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60.ヒムメル侯爵家の紋が入った馬車が襲われました
しおりを挟むヘンドリック殿下から聞かされたお話は予想外すぎた。特にシモンに関しては。
しかし、現実的には、これからどのような対応をしていくべきなのかを考えていかなければならないのだ。
この世界は、僕がおぼろげに知っている『ヒカミコ』の物語とは違うようであるから。
僕が断罪されることでラインハルト様がお幸せな未来を手に入れられるという図式は、成り立たないのかもしれない。
どうしたらラインハルト様が、そしてシュテルン王国の民が、幸せに過ごせるようになるのだろうか。
ヘンドリック殿下からお話を伺った翌日、僕は自分の屋敷に帰ることになった。市街での星祭には参加せず、静かに過ごす予定だ。
王妃殿下のご指示により、ラインハルト様が執務をしている間に馬車に乗り込んでヒムメル侯爵邸に向かう。ラインハルト様が見送るとなると、お別れに長い時間を要するため、僕に負担がかかるだろうという王妃殿下の御配慮によるものだ。
王宮からヒムメル侯爵邸までは、ほんの短い距離となる。
向かいに座っているオスカー兄上は、晩餐をともにできるのを楽しみにしていると話している。両親とブルーノ兄上は、現在ヒムメル侯爵領にいる。そして僕が星祭当日には王宮にいたので、オスカー兄上は星祭の家族の晩餐をしていないのだ。
「ラファエルの好きなかぼちゃのグラタンを作らせているからね」
「うれしいです。ありがとうございます。兄上」
ヒムメル侯爵領のかぼちゃのグラタンは、ひき肉とトマトを煮込んだものとホワイトソースの間に薄切りにしたかぼちゃをはさんだものを何層か重ね、チーズをのせて焼き上げたものだ。とろりと口の中でうまみが広がって、とても美味しい。
馬車の中でオスカー兄上と晩餐のことを話していると、突然がくんと馬車が揺れた。
「む、襲撃か? 情報通りだね」
オスカー兄上が、そうおっしゃって口角を上げた。
「兄上、護衛に任せても良いのではありませんか」
「ラファエル、襲撃者はヒムメル侯爵家の紋が入っている馬車を狙っているのだよ。期待に応えてやらねばならんだろう?」
「はあ……」
オスカー兄上は、ご自分が戦う気でいらっしゃるようだが、どうしてそんなに嬉しそうにしておられるのだろうか。
オスカー兄上は、王宮の文官であられるが、ヒムメル侯爵領に帰れば魔法騎士になる。王都にいるときは、戦うことなどほとんどないので、戦闘する欲を発散する良い機会だと思っていらっしゃるのだろう。
戦闘になると燃えるのは、もうメービウスの血としか言いようがないと思われるが。
僕たちの馬車の前方には大きな荷馬車が止められていて、それで足止めをされたようだ。最初の衝撃はおそらく火魔法で攻撃されたのだろうけれど、防護壁が張ってあるため馬車に直接の被害はない。それは、高位貴族の馬車であれば当然のことだ。
外には、私兵のような服装の集団がいる。もちろん、どこの家の者かわかるような装いではない。どうやら十数人ほどいるようだ。
ヒムメル侯爵家の紋が入った馬車を十数人で襲うのだから、よほどの手練れを揃えているのだろう。いや、そのはずだ。
「ラファエルは療養中の身だから、大人しく待っているんだよ」
「はい、かしこまりました」
ここは「諾」以外の返事は許されない場面だ。実際に狙われているのは僕なのだけれど、お医者様に鍛錬も禁止されている状態なのだから仕方がない。本気の対人戦はあまり経験がないので残念だと思う気持ちは、胸の中に閉じ込めておくことにする。
楽しそうに馬車を出て行かれた兄を見送って、僕は窓から外の様子を眺める。
「君たちはどこの手の者かな? ヒムメル侯爵の馬車を襲うとは、腕に自信があるんだね」
オスカー兄上はそう言って笑うと、レイピアを抜かれた。
「ふふ、何も発言しないように躾けられているのかな? では行かせてもらうよ」
オスカー兄上のことだから魔法で一気にお終いにされるのかと思ったのに、他の護衛と一緒に剣を交えていらっしゃる。
そんなに体を動かしたかったのか。
私兵のように見える集団は、そこそこ腕は立ちそうだが、太刀筋を見る限り正規の訓練を受けた者たちではないだろう。オスカー兄上と我が家の護衛騎士に、みるみるうちにやられていく。
本当にこれで、僕たちの馬車を襲ってどうにかできると思っていたのだろうか。
一気に魔法で片付けたいと思いながらその様子を見ていると、戦闘が起きている反対側の馬車の窓を叩く音が聞こえた。
そちらに目をやると、ローブを着た人物だ。僕が警戒していると、その人物はローブのフードをとった。
「メービウス君、わたしだ」
「ウーリヒ先生……」
「魔法騎士団が出払っていてね。わたしが、応援に来たのだよ。さあ、ここから逃げよう」
「馬車で逃げた方が安全ではありませんか?」
「馬車の車輪が壊されていて走れないから、外に出なければならないよ。扉を開けなさい」
ウーリヒ先生はにこりと笑うと、馬車の扉に手をかけてガタガタと音をさせながら引っ張った。馬車の扉は内鍵がかかっているので開かない。
ウーリヒ先生は、いつも学校で見ているより乱暴な態度に見える。
「早くっ! 早く逃げなければならないのだから、すぐに開けなさいっ!」
「……わかりました」
このままでは攻撃魔法で馬車の扉を壊しそうな勢いだったので、僕は諦めて内鍵を開けた。すると、ウーリヒ先生は、逃げるどころか馬車に乗り込んできた。
「ウーリヒ先生?」
「メービウス、ここで死んでもらうよ」
ウーリヒ先生は表情を消して、僕に短剣を向けた。
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