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5-1.誰に駒鳥は会いたいの?

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 俺たちは、王都の外れから歩き、途中で馬を調達して走り続けた。目立たない経路を選び、野営をしながら七日ほどでラプターとの国境沿いの街に入る。王都を占領したマグワイア軍が少数精鋭だったと聞いたのは、後からだ。大規模に攻め込まれていたら、俺たちは無事だったかどうかわからない。ここまでたどり着くことができたのは、運が良かったのだろう。まだヴァレイ国内にいるので安心はできないけれど。
 しかし、王都が少数精鋭に落とされてしまったのは、ヴァレイの王宮の運営に問題があったのはないだろうか。

 俺は今のところ生き延びているけれど、たくさんの人が命を落としたに違いないのだ。そして、次は自分かもしれない。野営をしながら夜中に何度も目が覚めた。

 せめて俺の宮の侍女たちが、無事に王宮を出ることができていますように。


 国境沿いの街に到着したときには夕刻になっていたので、関所門を越えるのは明日になる。俺たちは服装を小汚くして、『王都から逃げてきた魔道具技師仲間』という設定を作っていた。

 俺に関しては嘘ではないが。

 ここで一泊して関所門に行けば、ラプター連合王国にいる俺たちの身元引受人が迎えに来てくれる。チェスターは、危機に際して予め俺の身元引受人となる人物と打ち合わせをしていた。書類もすべて整っているので安心してラプターとの国境を越えれば良い。エディはそう話してくれた。

 国境沿いの街では、宿をとることにした。俺とエディは、野営でもう一泊しても大丈夫だったのだけれど、ジーンは精神的にも体力的にも限界だった。

 ところで、迎えに来る人は俺たちの判別がつくのだろうか。エディもその部分については、聞いていないそうだ。

 ここに来て、やっと王都の噂を聞くことができた。マグワイアの精鋭の師団に、王宮は落とされた。ヴァレイ国王は囚われたけれど、王太子は現在も逃走中だ。チェスター殿下については情報がない。生死不明なので心配だが、王太子が逃げているのなら無事かもしれない。

 王宮がこんなにあっけなく落ちるものなのだとは、思わなかった。
 いや、誰でも自分の生きている環境が激変するとは思わないだろう。俺のように、そんな経験があったとしても、そんなこと起きるはずがないと考えてしまうのだから。

 そして、心の中で、静かに犠牲者を悼む。

 俺については、宮が中央からかなり離れた位置にあったこと、重要人物でなかったことが幸いして逃げることができたのではないだろうか。マグワイアの軍が侵攻してきた日の翌日には、もっと王宮の中央部に移ることになっていた。もし宮の移動が済んでいたら、危なかっただろう。生き残ることができていたかどうか。
 そして、役立たずの『花の名の王子』がマグワイアの捜索対象かどうかは、今の段階ではわからない。捕まって命を落とすのは、ごめんだ。

 ここで聞いた情報では、マグワイアの軍は王都を占領するのに少数の師団を使っているため、本軍が追っているのは王太子だけだといわれている。それ以外の逃亡している王族や有力貴族は、各街の自警団が捕まえようとしたり反対に匿おうとしたりしているという噂だ。それも、今のところそうだというだけだろう。混乱を極めていると言って良い。
 むしろ、落ち延びた貴族を狙う夜盗の方が危険だ。金品を盗るだけでなく命を奪う者もいるだろう。治安はかなり悪くなっているようだ。

 王都が占領されてまだ七日しか経ってないのだ。ただ、俺の体感ではもっと時間が経っているかのようなのだが。


 宿の食堂の片隅で夕食を食べた。シチューとパンだけの簡素なものだが、三日ぶりのまともな食事だ。温かい食事はありがたい。ここはラプターとの国境沿いなので、比較的物資には恵まれていると宿の女将さんが言っていた。

「サッ…ロビン様の庶民的な雰囲気が幸いしましたね」
 俺はサルビアからロビンに戻った。もうサルビアになる気はない。
「おう、俺は押しも押されぬ平民だからな」
「それは、俺もいっしょです」

 エディは、平民出身なのにその技量と容姿で近衛騎士にのし上がった剛の者だ。本人は、チェスターの引き立てで近衛騎士になれたことに恩義を感じていると話していた。こんな事態になっても、俺をラプターまで護衛していくという命令を守っている律儀な男である。危険な業務であるにも関わらずだ。
 エディの両親は亡くなっていて、たった一人の姉は、マグワイア帝国の技師に嫁いでいるのだそうだ。両国間で戦争になって、さぞや辛かっただろう。本人は、「俺もこの際、ラプターに亡命したいですねえ」と言っている。この七日間でずいぶん言葉遣いが乱暴になったが、それが素なのだろう。ヴァレイに戻る場所がないのなら、それも良いのではないだろうか。

「ラプターに行ったら、俺は魔道具技師に戻りたい。それで食っていけると思うし」

 契約があるから、ファルが見つけてくれるだろう。そして、商会で魔道具を作ることができるはずだと考える。

「俺は、どこかに護衛で士官出来るかなあ。無理だったら、ギルド登録して用心棒とかでしょうかねえ」
「わたしっ、わたしは……」

 ジーンが目を泳がせてから涙目になっていくのを見て、俺たちは焦った。侍従として生きる未来以外、何も描いていなかったのだろう。ジーンは、子爵家の庶子だ。子どもの頃に母親が亡くなった後、父親のもとへ引き取られ、厳しく育てられた。ジーンは、休暇の時も家に帰ったことがない。言葉の端々からは、子爵家で受け入れられていないと思っていることが感じられた。ヴァレイに残っていても、帰るところはなかったのかもしれない。
 ジーンは、俺が降嫁しても侍従としてついてくるつもりであると言い続けていた。『花の名の王子』の侍従としての務めを果たすことが、生きる目標だったのだとしたら……

 俺たちは、三人ともヴァレイの王宮という王国の中心からはじき出されて、帰るところがなくなった。
 だけど、俺たち三人の中で、王宮が落ちたことによる衝撃を一番受けているのは、ジーンなのかもしれない。

 
「ああもう。ジーンは俺とずっと一緒にいるのだろう?」
「はい…」

 ジーンは、もそもそとパンを咀嚼しながらうなだれている。あまりにも元気がないその様子が気にかかる。
大丈夫だろうか。

「エディはそれで足りるのか?」
「正直言って足りないです。お代わりしてもいいですか?」
「もちろんだよ」
「エディ、お金はあるのですか?」

 ジーンがイライラしながらエディに食って掛かる。

「それは大丈夫。チェ……旦那様が、軍資金をたんまりくださったので」

 こそこそと話しながら食事をする。ジーンは王宮での言葉遣いがなかなか抜けない。困ったものだが、身に付いた習慣というのはなかなか変えられないのだろう。
 明日の朝は、早く出る予定だ。早く食べ終わって、部屋に引き上げて休養しよう。久しぶりにベッドで眠ることができる。

 俺たちが食事を終えて、席を立った時だった。見知らぬ男が、俺たちを威嚇するように卓の上に勢いよく手を置いた。布帛が掛けられていない卓は、乾いた大きな音を立てた。

「よう、綺麗な兄ちゃんたちだな。汚しててもわかるぜ。王都から逃げてきた口かい?」



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