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8-2.誰が駒鳥を愛しているの?
しおりを挟む関所門でエディが役人に見せた身分証には、俺、ロビンは、ファルコン・レイ・ブラッフォードの伴侶と記入されていた。名前は、ロビン・サルビア・ブラッフォードだ。サルビアという名前は、これからの人生でもついて回るようだ。書類に書かれた従者は二名。エディはチェスターに命令されていたから絶対に同行してくれただろうけど、ジーンがついてこない可能性を考えてはいなかったのだろうか。
チェスターのすることだから、何か確信があってのことだろう。
今回の俺の扱いは、ヴァレイ王家の王子が、マグワイア帝国侵攻の前に婚姻を結んでいだラプター連合王国内の伴侶のもとへ移動したという扱いになる。それは、ブラッフォード家で手配をしてくれているそうだ。特権の乱用ではないか聞いたけれど、法律上の手続きに瑕疵はなく、何の問題もないという。
あのとき、チェスターが契約を急いだのは、ヴァレイ王国とマグワイア帝国の紛争が泥沼化しそうであったため、さっさと俺を安全なラプター連合王国に出してしまおうと考えてのことだったらしい。チェスターは、ラプターの王家に繋がるブラッフォード家との結びつきがあれば、今後に有利だと言って国王を丸め込み、ファルと俺との婚姻を認めさせたとファルに自慢をしていたという。
予想以上に早く、戦況がヴァレイにとって悪くなってしまったため、アイリスとリットンの亡命が早まった。そのせいで、俺がラブターに行くことができなくなってしまったのだ。ヴァレイ王国の戦力不足が、想定以上だったのだろう。
チェスターが、俺に詳しい話をしていなかったことも、ファルにとっては計算外だったようだ。俺にとってもそうだけれど。
例えば、ファルの家の話や、婚姻後に俺がラプターに移る等の事情は、チェスターが俺に話して聞かせていると思いこんでいたと笑っていた。
誤解が解けたからこそ、笑い話にできるのであるが。
確かに、婚姻の契約を雇用契約だと思うぐらい、何も話していないとは、思わないだろう。
アイリスの亡命について、何か知っているのではないかと、宰相があれほど詰問したのは、俺が、発表前に既にラプターの公爵家と婚姻契約をしていると知っていたからなのだな。俺の方が自分の婚姻を知らなかったなんて、宰相は考えもしなかっただろう。
彼は、生きているのだろうか。
「アイリスとリットンはどこにいるのだろう。ファルは知らない?」
「俺はアイリス殿下とリットン将軍の件には関わっていない。だからわからないよ。
シュライクで俺の父か兄に聞けば何か情報を持っているかもしれない」
ところで、ファルは、俺がヴァレイの王宮に拉致された時点で、俺を伴侶に迎えられるよう、ブラッフォード公爵からラプター王家を通じて陰で様々な工作をしていたらしい。ファルは、俺が成人したら、すぐに婚姻を結ぶつもりでいろいろと進めていたけれど、結局、一年近く遅れてしまった。
俺は王宮に拉致されたときに、すべてを諦めた。でも、ファルは諦めなかったのだ。
ブラッフォード商会を大きくしたのも、ヴァレイ王国のサルビア王子を迎えるに相応しい名声と財力を得るためだったと言われた。
嬉しくて、恥ずかしくて、またもや消えてなくなりたくなった。
「もっと詳しいことも、おいおい教えてあげるからね」
そう言って笑うファルは、格好良かった。
まだ何かあるのか。
それから、ジーンとエディの今後のことを、ファルに相談した。
ファルはあっさりと、ジーンを俺の侍従として、エディを俺の護衛として、雇うと言った。エディのことは、エディがチェスターの護衛をしているときから知っていたという。
俺は、ほんの数十分前まで自分が魔道具技師として働く未来しか描いていなかったので、侍従や護衛は必要ないと考えていた。しかし、自分がファルの伴侶だとわかった今、ファルが必要だと言えば必要なのだろうと思う。
商会の経営者の伴侶という立ち位置は、まだよくわからないのであるけれど。
「ロビンをここまで無事に連れてきてくれたのだから、それが二人の希望なら俺の商会で雇うことにする。どうせ侍従と護衛は必要だからね。他のところに行きたいと言うのなら、俺のできる範囲になるけれど、紹介もするよ」
ファルはにっこりと笑って、俺の提案を承諾してくれた。ジーンとエディは俺の恩人だから、希望を叶えるように尽力してくれると。
「ありがとう。ファル」
今度は俺から、ファルの頬に口付けをした。
ファルが自分の部屋に戻った後で、ジーンとエディに雇用についてのファルの答えを伝えた。
「ありがとうございます。ロビン様。護衛として精いっぱい努めます。他のところには行きたいとは思いません」
「ジーンはいつまでもロビン様にお仕えします。うふ、やっぱりブラッフォード様は、ロビン様のお願いを聞いてくださいますねえ」
ジーンが嬉しそうに言う。ファルが俺のお願いを聞いてくれる、その理由は、ほんの数十分前にわかったところだ。それを2人に明かす気はない。
「本当に、ジーンとエディの言うとおりだったよ」
「そうでありましょうとも。やっと、ロビン様もお気づきになられたのですね。最初に宮に来たときから、ブラッフォード様はもう……」
ジーンの話が延々と続きそうだったので、お茶を頼んで気を逸らせた。俺の意図に気づいたエディが、肩を震わせている。
ジーンはともかく、エディが俺に仕えたいと思ってくれているのはどうしてだろう。同じ国出身の方が安心できるからだろうか。
「エディは、今のところは俺に仕えるのがが良いと思っているようだけれど、他に行きたいところができたら、いつでも遠慮なく言うようにね。もっと、エディの能力が発揮できるところがあると思うから」
エディのような優秀な騎士を、俺の護衛にしておくなんてもったいない。
「いえ、ロビン様のお許しがあれば、俺はいつまでもロビン様とともに」
「…エディまでジーンが言うみたいなことを言わないでよ」
「いえ、ジーンの気持ちが俺はよくわかりますよ。ロビン様は、自分のことがあまりおわかりでないようですけれど」
エディがジーンの気持ちがわかるなら、一緒にいてくれるのは俺にとっても都合の良いことかもしれない。俺が、自分のことをわかっていないという意見には引っ掛かるけれど
「そうなの?それならこれからもよろしくね」
「はい。こちらこそ、心からお仕えいたします」
俺は、エディの笑顔を見ながら、ジーンの淹れてくれた花茶を口にした。
次の日の朝食後には、俺たちはシュライクに向けて出発した。馬車での移動なので、ヴァレイの王宮からの道程を考えると、かなり楽だと思える。
ジーンの昨日のけがが心配になったけれど、横になれる馬車も出してくれたので、いざとなれば休養できる。体への負担は少なくて済むようだ。エディは騎馬で行くことになった。ずっと移動しているのに、行軍訓練より楽だと言って笑っていた。騎士の訓練は凄い。
ブラッフォード商会の馬車は、商会の紋章以外は何の飾りもない非常に簡素なものだったが、恐ろしく座り心地が良い。ヴァレイ王家の馬車よりも良いのだ。
これは、馬車を引く馬を速く駆けさせるための軽い車体と、乗る人の体に負担のかからない乗り心地とを、追求した結果だということだ。通常は六日かかるパロットからシュライクへの旅が、途中で馬を替えることで四日の道程になるという。
こういうものを開発して扱うことで、商会が大きくなったのだとファルがさり気なく自慢した。
ブラッフォード商会は、魔道具の工房もいくつか持っている。そして、本店のあるキャノメラナの工房は、俺のために作ってくれたそうだ。
「ロビンは俺の伴侶だけれど、当然、天才魔道具技師としての技量も楽しみにしているからね」
ファルにそう言われて、俺が舞い上がらないはずはない。俺は馬車の中で、今の魔道具の流行や、新作魔道具の話ばかりをファルにしていた。
そのことを、ジーンに厳しく注意を受けたことについては納得していない。
そして、俺たちは四日の道程を経て、ラプター連合王国の首都、シュライクへ到着したのだった。
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