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8-1.誰が駒鳥を愛しているの?
しおりを挟むファルの言葉に、ファルの声に、俺は衝撃を受けた。
ァルは契約を解除してもいいと思っているのかと。
俺が初めて聞く冷たい声で、ファルは、契約を解除することができると言った。
俺は愚かだ。
本当は、ファルの伴侶であるということが嬉しいのに。嬉しいはずなのに。
それが、どうして契約を解除するというようなことになっているのか。
「いや…いやだ…」
「ロビン?」
「契約……解除するの嫌だ」
何を言っているのか。今の俺はまるで駄々を言う子どものようだ。
みっともないことをしているとわかっているのに、止めることができない。
もっと相応しい言葉を、探さなければならないのに。
今の俺は、そんな当たり前のことができなくなっている。
「勝手なことを言ってごめんなさい。俺は、何もわかっていなかった。
俺は、ファルの側にいたい。ずっと一緒にいたい」
ファルが、俺を子どものように思っているのではない。俺が、ファルの前では子どものようになってしまうのだ。俺は、魔道具屋の工房でファルに甘えていた十三歳の子どものままだ。
俺は、視線を落として、膝の上で握りしめた自分の両手を見つめた。
ファルは呆れているだろうか。俺と契約を解除したいと考えているだろうか。怖くてファルの顔を見ることができない。
ファルが立ち上がって、俺の隣に座る気配がする。それでも、俺は顔を上げることができずにいた。
ファルは俺の手を右手で握り、左手で顎をとって、目を合わせるように顔を上げさせた。
「ロビン、俺の方こそごめん。
俺がまだ、ロビンに言えていない大事なことがあったね」
フ ァルは右手で俺の右手を持ち上げて、指先に口付けた。翠玉の瞳が俺を捉える。
「ロビン、愛しています。俺の伴侶になって、いつまでも俺の側にいてください」
ファルの言葉を聞いた瞬間、全身の血が湧きたつような歓喜が俺を支配した。これまでも、ファルは俺を抱きしめて、大切にしてくれていたのに。何だろうこの歓喜は。
ファルの声。大好きなファルの声で紡がれた、『愛している』という言葉が、耳から脳に伝わって響いていく。
言葉の威力は凄い。
俺は、この言葉に答えなければならない。この歓喜を、伝えなければならない。
それなのに、簡単な言葉しか思い浮かばない。
情けない俺は、震えないで声を出すことで精いっぱいだ。
「はい、俺もファルのことが好きです。俺の伴侶になって、いつまでも一緒にいてください」
ファルは、零れるような笑顔を浮かべると、俺を強く抱きしめた。
「ロビン、ありがとう。いつまでも大切にするからね。ロビン、愛しているよ」
「俺も、ファルを大切にする。何よりも……誰よりも……」
ファルの腕の中で、俺は目を閉じた。ファルの温かさに安心する。
そして、もっと情けない気持ちになる。
「俺以外の人は、ファルと俺は婚姻の契約をしたと、きちんと認識していたのだと思うと、恥ずかしくて消えてなくなりたい……」
「可愛いロビンが消えてなくなるのは、嫌だなあ」
俺の頭の上で、ファルが笑っている。
ファルは少し体を離すと、「ロビン」と俺を呼んだ。
俺がそれに答えるように顔を上げると、ファルの顔が近づいてきて、俺の唇を柔らかいものが塞いだ。
初めての口付けに、俺は身を強張らせた。しかし、ファルが背中を撫でてくれると、どんどん体の力が抜けていき、ファルの腕の中に身を預ける形になった。
触れるだけの口付けを繰り返した後、ファルは俺と額を合わせて言った。
「ずっとこのまま俺の側にいて、消えないでね
雇用契約だと思っていたと言われたときには、俺は絶望的な気分になったよ。
それこそ目の前のロビンがまるで消えてしまったかのようにね」
悪戯っぽい笑顔でファルが言うので、俺は、「はい」と返事をした。他の答えを返す余裕は、今の俺にはない。
「素直なロビンも可愛いね」
そう言ってファルは、俺の顔じゅうに口付けの雨を降らせてから、俺をぎゅうと抱きしめ、解放した。
「雇用契約ぐらいで、血液による契約をしてもいいと思ってしまうなんて、ロビンの今後が心配だよ」
ファルが俺の横に座ったまま、左手で腰を抱いてそんなことを言う。ファルの右手は、俺の手を弄んでいる。
「あれは……相手がファルで、勧めたのがチェスター殿下だったから。
ごめん、言い訳だね。
ファルとしか契約はしないようにするから、しないから、大丈夫だよ」
「そうだね、そうして欲しい。ロビンが騙されるようなことがあったら、相手を叩きのめさなければならなくなるからね。」
ファルはくすりと笑って物騒なことを口にした。そして、俺の頬に口付けをし、耳飾りに触れて魔力を注入した。
俺がファルの耳飾りに触れると、温かい感覚が伝わってくる。
「俺もこの耳飾りでファルのことを守れるのかな…」
「俺の耳飾りにも加護の魔法がついているから、俺を害しようとする者が近づくと、発動する仕組みにはなっているよ。ロビンがそれを探知するのは、難しいと思うけれど」
「そうか…」
残念な気持ちでいる俺の額に、ファルは口付けをして、「ロビン、可愛い」と言った。
どう考えても、ファルは俺に口付けをしすぎている。更に、「可愛い」の使い方を間違えていると思うのだ。
そんなことを考えながら、俺はファルの体温を感じて、とても満たされた気持ちでいるのだ。
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