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11-2.誰が駒鳥のために怒ったの?
しおりを挟むエミリアが口にしたのは、まるで、小説の悪役のような台詞だ。俺が彼女を無視し続けていることに、大層ご立腹なのだろう。俺は『使用人』ではないし、ほぼ平民だけど『下賤な平民』ではないから話しかけられてはいないと思うのだ。
だから、彼女を無視していない、というのは屁理屈だろうか。
「下がってください」
商会の広い廊下で、エディが前に出て俺を守る体制に入る。パロットに向かう途中で、大人しくしていなくて怒られたから、素直に守られよう。
エディは強い。本当に強い。実力と美貌でのし上がった近衛騎士を、舐めてはいけない。
彼が護衛で、俺は幸せだ。
俺は安心して、エディがエミリアの護衛を、戦闘不能にしていく様子を眺めていた。
「なんて弱いのよ! 貴方たち、解雇するから、そのつもりでいらっしゃい!」
エミリアが、エディに沈められた2人の護衛に言い放つ。
エミリアは、憎悪の籠った目で俺を見ている。俺がファルの伴侶だと知ったら、殺されるのではないだろうか。ここに至っても、まだ、耳飾りには気づいていないようだけど。
エミリアがここまで俺を害するのに拘るのは、ファルが今までに見たことのないような態度を、俺に向けているからなのであろうが。
何度も思う。伴侶なのだから当然なのだと。
そのとき、「ブラッフォード様がお帰りになりました」と店の従業員が知らせに来た。
「ファルコン様が!」
エミリアは無邪気に喜び、何処にいるのか従業員に聞く。この人、二十一歳でジーンと同年齢だなんて、俺には信じられない。子どもみたいだ。
ファルの前にいる俺も、子どもみたいになるから人のことは言えないかもしれないけれど。
シートンに連れられて、俺たちは商談室に移動した。そして、商談室の中の様子を見て驚いた。
ファルとともに、警察騎士団が待機していたのだ。
俺がシュライクへ来る前のことは、わからない。しかし、何度もコベット伯爵家に申し入れをしているにもかかわらず、全く効果がないことで我慢の限界を迎えたのかもしれない。
ファルはすぐに俺のもとへ来て、「大丈夫だった?」と聞いてくれる。俺は黙って頷いた。
エミリアがファルに駆け寄ろうとしたところを警察騎士に遮られて憤慨している。
「わたしはファルコン様の婚約者なのよ! 放しなさいよ!」
「コベット伯爵令嬢は、ブラッフォードさんの婚約者ではないと伺っております」
そう答えた警察騎士は、すでにエミリアを確保している。伯爵令嬢でも容赦ないな。警察騎士。ヴァレイだったら考えられない。
シートンが、警察騎士に状況を説明している。警察騎士に回収されてきたエディに倒された護衛も、警察騎士に聴取され始めた。
俺も、警察騎士の人に状況を説明する。エミリアの命令によって起きた、彼女の護衛とエディとの衝突については、特に詳しく話をした。エディの正当な行為を明らかにしておかなければ、彼女たちは何を言い出すかわからない。
警察騎士も、不法侵入であることは、ほぼ確定であるとして、一旦、エミリアとその護衛の身柄を拘束して、警察騎士団本部に連行するようだ。大きな商会の内部に侵入するのは、犯罪性が高いと考えられても仕方がない。
すぐに釈放されるだろうけれど、エミリアの行動は、犯罪だと認識してもらった方が良いだろう。
「ファルコン様、捕まるのはわたしではなくて、その橙色の髪の男の方だと警察の方に言ってください。下賤な平民のくせに無礼な態度をとる、あの者が悪いのです!
店の使用人を脅したのも護衛です。わたしではありませんわ!」
エミリアが、媚びるようにファルに言い募る。どうして、あそこまで俺を嫌っているのだろうか。あの『橙色の髪の男』というのは、結構俺の心を抉る。そして自分が命令したことを護衛の責任にしている。
警察騎士の人が眉を顰めているのが見える。彼らの中にも、平民は多いだろう。ラプターでは、伯爵令嬢だから平民を下に見ても良いということにはなっていない。
ヴァレイであったら、彼女の言い分はある程度聞いてもらえたかもしれない。俺が平民のままであったらだけれど。
そんなことを考えていて、俺は油断をしていた。ファルが帰って来た。警察騎士団の人たちが来て、エミリアは拘束された。
取りあえずは、収まると思っていたのだ。
「無礼な態度をとっているのは、どちらですか」
侍従教育で培った、張りのある声が部屋に響いた。王宮で、侍女に指令を行き渡らせるために訓練された美しい発声だ。
「ジーン……」
俺はジーンを止めようとしたのだが、ファルが俺の腕を引いで首を横に振った。邪魔をするなということだろう。
「わたしは、ジーン・メイプルと申します。先ほどからそちらのお嬢様が、『下賤な平民』と呼ばわっている方の侍従を長年にわたって務めております。
そちらのお嬢様は、一度も名乗られていらっしゃいませんので、何処の何方なのか、わたしは存じ上げません。
しかしながら、どのような立場の方であろうと、わたしがお仕えしている主人に対して、無礼者呼ばわりをしたり、下賤だと蔑んだりすることは、到底容認できるものではありません。
挙句の果てに、自分の護衛に命じて、わたしの大切な主人を力づくで、自分の前に跪かせようとされました。わたしの高潔な主人が名前も名乗らぬ人物に跪くなど、あり得ぬことです。
無礼者はそちらだと申し上げとうございます」
周囲が気圧されるような勢いでジーンは滔々と語った。いつも可愛らしい顔は張りつめていて、こめかみが痙攣していた。おそらく怒りをため込んでいたのだろう。
シートンや警察騎士、護衛だけでなく、あのエミリアさえも呆然としてジーンを見ていた。
更に、警察騎士が小さく拍手しているのも見てしまった。
「ブラッフォード様、ロビン様、この場で差し出た発言をいたしましたこと、お詫び申し上げます。処罰は後で、如何様にもお受けいたします」
そう言って美しい礼をすると、ジーンは口を閉ざし、満足げに笑みを浮かべた。
ファルは楽しそうだし、シートンと警察騎士は、ジーンと俺をキラキラした目で見ている。
俺は、恥ずかしくていたたまれない。少しばかり大袈裟に言ったのかもしれないが、あのように持ち上げられてしまっては、どうしたら良いのかわからないのだ。
そして、エディが嬉しそうに頷いているのはなぜだろうか。
「なっ何よ! どうしてわたしが貴方たちに名乗らないといけないのよ!」
沈黙を破ったエミリアが、そう言ってジーンに掴みかかろうとしたけれど、警察騎士の人に止められていた。伯爵令嬢が警察騎士に連行されると言うのは、どういう気持ちなのだろうか。
エミリアと護衛は、警察騎士に連行されて行った。
コベット伯爵家には、警察騎士団から伝令を飛ばすということだ。ファルからも、コベット伯爵家には使いを出したと言っていた。
一昨日、商会で騒ぎを起こしたときに、ブラッフォード商会として、今後は警察騎士団への通報や法的措置も辞さないと、通達していた。
かなり強硬な文書を送っていたというのだが、コベット伯爵家では、エミリアに何と伝えていたのだろうか。警察騎士団に捕まってしまっては、コベット伯爵家にとっても醜聞になるだろう。そのことについては、どう考えていたのかわからない。
しかし、本当にそういう手段に出ることはないと、高を括っていたのかもしれない。
自分の娘が、外でどのような酷い振る舞いをしているのかを、知らないのだろうか。
警備体制の変更やら従業員への労いやら、経営者としての仕事があるファルを商会に残して、俺はジーンとエディを伴って先に家に帰った。
少しばかりの爽快感と、後味の悪さを感じながら。
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