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7-1.やっと駒鳥は契約内容がわかったの?

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 俺は、ファルが目の前に現れて驚いた。
 エディはすっかり近衛騎士の態勢に戻っているせいか無表情なので、驚いているかどうかはわからない。俺の顔も、無表情かもしれないけれど。

 ファルは、急いで俺たちのところまで来てくれたようだった。早駆けをさせたのであろう。馬の息が、かなり上がっている。
 馬から下りたファルは、俺に駆け寄り、強く抱きしめてくれた。翠玉の瞳が、俺の瞳を心配そうに覗き込む。

「怪我はしていない?無事だった?」

「うん、怪我はしていない。大丈夫。
 ファルどうして……」

「ああ、無事で良かった。可愛いロビンに何かあったら、どうしようかと思ったよ。
 これが発動しただろう? だから、急いで来たんだ」

 そう言って、ファルは俺の耳飾りに触れた。

 あの、落雷のような音とともに起きた出来事は、耳飾りに付与された加護の魔法によるものなのだということが、確認できた。魔道具に付与されたものだけで、あれほどの損傷を瞬時に与えたということだ。この魔道具に内包された魔力量と、その加護を実現できる魔道具技師の技術は、凄いものだと思う。
 じいちゃんは、やはり素晴らしい。
 そして、契約したからといって、こんなに凄いものをただの魔道具技師の耳につけようとするファルは、変わっている。
 それから……

「あれはこの耳飾りの加護だったのか。守ってくれてありがとう……
 あの、加護が発動したことがファルにわかるの?」

 発動したことがわかるためには、受け手であるファル自身の魔力量がかなり大きくなければならない。実は、初めて出会った頃から感じていたことではあるのだが、俺はそれを確認したくなった。

「ああ、そういう風に作ってもらったのだけれど…嫌だったかい?」

 翠玉の瞳が、心配そうな色を浮かべる。

「ううん、嫌だとは思っていない。ファルの魔力量が多いのだと思って、驚いただけ。
それから、あんなに強い加護をつけたのは、どうしてなのかと不思議に思ったから」
「大切なロビンにつける魔道具なのだから、それぐらい当然だよ。
 確かに、もう少しで魔術師になれたぐらいの魔力量が、俺にはある。だから、それを有効に使わないと、もったいないだろう?」
「魔道具を作るために付与した魔力も、ファルのものなの?」
「そうだよ。俺とロビンのお爺さん……エルマーさんと協力して、作ったんだ。可愛いロビンのためにね」

 ファルは事も無げにそう言って、楽しそうに笑った。ただの魔道具技師がこんなに加護してもらえるぐらい気に入られたのだと思うと、嬉しい反面、複雑な気持ちになる。
 これがファルの伴侶であれば、どれほど大切にされるのだろうか。

 俺よりもっと、大切にされるのだろうな。

 俺の心の中に、黒い靄がかかっているような気になる。
 どうしてこんな気持ちになるのだろう。

 そんなことを考えていると抱きしめられているのが辛くなってきて、ファルの腕の中で胸を押した。
 きょとんとしたファルは一旦体を離してくれたのだが、俺の右側に体を寄せて、頬に口付けをしてにっこり笑った
 そして、そのままエディの方を向いて話しかけた。

「エディ、それでどんなことがあったのか、簡単に教えてもらえるかな?」

「はい、まず昨夜のことですが……」

 エディは、昨日からの彼らとの悶着の流れを、要領よくファルに説明した。
 客観的に聞くと、俺たちは、かなり危険な目に遭わされたのだということがよくわかる。ファルの契約の耳飾りの加護がなかったら、売り飛ばされていたかもしれない。そして、思い通りにならなければ、殺されていたかもしれないのだ。
 特にジーンは、かなり危険な状況だったといえる。
 俺が体を震わせると、ファルが優しく髪を撫でてくれた。

 ヴァレイ王国やラプター連合王国では、人身売買は禁止されている。少なくともこの大陸には、かつての奴隷制度が残っている国はない。
 ただし、どんな制度にも抜け道はある。娼館でよく行われているのは、「借金を返すという契約をした」という状況を作って、娼妓を働かせる手法だ。本来は、個人が借金を娼館に肩代わりしてもらい、それに見合う年数を娼館で働いてお金を返すという制度だ。しかし、誘拐された被害者が借金を作ったことにして娼館にその身を渡し、代わりにその金を受け取って、事実上の人身売買をする悪質な手合いがいるのだ。そういうことに加担する娼館は悪質であることから、被害者は、壊れるまで解放されないことも多いという。



 やがて、ファルがパロットで手配してきた警察騎士団が到着した。ファルが全て手続きをしてくれたので、俺たち個人は、簡単に事情聴取をされるだけで終わった。必要があれば後日聴取されることもあるようだ。そのときにパロットを離れていれば、滞在地域の警察騎士団から出頭要請が行われると説明された。
 ファルの身分がはっきりしているので、このように措置してくれたのだろう。



 パロットに到着すると、ファルが商売でこの街に来る際の定宿に案内された。あらかじめ待ち合わせ場所に指定されていた宿でもある。
 ファルは、ジーンのために医者を呼んでくれた。幸い大した怪我ではなかったので、明日からも旅を続けていいようだ。俺とエディも簡単に診察されたが、とくに何も言われることはなかった。

「着替えや、当面必要だと思うものは、部屋に入れてあるけれど、他に必要なものがあったら、俺の侍従に言ってね」

 ファルはそう言って自分の侍従を残し、護衛を連れてパロットにあるブラッフォード商会の支店へ行ってしまった。二十三歳にして商会を切り回しているファルは、年齢より大人びて見える。
 商会で仕事をしていたのに、魔道具が発動したのを感知して、俺たちのところへ来てくれたのだ。
 ファルは、「可愛いロビンのためだから当たり前だろう」と言っているけれど、商会の人にとっては迷惑な話だろう。申し訳ないことだ。
 それにしても、ただの魔道具技師に至れり尽くせりである。

 俺のために宿で用意された部屋には、侍従と護衛のための部屋が供えられていた。とても豪華なつくりである。
 俺は王子ではなくなったので、ジーンとエディとの関係も今までと違うようになると考えていた。侍従も護衛もいらなくなるはずだ。しかし、2人とも当たり前のように、侍従と護衛の部屋を使うつもりのようだ。

「ロビン様がお立場を自覚した態度をお取りにならねば、ブラッフォード様が恥をかくのだということを理解してくださいませ」

 ジーンは怪我の痛みもあるせいか、苛々しながら俺に説教をしてくる。そして、ファルのことを家名で呼んでいる。どうしてジーンもエディも、専属契約の魔道具技師が、侍従や護衛を抱えるものなのだと思っているのだろう。
 俺には、皆目わからない。
 ジーンは俺についてくると言っていたので、侍従のままの意識が強いのかもしれないけれど。

 軽く湯浴みをして、用意されていた衣服に着替える。上質だけど飾りの少ない動きやすいものだ。ファルは俺の好みがわかっている。すごい。

 その後は、一息入れるためにお茶の時間にしようと、ジーンとエディを誘った。

 なぜか、二人とも遠慮したのだけれど、無理矢理椅子に座らせて一緒にお茶を飲む。今朝までそうしていたのに、状況が変わったからと辞退しようとしたのだろう。俺は平民のロビンになったから、逃亡中と同じようにして欲しい。
 部屋に供えられていた花茶は香りが良いし、蔦の模様が織り込まれている布張りの椅子は座り心地が良い。八日ぶりに穏やかなお茶の時間を過ごすことができた。贅沢になれてしまったのだとも思う。ここまでの行動が、平民のロビンでないことに自分でも驚く。
 これからラプターで、どのように生活していくことになるのだろうか。

 俺のことだけではない。ジーンの生活のこともエディの生活のことも、考えていかなければならないのだ。


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