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番外編

魔法騎士団へ視察に行きました その2

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「ラファエル殿下、ようこそお越しくださいました」
「ビュッセル魔法騎士団長、今日は忙しいのに視察などでお邪魔してしまいました。
 よろしくお願いします」
「魔法騎士団としては、ラファエル殿下の視察に感謝いたしております。
 ラファエル殿下が視察してくださると聞いた団員の士気が上がっています。いつもより熱心な鍛錬の風景をご覧いただくことになるかもしれませんね」
「僕の視察が皆を鼓舞することになるのであればうれしいことです」

 ビュッセル魔法騎士団長は、僕への歓迎の意を示す言葉とともに笑顔を向けてくださった。その笑顔は、心から僕の視察を歓迎してくださっていると思わせるものだ。僕もその気持ちに応えたいと思う。
 そうだ。僕が皆から手加減されていて戦闘能力がそれほど高くないのだとしても、王子の伴侶が魔法騎士団を視察に訪れたことには意義があるのだ。
 今の立場でできることを精一杯頑張れば、皆戦闘能力がない僕のことも受け入れてくれるのだとわかる。

「模擬試合の企画もお許しいただいて、誠にありがたいことです。
 試合の対手に選ばれましたのは、昨年に途中入団した者です。西の都市の魔法騎士団に所属していたのですが、自分の可能性を試したいと王都にやって来たと聞いています」

 ロイターという名のその魔法騎士が、ちょうど魔法騎士団が新しい団員を募集している時期に王都にやって来たのだ。先ほど自分でも言っていたように運が良かったのだろうが、実力もあったということだ。
 僕が戦う様子を見たことのない魔法騎士を対手として、地方出身者の意欲を更に高めたいという気持ちがあったのだとビュッセル魔法騎士団長は語る。
 王都出身者は、魔法騎士団に研修に来ていた僕と鍛錬をしていたり、学校の演習場で関りがあったりすることも多い。なるべく知らない魔法騎士を対手にして経験を積ませたかったのだとおっしゃった。

「僕も実践で鍛えられた方と模擬試合をできることは、良い経験です。全力を出して取り組みます」
「いやいやいや、全力とは……
 ラファエル殿下が気負われるほどの相手ではありませんので、良い経験をさせてやってくださいましたらと思っております」

 ビュッセル魔法騎士団長は、自分の団員の力量を謙遜してお話されている。しかし、僕は今まで皆から手加減されてきたのだ。全力で臨んでも、まったく相手にならない可能性もあるのだ。

 それから僕はビュッセル魔法騎士団長とともに演習場に移動して、皆に挨拶をした。
 ビュッセル魔法騎士団長が僕を紹介してくださるときに「優秀な魔法騎士」と言ってくださったことが恥ずかしい。これまでであれば誇らしいことだと思っていたのだけれど、手加減されていたことがわかった今となっては、素直にその言葉を受け取ることができない。

 模擬試合を行う予定だと発表することで上がった歓声に対して、申し訳ない思いでいっぱいになるが今までの僕の評判を思えば仕方ないことだろう。いやしかし、研修に来ていた魔法学校在籍時のことを知っている魔法騎士もいるのだ。
 手加減なしで戦闘をする僕の様子を皆に見てもらって、彼らの今後の意欲につながればそれで良いのだろう。

 王族やそれに準ずる僕たちが視察などの挨拶で語る内容というのは、事前に決められている。僕が挨拶に入れたかった魔法騎士団員に感謝の気持ちを伝え、激励する意を込めたものはその中身に盛り込まれているので問題はない。
 頬を紅潮させて笑顔になっている者や、頷いている者が多くいるし、十分激励することはできたと思う。
 その後、僕は基礎鍛錬に参加し、良い汗を流すことができた。

 そして、最後に予定通り模擬試合を行うことになる。

「ラファエル殿下の対手として、ロイター魔法騎士を選定している。ロイター魔法騎士、前へ出て挨拶を」

 茶色のくせ毛を短く刈った、背の高い魔法騎士が名を呼ばれて前に出てきた。

「フランク・ロイターと申します。入団して間もないわたしが殿下の対手を務めることができるなど、光栄の極みです。
 わたしの持てる力の全てを使って対戦に臨みたいと思います。殿下におかれましても、どうぞ手加減されませんよう、よろしくお願いいたします」

 ロイターは頭を下げた後、にこりと笑って僕に向かってそう言った。

「ええっ、あいつ正気か?」「ラファエル殿下に手加減しないでくれって頼んでるぜ」「いや、誰か事前情報入れてないのか?」「……きっと、ラファエル殿下が察してくださるだろう」「うん、ラファエル殿下はご自分の力量はおわかりになっていらっしゃるだろうからな」

 魔法騎士団の空気がざわりと揺れる。きっと、今まで僕に手加減するのが当たり前だったことを知っている団員が、驚いているのだろう。

「ラファエル・エーリッツ・フォン・メービウス・シュテルンだ。僕も全力でこの対戦に臨もう」

「えええーっ」「ラファエル殿下、相手がものを知らないって気づいてください!」「案外、わかっていて言ってらっしゃるのかもしれんぞ」「上級の治癒魔術師が待機しているもんなあ……」

 皆のざわめきが更に大きくなる。僕が叩きのめされたら、魔法騎士団としては王家に顔向けできないと考える者もいるのかもしれない。しかし、その心配は必要ないことだ。僕は、本当のところ本職の魔法騎士に通用する力をどれぐらい持っているのか知りたいのだ。

 それで、手加減なしに僕が叩きのめされたとしても、問題にすることは無い。

 ビュッセル魔法騎士団長の方を見ると、楽し気にしていらっしゃる。
 バウマン部隊長が、演習場の外れで語られていたことを報告しているようだったので、おそらく状況はわかっておられるはずだ。
 これならば大丈夫だ。おそらく、僕が力量を正しく認識したいという気持ちを支持してくださっていると思われる。その後ろでバウマン部隊長が蒼褪めているが、誠実な彼は僕のことを心配してくれているのだろう。

 護衛騎士が、僕に模擬対戦用の模擬長剣を渡してくれる。先ほど、演習場の外れで話を聞いてしまったときと同じ何とも言えない表情をしている彼に「大丈夫だよ」と言ったのだが「そういうことではないのですが」と返答されてしまった。

 どういうことなのだろうか……?
 まあ、試合前にそんなことを推測しても仕方ないけれども。

 僕は、模擬長剣を携えて、模擬対戦を行うために作られた試合場に足を踏み入れる。

 あっという間に模擬試合が終了して皆をがっかりさせないようにしなければ。僕がこの対戦に臨んで考えることはそれだけだ。

 ロイターと僕は、相対して礼をする。

 ロイターがにやりと笑うのが見える。随分と余裕があるようだ。
 見たところは……それほど強そうには見えないが、僕はこれまでかなり強い相手からも手加減されて勝利を得てきたということなのだろう。

 自分の至らなさを思いながらも戦闘のための意識を高めていく。

 カウニッツ副団長が、合図のために手を上げるのが見えた。


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