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2-1.籠から駒鳥は逃げたいの?

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 マグワイア帝国との国境線での小競り合いは続いていて、戦場は落ち着かないようだ。戦争が長引くと、国が疲弊するし、国民は貧しくなる。

 ヴァレイ王国には、上質の魔鉱石が出る採掘場がある。俺が市井の魔道具技師だった時に魔鉱石が手に入れやすかったのは、ヴァレイが魔鉱石の産出国だからだ。
 採掘した後の魔鉱石の加工には大量の水が必要だが、最近になって加工場近くの川の水量が減っているのがわかった。そこでヴァレイは、マグワイアと国境線の引き方でもめているリバーバンクという場所にある川から、水を引くための工事をしてしまったのだ。ヴァレイ側にすれば自領だと思っているから当たり前の工事だったのだが、マグワイア側から見れば侵略行為だ。何らかの反撃をするのが、当たり前だといえる。そこから始まった紛争は、半年前にヴァレイの勝利で一度収まったはずなのに、再び小競り合いが始まっている。
 些細に見えることが大きな紛争に繋がっていくというのが、よくわかる事象だ。

 この件については、国王と王太子が議会の承認なしに魔鉱石工場に許可を出したことが発端だ。ヴァレイ国王は君主であるが、本来独裁国家ではないので、通常は議会の承認のもとに様々な運営をしている。しかし、現国王は、独裁的な行動が多い。議会で自分の気に入らないことを言う議員を、罷免したり王都から追放したりしている。
 俺の父親は、暗愚な王なんだろう。夜会や褒賞祝賀会のときに遠くから見るだけで、ほとんど話したことはないけれど。

 しかし、王宮も国内も不穏な空気でいっぱいなはずなのに、俺のいる宮にそれは流れてこない。もともと俺の宮は、最低の予算しか与えられていないからかもしれない。

「王都でも生活が苦しくなって、他国へ移住する者も出てきているようですよ」

 ジーンが花茶とお菓子を卓に並べながら、王都の市民の様子を教えてくれた。
 地方の生産品が王都に届きにくくなってきて、商売が立ち行かなくなっている業種が出てきている。嵩む戦費のせいで税金も上がっているので、平民や下級貴族はかなり苦しい生活を強いられるようになっているようだ。

 ジーンの話を聞いて、俺の家族はどうしているのだろうかと思いを馳せる。

「ジーン、城下に出掛けるのは無理だろうか」

「何を言っておられるのですか。王都はかなり治安が悪くなっているのでございますよ。
 これまでも、一度も許可が出たことはありませんでしょう。
 それより、チェスター殿下がお望みの梟の細工物を仕上げましょう。そのかわりに、城下にいらっしゃるご家族の様子を、知らせてくださることになっているのでしょう?」

 ジーンが、可愛い顔を台無しにして、目をむいて俺を叱り飛ばす。かなり状況は悪いようだ。リバーバンクと王都は、間に峠があるからそうとは気づきにくいが、意外に近い場所にある。戦況も伝わりやすいのだろう。

「そうだな…」

 もともと今の宮に来てから、おもちゃに限って魔道具を作っても良いという許可が出たのは、チェスターが俺の細工物を気に入ったからだ。奴の目に留まったのは、拉致された俺の服の中に入っていた手を叩くと飛び跳ねる蛙のおもちゃだった。あれは、ファルのために作った最後の魔道具だ。

 奴は、気が向くと俺に何かしらの魔道具を作らせようとする。ちなみに、初回を除いてチェスターの魔力に反応するものを作ったことはない。誰でも使えるものばかりだ。そして、実用的というよりは、贅沢品のおもちゃを作るように言われる。その報酬として、幾ばくかの予算を与えられ、家族に手紙を書くことを許され、家族からの手紙が届く。
 チェスターの伝手で手に入る材料は、高級品に限られている。上質な魔鉱石以外に、金も、白金も、宝石も、いくらでも使える。むしろ、使うように指示される。
 もちろん、俺の宮のランプなどの魔道具は、便利なように最新型に改良してある。少ない魔力で使えるので、侍女たちには喜ばれている。
 しかし、俺が作りたいような魔道具を、一から作れるわけじゃない。

『呼びかけた音に反応して、目が光る動物の細工物が欲しい。猫も良いかと思ったのだが、アイリスに美しい鳥を作ってやったと聞いて、梟が良いかと思ったのだよ。作ってくれぬか』

 チェスターは、アイリスに成人祝いを渡した数日後には、俺のところに来てそんな依頼をしていった。
 チェスターの『作ってくれぬか』は命令だ。要望通りに作らなければならない。

 俺は、呼びかければ目が光る細工をした白金の梟を作り上げて、チェスターに届けさせた。こっそりと、鳴声を出す回路も組んである。ちょっとした悪戯だ。羽ばたかせると言った動きはないので、アイリスに送ったものほど精巧に作ってはいないが、単純なものよりは少し時間がかかった。長持ちさせるために、上質な魔鉱石を使うようチェスターから指示されていた。もし売ることになれば、かなり高値になるだろう。俺が市井の魔道具技師のままだったら、貴族の特注品としても作る機会はなかっただろうと思うような代物だ。
 チェスターが満足できるように、作れていたと思うんだ。

 しかし、家族からの手紙が届くことはなかった。チェスターからも、家族に関する連絡はない。

 そういうことなのだろうか。
 家族がいなくなったのなら、この宮にいる必要はない。
 我慢して此処にとどまっていたのは、家族を処分すると脅されたからだ。処分されたのか、王都が危険になったから俺のことを諦めて逃げ出したのかは、わからない。しかし、手紙がないうえ何の知らせもチェスターから入らないということには、相応の理由があるんだろう。チェスターは、誠意のない行動をすることはないだろうと俺は思っている。

 そして、王都から人がいなくなっているということは、戦況が良くないんじゃないかと俺の平民としての経験が俺に向かって警鐘を鳴らす。
 『花の名の王子』なんて、余計なものは立ち行かなくなった王宮では、邪魔ものでしかない。あっさり放逐してくれればいいが、どんな目に遭わされるかはわからないのだ。

 どうにかして、この宮から逃げる方法を考えなければならない。そのためには、何をすればいいのか。

 俺は、逃げるためにしなければならないことに、思いを巡らしていた。

 余った材料で、逃亡のための魔道具を作ろう。
 俺は、そんなことを考えるようになっていた。


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