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3-2.誰が駒鳥と契約したの?
しおりを挟む「良かった。チェスター殿下ありがとうございます」
ファルは、チェスターの話が分かっているようだ。話を進めるとはどういうことなのか。
「え、どうなっているのですか?」
「ロビン、俺と契約して側にいてくれたら、思う存分魔道具を作る材料も、時間も、確保することを約束するよ」
「よし、決まりだ。ファル、さっさと契約の魔道具をつけてしまおう」
「わかりました」
チェスターとファルの間では、すっかり話がまとまっていた。そして、いつの間にかファルは俺をロビンと呼んでいる。
ファルが俺の前で、平たい天鵞絨(ベルベッド)貼りの箱を開けた。
中に入っていたのは、繊細な金細工の耳飾りだ。鳥の翼のような形状の部分を、上部の耳殻につけ、それと鎖でつながれた魔鉱石が填め込まれた部分を、下部の耳殻につける。金の細工部分には、小さな金剛石がちりばめられた豪華なものだ。一対になっていて、契約者同士が1つずつ身に着けることになる。
「俺が信頼している職人が、丹精を込めて作った魔道具なんだ」
「ファル、これは……」
これはじいちゃんが作ったものだ。間違いない。
「気がついた? これはロビンのお爺さんに作ってもらったんだ。ロビンとの契約に使うって言ったら、凄く手の込んだものにしてくれたよ」
じいちゃんが俺のために作ってくれたのだと思うと、胸がいっぱいになる。離れていても、俺のことを大事に思っていてくれたのだと。
「耳飾りをつけていいね?ロビン」
ファルの問いかけに、じいちゃんを思って感極まった俺は、黙って頷いた。
ファルは微笑みながら俺の左耳に飾りをつけてから、針で指先を傷つけ、俺の名前を呼びながら血液によって魔鉱石に魔力を登録した。これでファル以外が耳飾りを外すことはできない。魔力が切れるまでは。そして、昔のように俺をぎゅうっと抱きしめて耳元で囁いた。
「ロビン、よく似合うよ。
じゃあ次に俺の分もつけて。俺の正式な名前はファルコンだからね」
俺は「ファルコン」と呟いてファルの右耳に飾りをつけ、同じように針で指先を傷つけ、血液によって魔鉱石に魔力を登録した。
「ありがとう」そう言ってファルは俺の腰を抱いて、額に口付けをした。俺の頭の中は明らかに混乱している。状況をよく飲み込めていないのだ。
「よしよし、これで契約完了だな」
チェスターが笑いながら、声をかけてくる。
俺の顔を覗き込んだファルの翠玉の瞳を見て、心臓の鼓動が躍り出したのは内緒だ。俺を見つめる瞳が甘いように思える。
いや……、気のせいかもしれない。
二人が帰って、怒涛のような時間が終わった。
チェスターとファルに勢いに押されて、あっという間に契約してしまったけれど、本当に良かったのだろうか。俺が平民のロビンなら良いけれど、『花の名の王子』のサルビアなら、支障があるように思う。
チェスターは、自分が差配することだから俺は気にしなくて良いと言っていた。むしろ彼自身が、この契約を成立させることにこだわっているように感じたほどだ。
そして、現在色とりどりの宝石が組み合わされた豪華な金細工の腕輪が、俺の二の腕に巻きついている。これは、チェスターが契約の祝いだと言って、俺の腕に着けていったものだ。「いつも身に着けておくように。この場所なら魔道具の作成にも邪魔にならぬであろう」と言っていた。しかし、物理的に重い。
どうしていつも身につけておけと言うのだろうか。
「チェスター殿下は、サルビア殿下があまりにも身なりを気にされないので、心配していらっしゃるのですよ」
ジーンは、チェスターの気持ちがわかるとばかりに俺に言い募る。見えない場所につける腕輪に、どんな意味があるのだろう。
「そんなにひどい恰好をしているわけでもないのに?」
「ええ、もう少し王子らしい優雅さとか、豪華さとか……。せっかくお美しくていらっしゃるのにもったいない」
チェスターは、そんな理由で腕輪をつけさせたのではなかったように思う。でも、本当に考えていることは俺にはわからない。
「うふ、でもファル様、素敵なお方でしたね。ようございました。ジーンはどこまでもサルビア殿下について行きますからね」
「……そうなのか?」
俺が魔道具技師に戻っても、ジーンは俺についてくる気なのだろうか?
ファルは、ジーンや侍女にもお土産を持ってきていたせいか、帰った後も宮の中で大層評判が良い。美しい容姿に優雅な所作。王族や王宮に出入りする貴族を見慣れている彼らに良い印象を与えたのだから、大したものだ。
ファルと交換してつけた契約の耳飾りは『お守り』に近いもので、魔鉱石に持ち主の身を守る加護の魔力があらかじめ入っている。装着するときに契約者の魔力を登録すると、魔鉱石内の魔力が切れるまでは、その魔力の持ち主しか外すことができなくなる。
俺たち魔道具技師は、そこまでの魔力は持っていないからあまり作らないけれど、市井の魔術師はお金になるから作ることがある。魔道具技師に外観だけ依頼することも、よくあることだ。
通常は、填め込まれている魔鉱石に強い魔力を登録することで、持ち主に悪意を持って近づく人を弾く作用が付与されている。この耳飾りにどの程度の作用があるかは俺にはわからない。標準的には、魔鉱石の力が無くなれば効力が無くなるけれど、俺につけられたこれは、再度魔力を登録すれば半永久的に使える高級品だ。
この手のお守りは、契約以外に、貴族や富裕層の商人が子どもや配偶者に持たせることも多いのだけれど。
じいちゃん、俺のために作ってくれたんだ。でもじいちゃんに加護の魔法を付与できるほどの魔力はないから、別の人が魔力を込めたのだろう。
この魔鉱石に入っている魔力は、かなり大きい。この魔力は……
ファルと契約をしても、俺は宮で今まで通りに過ごしていた。相変わらず俺の宮には、お金がない。
そして、俺に悪意を持った奴どころか、誰も俺の宮にはやってこないので、耳飾りに付与された力がどのようなものなのか知ることもできず、そのまま日々は過ぎていった。
チェスターは、自分を通せばファルを宮に招くことができると言っていた。どうにかしてじいちゃんたちがどこにいるのか知りたいと思って、俺は焦れていた。
そう、俺はまたファルに来てもらおうと思っていた。じいちゃんたちの様子を聞くために。そして、俺と契約したということを抜きにしても、ファルに会いたいという気持ちが湧いてくる。
しかし……、ファルはもともと綺麗だったけれど、もっと魅力的になっていた。もし伴侶がいたなら、俺との契約は気分を害するものなのではないだろうか
。
そんな焦燥感に駆られるような考えも、俺の頭の中には浮かぶようになっていた。
しかし、そんな俺の懊悩とは関係なく、ファルが再び俺の宮に訪れることはなかったのだ。
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