の包装をしなければならないからね」
「……わかった」

 二人で便箋に感謝の言葉を書いて、金の小鳥とともにひとつずつ包装していく。
 幸せな時間のはずなのだけれど、直前の話の内容があれだったので、殺伐とした雰囲気になってしまったのは残念である。


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