【本編完結】花の名の王子、鳥の名の王子

中屋沙鳥

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2-2.籠から駒鳥は逃げたいの?

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 その後も、マグワイア帝国との戦況が厳しくなっているという話を毎日ジーンから聞いていた。そんなとき、アイリスが俺を訪ねて来た。

「サルビア兄さま、ご機嫌麗しゅうございます」
「アイリス、元気そうだな。会えてうれしいよ」

 伴侶であるカーディス・リットンが、将軍として再度国境沿いのリバーバンクの前線へ向かうと聞いていたのに、アイリスは明るくて元気そうだった。それに、以前より美しくなっているように見える。リットンに愛されているのだろう。

「リットン将軍が、もうすぐ出陣されるのだろう?俺に会いに来ていていいのかい?」
「サルビア兄さま、僕、カーディスに付いて行くことになったのです」
「え?」

 この華奢なアイリスが、戦いの最前線に行くというのか?

 アイリスは王族の代表として、兵士を激励するため将軍であるリットンとともにリバーバンクにある前線基地まで行くことになったと話した。
 既に降嫁して王族ではないアイリスだが、伴侶がリットンであるから、兵士へ良い印象をつける効果があると考えているのだろうか。
 前線まで出ることはなく、安全な場所で士気が上がるよう鼓舞するのが役割だと言うが、戦場に安全な場所があるということが俺には信じられない。攻め込まれるときは、あっという間だと聞いている。それは、リットンが言っていたのだ。

「リットンは反対しなかったのかい?」
「いえ、むしろカーディスが一緒に行こうと話を進めたのです。僕と一時も離れたくないと言って……
 はあ、サルビア兄さまの宮の花茶はいつも美味しいですね。花茶自体も手に入りにくくなっているし、飲む機会が減って残念です」
「ジーンが淹れた味にはならないだろうけど……、いくらか持って行けばいいよ。包ませよう」

 ジーンに、アイリスに手渡すための花茶の缶を用意するよう命じる。

 ジーンが席を外したところで、俺は声を落としてアイリスに話した。

「アイリス、お守りをあげよう」
「お守りですか?」

 俺は、自分のために作っていた魔道具の1つにアイリスの音声認識を登録し、使い方を教えて渡した。戦場では気休めのようなものだが、何もないよりは良いだろう。

「使わなくて済むことを祈っているよ」
「サルビア兄さま、ありがとうございます」

 花が咲いたように微笑む可愛いアイリス。この笑顔を、二度と見ることはできないかもしれない。それは、アイリスに何か起きるという可能性だけではなく、俺がこの宮から逃げ出すという可能性もあるからだ。
 戦場へ兄弟を送り出す辛さが、じわりと俺の心を痛める。そして状況が、自分の身の振り方を自分で決めることへの決断を迫る。

 俺には、覚悟が必要なんだ。


 それから俺は、王宮の構造と外へ出るための手段を考えることにした。王都の様子は、俺が市街地に住んでいるときとは変わっているだろうが、街路はそのままのはずだ。ヴァレイ王国からは、出なければならないだろう。
 市井に降りてしまえば、魔道具技師として生きて行けるだろうと俺は思っている。そのためには、道具を持ち出さなければならない。

 そして当座の生活費と……



「サルビア殿下、最近、考えごとが多くていらっしゃいますね。魔道具を組み立てる手が止まっているなんて、お珍しい」

 魔道具を作っているときの俺は、完全に集中している状態になるので、それしかできなくなっている。そんなときは、ジーンが話しかけても気づかないこともあって、よく怒られている。最近は、考えることが多くて、集中できなくなっているのだ。

「ああ、リバーバンクに行ってしまったアイリスのことが気になってね。無事でいて欲しいよ」
「……さようでございますか。それはご心配でしょう。唯一仲良くされていたご兄弟でしたものね」

 逃げ出す方法や、持ち出すものを考えることが多くなって、ジーンに様子がおかしいと思われてしまった。怪しまれてはいけないので、言い訳を考える。
 アイリスのことが心配なのは、本当だ。アイリスを溺愛していたリットンが、むざむざ彼を危険な目に遭わせるとも思えないが、戦場では何が起こるかわからない。
 色々なことを一度に考えてしまってぼんやりしている俺を励ますように、ジーンが話しかけてくる。

「さあ、気持ちを切り替えてくださいませ。チェスター殿下から、お手紙をいただいておりますよ」
「ありがとう」

 ジーンが手渡してくれたチェスターからの書簡を開く。

「チェスター殿下が俺に会わせたい人物を伴って宮にやって来るという先触れだ。王宮内の人ではないらしいね。五日後の午後ということだから準備をしておいて」

 面会の先触れだけで、俺の家族のことは1行たりとも書かれていない。今まで通り王都で店を開いているのなら、何か教えてくれるだろう。何も知らせがないということは、何かあったんだよな。

 不安が広がる。心が揺らぐ。

「おや、王宮の外からお客人が宮に来るなど、久しぶりでございますね。どのようなお方なのでしょうか」

 ジーンの声を聞いて我に返る。

「王宮内の人物ではないという以外は、詳しく書かれていないな。訪問時刻から考えて、お菓子と花茶でのおもてなしで良いと思うけど……中身はいつものようにジーンが手配しておいて」
「かしこまりました。料理長にお願いしておきます」
「うちの宮では自由になるお金が少ないから……苦労をかけるね」
「いえ、わたしの腕の見せ所でございますから、お任せください」

頼もしい返事をしたジーンは、『花の名の王子』の侍従だからもっと華やかな采配をしたいのに、俺の宮の予算が少ないのが不満なのが本当のところなのだ。
 俺のせいじゃないけれど。
 アイリスには俺より予算がついていたので、アイリスの侍従のことが羨ましいとも言っていた。

 だいたい戦況が思わしくないこの時期に、『花の名の王子』への面会ということは何かしら戦いに関する成果を上げて俺を褒賞に欲しいという人物が相手なのかもしれない。俺は既に成人しているのだし、そういう話があってもおかしくない。そういうことを考えないようにしていたのだ。

 チェスターは、現実がよく見えている人だと俺は思っている。アイリスがリットンのところに行くことができたのも、彼がかなり上手に根回ししたおかげだろう。その彼が、この時期に俺に紹介しても良いと判断しているのだから、問題のない人物だとは思うけど。

 俺は、誰かの褒賞になどなりたくないのだ。

「ジーン、チェスター殿下に承諾の返事を書くから準備をして」
「かしこまりました。サルビア殿下」

 ジーンは、嬉しそうにペンや便箋を用意している。久しぶりに外部からの来客があるから、気分が高揚しているのだろう。時々しか見られないジーンのご機嫌な様子に、俺は苦笑した。
 俺が逃亡したら、ジーンはどうなるのか……少しばかり心が痛む。
 ジーンが責任を問われないように、何か考えておこう。

 俺はチェスターに宛てた手紙を書きながら、『花の名の王子』として褒賞になる前に逃亡するにはどうすればいいのかについて、頭を巡らせていた。


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