【本編完結】断罪必至の悪役令息に転生したので断罪されます

中屋沙鳥

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61.リンドヴルムの毒でもっと弱っているはずでした

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「ウーリヒ先生、どうして僕を殺そうとなさるのですか?」
「お前がわたしの計画の邪魔になるからだ」
「計画とは何でしょうか?」
「お前にそんなことを話す必要はないっ! このままここで死ねっ!」

 ウーリヒ先生は短剣に火の魔法をのせると、それで僕を突こうとして腕を振り上げた。とっさに防護魔法をかけながら一撃を躱す。ウーリヒ先生は更に短剣を振るうが、効果的な攻撃にはなっていない。体術の訓練は、あまりしていらっしゃらないようだ。
 どの程度反撃しても良いかと考えを巡らせる。自分が生き延びる気持ちでいらっしゃるのか、僕を殺すためなら自分が死んでもかまわないと思っていらっしゃるかで、対応が変わる。

 人間相手は、本当に厄介だ。

「くっ、リンドヴルムの毒で弱っているんじゃないのか!」
「ええ、いつもよりは弱っておりますよ」
「くそっ。魔道具も効かないのはなぜだ……! 忌々しい!」

 ウーリヒ先生が体術で僕に敵うはずがないのにどうしてと思っていたが、リンドヴルムの毒で弱っているから殺すことができると考えたようだ。そして、魔道具をお持ちでいらっしゃるようだが、それは、馬車に相手を害する魔道具を無効化するものが施されている。ヒムメル侯爵家の紋が入った馬車をなめてもらっては困る。
 ウーリヒ先生が狭い馬車の中で火の魔法を使ったことで、空気の温度が一気に上がった。このままでは高温により馬車が燃え出すのではなかろうか。ウーリヒ先生の魔法技能なら短剣だけに火を纏わせることができるはずなので、僕を焼き殺す方針にしたのかもしれない。

 シュテルン魔法学校では穏やかな性質だと生徒から慕われていたウーリヒ先生の顔が、凶悪に歪んでおられる。僕に向かって全力で殺意を向けていらっしゃるのだから、当然か。

 どうやら、自分が逃げられるように魔法を使っているので、決定打を放てず時間がかかっているようだけれど。

 理由もわからないままで、殺されるのは嫌だな。
 理由がわかっても、焼き殺されるのは嫌だけど。

 まだ、ラインハルト様をお幸せにすることができていないことだし。
 
「わけもわからずに命を狙われるのは、承服できかねます」

 ウーリヒ先生が、自分自身は生き延びるおつもりだと判断した僕は、それに合わせた反撃を行うことにする。
 体が本調子でないのは事実だ。今の体力では、僕の氷魔法でウーリヒ先生の火魔法に対抗するには無理がある。ただし、魔法では対抗できなくても、僕にはウーリヒ先生を圧倒できるものがある。

 僕は、短剣を握るウーリヒ先生の手首を掴んで捻り上げながら、鳩尾の辺りを足で狙う。

「うぐっ……」

 肋骨の下に入った足にそのまま力を入れながら僕は立ち上がって体重をかけた。ウーリヒ先生は、うめき声を上げながらもがいていらっしゃったが、そのまま気を失われた。肋骨は折れているかもしれない。
こんなに簡単で良いのだろうか。あまりにもあっけない。
 しかし、ウーリヒ先生と僕とでは、もともとの戦闘力が違うのだ。それがお分かりになったうえで、僕を殺そうとされたのではなかったのだろうか。まあ、僕には、マルティン様ほどの力はないけれども。

「やあ、思ったより時間がかかったようだね」

 備え付けの縄でウーリヒ先生を縛り上げていると、オスカー兄上が馬車に戻ってこられた。

「兄上こそ、もっと早く暴漢を退治して、弱っている僕を助けてくださるものと思っておりましたが」
「いや、捕まえた者を騎士団に渡すのに少々時間がかかってしまってね。
 彼らの中には、魔法騎士団の者が混じっているようだ。まあ、想定の範囲内だけれどね」
「なるほど。正規の命令でヒムメル侯爵家の馬車を襲うように言われていたのでしょうか?」
「本人たちはそう言っているのだけれどね。ふふ」

 オスカー兄上は楽しそうに微笑んでおられるが、ご自分が取り調べをなさるわけではないだろう。いや、オスカー兄上の取り調べを受けたら、生きていることを後悔するかもしれないと思うけれど。

 僕は、縛り上げたウーリヒ先生を騎士団に渡し、新しい馬車に乗り込んだ。

 もともと、僕が狙われていることは想定の範囲内であった。ラインハルト様が見送ってくださらなかったのも、今回の事件解決のための作戦の範囲内だ。僕たちの屋敷に帰るにあたっては、見えないところからの騎士団による護衛がついていて、何かあれば守ってもらえることになっていた。
 そして、襲う気にさせるために、僕がリンドヴルムの毒にやられていて、命に別状はないもののかなり弱っているという情報を流していたようだ。その情報が伝わっている経路から、今回の魔獣騒ぎに関わっている者を炙り出すという意図もあった。

 僕が弱っているという情報がなければ、わざわざヒムメル侯爵家の紋が入った馬車を襲うなどという無謀な計画は立てないだろうと考えたのだ。

「ウーリヒ先生も監視対象になっていたはずなのに、どうして簡単に僕の馬車に乗りこむことができたのですか?」
「精神汚染魔法が思ったより広範囲に及んでいるようだ。ウーリヒは安全な人物だと思い込んだ者が馬車に近づかせてしまったのだろうと思うよ。それも含めて、これからの調査にまた時間がかかるだろうね」
「はあ、星祭の休暇が台無しですね」
「まあ、家ではかぼちゃのグラタンが待っているから、星祭の気分をそれで味わっておくれ」

 オスカー兄上が僕を慰めるようにそうおっしゃったので、頷いておく。
 まだ、なぜ僕が何度も命を狙われたかについてはわかっていない。

 ウーリヒ先生は明らかに意図をもって僕を殺そうとしていらっしゃった。彼の尋問が進めば、命を狙われる理由もわかるのかもしれない。

 馬車の窓から外を見ると、白いものがちらほらと空から舞い降りてくるのが見える。

「本格的に寒くなって来るね」
「そうですね」

 僕は、舞い落ちる雪の華を眺めながら、これからの物語の展開がどうなるのだろうかと考えていた。


 





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