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79.主人公 ~ラインハルト~
しおりを挟む卒業パーティーの五日後、わたしはレヒナー男爵令息が収監されている地下牢へ足を運んだ。
『レヒナー男爵令息にも前世の記憶があるのかもしれない』
ラファエルからそれを聞いたときには、それを然程重要視しなくても良いことだと考えていた。
それは、実際にラファエルが語る前世で見たこの世界の物語と、わたしたちが生きている現実の世界には大きな乖離があるからだ。そう、それこそ登場人物の名前と設定が一緒であるだけの、全く異なる物語を読んでいるかのように。
わたしにとっては、ラファエルが安心して生きていくことが重要なことだ。それこそ、わたしが聞いた時点で既に外れてしまっている予言に、いつまでもこだわっている必要などないのである。
しかし、ホフマンとウーリヒはその見当はずれの予言を真に受けたうえ、自分たちに都合の良いようにそれを改変しようとしたのだ。
そして、そのためにわたしのラファエルの命を脅かそうとした。
ホフマンもウーリヒも、そしてレヒナー男爵令息……名前を呼ぶのも悍ましい。彼らのことは、許さない。
絶対に許すわけにはいかない。
「今は大人しいですが、時々第二王子殿下に会わせるようにと訴えて暴れることがあります」
「心得ておこう」
騎士から、そのように伝えられた。レヒナーは望みが叶ってどのような反応をするのだろうか。代わり映えしない反応しか返ってこないのではないかと思いながらも、奴に声が届く程度まで牢に近づく。
「おいっ、第二王子殿下がお前に会いに来てくださったぞ!」
「第二王子殿下って誰?」
牢番がレヒナーに声をかけると、掠れた声が返って来た。
あれだけわたしの名を連呼しながら、第二王子であるという認識もないのか。いや、もう何があっても驚くまい。
「久しぶりだね、レヒナー男爵令息」
レヒナーはわたしの方を見て、その目を瞬かせた。ラファエルが可愛らしいと言っていた顔には、以前の面影はなくなっている。髪はパサつき、緑色の瞳は濁り、痩せこけて生命力の欠片も感じられない。
これは、光魔法を無理矢理放出したことによる後遺症だと、サウベラ伯爵からは聞いている。
「ラインハルト……?」
「第二王子殿下の名前を呼び捨てにするな!」
「ラインハルト……様って第二王子だったの? 僕に会いに来てくれたんだね!」
騎士からの注意を受けて言い直したものの、敬称を呼ぶことは未だにできないようだ。もうこの世を去るまでこのままなのだろう。
今となってはどうでも良いことだ。
「そうだな。お前の話を聞きに来た。お前はこの世界で神子となり、王妃になる運命だと話していたらしいね。それについて聞きたい」
「そうなんだ! 僕は『光の神子は星降る夜に恋をする』っていうゲームの主人公なんだ! ここは、『ヒカミコ』の世界なんだよ!」
「ゲーム?」
わたしが尋ねたことによって、奴は前世で知っていたというこの世界の物語を饒舌に語りだした。
物語の流れは、ラファエルから聞いたものとほぼ同じだった。
わたしとぶつかって知り合うことがなかった時点で、物語の通りではない。それなのに、他の『イベント』を達成しようとして必死になっていたことが、不思議で仕方ない。星祭の後、ホフマン学長宅に軟禁されていたときすら、カフェでワッフルを食べるイベントを実行するために外出したらしい。
馬鹿馬鹿しい。
もっと、貴族としての礼儀をわきまえ、勉学に励んだ方が、生徒会などを通じてわたしと話す機会を作ることもできたであろうに。
ただ、どれだけのことをしようと、わたしの最愛がラファエルであることに変わりはないが。
前世の記憶などというあやふやなことに惑わされないで、堅実に生きていれば、ホフマンやウーリヒに利用されることもなく、楽しい学校生活を送れただろう。
皆が生きている世界で、誰かひとりが主人公であるということはない。
各自が自分の人生の主人公だという認識を持つことはあるかもしれないが、それは、百人の人間がいれば百人の主人公がいるということになるのだから。
ラファエルとレヒナーは同じ世界にいたことがあるという可能性はあると思う。だが、もしかしたら、この世界の神が二人に同じ夢を見せたのではないのか。わたしはレヒナーの話を聞いて、そのような思いを抱いた。
二人とも、昨年のシュテルン魔法学校の入学式の日にその物語を思い出したというのだ。何か人智を越えた者が意図をもって、二人にその記憶を植え付けたのだとは考えられないだろうか。
それを確かめる術はないが。
「ところで、断罪した後のヒムメル侯爵令息のことはどうするつもりだったんだい?」
わたしは、一番聞きたかったことをレヒナーに投げかけた。
「ヒムメル……ああ、ラファエルは、将来の王妃を害した罰で地下牢に放り込んで輪姦して処刑する予定だったよ? まあ、そうでなくても途中で死んでくれれば邪魔者がいなくなると思ったから、ホフマンとウーリヒがラファエルを殺そうとしても止めなかったんだ」
「ヒムメル侯爵令息は、命を落とさなければならないほど悪いことをすることになっていたのかい?」
「そんなの! 悪いことなんかしてなくても関係ないよ。僕が王妃になるためにラファエルを殺さなきゃならないんだ」
レヒナーは、ラファエル以外にもわたしの側近の婚約者……、フローリアンとブリギッタのことも辱めて殺す予定だったと饒舌に語った。
残酷なことを無邪気に話すのを聞いて、全身の血が沸騰するような気がした。
わたしのラファエルを、罪のない側近の婚約者を、そのように扱うつもりだったのか。
わたしは、レヒナーがホフマンやウーリヒのような欲深い大人に利用されただけなのではないかという疑いを、少しばかり持っていた。
しかし、彼自身が邪悪な意図を持って行動していたのだということが、これで明らかになったのだ。
わたしの心は決まった。
◇◇◇◇◇
王宮のサロンで、ラファエルとわたしの側近、そしてその婚約者を集めて、今回の国家転覆に関わる事件の事後のことを伝えた。事件の概要と、世間に知らしめること、わたしたちだけが知ること、そして、知らないこと。その政治的な意図を理解することができる賢明な彼らには感謝している。
そもそも彼らは、学生という立場でありながら魔獣の凶暴化への対応とともに、その後の事件解決にも尽力してくれた。
今後も、彼らはわたしの側近として、そしてシュテルン王国のために、その能力を遺憾なく発揮してくれることと思っている。
ホフマンやウーリヒの行く末について話をした後で、フローリアンが小首を傾げて質問をした。
「レヒナー男爵令息は、どうなるのでしょうか?」
わたしは、お茶で口を潤してから答えた。
「彼は、光魔法を無理矢理放った後遺症で、衰弱死してしまったそうだ。
これは、ホフマンやウーリヒの処遇とともに、明日発表される予定になっている。」
「ああ、あの卒業パーティーのときの……」
「魔法の使い方の訓練も、足りなかったのでしょうね」
マルティンとアルブレヒトが、わたしの言葉を受けて納得したように発言する。
これは、ウーリヒの一件とは違う。本当に彼は衰弱死したのだ。
レヒナーは、衰弱していたものの、光魔法の使い手であることから治療を施して実験に使おうという声も一部にはあった。
しかし、魔術師団長であるサウベラ伯爵は、彼の邪悪な本性と、あれほど多くの魔術師と魔法騎士を篭絡した性的魅力を考えると、内部に引き入れるのは危険であるという意見を述べた。
「レヒナー男爵令息は、怪物だ」
そうはっきりと王家主催の首脳会議で皆の前で発言したのだ。
わたしは、サウベラ伯爵の意見を支持した。
シュテルン王国に禍根を残さないように怪物は、排除するべきであると。
あの怪物に治療を施さず、ただ衰弱してこの世界から消え去るようにするだけのことだ。そう、それだけのことで邪悪な者を速やかに排除することができる。
そもそも、自らが光魔法の使い方を誤ったのだから、それが彼の運命だったのだろう。
シモン・フォン・レヒナーは、この世界の主人公ではないのだ。
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