74 / 86
74.卒業式の日は雲一つない青空でした
しおりを挟むラファエル視点に戻ります
★★★★★
卒業式には、卒業生とその家族、そして一年生、二年生の在校生代表が出席することになる。今年は、王族が卒業するということで、卒業式に参加したい一年生と二年生の代表争いは、熾烈なものになったと聞いている。
一年生と二年生の代表は成績優秀者から選ばれるため、学業が捗ったと先生方は喜んでいらっしゃったのであるが。
ラインハルト様と僕のおかげだとおっしゃっている先生もおられたのだが、僕は関係ないだろうと思う。
卒業式の日は雲一つない青空だった。
シュテルン魔法学校の制服を着るのは、これで最後になる。学校の門をくぐり、ハナモモの咲く小道を歩いて卒業式会場である講堂へ向かう。入り口では、在校生が卒業生の胸に花をつけている。
「あっ! ラファエル様、どうぞこちらへ」
声のする方に目を遣ると、花を載せた台の傍らにいるビュッセル侯爵令息が、満面の笑顔で僕に向かって手を振っているのが見えた。その横にはヴァネルハー辺境伯令息がいる。
「ローレンツ、大きな声ですね」
「ああああ、喜びのあまりつい。俺は、ラファエル様の胸に花を飾るという栄誉を勝ち取ったのです」
「僕の胸に花を飾る栄誉?」
ビュッセル侯爵令息の言葉に、僕は首を傾げる。
「みんなの憧れヒムメル侯爵令息の胸に花を飾る栄誉を授かりたいと、一年生と二年生の代表の間で壮絶な戦いをしたのです。俺はその闘争に、勝利しました!」
「くそ、俺もラファエル様の胸に、花を飾りたかったのに」
「ゲレオンはフェストン伯爵令息の胸に花を飾るんだろう。それも素晴らしい栄誉じゃないか」
「そうだけど……」
ご機嫌なビュッセル侯爵令息と比べると、ヴァネルハー辺境伯令息はいささか元気がないようだ。
だけど、そんなに誰かに花を飾ろうとしたいものなのだろうか。
「卒業生が来た順番に、無作為に花を飾っているわけじゃないのですね」
「そうですよ。今年は殿下もいらっしゃいますし、現場で揉めないように役割分担を決めたのです。
では、失礼いたしまして
ご卒業おめでとうございます」
「ご卒業おめでとうございます」
ビュッセル侯爵令息は僕の質問に答えてから、いそいそと僕の左胸にミモザの花をつけてくれた。他の在校生も、卒業を祝う言葉を僕にくれる。
「ありがとう。これからのシュテルン魔法学校は君たちが盛り立ててください」
最後に激励しようと思った僕がビュッセル侯爵令息の手を握ると、彼の顔が俄かに赤くなった。上級生に励まされることをこんなに喜ばしいことと思ってくれているのだと思うと嬉しくなる。
「ひゃー、ローレンツってば役得」「うらやましい……」「ビュッセル侯爵令息、しばらく手をあらわないのではないかしら」
何やらざわめきが起きたが、その場にいた皆に、僕の気持ちが伝わっているのだろうと思う。
急にそのざわめきが収まった。ハナモモの小道をラインハルト様がこちらに向かって歩いて来られたからだろう。アルブレヒト様とディートフリート様、マルティン様を伴っていらっしゃる。
その姿を認めた皆が礼を取り、ラインハルト様を出迎える。
「ラファエル、もう花を飾ってもらったのだね」
「ラインハルト殿下にはご機嫌麗しゅう。
はい、ローレンツがつけてくれました」
ラインハルト様は、微笑を浮かべ、手の甲で僕の頬を撫でてから、在校生たちの方へ向き直った。
「わたしに花を飾ってくれるのは誰だろうか?」
ラインハルト様を見て呆けたようになっていた在校生たちは、その声ではっと正気に戻った。
「殿下、お待たせいたしまして、申し訳ございません。わたしがそのお役目を受けております」
そう言いながらまろび出るように僕たちの近くに来たのは、ヨハンだった。
ヨハンは息を止めながら慎重な手つきでラインハルト様の胸に花を飾る。終わった時には、ほっとした顔になっていた。
「ヨハン、ありがとう」
「あっあの。いえ、光栄です」
ラインハルト様からの感謝の言葉を聞いて、慌てるヨハンが可愛らしい。
ヨハンは平民出身だ。ラインハルト様に近寄る機会は在学中しかないだろうということで、皆がその役目を譲ってくれたらしい。そんな風に思ってもらえることが、ヨハンの人格の表れではないかと思う。
僕はいつものように、ラインハルト様に腰を抱かれて講堂へ入った。
卒業式が始まる。もう僕たちの学生の時代は終わると思うと感慨深い。
今年の卒業生代表はラインハルト様だ。
在校生代表のアウラー伯爵令息が送辞を読み上げ、卒業生代表のラインハルト様が答辞を読み上げる。
学校の講堂でラインハルト様が、卒業生を代表してご挨拶なさるのをこれほど落ち着いた気持ちで聞くことができるとは思っていなかった。
ホフマン学長はやはり調子が良くないご様子で、学長挨拶をなさる声の通りも悪く、顔色も悪い。
卒業式が終れば、休職されるのかもしれないと皆が噂していたのだが、本当にそうなのかもしれない。
僕たち卒業生は午前中に卒業式を終え、一度家に帰って装束を整えてから夕方からの卒業パーティーに参加する予定になっている。卒業パーティーには、卒業生だけでなくその保護者と在校生の希望者とが出席する。また、来賓として国王陛下と王妃殿下も出席される。
卒業式よりも卒業パーティーの方が、参加人数が多く、盛大に行われるのだ。
『光の神子は星降る夜に恋をする』では、この卒業パーティーで僕が断罪される。しかし、主人公のシモンは行方不明のままだし、攻略対象と思われる人物の誰とも親密になっていないから、断罪劇は起きないだろう。
きっと、起きないはずだ。
入学式でシモンを見かけて前世の記憶がよみがえってから、僕は自分の幸せがそのうち崩壊するのだろうとずっと考えていたのだ。
ラインハルト様がお幸せになるためなら自分は断罪されても良いなどというのは、自己欺瞞だったのだろう。
本当は、僕がラインハルト様と一緒に、幸せになりたかったはずだ。
何より、ラインハルト様が、僕がお傍にいない未来などあり得ないと言ってくださったのだ。
どんな主人公補正も、物語の強制力も、起きないに違いない。
卒業パーティーを控えた僕は、そう考えていたのだけれども。
370
お気に入りに追加
3,128
あなたにおすすめの小説

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。
cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。
家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる