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72.最後の戦闘の授業が終わりました

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 卒業式は学校が運営するが、卒業式の後に行われる記念パーティーは、生徒会主導で企画運営をすることになっている。
 準備で忙しいだろうと思いながらも生徒会に足を運び、僕たちはガラスペンを生徒会メンバーに贈った。

「わたしたちが思う、皆さんに似合う色のものを選びました」
「ううっ! ありがとうございます!」
「家宝にします!」
「大げさですね。」
「もったいないので使えません」
「いやいや、それを使って勉強してください」

 今年の生徒会メンバーは、王族であるラインハルト様からの贈り物をもらえる良い巡りあわせになっている。ガラスペンを使わないで置いておきたいという気持ちもわかるのだ。

「これからの卒業記念パーティーの準備に気合が入りました! ありがとうございます!」
「素晴らしいものにしてみせます!」

 その言葉を聞いて、僕たちは嬉しい気持ちになった。

 この学校の生徒でいられる期間もあと少しだ。ラインハルト様とは婚約者であるし、アルブレヒト様とディートフリート様はラインハルト様の側近として、マルティン様は護衛騎士としてお目にかかる回数は少なくないと思うが、フローリアン様とブリギッタ様とはあまりお会いできなくなるだろう。
 そんなことを考えていると、寂しくなる。
 いろいろなことがあったから、少しセンチメンタルになっているのかもしれない。

 人は同じ場所にとどまり続けることはできないのだ。


「それでは、最後の授業を行う!」

 フィンク先生がいつものように大きな声で授業開始を告げる。いつもと違うのは、これが最後の授業であるということだ。
 フィンク先生はそれぞれの進路に合わせて、これからの戦闘に対する心構えを、実践を交えた形で教えてくださる。フィンク先生に対して乱暴な人だという印象を持っていた生徒も多かったようだ。しかし僕は、本当に生徒のことを考えてくれる先生だったと思っている。

 もう間もなく最後の授業が終わると思われる頃、フィンク先生が僕の方を見てにやりと笑った。

「ラファエル・エーリッツ・フォン・メービウス。前へ」
「はい」

 フィンク先生に名を呼ばれ、僕は前に出る。

「最後に、俺が、この戦闘の授業で首席の成績だったメービウスと模擬戦闘試合を行う。これが、この学年の皆への餞となる。しっかり受け取れ。
 いいな、メービウス」

 いつもより、きりっとした顔でそう言い放ったフィンク先生は、全体を見渡してから最後にラインハルト様に目を合わせた。ラインハルト様は、フィンク先生に応えるように美しい微笑を浮かべられた。
 それによってラインハルト様から模擬戦闘試合を行う許可が出たと、僕は認識する。

「はい。最後の模擬戦闘試合に選ばれたことを、光栄に思います。よろしくお願いいたします」

 フィンク先生の戦闘の授業では、最終日に首席の生徒がフィンク先生と手合わせできる栄誉を授かる。戦闘の科目についてはマルティン様と首席争いをしていたのだけれど、僕がそれを勝ち取ったのだ。

 審判役にはマルティン様が指名された。これも、例年次席の生徒が引き受ける役割だ。

「フィンク先生、ヒムメル侯爵令息、審判としてこの試合については時間制限を設けたいと思います。十分間で勝負がつかない場合は引き分けと判断し、試合を終了します」
「おう、わかった。さすが、アイヒベルガーだな。良い判断だ」
「承知いたしました。全力を尽くします」

 はっきり言って、フィンク先生と十分間も戦い続けることができる自信はない。だけど……全力で戦い抜くのみだ。
 僕は演習場の中央に出て、模擬戦闘用の剣を構えて戦闘態勢に入る。フィンク先生も僕の正面に立って剣を構えた。いつになく、真剣な顔をしていらっしゃる。

「試合開始!」

 マルティン様の宣言で模擬戦闘試合の火ぶたが切って落とされる。

 僕は風の魔力を纏って、フィンク先生に近づき、一太刀浴びせようとする。僕の剣を受けてはじいた後、フィンク先生の剣が僕に振り下ろされた。

 ガキィン

 フィンク先生の剣とそれを受け止めた僕の剣がぶつかって、金属の鋭い音がする。
 フィンク先生の剣は重い。こんなのをずっと受けていたら、体力が持たない。そもそも対人戦は苦手なのだ。十分は長い。その前に決着をつけたい。
 使っているのが刃を潰した模擬剣だといっても、ぶつかれば大けがをする。

 魔獣なら一気にやってしまえばいいのだけれど。フィンク先生の、どのあたりを狙おうか。

 僕の迷いを見透かしたように、フィンク先生は火魔法を纏わせた剣を僕に向けてきた。
 生徒相手にこれを向けるのだから、フィンク先生は本気だ。わかっていたけれど。

 僕は、風を纏わせた剣を振るってから、自分に防護壁を作る。風に煽られた火が一気に燃えあがって、フィンク先生の動きが止まる。その間に僕は少し距離をとる。

 周囲からどよめきが起きている。しかしフィンク先生はまだまだ、こんなことでやられてはくれないだろう。

「くそっ、メービウス、卑怯な真似を!」
「卑怯ではございません。これは、魔法騎士の常道だと先生が教えてくださったのです」
「くっそー! 優秀な生徒はこれだからな!」

 そして常道では、火魔法相手に僕の氷魔法は不利なのだ。風を有効に使うに限る。
 風を纏わせた剣をフィンク先生にぶつけようとしては受け止められ、こちらはフィンク先生の剣を躱す。一進一退の試合となる。

 起死回生の一手はないものか。

 僕は、フィンク先生の剣を躱して背面に回り込み、地面に向かって氷魔法を放つ。
 ミシミシと音を立ててフィンク先生の足元が凍っていく。体には至らないように調整したので、靴が凍り付いてしまったはずだ。

「うえっ! 足が動かねえっ」

 火魔法で足元の氷を溶かそうとして隙ができたフィンク先生の剣を持つ手元を狙い、僕は剣を振り下ろした。

 ガキィン

「ええっ」

 フィンク先生は、足元を固められたままで。僕の剣を受け止めて、押し返したのだ。

「ええいくそっ! 押し返すのが精いっぱいだわ」

 これは、もう一太刀浴びせなければ、僕は剣に風を纏わせ大きく振り上げた。
 そのときだった。

「試合終了です。両者とも引いてください。フィンク先生とヒムメル侯爵令息の試合は、時間切れの引き分けといたします」

 マルティン様が辺りに響き渡る声で、試合終了を告げられたのだ。

「アイヒベルガー、もう少し延長できないか!」
「マルティン様、どうにかなりませんでしょうか」
「……おそらくこうなることと思っていたから、時間を設定したのです。お二人とも、引き分けで納得してください。
 まあ、俺たちは良いものをみせていただきましたけれど」

 フィンク先生と僕の訴えを、マルティン様は軽く蹴飛ばされて、ばしばしと手を叩かれた。すると、皆がそれに呼応するように拍手を始めてしまったので、フィンク先生と僕は礼をしてその場を下がることしかできなくなってしまった。

「ラファエル、素晴らしい試合だったよ。よくあのフィンク先生に食い下がったね」
「ありがとうございます。でも……勝ちたかったです」

 ラインハルト様は喉の奥で笑いながら、僕の頭を撫でてくださった。
 ラインハルト様の優しさが心に沁みる。でも、勝てなかったのは悔しい。

 正気を取り戻したフィンク先生が授業終了の合図をなさり、それで僕たちの戦闘の授業の課程はすべて終わった。

「フィンク先生ありがとうございました!」「感謝しています!」「ありがとうございました!」

 皆が口々に礼を言いながら、演習場を後にする。僕が今後この場所に立つことがあるとすれば、王族の伴侶として表彰を行う時ぐらいしかないのだろう。

 感慨深く演習場を眺めていると、フィンク先生に声をかけられた。

「メービウス、最後に言っておきたいことがある。
 お前は強い。戦闘においてはお前に勝てる奴は少ないだろう。
 しかし、お前にとってこれから必要なもんは、守られる覚悟だということは覚えておけ」
「守られる覚悟……ですか?」

 フィンク先生が真剣な表情でお話をしてくださる。これは、とても大切なことなのだと思っていらっしゃるのがわかる。

「そうだ。お前は王族の伴侶になるんだ。お前自身がいくら強くても、よほどの有事でもなければお前が前に出るわけにはいかない」
「……僕が戦ってはいけないということでしょうか」
「お前が戦おうとすると、お前を守る護衛がむしろ危険にさらされるっていうことを理解しろ。もちろん戦わないといけないときもあるだろうが、大人しく守られることを受け入れる覚悟をしとけよ。それが、周囲の奴らを守ることになるんだ」

 戦って人を守るのではなく、守られることでむしろ周囲を守るのだと、それを意識したことはなかったような気がする。

「ご助言をありがとうございます。僕が守られることで、周りの人も守られると……、そう覚悟します」
「お前は優等生だからな。俺の言ったことを吸収してくれると信じてるぞ。な、守られる強さを持って生きて行けよ」
「フィンク先生、ありがとうございます」

 フィンク先生は笑って、僕の頭を撫でてくださった。
 王族の伴侶として守られる覚悟、守られる強さ。その新しい認識を持つこと。
 

 僕は、フィンク先生の餞の言葉を胸にして、演習場を後にした。
 



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