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58.悪役令息が断罪されない世界があるのでしょうか

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「ねえ、見た? ネットアニメのあれ」
「見た見た。二次創作なんじゃないのって感じ。
 ゲームともコミックとも全然違うよねえ」
「なんかね、悪役令息が断罪されないんじゃないかって」
「えええ。じゃあ、コミック版とも違うバージョン?」
「うん、なんかそんな感じみたい」
「『ヒカミコ』ってゲームとコミックが全然違うって怒ってる人たくさんいたけど、アニメ版もそんなに違うのかあ」
「別の話だと思わないと、わかんなくなっちゃうよね」
「まあ、でも、面白ければいいよ。どうせ、ゲーム通りじゃないと許せない人は、コミックの時点で離れてるんだろうし」
「そうか。そうだね」
「今度は、どんな展開になるんだろうね」







◇◇◇◇◇


 悪役令息が断罪されない……?

 意識が浮上してくるけれど、体が気怠い。
 何度か瞬いてから、目を開けると、見知らぬ天井が見えた。

 どうやら、夢を見ていたらしい。

 いや、ここはどこだろう。僕はどうしてこのような知らないところにいるのだろうか。

「ラファエル! 目が覚めたのか!」
「ラインハルト……さま……」
「ラファエル、意識が戻って良かった。
 治療魔術師を早く呼べ」
「オスカー兄上、ぼ、くは……」
「ラファエル、お前は半日、意識を失っていた。今は星祭の夜だ」

 ラインハルト様が心配そうな顔で僕をのぞき込んでいらっしゃって、その後ろにはこれまた心配そうな様子のオスカー兄上がいる。

 意識を失っていたって? あれ? 僕は……?
 ああ、そうだ。

 僕は、リンドヴルムを凍らせて、魔法騎士がレイピアで攻撃してきてそして……
 そう、リンドヴルムだ。

「リンドヴルムは、無事に処理できたのでしょうか」
「ああ、完全に凍っていた。既に、魔術師団の倉庫に運ばれている」

 ラインハルト様が、苦々し気な表情で僕にそう教えてくださった。ご機嫌がお悪いのだろうか。
 
 オスカー兄上が、現在の状況を簡単に説明してくださる。
 ここは、王宮の医療塔近くにある貴賓室だそうだ。僕が意識を失っているため、ここに運び込まれた。
 他のけが人は、各団の医療室で治療を受けているとのことで、僕だけが特別扱いになっているようで心苦しい。しかし、王子の婚約者なのだからそれを受け入れるようにとラインハルト様とオスカー兄上の二人がかりで説得なさるので、諦めることにする。

「まったく、わたしのラファエルを危険に晒すなどとは」
「本当に、私の大事な弟を酷い目にあわせるなんて」

 うん。ラインハルト様もオスカー兄上もご機嫌がお悪い。しかし、二人の息はぴったり合っている。あまり二人でいるところを見たことはないけれど、相性が良いのだなと思う。

 そのあたりで、侍従が呼びに行ってくれた王宮の医務官を兼ねた治療魔術師が部屋を訪れたので、話を中断して、僕は診察を受ける。

「ラファエル様が長剣を刺した部分のリンドヴルムの毒が、火魔法で完全に分解されていなかったのです。その中毒ですね。状態異常解除の魔法はかけていますが、念のため三日間は安静にして解毒の薬湯を飲んでください。今日は絶食して、食事は明日の朝からです。」

 ロルバッハ魔法騎士団長はリンドヴルムの脳を焼くのに注力したため、僕が長剣を刺した舌の辺りの焼成が不十分だったらしい。もっとも、リンドヴルムの毒が完全な状態だったら、僕はどうなっていたかわからないけれど。
 あのとき魔法騎士に襲われていなければもっと慎重に行動できたとも思うが、それは言い訳になるだろう。

 そう、僕が魔法騎士に殺されかけたことも、想定外のことだった。あれは何だったのか。

 その件については、治療魔術師が診察を終えて部屋を退出された後、ラインハルト様が、僕に話をしてくださった。

「ラファエルを襲ったアルント魔法騎士だが、精神汚染魔法にかかっていたと思われる」
「精神汚染魔法? 防御のための魔道具を身に着けていたのではないのですか?」
「うん、おそらく魔道具を外している状態で、精神汚染魔法をかけられたのだろうね」

 任務に必要な魔道具は、基本的に外さないように指示されているはずだ。特に魔法騎士団は、以前もガウク分隊長が精神汚染魔法にかかって、僕に難癖をつけてきたことがあったので、かなり厳格に規則を決めていたと聞いている。

 それなのになぜ。

 他にも、ワイバーンの大量襲来のことやシモンのおかしな行動のことや、シモンが連れ去られたことなど、たくさんの謎がある。

 しかし、それらの疑問については、質問することは許されなかった。

「詳しいことはこれから各人に尋問を進めていって、明らかになるだろう。あの魔法騎士については、殺意を持ってラファエルにレイピアを向けているので、以前より厳しい取り調べをすることになるだろうね。
 他のことについても、すべてはこれからの調査になる。それ以外に、ラファエルには話しておかなければならないこともある。だけど、安静にするようにという指示を受けたばかりだから、今、話すのはやめておこう」

 ラインハルト様は、そうおっしゃって僕の頭を撫でてくださる。今日は頭の中も安静にしなさいということだと思う。

「ラファエル、残りの話は、全部明日になってからにしよう。明日にならないとわからないこともあるのだから。
わたしはラファエルを屋敷に連れて帰りたかったのだけれど、ラインハルト殿下が王宮で休養させるとおっしゃってね。また明日来るから、大人しくしているようにね」

 オスカー兄上がそう言って帰ってしまわれた後、ラインハルト様はご自分のお部屋にお帰りにならない。ラインハルト様に僕の看病をさせるわけにはいかない。早くお休みいただかねば。

「ご心配をおかけいたしました。ラインハルト様も、お休みくださいませ」
「ラファエル、まだ就寝時間には早い。今日は星祭だ。一緒に星空を見よう」

 ラインハルト様は、部屋のバルコニーにソファを用意させると、僕をベッドから抱き上げた。

「あの、自分で歩けますので、下ろしてくださいませ」
「治療魔術師殿に、安静にするよう言われただろう? 大人しく抱かれていなさい」
「……はい」

 諦めて抱かれて運ばれることにした僕は、せめてご負担が少なくなるようにとラインハルト様の首に腕を回して軽く抱き着いた。

「ラファエル、可愛い……」

 そう呟かれたラインハルト様は、僕の髪にキスをなさった。僕も、目の前にあるラインハルト様の頬にキスをお返しする。
 どうやら、ラインハルト様のご機嫌は、改善されたようだ。良かった。

 バルコニーに用意されたソファにラインハルト様と並んで腰をかけ、空を見上げた。
 冬の澄んだ空気の向こうに広がる夜空に、無数の星が瞬いているのが見える。
 『ヒカミコ』の世界だったら、神子とラインハルト様がこの星空を見あげるという設定ではなかったのだろうか。

「ああ、美しい星空だね。星祭の夜に二人でいるのは初めてだ」
「はい、星祭は、家族と過ごす日でございますから」
「早くラファエルと結婚したいな。こうして、ラファエルと一緒に過ごしていたいよ」
「僕も、ラインハルト様と一緒に過ごしたく思います」

 ラインハルト様は僕の腰を抱き寄せて美しい微笑を浮かべると、唇のそばにキスをされた。いつもより、もっと近い距離にいることが恥ずかしいけれど、誰かが見ているわけでもない。僕は、ラインハルト様の頬にキスをお返しした。

 リンドヴルムの毒で意識を失っている間に見ていた夢では、『ヒカミコ』にはいくつかのバージョンがあるということだった。
 僕は、悪役令息が断罪されない世界にいる可能性を考える。もし、そのようなことが叶うのならばと。

 そうなれば、僕は、ラインハルト様と幸せになる世界を思い描いても良いのだろうか。

 ラインハルト様とともに生きる未来のことを考えても良いのだろうか。


「ラファエル、愛しているよ。わたしのラファエル……」
「僕も、ラインハルト様を愛しています」

 ラインハルト様と僕は、手をつなぎ、寄り添いながら、星の輝く夜空を見上げて愛を囁きあった。




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