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68.本題は別のことでした
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ヴァネルハー辺境伯令息は、ジークフリート様とシュトール様から聞き取りをされることになった。オイラー様が聞き取りにいらっしゃらないのは、魔法騎士団が深刻な人手不足だからだそうだ。
「魔法騎士団の中で、精神汚染魔法にかかっていた者は、特定されている。しかし、人数が他の団より多いうえ、その尋問もあるから、人手が全く足りていないようだね」
ラインハルト様がため息を吐きながら、そうおっしゃった。
ここは、王宮にあるラインハルト様の私的なサロンだ。僕をソファの隣に座らせて、手を握っていらっしゃるラインハルト様は、大層お疲れのご様子で心が痛む。
精神汚染魔法に関する調査は、魔法騎士団副団長であるビュッセル侯爵が中心となっていらっしゃる。そして、ロルバッハ魔法騎士団長は、日常の指揮にあたられている。
そう、ウーリヒ先生がシモンを連れて魔法騎士団に自由に出入りできていたのは、ロルバッハ魔法騎士団長と旧知の仲だったからだ。無暗に部外者を団に引き入れた責任により、ロルバッハ魔法騎士団長は、ウーリヒ先生の逮捕以降の魔獣の凶暴化や精神汚染魔法の事件の捜査情報は、一切与えられていない。
そして、ウーリヒ先生とシモンが精神汚染魔法をかけていたという容疑は、ほぼ決定とされている。それは、精神汚染魔法をかけられた者が、彼らが出入りしたところにしかいないからである。騎士団に被害者がいなかったのは、ウーリヒ先生もシモンも中に入り込む伝手がなかったからだと考えられている。
魔法騎士団では、精神汚染魔法にかかった団員の八割が、シモンと体の関係を持っていたことがわかっている。
シモンという主人公が性的に放埓であるということは、僕にとっては衝撃的なことだった。
平民や下級貴族であれば、婚前に性的な経験を持つことは、無いことではないと聞いてはいる。娼館に行くこともあるだろう。
しかし、この世界の「血の継承」を重んじる高位貴族では、婚前に性的な関係を持つことは許されない。複数と関係を持つのであれば、結婚してから愛人を作るというのが一般的だ。ましてや、王族の結婚相手には純潔が求められる。
それは、王位簒奪を防ぐためだ。婚姻前に王族ではない人間の子を身ごもっていたら、大変なことになる。
純潔でないというだけで、シモンはラインハルト様の婚姻相手からは外される。『ヒカミコ』の結末のように王太子の伴侶になるなんてことは、有り得ないことになってしまうのだ。
実際に、魔法学校でシモンと関係を持っていたのは、バーデン伯爵令息以外は下位貴族か平民出身のものだったし、魔法騎士においても同様だった。
もしかしたら、前世では古いと言われていた貞操観念というようなものが、シモンにはわからなかったのかもしれない。
いや、数を考えると、わからなくてもどうかと思うけれども。
ロルバッハ魔法騎士団長が謹慎処分にならないのは、事件そのものには関係ないと思われていることと、そうしなければ仕事が回らないほど魔法騎士団が人手不足であるからということらしい。
ロルバッハ魔法騎士団長は臣籍降下されているけれど王弟でいらっしゃるから、今のところは厳しくされていないのかもしれないけれど。
「いずれ叔父上は、今回の事件についての責任をとって、魔法騎士団長をおやめになることだろう」
ラインハルト様は、辛そうな顔をしてそうおっしゃる。
ウーリヒ先生への自白剤投与は始まっている。制約魔法がかかっている形跡があるため、黒幕のことを簡単に話したりはしないだろう。なぜ、僕を殺そうとしたのかもまだわかっていないのだ。
だけど、ウーリヒ先生が自白剤を投与しても話すことができないことをつなぎ合わせることによって、真実に近づくことができると騎士団と魔術師団は考えているようだ。証言を取るのにかなり時間がかかりそうではあるが、仕方ないことだろう。
そして、幸いと言って良いかどうかわからないが、今のところ王都近辺での魔獣の出現は、通常に戻っている。だから、各団は通常業務をしながら捜査にあたることができる。
「さあ、では今日の本題の話に入ろうか」
「ラインハルト様、お疲れでしたら、僕がある程度計画を進めておきますけれど」
「何を言っているのだ。愛しいラファエルとの婚姻式の準備なのだから、そんなわけにはいかないだろう?」
そう、僕がラインハルト様の私的なサロンにお伺いしているのは、来春に予定されている婚姻式の計画を立てるためである。それゆえ、今日は他の方々はいらっしゃらないのだ。
もちろん、王族の婚姻式であるから、具体的なことは文官の方ですべて進められる。しかし、公式の決まりがない部分については、予めラインハルト様と僕の希望を聞いてくださることになっている。
テーブルの上には、たくさんの資料が詰まれていて、ラインハルト様はその中からレースの見本帳を取り出された。
「ああ、このレースなどラファエルに似合いそうだよ。何層かに重ねてヴェールを作ろう」
「ラインハルト様、それは急いで決めないといけないことではありませんから……」
「ラファエルに合わせた大きなレースを特注するのだから、早く決めないといけないのだよ」
「……はい」
ラインハルト様は、少し高揚した様子であれこれと話していらっしゃる。おそらく、今回の事件のことばかりを考えていると気が滅入るから、ことさら婚姻式のことをお話しされるのだろう。
「ああ、早く結婚したいな。ねえ、ラファエル」
「はい、僕も……」
ラインハルト様の問いかけに僕は素直に頷く。もう、シモンと結ばれることがラインハルト様の幸せにつながるとは考えられなくなっているのだ。
ラインハルト様は嬉しそうに微笑むと、僕の唇の横にキスをされた。
「愛しているよ。ラファエル……」
ラインハルト様は、僕を抱きしめて、耳元で愛の言葉を囁いてくださる。
僕は、ラインハルト様と幸せになる未来を、思い描いても良いだろうか。
「魔法騎士団の中で、精神汚染魔法にかかっていた者は、特定されている。しかし、人数が他の団より多いうえ、その尋問もあるから、人手が全く足りていないようだね」
ラインハルト様がため息を吐きながら、そうおっしゃった。
ここは、王宮にあるラインハルト様の私的なサロンだ。僕をソファの隣に座らせて、手を握っていらっしゃるラインハルト様は、大層お疲れのご様子で心が痛む。
精神汚染魔法に関する調査は、魔法騎士団副団長であるビュッセル侯爵が中心となっていらっしゃる。そして、ロルバッハ魔法騎士団長は、日常の指揮にあたられている。
そう、ウーリヒ先生がシモンを連れて魔法騎士団に自由に出入りできていたのは、ロルバッハ魔法騎士団長と旧知の仲だったからだ。無暗に部外者を団に引き入れた責任により、ロルバッハ魔法騎士団長は、ウーリヒ先生の逮捕以降の魔獣の凶暴化や精神汚染魔法の事件の捜査情報は、一切与えられていない。
そして、ウーリヒ先生とシモンが精神汚染魔法をかけていたという容疑は、ほぼ決定とされている。それは、精神汚染魔法をかけられた者が、彼らが出入りしたところにしかいないからである。騎士団に被害者がいなかったのは、ウーリヒ先生もシモンも中に入り込む伝手がなかったからだと考えられている。
魔法騎士団では、精神汚染魔法にかかった団員の八割が、シモンと体の関係を持っていたことがわかっている。
シモンという主人公が性的に放埓であるということは、僕にとっては衝撃的なことだった。
平民や下級貴族であれば、婚前に性的な経験を持つことは、無いことではないと聞いてはいる。娼館に行くこともあるだろう。
しかし、この世界の「血の継承」を重んじる高位貴族では、婚前に性的な関係を持つことは許されない。複数と関係を持つのであれば、結婚してから愛人を作るというのが一般的だ。ましてや、王族の結婚相手には純潔が求められる。
それは、王位簒奪を防ぐためだ。婚姻前に王族ではない人間の子を身ごもっていたら、大変なことになる。
純潔でないというだけで、シモンはラインハルト様の婚姻相手からは外される。『ヒカミコ』の結末のように王太子の伴侶になるなんてことは、有り得ないことになってしまうのだ。
実際に、魔法学校でシモンと関係を持っていたのは、バーデン伯爵令息以外は下位貴族か平民出身のものだったし、魔法騎士においても同様だった。
もしかしたら、前世では古いと言われていた貞操観念というようなものが、シモンにはわからなかったのかもしれない。
いや、数を考えると、わからなくてもどうかと思うけれども。
ロルバッハ魔法騎士団長が謹慎処分にならないのは、事件そのものには関係ないと思われていることと、そうしなければ仕事が回らないほど魔法騎士団が人手不足であるからということらしい。
ロルバッハ魔法騎士団長は臣籍降下されているけれど王弟でいらっしゃるから、今のところは厳しくされていないのかもしれないけれど。
「いずれ叔父上は、今回の事件についての責任をとって、魔法騎士団長をおやめになることだろう」
ラインハルト様は、辛そうな顔をしてそうおっしゃる。
ウーリヒ先生への自白剤投与は始まっている。制約魔法がかかっている形跡があるため、黒幕のことを簡単に話したりはしないだろう。なぜ、僕を殺そうとしたのかもまだわかっていないのだ。
だけど、ウーリヒ先生が自白剤を投与しても話すことができないことをつなぎ合わせることによって、真実に近づくことができると騎士団と魔術師団は考えているようだ。証言を取るのにかなり時間がかかりそうではあるが、仕方ないことだろう。
そして、幸いと言って良いかどうかわからないが、今のところ王都近辺での魔獣の出現は、通常に戻っている。だから、各団は通常業務をしながら捜査にあたることができる。
「さあ、では今日の本題の話に入ろうか」
「ラインハルト様、お疲れでしたら、僕がある程度計画を進めておきますけれど」
「何を言っているのだ。愛しいラファエルとの婚姻式の準備なのだから、そんなわけにはいかないだろう?」
そう、僕がラインハルト様の私的なサロンにお伺いしているのは、来春に予定されている婚姻式の計画を立てるためである。それゆえ、今日は他の方々はいらっしゃらないのだ。
もちろん、王族の婚姻式であるから、具体的なことは文官の方ですべて進められる。しかし、公式の決まりがない部分については、予めラインハルト様と僕の希望を聞いてくださることになっている。
テーブルの上には、たくさんの資料が詰まれていて、ラインハルト様はその中からレースの見本帳を取り出された。
「ああ、このレースなどラファエルに似合いそうだよ。何層かに重ねてヴェールを作ろう」
「ラインハルト様、それは急いで決めないといけないことではありませんから……」
「ラファエルに合わせた大きなレースを特注するのだから、早く決めないといけないのだよ」
「……はい」
ラインハルト様は、少し高揚した様子であれこれと話していらっしゃる。おそらく、今回の事件のことばかりを考えていると気が滅入るから、ことさら婚姻式のことをお話しされるのだろう。
「ああ、早く結婚したいな。ねえ、ラファエル」
「はい、僕も……」
ラインハルト様の問いかけに僕は素直に頷く。もう、シモンと結ばれることがラインハルト様の幸せにつながるとは考えられなくなっているのだ。
ラインハルト様は嬉しそうに微笑むと、僕の唇の横にキスをされた。
「愛しているよ。ラファエル……」
ラインハルト様は、僕を抱きしめて、耳元で愛の言葉を囁いてくださる。
僕は、ラインハルト様と幸せになる未来を、思い描いても良いだろうか。
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