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74.卒業式の日は雲一つない青空でした
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卒業式には、卒業生とその家族、そして一年生、二年生の在校生代表が出席することになる。今年は、王族が卒業するということで、卒業式に参加したい一年生と二年生の代表争いは、熾烈なものになったと聞いている。
一年生と二年生の代表は成績優秀者から選ばれるため、学業が捗ったと先生方は喜んでいらっしゃったのであるが。
ラインハルト様と僕のおかげだとおっしゃっている先生もおられたのだが、僕は関係ないだろうと思う。
卒業式の日は雲一つない青空だった。
シュテルン魔法学校の制服を着るのは、これで最後になる。学校の門をくぐり、ハナモモの咲く小道を歩いて卒業式会場である講堂へ向かう。入り口では、在校生が卒業生の胸に花をつけている。
「あっ! ラファエル様、どうぞこちらへ」
声のする方に目を遣ると、花を載せた台の傍らにいるビュッセル侯爵令息が、満面の笑顔で僕に向かって手を振っているのが見えた。その横にはヴァネルハー辺境伯令息がいる。
「ローレンツ、大きな声ですね」
「ああああ、喜びのあまりつい。俺は、ラファエル様の胸に花を飾るという栄誉を勝ち取ったのです」
「僕の胸に花を飾る栄誉?」
ビュッセル侯爵令息の言葉に、僕は首を傾げる。
「みんなの憧れヒムメル侯爵令息の胸に花を飾る栄誉を授かりたいと、一年生と二年生の代表の間で壮絶な戦いをしたのです。俺はその闘争に、勝利しました!」
「くそ、俺もラファエル様の胸に、花を飾りたかったのに」
「ゲレオンはフェストン伯爵令息の胸に花を飾るんだろう。それも素晴らしい栄誉じゃないか」
「そうだけど……」
ご機嫌なビュッセル侯爵令息と比べると、ヴァネルハー辺境伯令息はいささか元気がないようだ。
だけど、そんなに誰かに花を飾ろうとしたいものなのだろうか。
「卒業生が来た順番に、無作為に花を飾っているわけじゃないのですね」
「そうですよ。今年は殿下もいらっしゃいますし、現場で揉めないように役割分担を決めたのです。
では、失礼いたしまして
ご卒業おめでとうございます」
「ご卒業おめでとうございます」
ビュッセル侯爵令息は僕の質問に答えてから、いそいそと僕の左胸にミモザの花をつけてくれた。他の在校生も、卒業を祝う言葉を僕にくれる。
「ありがとう。これからのシュテルン魔法学校は君たちが盛り立ててください」
最後に激励しようと思った僕がビュッセル侯爵令息の手を握ると、彼の顔が俄かに赤くなった。上級生に励まされることをこんなに喜ばしいことと思ってくれているのだと思うと嬉しくなる。
「ひゃー、ローレンツってば役得」「うらやましい……」「ビュッセル侯爵令息、しばらく手をあらわないのではないかしら」
何やらざわめきが起きたが、その場にいた皆に、僕の気持ちが伝わっているのだろうと思う。
急にそのざわめきが収まった。ハナモモの小道をラインハルト様がこちらに向かって歩いて来られたからだろう。アルブレヒト様とディートフリート様、マルティン様を伴っていらっしゃる。
その姿を認めた皆が礼を取り、ラインハルト様を出迎える。
「ラファエル、もう花を飾ってもらったのだね」
「ラインハルト殿下にはご機嫌麗しゅう。
はい、ローレンツがつけてくれました」
ラインハルト様は、微笑を浮かべ、手の甲で僕の頬を撫でてから、在校生たちの方へ向き直った。
「わたしに花を飾ってくれるのは誰だろうか?」
ラインハルト様を見て呆けたようになっていた在校生たちは、その声ではっと正気に戻った。
「殿下、お待たせいたしまして、申し訳ございません。わたしがそのお役目を受けております」
そう言いながらまろび出るように僕たちの近くに来たのは、ヨハンだった。
ヨハンは息を止めながら慎重な手つきでラインハルト様の胸に花を飾る。終わった時には、ほっとした顔になっていた。
「ヨハン、ありがとう」
「あっあの。いえ、光栄です」
ラインハルト様からの感謝の言葉を聞いて、慌てるヨハンが可愛らしい。
ヨハンは平民出身だ。ラインハルト様に近寄る機会は在学中しかないだろうということで、皆がその役目を譲ってくれたらしい。そんな風に思ってもらえることが、ヨハンの人格の表れではないかと思う。
僕はいつものように、ラインハルト様に腰を抱かれて講堂へ入った。
卒業式が始まる。もう僕たちの学生の時代は終わると思うと感慨深い。
今年の卒業生代表はラインハルト様だ。
在校生代表のアウラー伯爵令息が送辞を読み上げ、卒業生代表のラインハルト様が答辞を読み上げる。
学校の講堂でラインハルト様が、卒業生を代表してご挨拶なさるのをこれほど落ち着いた気持ちで聞くことができるとは思っていなかった。
ホフマン学長はやはり調子が良くないご様子で、学長挨拶をなさる声の通りも悪く、顔色も悪い。
卒業式が終れば、休職されるのかもしれないと皆が噂していたのだが、本当にそうなのかもしれない。
僕たち卒業生は午前中に卒業式を終え、一度家に帰って装束を整えてから夕方からの卒業パーティーに参加する予定になっている。卒業パーティーには、卒業生だけでなくその保護者と在校生の希望者とが出席する。また、来賓として国王陛下と王妃殿下も出席される。
卒業式よりも卒業パーティーの方が、参加人数が多く、盛大に行われるのだ。
『光の神子は星降る夜に恋をする』では、この卒業パーティーで僕が断罪される。しかし、主人公のシモンは行方不明のままだし、攻略対象と思われる人物の誰とも親密になっていないから、断罪劇は起きないだろう。
きっと、起きないはずだ。
入学式でシモンを見かけて前世の記憶がよみがえってから、僕は自分の幸せがそのうち崩壊するのだろうとずっと考えていたのだ。
ラインハルト様がお幸せになるためなら自分は断罪されても良いなどというのは、自己欺瞞だったのだろう。
本当は、僕がラインハルト様と一緒に、幸せになりたかったはずだ。
何より、ラインハルト様が、僕がお傍にいない未来などあり得ないと言ってくださったのだ。
どんな主人公補正も、物語の強制力も、起きないに違いない。
卒業パーティーを控えた僕は、そう考えていたのだけれども。
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