【本編完結】花の名の王子、鳥の名の王子

中屋沙鳥

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10-1.何が駒鳥を悩ませるの?

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 金髪のお嬢さん……エミリアはエディに食って掛かり、俺たちの前で大騒ぎをした。
 自分の侍女にエディを押さえていろと言って、怒っていた。小柄な侍女がエディを抑え込むなど、できるわけがないのに。

 ブラッフォード商会の店の隣にある自宅前で騒がれては、商売に影響する。ファルはエミリアを自宅ではなく、店の商談室に入れた。エミリアがファルに近づくことをエディが阻止したので、大層ご立腹だ。商談室にはファルの護衛、ネイトが案内した。

「ファルコン様、シュライクにお戻りでしたのに、どうして連絡してくださいませんの? 手紙にお返事もくださいませんし」

 ファルも俺も、立ったままである。しかし、特に勧めてもいないのに、エミリアは商談室の椅子に座り、ファルだけを見て話しかけている。

「エミリア、コベット伯爵家に使いを出した。もうすぐ君の家から迎えが来るから、帰ってくれ」
「あら、久しぶりにお会いできたのに、夕食ぐらいご一緒させてくださらないの?
ああ、そこの使用人は気が利かないのね。お茶ぐらい出しなさいよ」

 エミリアの視線は俺に向いていて、俺にお茶を淹れるように言っているのがわかる。でも、俺は、ここでお茶を淹れる立場の人間ではない。
 エミリアの態度とファルの言葉を組み合わせて、予測できることはある。しかし、ここでは、ファルにきちんと聞くのが正しい態度だと俺は判断した。
 彼女の言葉に反応してはいけないと。

 じいちゃんの店に厄介なお客さんが来たときを思い出した。

「ファル、この方はどちら様なの?お店のお客様?」
「いや、知り合い……なんだけど。コベット伯爵家のエミリア嬢だ」
「ふうん……」

 俺たちが話している様子を見て、エミリアは眦を上げて怒り出した。

「ファルコン様、どうしてその失礼な使用人と話をしているのですか。どうせ教育もできていない平民でしょう? 優しくすると付け上がりますわよ。
 この、気の利かない下賤な使用人が。少しばかり見目が良くて綺麗なお洋服を着せられているからといって、調子づくのではありません。この部屋から、出て行きなさい!」

 明らかに俺を指さして怒り出したエミリアの発言には、いろいろな問題が含まれている。そもそも、この店にいるのは彼女の使用人ではない。

 ラプター連合王国は、身分制度が厳しくないと聞いていたのに、こんな人がいるのだなと思って、俺は少し感動してしまった。彼女の問題は、それだけではないけれど。
 そして、エディが青筋を立てているので、そろそろ真面目に相手をしないといけないのかもしれない。
 俺が口を開きかけた、そのときだった。

「エミリア、それ以上俺の店で酷い発言をするのなら、出入り禁止にするよ」

 俺が口を開く前に、ファルがエミリアを叱責した。彼女は俺に対して失礼なことを言ったのだけれど、問題はそこにあるのではない。立場や身分が違うことをもとに、不当に相手を貶めてもよいと考えていることに問題があるのだ。

 ただし、今、説明をしても理解できないだろうと思う。おそらく、長い時間をかけて、彼女に刷り込まれたものなのだろうから。

 俺だって生まれたときから王族として育っていたら、別の考え方を持っていたのかもしれない。平民のロビンとして生まれたから、今の俺がいるのだ。

「ファルコン様、エミリアは間違ったことを言っていませんわ……
相手は卑しい平民の使用人でしょう?」
「エミリア、これ以上のことをするようであれば、伯爵家に連絡するのではなく、別の対応をすることになるよ」

 冷たいファルの言葉を聞いて、エミリアは涙を浮かべて反論しようとした。
 ちょうどそのとき、扉が叩かれ、コベット伯爵家からエミリアの迎えが到着したことが告げられたのだ。
 この部屋に入って来た時と同様、ネイトが半ば強引に、エミリアを迎えが来ている玄関まで案内していった。


 家に帰った俺は、着替えをするのも面倒で、久しぶりに全てをジーンに任せてしまった。
 初めて会う公爵夫妻との挨拶が終わって、ほっとできると思っていた。そこへ、降ってわいた想定外の出来事に、すっかり疲れ果ててしまったのだ。

 エディには嫌な思いをさせてしまった。彼が外からわかるほど不快を示すのは珍しい。

「エディ、あのお嬢さんから守ってくれてありがとう。エディが庇ってくれなかったら、凄いことをしそうな人だったね。不快だったでしょう?」
「はい、とんでもない人でしたね。でも、ファル様が抗議してくださったので、良かったです。俺たちを雇用している人は、俺たちを正当に扱ってくれると思うことができましたから」

 エディの顔は晴れやかで、商談室にいたときの不快さは何処かへ行ってしまったようだ。
 ヴァレイの王宮から逃亡した俺たちは、ファルから安全を与えられた。そして、安心も与えられているようだ。

「うふ、ロビン様がブラッフォード様とご一緒になられて、わたしたちにとってもようございましたねえ」

 そう言って、ジーンが笑みを零した。
 笑顔のジーンは可愛いので、いつもそんな顔をしていてくれたら良いと思ったことは、言わずにおいた。


「ファルにも確認しなければならないな」

 俺は、エミリアの暴言が身に堪えただけではなかった。彼女は、『私はファルコン様の婚約者なのよ』と言っていた。
 気にしなくても良いのかもしれないが、気になるものは仕方がない。

 コリンズ夫妻が用意してくれる夕食は、ラプターの家庭料理だ。食べたことがないものも出てくるが、あっさりとしていて俺の口には合う。疲れていたけれど思ったよりお腹に入れることができた。
 コリンズ夫妻に「美味しい」と素直な感想を言うだけで2人とも喜んでくれるので俺も嬉しい。

 ラプターへ来て、ラプター本国の人からは親切にしかしてもらっていなかったので、油断していたのかもしれない。世の中にはいろいろな人がいる。エミリアのような人は特に珍しくはないのだろう。

「ロビン、食事の後で話があるのだけれど」


 ファルからの申し出に、俺もちょうど良いと頷いた。

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