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5-2.誰に駒鳥は会いたいの?
しおりを挟む声をかけてきたのは冒険者であろう様子の大男二人連れだった。一人はひげ面の熊男、もう一人はマッチョで目が細い。身なりや持ち物があまり良くないので、それほど優秀な冒険者ではないと思われる。治安が悪くなっているから、商人の護衛の仕事もあるはずなのに。それでも依頼がない程度に腕が立たないのか、素行が悪いのかの、どちらかだろう。
そういえば、ファルは、常に自分の護衛を連れていた。いつも同じ人物だったので専属で雇っていたのか。俺の宮に来た時も、扉の外に控えていた。
「ああ、王都は凄いことになっているんだ。命からがらで逃げてきた」
警戒しながら、エディが当たり障りのないことを答える。誰かに話しかけられたときは、基本的にはエディが相手をことになっている。例えば、喧嘩沙汰になりそうでも、エディなら対応できるからだ。
「兄ちゃんたちさあ、ほんとすっげえ美人だよな。王都の娼館の男娼と用心棒なんじゃねえのか?なあ、一晩付き合ってくれよ。金はちゃんと払うからよう」
「俺たち二人で一人ずつ相手にしてやるからよ。ちょうどいいだろ?」
男たちが、下卑た顔でにやにやと笑う。ひとまず、マグワイアや自警団の追手ではないようだ。しかし、大柄な男に二人して立ちはだかられると、躱して狭い食堂から出て行くのは難しい。
「ぶ」
大声を出しかけたジーンの口を、急いで手で押さえた。無礼者とか不敬だとか口走られたら、厄介なことになる。
「俺たち、身体は売っていないんだ。お前たちの相手はできない」
俺は毅然とした態度を心掛けて、王子教育で培った朗とした声を出した。無理難題を吹っ掛けてくる相手には、堂々としているのが一番効果的だと、じいちゃんが言っていた。
俺の声に反応した客が、様子をうかがっている。
男たちは一瞬ぎょっとした顔をしたのだが、引くことはもうできないとばかりに近づいて来た。
「ええー、連れないこと言うなよ。一晩遊んでくれてもいいじゃねえか。これからの路銀の足しになるぜぇ」
「そーそー。さあ行こうぜ」
下卑た笑みを浮かべたままそう言って俺の肩を掴もうと伸ばした男の手を、エディが払いのけた。
「しつこいぞ。いい加減にしろ」
「ああー?なんだよ。俺たちは楽しく遊ぼうって言ってるだけだろーが」
だんだん一触即発の雰囲気になっていく。エディの腕なら簡単に潰せる相手に見えるのだが、こんなところでいざこざを起こしたくはない。宿にも迷惑をかけることになる。
困ったな。
エディと男たちが睨み合って膠着状態になっているその時、大きな声がその場を制した。
「ちょっとあんたたちっ! うちの宿のお客に手を出すんじゃないよ!」
声がする方を見ると、この宿の女将さんが腕を組み、恐ろしい形相で立っている。
「その人たちにそれ以上絡んだらあんたたちは出入り禁止にするからね!」
他の客も、男たちに冷たい目を向けている。屈強な冒険者もいるので威圧感がある。この雰囲気では、誰も二人の味方をしてくれる者はいないだろう。
「ああ?このくそばばあ、俺たちがわざわざ来てやってんのによう」
「くそっこんな宿に二度と泊まってやるかよ!」
「ああ、泊まらなくて結構さ! あんたたちのことは他の宿にも言っておくよ!」
恰幅の良い女将さんの勢いに飲まれた男たちは、悪態を吐きながら出て行った。
「ごめんね。早く止めに入れないで、4嫌な思いさせちまって。あいつら最近仕事がうまくいってないみたいで、他のお客にすぐ絡むんだよ。この辺の宿のもんは、みんな困ってるんだけどさ」
「いや、女将さんのおかげで助かったよ。ありがとう」
男気のある女将さんに助けてもらえて、幸運だった。騒ぎを起こすことで、警察沙汰になれば、身元がわかってしまうかもしれないのだ。
俺たちは女将さんに礼を言って食堂を後にした。
宿の部屋は、三人で泊まるにしては狭いけれど、清潔に整えられていた。ベッドの大きさを見ていると、俺がじいちゃんたちと暮らしていた頃を思い出す。
「ジーン、大丈夫か?」
食堂でもジーンは情緒不安定だったが、三人で部屋に戻っても落ち着きのない様子は続いていた。
「わたしは、サルビア殿下をお守りしなければならないのに、あんな輩に絡まれるなんて……」
「何を言っているんだよ。ジーンは護衛じゃなくて侍従だろ。俺を守るのはエディでジーンは側にいてくれるのが仕事だ。
街中にいたらあんなこともあるよ。そしてジーン、俺はロビンだ。気をつけないと外で言ってしまうぞ」
「そうだよ。護衛は俺の仕事だ。ジーンはロビンの身の回りのことをするのが仕事だろう」
「わたしは……、足手まといですよね。サッ……ロビン様とエディだけなら、野営ができてあんな輩にも会わなくて済んでいるはずです」
ジーンはうろうろと目線を彷徨わせながら呟く。こんなことで罪悪感を抱くのは疲れているからだろう。
「ジーンが、俺に迷惑をかけているのではない。俺が、ジーンを厄介ごとに巻き込んでいるのだ。ジーンは、自分だけ逃げることもできたのに、俺についてきてくれたのだろう?
ジーンが自分を足手まといだなんて感じる必要はない。
それに、ベッドで寝られる方が、俺たちだっていいに決まっている」
「変なやつは屋外にもいるんだから、気にするんじゃないよ。ロビン様は俺が守るから、安心していろ」
俺やエディの励ましが耳に入っているのかどうかわからないが、ジーンは諦めたように黙り込んだ。
寝床に潜り込んでも、ジーンは何度も寝返りを打っていて眠れないようだった。俺たちは王宮を出てから、ぐっすりと眠れる夜を過ごせたことはないが、生真面目なジーンは、俺やエディより心身に堪えているのだろう。
次の日は、朝早く起きて朝食を食べ、俺たちは出発した。
「ここまでマグワイア軍は来ていないんだけど、ヴァレイがどうなるかわからなくてみんな不安なんだよねえ。あんたたちも気をつけてね。ならず者も増えてるし、ラプター側も今は治安が悪いみたいだから」
「ありがとう。気をつけるよ」
「たくさん心づけをもらっちゃったからね。また、泊りに来てよ」
「うん。またこの辺に来たら、立ち寄ることにするよ」
エディが適当な社交辞令を言っているのを聞きながら、俺も女将さんに別れを告げた。ジーンはぎこちない笑顔をむけて頭を下げた。
俺が再びヴァレイ王国に足を踏み入れる日など、来ないのではないかと思っている。もしかしたら、ラプターからも逃げないといけない日が来るかもしれない。
先のことは、わからない。
ここまで生きてきて、希望も予想も全く考えていた通りになったことはない。
ラプターに行けば、亡命したアイリスやリットンに会えるだろうか。
チェスターに再び会うことは、できるのだろうか
落ち着いたら、じいちゃんたちの居場所はわかるだろうか。会える日は、くるのだろうか。
ファル……ファルにはまた会えるはずだ。
契約したのだから、ちゃんと探してくれるよね。
俺は関所門に向かって足を進めながら、また会いたい人たち、もう会えないかもしれない人たちのことを考えていた。
どちらにしても、生き延びなければ、会いたい人には会うことはできないのだ。
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