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1-2.誰が駒鳥を捕まえたの?
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」
アイリスがリットン将軍に嫁いでしまえば、今までのように会うわけにはいかないだろう。俺だって、いつ誰に嫁ぐことになるのかわからない。俺は、とっくに十八歳だ。いつでも降嫁できる。
自由ではないにしても、こんな風に楽しい時間が過ごせるのは、後わずかな期間なのかもしれない。
幸せな時はいきなり壊されて、それ以降は消えてなくなる。
俺は、それを経験しているじゃないか。
ロビンというのは、俺の名前だ。
アイリスは、それを知っている。
俺の母親は、平民の魔道具技師の娘だった。
俺にとってのじいちゃんの助手として王宮に来ていた時に、国王の目に留まって閨に連れ込まれたらしい。国王は、一度きりの火遊びのつもりだったのだろう。俺は、父親のいない子として生まれ、母ちゃんとともに、王都にあるじいちゃんの経営する魔道具の店で暮らしていた。母ちゃんの弟夫婦とその子どもたちも一緒にいて、にぎやかで楽しい毎日だった。
工房で育ち、幼いころからじいちゃんの仕事を見ていた俺は、魔道具の作り方……、回路や構造を覚えるのが早かった。俺には魔道具技師としての才能があったようで、じいちゃんに教えられる技術を、幼いながらにどんどん吸収していったのだ。
人間は、必ず魔力を持って生まれてくる。膨大な魔力を持ち、魔術を行使するのは一部の魔術師だ。ほとんどの人間は、それほど多くの魔力を持っていない。魔道具は、必要な回路に魔鉱石を繋ぎ、魔力を流して道具が動くようにしたものだ。ランプや洗濯機のような実用品、湯が出る水道や風呂、台所の焜炉のように建物に組み込むものなど、少ない魔力で便利な生活ができるように作られたものなのである。
他にも貴族や裕福な商人向けに、オルゴールや小さなメリーゴーラウンドのように贅沢なおもちゃや蒐集品として好まれるようなものが、作られている。
俺が平民にしては多い魔力を持って生まれたことは、魔道具を作るのに便利なことだった。そして、回路を作るのも得意だったし細工物を作るのも得意だった。誰の魔力でもうまく動く道具も、特定の魔力にしか反応しない道具も、どちらも作ることができる。実用品も、趣味の品も作れる優秀な魔道具技師の卵だった。
十三才にしてお得意様だっていたのだ。
「ロビンは天才だね。今のうちに、専属契約をしておきたいよ」
「好きなものを作らせてくれるんなら、ファルと契約してもいい。ファルなら、いろんなところに売ってくれそうだし」
「じゃあ、ロビンが成人したら、契約しようね。ロビンには、ずっと俺と一緒にいて、新しい魔道具をたくさん作って欲しいんだ。」
「うん、わかった。ファルが沢山買ってくれたら、そのお金で新しい魔道具を工夫して作れるようになる。契約できるようになるまで、たくさん勉強したいから、俺のお得意様になってくれよ」
「わかった。俺が、ロビンの最初のお得意様だ」
ファルが、俺をぎゅうっと抱きしめる。
「お前が成人するのを、楽しみにしてるぞ」
「うん!」
俺の最初のお得意様になってくれたファル。ファルの声に反応して鳴く大瑠璃を作ったのが、最初の受注生産品だ。今なら、もっと精巧にうまく作れるだろう。ファルは、俺の作ったものを自分用にといくつも買ってくれた。よく考えれば稚拙なものもあったので、ファルは本当に俺に先行投資してくれているつもりだったんだろうと思う。
ファルは、多くの国を回っている個人で商会を経営している商人だった。黒髪に透き通った翠玉の瞳。女性の客に人気がありそうな男らしい綺麗な顔をしていたし、話も上手だった。若いのにかなり商売は、うまくやっていたと思 う。
ヴァレイ王国で黒髪は珍しい。おそらく、外国に本拠があってこの国にも来ていたんだろう。その頃の俺は、そんなことは考えていなかった。ファルが商売で訪問したいろいろな国のことを教えてもらったものだ。成人して契約したら、一緒に商売の旅に連れて行ってくれと強請った。
俺の魔道具を商品として扱ってくれると、商売の旅に連れて行ってくれると言っていたのに……
俺は良い魔道具技師になるだろうと、みんな楽しみにしていてくれたのだ。俺自身だって良い魔道具技師になれるだろうと、楽しみにしていた。
しかし、その幸せな生活は、ある日突然壊された。
俺が十三歳になったときだ。王のお使いとかいう奴が、じいちゃんの魔道具の店にやってきた。俺が国王の子どもだから、王宮に連れて行きたいというのだ。
「そんな証拠は、どこにあるんだ」
そう言って俺が暴れたら、神殿の魔力検査で俺の魔力に王家のものが混じっていると報告されていると、使いに来たそいつらは言い出したのだ。
俺の瞳の色が、王族と同じ蒼天色だったから調べたのだと。
俺の魔力が平民にしては多いのも、王家の血が入っているからだと。
俺たちに無断で、神殿はそんなことを報告していたのか。
いや、そもそもそんなことがわかるなんて知らなかったんだけどな。
……十三年も放っておいたのだから、そのまま忘れてくれれば良かったのに。
逆らうと家族を処分すると脅されて、俺は王宮に連れて行かれた。
王宮で『サルビア』という名前をつけられた俺は、『花の名の王子』になり、外出の自由を奪われた。
そして、魔道具技師としての未来も奪われたんだ。
俺の本当の名前は、ロビンだ。サルビアではない。
アイリスに渡した鳥籠の中にいる駒鳥。あれは、今の俺だ。ロビンは王宮という鳥籠に閉じ込められて、サルビアに成り果てた。
俺の家族が、無事かどうかは、わからない。質問すれば無事だと言うし、時々手紙のやり取りをしてはいるが、会わせてくれるわけじゃない。幽閉されていても、手紙は書ける。
家族が無事でないのなら、拉致された甲斐がないじゃないか……
王家では王女ばかりが生まれて、ご褒美に使う王子が少なくなってきたので、俺を拉致することになったと後々になってから聞いた。俺の顔は母ちゃんに似ていて、橙色の艶のある髪に王族の持つ蒼天色の瞳をしている。自分で言うのもなんだが美人だ。そして、ご褒美に相応しい王子になるようそれから五年かけて怒涛の王子教育をされた。
王宮の人たちは喜んでいるが俺は辛い。顔も知らない男の褒賞になるなんて考えられない。
誰かのご褒美になんてなりたくない。
アイリスのように生まれたときから褒賞となる『花の名の王子』として育てられているとそのことに疑問を持ちにくいようだった。アイリス自身が素直で純粋な性質だからということもあるのかもしれないが。
でも、今回のアイリスの降嫁はただのご褒美ではない。
アイリスが降嫁する予定のカーディス・リットンは子爵家の三男だが、卓越した実力で二十八歳という若さで将軍まで上り詰めた傑物だ。最近小競り合いが続いているマグワイア帝国との国境線、リバーバンクの戦いで副将軍として大きな戦果を挙げたことにより将軍となり、その褒賞としてアイリスを求めた。
実のところ、国王は将来有望な将軍に王女を降嫁させるつもりだったのだ。
しかし、リットンは以前からアイリスに恋をしていて、彼を得るために今回の戦いで成果を上げるべく頑張ったのである。リットンの気持ちを知っていたチェスターの計らいもあって、アイリスの宮にも時々訪問していたようだ。
「カーディスは、僕のことを愛していると何度も言ってくれるのです。なんだか恥ずかしくて」
「おや、嫁ぐ前から惚気かい。愛してくれる人のところへ行けるのだから、素直に喜んでいいと思うよ」
「僕は、花の名の王子に生まれたからには、どんなところへ降嫁させられても仕方ないと思っていたのです。僕を愛して、望んでくださる方のところへ行けるなんて、幸せです」
「ふふ。これから先も、アイリスはずっと幸せでいい。ずっと笑顔でいればいいんだ」
「サルビア兄さま、ありがとうございます」
俺の宮に遊びに来ては、そんな風に惚気ていたことを思い出す。
望まれて、愛されての降嫁だったら、アイリスも大切にされるだろうし、幸せになれそうで良かった。
俺は、幸せな生活がある日突然壊される経験をしているけれど、アイリスはそのような経験をしなくてすみますように。
アイリスは、十八歳の成人となったその日にカーディス・リットン将軍のもとへ降嫁した。
俺の作った鳥籠を抱えて。
アイリスがリットン将軍に嫁いでしまえば、今までのように会うわけにはいかないだろう。俺だって、いつ誰に嫁ぐことになるのかわからない。俺は、とっくに十八歳だ。いつでも降嫁できる。
自由ではないにしても、こんな風に楽しい時間が過ごせるのは、後わずかな期間なのかもしれない。
幸せな時はいきなり壊されて、それ以降は消えてなくなる。
俺は、それを経験しているじゃないか。
ロビンというのは、俺の名前だ。
アイリスは、それを知っている。
俺の母親は、平民の魔道具技師の娘だった。
俺にとってのじいちゃんの助手として王宮に来ていた時に、国王の目に留まって閨に連れ込まれたらしい。国王は、一度きりの火遊びのつもりだったのだろう。俺は、父親のいない子として生まれ、母ちゃんとともに、王都にあるじいちゃんの経営する魔道具の店で暮らしていた。母ちゃんの弟夫婦とその子どもたちも一緒にいて、にぎやかで楽しい毎日だった。
工房で育ち、幼いころからじいちゃんの仕事を見ていた俺は、魔道具の作り方……、回路や構造を覚えるのが早かった。俺には魔道具技師としての才能があったようで、じいちゃんに教えられる技術を、幼いながらにどんどん吸収していったのだ。
人間は、必ず魔力を持って生まれてくる。膨大な魔力を持ち、魔術を行使するのは一部の魔術師だ。ほとんどの人間は、それほど多くの魔力を持っていない。魔道具は、必要な回路に魔鉱石を繋ぎ、魔力を流して道具が動くようにしたものだ。ランプや洗濯機のような実用品、湯が出る水道や風呂、台所の焜炉のように建物に組み込むものなど、少ない魔力で便利な生活ができるように作られたものなのである。
他にも貴族や裕福な商人向けに、オルゴールや小さなメリーゴーラウンドのように贅沢なおもちゃや蒐集品として好まれるようなものが、作られている。
俺が平民にしては多い魔力を持って生まれたことは、魔道具を作るのに便利なことだった。そして、回路を作るのも得意だったし細工物を作るのも得意だった。誰の魔力でもうまく動く道具も、特定の魔力にしか反応しない道具も、どちらも作ることができる。実用品も、趣味の品も作れる優秀な魔道具技師の卵だった。
十三才にしてお得意様だっていたのだ。
「ロビンは天才だね。今のうちに、専属契約をしておきたいよ」
「好きなものを作らせてくれるんなら、ファルと契約してもいい。ファルなら、いろんなところに売ってくれそうだし」
「じゃあ、ロビンが成人したら、契約しようね。ロビンには、ずっと俺と一緒にいて、新しい魔道具をたくさん作って欲しいんだ。」
「うん、わかった。ファルが沢山買ってくれたら、そのお金で新しい魔道具を工夫して作れるようになる。契約できるようになるまで、たくさん勉強したいから、俺のお得意様になってくれよ」
「わかった。俺が、ロビンの最初のお得意様だ」
ファルが、俺をぎゅうっと抱きしめる。
「お前が成人するのを、楽しみにしてるぞ」
「うん!」
俺の最初のお得意様になってくれたファル。ファルの声に反応して鳴く大瑠璃を作ったのが、最初の受注生産品だ。今なら、もっと精巧にうまく作れるだろう。ファルは、俺の作ったものを自分用にといくつも買ってくれた。よく考えれば稚拙なものもあったので、ファルは本当に俺に先行投資してくれているつもりだったんだろうと思う。
ファルは、多くの国を回っている個人で商会を経営している商人だった。黒髪に透き通った翠玉の瞳。女性の客に人気がありそうな男らしい綺麗な顔をしていたし、話も上手だった。若いのにかなり商売は、うまくやっていたと思 う。
ヴァレイ王国で黒髪は珍しい。おそらく、外国に本拠があってこの国にも来ていたんだろう。その頃の俺は、そんなことは考えていなかった。ファルが商売で訪問したいろいろな国のことを教えてもらったものだ。成人して契約したら、一緒に商売の旅に連れて行ってくれと強請った。
俺の魔道具を商品として扱ってくれると、商売の旅に連れて行ってくれると言っていたのに……
俺は良い魔道具技師になるだろうと、みんな楽しみにしていてくれたのだ。俺自身だって良い魔道具技師になれるだろうと、楽しみにしていた。
しかし、その幸せな生活は、ある日突然壊された。
俺が十三歳になったときだ。王のお使いとかいう奴が、じいちゃんの魔道具の店にやってきた。俺が国王の子どもだから、王宮に連れて行きたいというのだ。
「そんな証拠は、どこにあるんだ」
そう言って俺が暴れたら、神殿の魔力検査で俺の魔力に王家のものが混じっていると報告されていると、使いに来たそいつらは言い出したのだ。
俺の瞳の色が、王族と同じ蒼天色だったから調べたのだと。
俺の魔力が平民にしては多いのも、王家の血が入っているからだと。
俺たちに無断で、神殿はそんなことを報告していたのか。
いや、そもそもそんなことがわかるなんて知らなかったんだけどな。
……十三年も放っておいたのだから、そのまま忘れてくれれば良かったのに。
逆らうと家族を処分すると脅されて、俺は王宮に連れて行かれた。
王宮で『サルビア』という名前をつけられた俺は、『花の名の王子』になり、外出の自由を奪われた。
そして、魔道具技師としての未来も奪われたんだ。
俺の本当の名前は、ロビンだ。サルビアではない。
アイリスに渡した鳥籠の中にいる駒鳥。あれは、今の俺だ。ロビンは王宮という鳥籠に閉じ込められて、サルビアに成り果てた。
俺の家族が、無事かどうかは、わからない。質問すれば無事だと言うし、時々手紙のやり取りをしてはいるが、会わせてくれるわけじゃない。幽閉されていても、手紙は書ける。
家族が無事でないのなら、拉致された甲斐がないじゃないか……
王家では王女ばかりが生まれて、ご褒美に使う王子が少なくなってきたので、俺を拉致することになったと後々になってから聞いた。俺の顔は母ちゃんに似ていて、橙色の艶のある髪に王族の持つ蒼天色の瞳をしている。自分で言うのもなんだが美人だ。そして、ご褒美に相応しい王子になるようそれから五年かけて怒涛の王子教育をされた。
王宮の人たちは喜んでいるが俺は辛い。顔も知らない男の褒賞になるなんて考えられない。
誰かのご褒美になんてなりたくない。
アイリスのように生まれたときから褒賞となる『花の名の王子』として育てられているとそのことに疑問を持ちにくいようだった。アイリス自身が素直で純粋な性質だからということもあるのかもしれないが。
でも、今回のアイリスの降嫁はただのご褒美ではない。
アイリスが降嫁する予定のカーディス・リットンは子爵家の三男だが、卓越した実力で二十八歳という若さで将軍まで上り詰めた傑物だ。最近小競り合いが続いているマグワイア帝国との国境線、リバーバンクの戦いで副将軍として大きな戦果を挙げたことにより将軍となり、その褒賞としてアイリスを求めた。
実のところ、国王は将来有望な将軍に王女を降嫁させるつもりだったのだ。
しかし、リットンは以前からアイリスに恋をしていて、彼を得るために今回の戦いで成果を上げるべく頑張ったのである。リットンの気持ちを知っていたチェスターの計らいもあって、アイリスの宮にも時々訪問していたようだ。
「カーディスは、僕のことを愛していると何度も言ってくれるのです。なんだか恥ずかしくて」
「おや、嫁ぐ前から惚気かい。愛してくれる人のところへ行けるのだから、素直に喜んでいいと思うよ」
「僕は、花の名の王子に生まれたからには、どんなところへ降嫁させられても仕方ないと思っていたのです。僕を愛して、望んでくださる方のところへ行けるなんて、幸せです」
「ふふ。これから先も、アイリスはずっと幸せでいい。ずっと笑顔でいればいいんだ」
「サルビア兄さま、ありがとうございます」
俺の宮に遊びに来ては、そんな風に惚気ていたことを思い出す。
望まれて、愛されての降嫁だったら、アイリスも大切にされるだろうし、幸せになれそうで良かった。
俺は、幸せな生活がある日突然壊される経験をしているけれど、アイリスはそのような経験をしなくてすみますように。
アイリスは、十八歳の成人となったその日にカーディス・リットン将軍のもとへ降嫁した。
俺の作った鳥籠を抱えて。
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